4-0 熱意 のち 長針
取り敢えず、触りだけ。
「えーと、よろしくお願いします。さっき話があったと思うんですけど、今日一日、お世話になる……「光速の、騎士」です」
前日までと違い、今日は現在使われていないビルでの実地訓練へのゲスト参加と聞いている。
自分で自己紹介しておきながら、これはなかなかの羞恥プレイではなかろうかと“ヘルメット”の中で思いながら茂は少し熱を帯びた気がする頭を振る。
こういう時は何を置いても取りあえず勢いが大切なのだ。
臆すれば、羞恥の波に飲み込まれて帰ってこれなくなってしまう。
「と、いうわけだ。本来、今日に予定されていた訓練内容を急きょ変更したのはこういうわけだ。今回、このオフィスビルを模した閉鎖環境内において対特異能力者から強襲を受けたという想定で訓練は行われる。ご協力頂く「光速の騎士」氏は1階より最上階までを踏破、最上階のデスクに置かれたタブレットを回収、撤退を試みる。我々はそれをタブレットの死守、ないしは回収された場合、「騎士」侵入時に発せられた警報による後続部隊到達までの20分間タブレットごと「騎士」をビル内に留めることが出来れば目的達成となる。訓練開始は15分後を予定している。詳細な情報については各自の端末へ通知済みだ。ここまでで、質問はあるか?」
門倉が、いつものスーツ姿で手元のタブレットを見ながら目の前に一列になってずらりと並ぶフル装備の部下へと言葉を発する。
白石総合物産の警備部門の統括者と言う職を兼任している門倉は、いつもの柔和な表情ではなくきりりとしまった顔と声色で説明を終えた。
その横で、今日もまたパイプ椅子にちょこんと座らされている、不審者1名。
場の雰囲気に若干飲まれ気味で、きょろきょろと周りを見渡して落ち着きがない。
今日は訓練に参加するということで、動きやすい服装にしている。そのためピエロマスクのスーツ姿、ではなく昨日失敗作ということでもらってきたヘルメットタイプの兜を被り、首から下は黒のジャージ姿である。
場違い感は本人が一番わかっているのだ。
見様によってはちょっとイタめのバイクのヘルメットにも見えなくもない。
……かもしれない。
ちなみにそのヘルメット等の作成に関わる白石特殊鋼材研究所のメンバーはといえば、この実地訓練の現場において電源ケーブルを伸ばしてPCをつないだり、各所にあるカメラを増設したりと忙しなく動きまわっている。
「一つ、質問を!!」
「なんだ」
一歩列から踏み出して、がっしりとした体格の男が前に出る。
白石総合物産の警備部門で採用されている特殊案件用の装備に身を包んでそれに見合った声量が場に響く。
近年積極的な海外展開をしている白石グループには民間の警備保障会社や、そのような荒事に対応できる装備品の関連企業も含まれている。
本物の銃器に関しては日本国内ではさすがに用意することは無理だが、それ以外についてはかなり融通が利く。
「その、「光速の騎士」という特異能力者については、この場の全員がどのような存在であるかを認識しています!ですが、その……」
「はっきりと言え。なにが疑問だ」
びし、と直立不動で立つ男にタブレットから目線を挙げて門倉が先を促す。
「はっ!!その、そちらの方が“本物”なのかどうかを。我々は当然、訓練には全力で当たります。それは、我々が思う「光速の騎士」を止めるためのプランで、です。となると、もし、仮に。そちらの方が「光速の騎士」でなかった場合、不慮の事故が起きる可能性が非常に高まるのではないかと!!」
「尤もだ。それについて、私もその点をどのようにお前たちに伝えるべきかを考えた。そこで恐らくではあるが、最も効率的かつ視覚的に「光速の騎士」を理解してもらえる手段を準備した」
「準備、というのは?」
「見ればわかる。……お願いします」
顔を向けられて、はぁと気のない返事になりつつも茂は立ち上がる。
つかつかと歩き、一列に横並びになった面々の前で徐に右手を挙げる。
ゆらり、と右手の周囲がまだ朝と言える時間帯だというのに黒く歪んで光を拒絶する。
当然の結果として、ざわっと場がどよめく中で右手をヘルメットに掛けて、一気に真下へと下す。
ここ数日の間良く耳にした、聞き覚えのあるどよめきが残る中、ジャージ姿のヘルメットの人物から、特殊部隊の装備にそこだけは異様な西洋兜を被った男が現れる。
手には穂先の無い槍(何度も言うがそれはただの装飾された棒であるが)、そしてでかでかと“重い!”と書かれた重厚感のある盾であった。
「おぉぉぉぉ………!!!」
肺活量の多い男ども(何人か女性もいたが、そこまで野太くなかったのでここでは省く)の発する地鳴りにも似た感嘆の声が響く。
全員が、その顔を赤らめさせて、興奮した表情を見せる。
ただ、昨日の装備開発チームの面々と比べ、キラキラがギラッギラになっている感がするのであるが。
実に見事なプレゼンをした門倉が、すこし場が治まったところで口を開いた。
「見てのとおりだ。正真正銘、間違いなく「光速の騎士」殿である!!いいか、我々白石グループによる「騎士」装備品の研究は現在進行中であり、この訓練データの収集からのフィードバックは非常に大きな判断材料となりうる!!そのことを理解したうえで、諸君の健闘に期待する次第だ!!いいか、お前たちが「騎士」をどう相手どるか、どう対応するか。その一つ一つのデータが「騎士」のこれからの活動に影響を与えるのだ!それを頭に叩き込んだうえで、訓練に挑め。以上だ!他に質問はっ!!」
「有りません!!」
「では、訓練開始まで残り時間は10分少々。解散し、各々配置につけ!!!」
「「「はいっ!!!」」」
ずざっ、と一糸乱れぬ勢いで気をつけをすると、全員がばらばらと駆け出していく。
その表情がまあ、真剣極まりないうえに、どこかギラギラとしているのが印象的だ。
隣のチームメイトと肩を叩き合いながら、怒鳴り声に近い大きさの声で自分たちがどのように動くのかを話し合っている。
中には名残惜しそうに、こちらを見た女性もいたのだが、目線があった瞬間、本当に本当に楽しそうににんまり笑って踵を返した。
あれは、どういった意味の笑い顔だったのだろう。
いや、聞く勇気などありはしないが。
「予想以上に気合が入りました。いい訓練になりそうです」
「やりすぎです!完璧ガチじゃないですか!?怪我人出たらどうするんです!?」
慌てる茂をよそにふっと門倉が笑う。
「楽しくはありませんか?男とはこういう生き物ですよ」
「いや、メンバーの中に女性もいたでしょ。理屈に合いませんって」
「オトコというのは“男”ではなく、“漢”ということですな。要は心の在り様です」
兜の下の頭を掻きたくて仕方ないが、それが出来ない分、兜に手を当てて悩む茂。
「それに良く考えたら、わざわざ特殊な装備を作ってもらわなくても、この特殊部隊用の装備もらっていけばそれでいい気がしてきたんですが?このセット2、3個あれば特に問題なく……」
「……そうおっしゃるであろうと、皆さんからメッセージを預かっておりまして。“絶対に変なことに巻き込まれてるんだから、お手軽に妥協はしないこと!しっかりしたものを用意してもらいなさい”、だそうです。まあ、日当もお出ししますので我々の警備の再確認ということも兼ねておりますし、どうかお付き合いください」
「……逃げ道すら潰されてるんだもんな。大人ってずるっこいっすね」
「ふふふ、それが大人の生き方ですよ」
諦めたように茂は手に持った棒でとんとんと肩をたたく。
横目で見た壁掛けの時計は予定時刻の5分前をちょうど指そうとしていた。




