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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
3章

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4-2 開始(後) のち 突破

―――6F(最上階)―――


「も、もう来たのか?下の連中、時間稼ぎはどうなってるんだよ!?」


 扉の前にうずたかく積まれたぼろぼろで中のウレタンが出ているソファと、片側の扉の無い棚、ひじ掛けの片側が無い椅子などを、立てつけの悪い扉の前に積み上げて簡易バリケードの設置に全力を挙げる中で、階下より聞こえる音に作業を中断する。


「まだ、5分と経ってないんだぞ?いくらなんでも早すぎる……。こっちの準備ってもんがあるってのに!」


 愚痴りたくもなるはずだ。

 本来はここまで警備スタッフの事前想定ではどんなに速攻でメンバーが薙ぎ払われるにしても10分近い時間は稼げるであろうとしていたのだ。

 しかもこれはスタッフがヘボ極まりない状態であった場合の最低レベルまで自己評価を下げた上で出された予測時間。

 そのはずであるのに、少なくともこの下、5階での大きな音がした時点ではまだベルから3分台の時間経過であったという体たらく。

 想定外の自分たちの出来て無さに、情けなさより先に腹立たしさがこみ上げる。

 要するに、ヘボ以下の成績のボンクラだと自分たちで実証してしまっている状況であるからだ。


「物音が、しない。監視モニタの反応は?」

「……一度、ジャージ姿の「光速の騎士」を確認。ただ、こちらを覗きこんで、カメラの死角へ消えた。それくらいしかわからない」


 彼らが利用できるのは、通常のオフィスに有っておかしくない程度の監視カメラの設備だけである。

 今、おそらく外できゃあきゃあ言いながら楽しんでいるだろう白石特殊鋼材研究所の職員の持ち込んだ、各種データ取得用のカメラ映像を視認する許可は与えられていない。

 その現場に有っておかしくない程度までの物品で「騎士」へと対応することが今回の想定であった。


(これは、マズイな。弄ばれている。何か嫌な予感が……)


どごんっ!


 そんなことを思った瞬間、銃口を構えた扉の向こうではなく、全くの予想外の場所から音が響いた。


「なんだっ!?」


 音のした方向へと、扉を守る2名を除く全員が銃口を向ける。


どごんっ!どごんっ!


 連続して響く音の方向にある壁には、埃で中の賞状が見えなくなるほど汚れた額が飾られているのだが、音のたびに、激しく揺れる。

 同じように壁に掛けられているいつの物かわからないカレンダーが、衝撃に耐えられずついには床へとぱさりと転がっていく。

 そして壁からぱらぱらと壁の壁材が剥がれ落ち、ごとりと音を立ててちょうどバレーボール大の穴が隣室から貫通する。


「目標は隣の部屋だ!各員、外すなよ!!」


 じゃき、と3名の銃口がその穴に向けられた。

 おそらくではあるが、というかとんでもない話であるが、「光速の騎士」はまさかの入り口からではなく、壁に穴を開けてエントリーするという策を選んだのだろう。

 だが、予想外に壁が固く、その突破は不可能だったということであろう。

 構えた銃口が少し震えているのには気づいているが、それを武者震いだと言い聞かせるには、男は若くない。


(このまま、時間を稼ぐっ。下からも援護が来るはずだ。まさかこの短時間ですべての警備スタッフを片付けるだけの手段はないはずだっ!)


 確かにそれは正しい。

 「光速の騎士」がいくら強かろうと、実際のところ一人一人を相手とするのであれば、もっと時間がかかるはず。

 何かしらの思いもしない手段で、ここまでを突破してきたに違いないという予想は当たっている。

 だが、そこで考えるべきであった。

 なぜ、彼。

 「光速の騎士」は正面の扉からではなく、わざわざ隣室に、しかも穴を開けるなどという迂遠な手段をとったのか、ということに。


ひゅおっ!かんかんっ!!


 ちょうどいい大きさの穴から、何かが投げ込まれた。

 硬質な音がモルタルの床で鳴る。

 床へとコンビニの白い袋に包まれたそれから、なかの物が2つばかり転がり出た。

 その瞬間、男が気付く。


「全員、伏せっ……!!!」






 きぃぃぃぃぃんんんん!!!!


 耳をふさいで、隣室の爆音が消え去るまでを耐える。


「き、効っっくぅぅぅ……。マジでこんなにうるさいの?え、映画とかとなんか違うぅぅ……」


 最終目的地の隣室に入り、簡単には扉が開かないように施錠して、教わったばかりのそれを穴から放り込んだところである。

 耳がもとに戻ると、どさどさと何かが倒れる音が響く。

 数は4。


「……もう一人、いるはずだよな。うまいこと耐えたのかな?」


 手元に持った、スタングレネードという類のそれを見て疑問符を浮かべる。

 茂の持ったそれはスチールデスクと共に準備した品で、使い方をつい10分ほど前に門倉から教えてもらったばかりであった。

 映画とかで見たものはここまで騒々しく、かつびかびか光り散らしていなかったので想像を超えていた。

 いちおう非殺傷性といううたい文句であるはずなので、それを信じることにしようと思う。


「でも、まあ。あと一人だけだし。よし急ごう」


 部屋の残り1名の位置を確認するのと、今の音で警戒を強めたのか階下からゆっくりと進行速度を落としながら接近する大きな集団が上がってくるのを「気配察知:小」で確認する。

 おそらく昔は更衣室などで使われていたのだろうと思われるそこから、壁に置かれたスチール製のロッカーを引きはがし、ドアの前にどんどんと大きな音をさせながら放り投げていく。

 今の時代はそういったロッカーが動かないように耐震用に壁や床にビス止めをしているが、この場所はそういう考えが始まる前に廃業している。

 特にそんな対処はしておらず、比較的掴んで投げて掴んで投げて、で済んでしまった。

 さすがに放り投げたときにロッカーの中から残されていたハンガーであったり、古いマンガ雑誌だったりふたが取れた蛍光ペンだったりが床へと散らばっていく。

 その音にさらに階下の動きが鈍る。


(そうそう。よくわからん時は警戒するもんな。そういうもんだ。もう少し大きな音、出してみようか)


 ひびの入った壁に近づいて、ヘルメットに手を掛ける。

 ばさばさっと、黒の外套様の布地が茂の全身を包み込むと、そこに現れたのは試作型装備一式の「原色の色味が目に痛い光速の騎士」であった。

 プロトタイプの失敗作であるが、何せこの装備、総て身につければかなりの重量がある。

 バランスや色味に多大な問題があるにせよ、今はこの重量が欲しいのだ。


「2、3発で行けるだろ。多分だけど」


 左腕に“重い!”印の盾をしっかりと付属のバンドなどで密着させ、壁の前でどっしりと腰を落として構えを取る。

 形としては、ショルダータックルの構えに一番近いか。


「……ふぅぅぅぅ。……ヌンッ!!!」


ドンッ!

めしゃぁぁっ!!


 爆発的な踏込の音から一拍遅れて、床面と垂直に天井まで伸びているはずの壁面が大きくたわむ。

 みしみしと壁だけでなく、天井からも細かな埃が落ちてくる。

 単純な体当たりではあるが、人型の破城槌がぶつかっていると考えてもらってもいい。


「もう一発ッ…!」


ドンッ!

ばがんっ!!

ごろごろごろっ……。


「よしっ!」


 壁一枚をぶち抜いて、最終目的地の部屋に転がり込んだ「騎士」は、そのままの勢いで近くの来客用と思われる木製のテーブルとソファのセットの置かれた位置まで駆ける。


たたたっ!!


 軽い音と共に、駆け抜ける前までいた場所に、派手なオレンジ色の弾着が確認された。

 転がり込んだ茂はすぐに盾をその進行方向目がけ翳すと、更に射角を狭める為木製テーブルを立てて、即席の目隠しへと変えた。


(やっぱ、もう一人残ってるのか……。俺はもうごり押しでも行けるんだけど、訓練っていってたし。実のある訓練の方がきっといいんだよな)


 そう思い、先程の白いコンビニ袋とは別の、茶色がかったコンビニ袋を手に取る。

 一応間違えないように色分けして持ち込んだ品である。

 人のところの資材ではあるがもったいないなぁ、と思うのは日本人的な感覚なのだろうか。

 がさがさと目的の物を手に取り、ゆっくりとピンを抜く。


かきんっ。


 軽い金属音と共にピンが外れ、これもまた10分前に教わったとおり、目的地付近へ向けて山なりに投擲する。


ばしゅぅぅぅぅ………!!


 かんかんとモルタルを叩く音と共に、一気に真っ白い煙があたり一面に充満していく。

 あわてた様子で何かが動く気配がその周辺から感じられる中、ダメ押しのもう一つのスモークグレネードを同じくピンを抜いて放り投げる。

 一気に広がる煙の向こうで動き回る気配は一つ。

 残りの者たちは今もうずくまってまだ元の状態には戻っていない。


(ほんじゃ、まあ。行きますかね)


 テーブルの陰からげほげほと咳き込む男の姿を確認し、ちょうど視線が交錯した。

 向こうもこちらへと銃口を向けようとしているが、顔を覆うようにして片手を使い、更に咳き込んで照準がぶれてしまう。

 そんな中、ゆっくりと立ち上がる「光速の騎士」。

 次の瞬間に揺らめく煙を纏い、ふわりと男へと迫る姿は、どこか不思議とおとぎ話めいて男には見えたのだった。





―――ビル外・訓練指揮本部―――


「もうすぐ10分というところですが。……スモークを焚かれると全く部屋の様子が見えないんですよね。……渡したのは失敗だったかもしれません」

「それはそうだが、実際問題として。お前、警備スタッフが満載のオフィスビルに侵入するのに、ノープランで突っ込むか?事前にそれなりの装備を整えてから入るっていうのは当然だろ?……俺は少なくとも盾と棒切れ一本だけで突っ込んでいく原始人はこの日本にはいないと思うが」

「……そうっすよね。なんで皆「光速の騎士」だからって槍と盾だけで戦うって思ってたんでしょうか。そりゃあ、当然ビルの中で使い勝手のいいものを準備しますよね。現代人なら」


 そんな言葉が、白石特殊鋼材研究所の派遣チームから聞こえてくるのを苦々しく外で待機する警備スタッフは聞いていた。

 20分後に突入するということになっているチームの人員である。

 その時間が過ぎるまではここで待機し、時間になれば、周囲の入り口等を封鎖する、という役目を与えられた者たちだった。

 

(……完全に思い込んでいた。どうしようもないくらいに俺たちは抜けていたとしか思えん……)


 全員が思う内容はまさにその通りである。

 あの時、「光速の騎士」が相手と聞いて、チーム全員で相談した中にどうしてそういった「現代戦」の感覚が抜け落ちてしまったのだろうか。

 後出しの意見にはなるが、あまりにも「騎士」の「近接戦闘」の映像が多すぎたのである。

 どの画像、映像、資料を見ても前時代的な戦闘をしているとの感覚であった。

 だがそれは、彼がそれらを手にする機会が無かったからでしかないのだ。


(その場で、そのような物しか持ち合わせていなかっただけだというのに……!)


 悔やんでいる。

 それはもう歯ぎしりが周りに聞こえてくるくらいには。

 いや、他の者の歯ぎしりの音かもしれない。

 だが、彼らには祈ることしかできない。


(頼む、後半分。後、半分でいいんだ!!)


 もうすぐ10分。

 あと10分でそれでも自分たちのヘボをひっくり返すことのできる、判定勝利が手に入るのだ。

 ここまで時間が過ぎるのを切望したのは他にないくらいに全員が祈りをささげていた。

 だがビルを見上げて、仲間の奮闘を祈る彼らの思いは無残にも踏みにじられる。


ドンッ!!

……どしゃっ!


「う、ウソだろっ!?そんな、そんなっ!?」


 最上階の6Fの壁面が吹き飛び、その壁が地面へと落下し、コンクリの塊と化した。

 大穴を開けたビルの側面からは、もくもくと白い煙が外へと漏れ出ていく。

 そこから、ぬっと見覚えのある頭が首を出す。


「そ、外壁をぶち抜きやがった……」


 映像ではなく、その目で実際に見ても信じられない。

 窓は全部目張りしてあり、外に簡単には出られないようになっている。

 だが、「光速の騎士」はその穴から体を乗り出すと、ひょいと右腕を伸ばしビルの側面のでっぱりに手を掛ける。

 後はもう、ほとんど一瞬と言ってもいい。

 通常の建造物で全くでっぱりのないつるつるな側面で建てられたものなど、はっきり言うがデザイン重視でない限り、ほとんどないと言っていい。

 どんなビルにも窓はあるだろうし、排気ダクトであったり、雨どいであったり、そういったでっぱりは存在するものだ。

 「光速の騎士」はそれらに手をかけ、足をかけひょいひょいと器用に壁面を下っていく。

 ただ、左の脇におそらく目的のタブレットを抱えているので少し動きがぎこちないところは感じられる。

 彼らは知らないだろうが「光速の騎士」はホテルスカイスクレイパーの最上層19階までを命綱なし、専用装備なしでぶっつけ本番で壁面踏破した実績を持つ、おそらく世界屈指の超絶級ボルダリング技能所有者でもある。

 そのような形で登ることができればその逆もまた然りである。

 最後の3Fからは、そのまま飛び降りてごろごろと前方に転がり、勢いを消して立ち上がる。


「よし、さぁ何分かな!?」


 呆然と皆が見守る中、がさがさと「騎士」がストップウォッチを取り出してかち、とタイマーを止める。


「10分22秒か……。うぅん……、10分は切りたかったんだけどなぁ。残念……」


 はあ、と肩を落とす「騎士」を横目にそれどころではない男女が膝をついていた。

 まさか、この結果をたたき出されて尚、不満であると言われれば自分たちの立つ瀬がない。

 とことこと小脇にタブレットを抱えた「騎士」が駆け寄ってくる。


「あ、これ目的のタブレットです。ここに返せばいいんですよね?」

「は、はい」


 そんな中、ビルの6Fから声が聞こえる。


「どこだ、どこにいるんだっ!?」


 遠くから焦った声が聞こえてきた。

 どうやら自分たちのスタッフが築き上げたバリケードを、自分たちの手でようやく突破して、最終目的地にたどり着いたのだろう。

 全員が見上げる中、大穴に気付いた警備スタッフがそこから外を確認する。


「あ、気づくかな?」


 ぱたぱたと大きく右手を振る「光速の騎士」。

 それに気づいた警備スタッフの反応は、外で待機していた者たちと全く変わらなかったということだけをここに記載しておく。





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