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3-了 宿着 のち 拉麺

「終わった……。ようやく、終わった……。長かったぁ……」

「お疲れ様です。もう少しで今日の宿に着きますので」

「門倉さんも、お疲れ様でした。こんな時間まで待っててもらって」


 運転席に座る門倉に語りかける茂。

 ぐったりとした風情で革張りの高級シートの後部座席に沈み込んでいる茂は、ミネラルウォーターを一口含むと体を伸ばす。

 体中からぺきぺきと音が鳴り、それにつられてふぅぅ、と口から息が漏れる。

 この車内には茂の他は門倉しかいないこともあり、すでにピエロ装束は外して普段着に着替えていた。

 至って普通のどこにでもいる平凡な20代前半の男性。

 そんな男が高級車の後部座席に座っている画というのは、少しばかり違和感を禁じ得ないが。

 スモーク越しの窓の外はすっかり夜も更け、道路の両サイドにはちらほらと店の明かりが灯っているのが見える。


「いえいえ。私はこれも仕事のうちですから。それに今の時代、ネットさえつながっていればどこでも事務作業は出来るものですよ」

「……どんな仕事でも働くって大変ですねぇ。宝くじでも当たらないと働かずに生きてくことなんてできないでしょうしねぇ。働かないで生きていけたら最高かもしれないですけど」

「いや、雄吾様の知人で稼ぐだけ稼いで早々にセミリタイアした方もいらっしゃいますが、全員しばらくすると何かしら事業に手を付けたりされていますよ。お金の心配がなくなっても人間、少しはストレスが無いと人生張り合いがないでしょうしね」

「まあ、そういう生き方しようにも俺、才能ってもんが無いですからね。地道に生きてくしか選択肢もないですから」


 ふふふ、と運転席で門倉が笑う。


「……まあ、そういうことにしておきましょう」

「なんすか、その意味深な笑い?」

「いえいえ。ああ、到着です」


 茂が尋ね返したタイミングでちょうど門倉が左に曲がるウインカーを入れた。

 つられて外を覗くと、ホテルが見える。

 ビジネスマンが定宿にするようなそんなクラスの至って普通のビジネスホテル。

 入り口にそのまま車を着けるのではなく、地下の駐車スペースへとそのまま車を滑らせるようにしてゆっくりと入場する。


「夕食は無しになっていますが、朝食はバイキングですので。ビジネスホテルですが、大浴場も23時までは使えます。明日、9時に正面にお迎えに上がります。宿の予約は杉山茂で押さえておきました。支払いも我々の方で先払いしてありますので」

「ありがとうございます。じゃあ、ここら辺でいいですよ」


 門倉はききっと軽くブレーキをかけて他の車の邪魔にならない位置に停車した。

 それを確認すると、茂はシートベルトを外し、小脇にアイテムボックスから小さな旅行鞄を一つ取り出すと、そのまま車から降りる。


「じゃあ、おやすみなさい」

「はい、ごゆっくりお休みください」


 軽く挨拶をして駐車場から出ていく門倉の車に手を振り、見えなくなったところで踵を返し、受付へとつながるエレベータへの案内板を見つける。


「……とりあえず、チェックインしてそっから今日の飯どうするか考えよう。とにかく、疲れたし」


 鞄をつかむと、茂はエレベータに向かって歩き出すのだった。






「お待たせしましたー。ご注文の味噌チャーシューに、鳥から揚げです。ライスはすぐお持ちしますね」

「あ、どうも」


 テーブルへと黒のタオルを頭に巻いたバイトの女の子が、茂の注文した品を届けてくれた。

 夕食をどうするかと考えていたところで、ホテルの部屋に入って、カーテンが閉められた窓を少し覗いてみたのだ。

 すると、よく行く大手のラーメンチェーン店が煌々と明かりをつけていたのである。

 こういう知らない土地で知らない店に冒険してみるのもいいのであるが、少しばかり疲れていることもあり、ある程度のクオリティが担保されている店を選んだ次第だ。

 まあ、妥協と言えば妥協であるがそれでもいいと考えるくらいには精神的な疲労が強かったわけで。


(……あの後、みんな集まってきて収拾つかなくなってたしな。俺はパンダかっ!っていうんだよ)


 手を合わせて小さくいただきます、とつぶやくと、卓上の箸たてから割り箸を引き抜いて割る。

 そうこうしていると、横にすっとライスを持った店員のおにーちゃんが伝票と共にやってくる。


「お後、ライスでーす。おかわりは無料ですんで、その時は呼んでくださーい。以上でご注文の品、お揃いですかー?」

「あ、はい」

「では、ごゆっくりー」


 軽く頭を下げて、そのおにーちゃんは伝票を伏せて置くと他のテーブルへと向かっていく。

 少し夕食時というには遅い時間であり、飯を食いに来ている、というよりはラーメンと酒、という客層の方が多い。

 ちらと見た奥にある上がり席は、酔っぱらった赤ら顔の男たちが、注文を取りに来た店員さんへハイボールを頼んでいたりする。


「うん、さっさと食って風呂入って明日に備えよう」


 割り箸をラーメンの丼に突き立てると、とりあえずチャーシューをスープへと沈める。

 このチェーン店のチャーシューは分厚いうえに、切ったものをそのまま炒めた野菜の上に乗っけて持ってくるので、そのまま食べようとすると、テーブルへこぼれていくのである。

 一口目を食べる前にまず、各々の具を配置しなおす必要があった。


(盾とか槍とか斧の担当の人たちって別に俺が着替えてる瞬間とか確認する必要、なかったじゃん。ピエロ姿でいても問題ないはずだったのに。なんで全員でその鑑賞会することになるんだよ!)


 失敗作を身にまとった「光速の騎士」の雄姿、というか戯れを見逃した“鎧”以外の担当チームがものすごい形相で集結し、“装備のバランスを考える上で、鎧姿のまま○○を持っていただきたい”と言ってきたのである。

 ○○には盾・槍・斧が入るのであるが、それぞれのチームが各々のカメラとPCを持ち込んだうえで、素振りとか、軽い動きを要求してきたわけである。

 ……絶対に適当な言い訳だろうと茂は確信している。

 あれは間違いなく、そういう意図はない。

 なんというかあの時の皆は、そんな仕事への情熱を纏っていなかったと思う。

 代わりに纏っていたのは、きっと“イタい大人”のオーラだったに違いない。


(おかげですごい時間も押したし……。もっとこう、俺は特殊部隊寄りなもので作ってもらってもOKなんだけどなぁ。いや、作ってもらって贅沢だってわかってるんだけど。……どうしてこの現代で中世の鎧装束のイメージから離れてくれないんだろう?言わなくても現代戦の装備をベースにしてくれると思ってたのが間違いだったなぁ……。パシャパシャ撮られて超恥ずかしかった……)


 まるで新人のグラビアアイドルのようなことを思いながら、ラーメンの具を自分の思うベストポジションへ配置しなおすと、スープに沈んだチャーシューの脂がゆっくりと溶け出ていくのを眺める。

 すこし常温に置かれているチャーシューの脂をそのまま口にすると、分厚い分、冷えて固まった脂が口に残ってしまう。

 そういったことを避けるために、薄く切ったり、少しあぶったチャーシューを提供するラーメン店もあるだろうが、それをされてしまうと、チャーシューの旨味が逃げていく気がしてしまうのだ。

 失礼ながら言わせてもらえば、丼に入れて持ってきてもらえればこっちで上手い具合に処理するんで、お気遣いなくというところだろうか。

 少し脂の浮きが多くなったスープをレンゲで一口。

 濃いめの味噌スープと、炒めたモヤシとキャベツ、そして混じるチャーシューの脂を味わう。


(うん、安定のいつもの味噌チャーシュー。たまにおんなじチェーン店のはずなのにちょっと気取って味の違うチェーン店があるからなぁ。あれはあれでベースの味は変わらないからいいんだけど。今日はそういう気分じゃないしな)


 一口スープを飲むと、ちぢれのある太麺と、チャーシューを一枚の半分くらい咥えて一気に啜り上げる。

 ずぞぞっと口中に放り込んで、それが残ったまま、ライス。

 はふはふと少し火傷しそうな口の中へ米を入れてよく噛んで味を堪能する。

 半分ほど口の中から喉へと落とし込み、そこでレンゲ一すくい分のスープを啜る。

 一連の動作を終えると、テーブルのコップから水をぐびぐびと飲む。

 どちらかと言えば豪快なこってりな味付けのラーメン店であるので、女性客が入りにくいことを考えて綺麗目に見えるマイナーチェンジをしている店舗があるが、基本型を愛する茂からすると少し物足りなさを感じるのだ。

 丼からこぼれそうな野菜の盛りが少し減っていたり、チャーシューが薄めできれいに輪になって乗せられていたり、とか。

 いや、別にそれはそれで食べやすくて好きは好きなのだが。


「ふう……落ち着いたぁ」


 誰にも聞こえないほどのつぶやきをこぼし、一息つく。

 そこでテーブルのから揚げを一つ箸でつまんでぱくりと齧りつく。

 醤油ベースのタレにつけてあったそれは揚げたてで、まだ熱い。

 水を一口含んで口の中を冷まし、残りを放り込む。

 もしゃもしゃ食べながら、ボリュームを控えめにしてあるテレビを見ると、ちょうどニュースのエンタメコーナーの様だ。


(へー。やっぱ神木美緒、パピプ辞めちゃうんだー。パピプの公式サイトで正式に発表かー。藤堂ユイも引退へ、かー。復帰するつもりだって最初の事務所発表は言ってたはずだけど)


 取り皿に卓上のマヨネーズと少量の醤油を垂らしてつけダレを作り、から揚げをつけて食べながら、そんな感想をぼーっとした頭で考える。

 ブラックペッパーをラーメンへとぶっかけて、ずるずると勢いよく啜る。

 いろいろと大変だなぁと思いながら、他人事のように空になったコップへとピッチャーから水を注いだ。

 カウンターで一人ラーメンを食べているこの男が、その日本のトップアイドルの引退に係る重要なピースの一つであったことはこの店の誰も思いはしないだろう。

 ずるずるとラーメンをすすり、ライスを掻きこんで、2杯目のライスを注文して、きれいにそれを平らげる。

 満足気に腹をさすりながら、水を口にしている男。

 杉山茂のそこそこ疲れた一日はこうして終わろうとしていた。

とりあえず3日連投はここまで。

続きは来週後半、上手くいけば半ばってとこです。

待ってくれている奇特な方はしばしお待ちをば。


お腹が満ちて一日が終われば、それはきっと幸せなんです、多分。

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