4-1 訓練 を 開始(前)
じりりりりりり!!!!!
館内全体に警報のベルが鳴り響く。
これは「光速の騎士」がビルへと侵入した、との連絡であると同時に、20分間の防衛側のカウントダウンでもある。
素早く手首の時計のタイマーを作動させる。
デジタル表記のカウンターがその数字を減じていくのを確認した。
郊外の廃ビルを買い取り、訓練用の施設として長年利用しているため、床は酷くうす汚れて土ぼこりが舞うほどに外の土がこびりついている。
それでも訓練用の設備としては利便性や拡張性も高く、様々なシチュエーションを想定した訓練ができることから、一帯を建築物関連を含めて外からの不意な遭遇を防ぐ意味もあり、白石グループが購入している。
元々は地方の中堅どこの企業が工場を含め本社ビル等を建設していた場所であったが、長い不況のあおりを受け、廃業するというタイミングで、そのまま一切合財の資産を買い取ったわけだ。
外部向けには森林資源の研究・資材開発や職員研修施設としての活用としているわけである。
まあ、セキュリティの研修という意味では嘘はついていない。
そんなわけで、このビル内には急遽であるが、オフィス用の家具などが仮配置されている。
いつもは精々1フロアを丸々つかった程度の訓練が多いが、今回は1棟をフルに使った特別訓練。
カメラもいつにない量が館内各所に配置され、地面にはその通信用や電源用のケーブル類がいたるところに張り巡らされて、足を掛けないようにべたべたに養生テープで張り付けられていた。
まるで大きな生き物の体内に紛れ込んだかのような気持ちわるさを禁じ得ない。
ケーブル類がまるで血管や筋肉の筋のような印象を与えるのだから。
(しかし、これは俺たちに有利なんじゃないのか?)
警備班に属する男は手に持っているペイント弾入りの銃を苦笑しつつなでる。
いつもいつも訓練で使っている馴染みのある建物。
構造まで熟知しているのだ。
それに対し、相手は初見であり、更に本来の装備は所有していない。
盾や武具は別にして身に付けた物自体は自分たちの特殊部隊仕様のものと全く変わらないと聞いている。
ならば。
「大当たり、引いてもいいんじゃないか?」
彼がいるのは4階。
一番下の1階から順次上がってくるはずだが、それまでに仲間が「光速の騎士」をどうにかしてしまうかもしれない。
何せ、今までの映像はすべて「騎士」が唐突に現れ、嵐のように去っていくという状況であったからだ。
その全てが、「騎士を想定していない」対応である。
今回はそうではなく、「騎士を想定した上で」急場しのぎではあるが対策を準備することができている。
この差は大きいだろう。
「全員、ここまで彼が上がってくると思うか?」
「……どうでしょう。結構下の奴ら意気込んでましたし。いろいろと準備もしましたよ。俺は難しいと思うんですけど」
「最悪、足止めでもいいんですし。粘っこいやり方、しましょうよ」
「そうだな。せいぜいいいデータを取れるように頑張るとするか」
ちらと見たこの階全体を見渡すカメラに親指を立てるハンドサインをして、男たちは準備を整えるのであった。
―――1F―――
ゆらり、と入り口に現れた人影。
それを視認した瞬間、1F受付のカウンターと、並行しておかれているデスクから飛び出すようにして警備スタッフが飛び出す。
スタッフが構えた銃からペイント弾が警告なしで放たれた。ペイント弾とはいえ、一斉に発射されたそれは、目標を寸分違わずにとらえた、と思われた。
ばしゃばしゃっ!
「なっ!?」
対象者と自らの間に、唐突にスチールデスクが現れる。
天板がバリケードのようにペイント弾を受け止め、毒々しいピンク色がその天板に広がっている。
机の天板の短い側が地面に接地しているので、大きな衝立のようになって、向こうの様子が見えない。
防衛側が準備していた時間というのは、逆に言えば侵入側である「光速の騎士」も準備できる時間があったともいえるのだ。
なんぞや色々とわくわくしながら準備する防衛側へ、少しばかりの意趣返しではないがビビらせてやろうと、少しばかりインパクトのある物品をセレクトしてみたわけで。
アイテムボックスにちょうどいい感じで入る、年季の入ったスチール製の事務机を見つけたのだ。
聞いたところ廃棄することになっても今回の出費はすべて訓練費としてまかなわれるとのことで、それならば遠慮なくこれを利用してやろうとこっそりと動いていた。
それに対するスタッフの動きは、そのまま留まるか、横へとずれ射角を確保するかの2択である。
ただ、唐突なスチールデスクが現れたことによる動揺が、ほんの少し動きを遅くしていた。
どがんっ!!
スチールデスクが爆発したのではないかというほどの音を立てて、1Fの受付へと飛んできた。
常識の範囲を超えた光景に、場がさらに一瞬硬直する。
デスクの天板にくっきりと足形が刻まれている。
冷静ならば判断できるだろうが、今まさに応対する彼らにはわからない。
「光速の騎士」が受付へ向けて、大人が2人がかり3人がかりで運搬するスチールデスクを、“蹴り飛ばしてきた”のである。
空を滑空するそれと、地面を滑るようにして駆け込んでくるピエロマスクの男を視認したのはほとんど同時である。
デスクから身を守るか、それとも地面のピエロへと発砲するか。
身を隠す選択をした者もいる中、ピエロへと照準を合わせた者もいた。
タタン、と軽い音と共にペイント弾が発射される。
だが、それはピエロが持つ大きな盾で防がれる。
「残念、ここは逃げて2階と合流が正解だったかな?」
ぽつり、とつぶやきが目の前から聞こえる。
視界一面をピンクに一部染まった“重い!”の文字が覆い尽くそうとしていた。
―――2F―――
尋常ではない、激突音が階下から聞こえた。
その後に続く、発砲音。
そして、なにか鈍い音が続き、しばらくするとそれも聞こえなくなる。
ごくり、と唾を飲み込み手元の時計を確認すると、まだカウントはようやく18分となろうとしていたところである。
最も開けた空間で、突破される前提で計算された1Fではあるが、わずか1分少々で突破されるとは予想外である。
「階下からのメイン階段、非常階段ともに確認。視認したら、そのまま撃て。点でなく、面で制圧できるようにバラケてだぞ!!」
ベルと共に動き出す、という設定になっているため1F~2F間には簡易的なデスクや椅子を適当に並べたバリケードしか完成していない。
ここで、射撃による時間稼ぎを行うことにしているが半分突破されることを見込んでの対応となる。
要するに1、2Fはともに時間稼ぎの捨て駒扱いであった。
本番は3~5Fまでのフロア、そして最上階では今必死に扉前に資材を積み上げてバリケードを作っているのだ。
その時間を稼ぐ必要が彼らにはあるわけで。
「階下に「光速の騎士」、いやピエロです!ピエロマスクの「騎士」を確認!!」
「うてぇっ!!」
メインフロアに現れた姿を確認しひっくり返ったような声で報告が届いた。
命令が響くか響かないかで、集まった全員の銃から一斉にペイント弾が階下のピエロマスクに向かい、一斉に殺到する。
ばたばたっと大きな衝撃と共に、ピエロマスクの男がピンクや赤、蛍光のオレンジなどで染められていく。
ふらふらっとよろめく様にして、衝撃に耐えられなかったそれが、“後ろ手に縛られたまま”階段へと前のめりに突っ伏していく。
「縛られ、……?……っ!!だ、ダミーだ!!!本体は別にいるぞ!!確認しろっ!!」
「ど、どこにいるんだっ!?」
恐らく階下にいた同僚の成れの果てに気を止める余裕すら無くし、皆が最高クラスまで引き上げた警戒度を発揮しているさなか、それが起こる。
「……ぅぅわぁぁ……」
……たたたたたっ!!
2Fの担当者が大声を上げた瞬間、メイン階段ではなく非常階段でもなく、電源を落としたエレベーターでもない。
彼らの頭上、3Fからでもない。
もっともっと上、4F以上のフロアから聞こえる銃の音と、そして慌てた誰かの憐れな悲鳴が響いてきたのである。
―――5F―――
始まりは突然だった。
出番はまだと考えていたが、それでも最低限の警戒はしていたはずだった。
そう、それはあくまで普通の人間が対応できるような内容の警戒網だったということを後から重々反省することになるのだが。
べごんっ!!
「なにっ!?」
大きな音と共に、電源を落として最上階の6Fで停止させているエレベーターの締め切られた扉の両サイドが一気にこじ開けられたのである。
警備スタッフの一人がそれに気づき、銃口を咄嗟に向けることができたのは奇跡的な偶然だったのだと思う。
ゆっくりとスローモーションのように鈍い体が、エレベーターに向かい銃口を向けようとしている中、視界はエレベーターの扉に足をつけ、バッタのように力をためている「光速の騎士」ジャージ&ヘルメットVerの様子をしっかりと確認していた。
そしてようやく脳みそから発せられた電気信号が指先へと動きを伝達する。
引き金を引け、との指令を間違いなく伝えた指先が、エレベーターの扉に貼りつく「騎士」目がけ、ペイント弾を発射する。
「う、うわぁぁぁああっっっ!!!!!」
ばたたっ!!
金属の扉に命中したペイント弾は「光速の騎士」を捉えることはできなかった。
彼は既にエレベーターから、その横にある階段へと弾丸を回避すると同時に駆け出していた。
その先には、階段の上から投網を投げようと準備していた男たちが驚きの形相で、手にしたそれを予想とは別方向から現れた「騎士」へと投げつけるかどうするかで慌てふためく様子が見える。
もたつきながらもそれを足元目がけ投げつけた瞬間、「騎士」は床から壁、そしてさらに階段の手すりへと三角飛びの要領で急角度をつけて回避していく。
当然、銃を準備していた者はその後を狙うように銃から弾を吐き出していく。
だが、一瞬早くその着弾点を駆け抜け、「騎士」が最上階へと達する。
後には、壁一面をべったり蛍光色に塗りたくった前衛芸術が残るだけ。
「クソっ!!追うぞっ!!」
勇ましく隣に呼びかけ階段を駆け上がろうとした瞬間、後方から駆けてきた男がそれに気づく。
「危ないっ!!!」
ガッシャァァン!!
駆け付けたのは最初に虚を突かれた男だった。
ファーストタッチが早かった分ほかのスタッフに比べ幾分冷静になり、イノシシのような鼻息の男の肩を引くことができた。
それにつられ、後ろへと引き戻される。
その瞬間、階上から転げ落ちるようにして、天板がピンクに染まったスチールデスクが転がってくる。
雪崩をうって階段のステップで大きく跳ねながら落ちてくるそれは、どう跳ねるのかを予想するのは困難で、階段から一歩、いや数歩足を後退させるには十分すぎる物であった。
そこに階下から、荒々しく駆け上がる足音がきこえてくる。
だが、5Fの担当者にはその足音の数がひどく心もとなく聞こえた気がした。
―――6F(最上階)―――
(いやあ、ビビった。ビビったわー、出会いがしらの一発、当たるかと思ったもんね。ショートカットなんてしたらダメってことかな、ははは!)
6Fのフロアへとたどり着くと茂は、先程までのジャージ姿から、特殊部隊仕様の装備へと姿を変える。
少しでも身を軽くするために一番ジャージが都合が良かったのである。
ピエロの姿はいかんせんスーツであり、がらんどうのエレベータのシャフトを一気に登るには動きにくかった。
いちいち何故ご丁寧に段階を踏んで駆け上がる必要があるというのだろう。
別に避けれるのであれば、思い切り避けてもいいじゃん、というのが茂のスタンスである。
おかげで今、渡されたストップウォッチによると、ここまで4分ちょっとで最上階にたどり着くことができたわけであり、効率的に動けていると茂は満足していたりする。
ただ、エレベータシャフト内には当然のことながらカメラなど設置されてはおらず、データ収集の観点からすればなかなかの問題行動となるだろうことは間違いないのだが。
「うし、ほんじゃ後は奥の部屋からタブレットを回収して、と」
踏み出す前に「気配察知:小」を発動。
階下に集まる大集団が1、目の前の閉められた扉の奥には入り口を半円状に囲むようにして5。
幾分卑怯ではあるなぁ、と茂は苦笑した。
突入時に各フロアの人員配置を「気配察知:小」で把握したうえで侵入。隠れて待ち構えていてもそれは既に筒抜け、という状況なのだから。
そこは隠しているが、その状態を知らない相手側からすると必死である。
だが、解るのであればそれを利用しないという選択肢は茂にはない。
「悪いね。真っ当にやる気はさらさらないんだよ」
そういうと踵を返し、茂は奥の部屋の一つ手前の部屋へと静かに侵入していった。




