3-1 邂逅 のち 齟齬
ゆっくりと地下の業者搬入用のエレベーターが常設されたフロアに、後部座席がスモーク処理された一台の車が入ってくる。
いつもはトラックや業者の営業車などくらいしかいないそこでは、平時あまり見かけない高級車だった。
通常であれば、研究所の正面入り口や関係者用ゲートを通過して入ってくるのが常である。
ただし、今回はそういうわけにいかなかった。
「少し早目のご到着だな」
そう独白するのは白石特殊鋼材研究所、応用工学部部長・小林辰雄。
本社の社長や海外企業の視察時にも見せたことのない緊張の面持ちで社内への不審者のチェックを行う警備所前で待機していた。
車が止まり、運転席からドライバーが降りてくる。
何度か見たことがある男で、昨日も電話で話した白石物産のトップ白石雄吾の護衛の門倉であった。
雄吾の車の乗り降りの際にも行っているのだろう。
彼は後部座席のドアを自然な動きで開けた。
(いよいよかっ……!)
ごくりと唾を飲み込んでその瞬間を今か今かと待つ。
彼はテレビで見るたびに馬鹿にしていたが、海外セレブが空港に降り立つ際に出待ちしているファンの群れの気持ちの一部だけでもわかるような気がした。
「すんませんね。門倉さん。ここですか?」
「ええ、ご案内します」
若い、と思った。
声が若く、はきはきとしてよく通る。
(いろいろと言われていたが、やはり若年の人物だったか)
いろいろな検証サイトで、「光速の騎士」の人物像について予想している。
その中で年齢などの推測もされていた。
小林としては30前後の人物像を推していたのだが、家族は10代後半から20代前半までが“イカしている”と譲らなかった。
まあ、結果としては家族が正しそうである。
門倉の陰に隠れて小林からは見えなかったが、足が車から地面に出たのが見える。
スーツに包まれた足である。
そして、門倉がその正面からずれた瞬間、小林の前に「騎士」が現れ……。
「ぅぇえええっ!?ぴ、ピエロっ!?」
ぬっと現れた180前後の身長のスーツ姿の男と思しきシルエット。
それだけならば特におかしなことなどないのであるが、頭には安物のピエロのマスクが鎮座している。
小林もワイドショーで繰り返し流される「騎士」の情報で、このピエロマスクが「騎士」の前段階であったことを知っている。
正体は極秘扱いなのだと聞いていたので、顔は隠してくるだろうとは思ってもいた。
だが、精々普通のマスクにサングラス、その程度の認識だったのである。
そこに予想外の、ピエロマスク。
(こ、これは確かに結構怖いな。なんというか本能的に逃げたくなる……)
後ずさりしそうな体を留め、張り付いた笑みを必死に維持しようと努力する。
そんな苦労も知らないのだろう。
「騎士」もとい「ピエロ」が小林の前に立つ。
「あ、どうも。白石雄吾氏に紹介されまして、本日お世話になります。えー、と……自分で言うの恥ずかしいな……。「光速の騎士」なんぞと呼ばれてるヤツです、はい」
「お、お待ちしておりました。あちらの物資搬入用のエレベーターからお入りいただきます。一応不審者対策にカードキーを準備していますので、これを」
「すみません。いや、不審者対策っていうなら真っ先に俺、捕まえないといけないと思うんですけどね、ははは」
「いえいえいえ!!我々がそんなこと!!お願いしてきていただいているんですからそんな失礼なことは致しませんよ!!ははは!!」
茂としては緊張している相手をなごます軽いジョークだったのだが、逆効果を生んでしまった。
逆にぴりりとした空気が流れる。
(やべえ、超スベったっぽい。はぁ、だから来たくなかったんだけどなぁ……)
マスクの下でがっくりきている茂は、外に漏れないようにマスクの中でため息をつく。
そんな沈黙を見かねて門倉がそれを破る。
「まあ、こんな地下で話をするのもおかしなことですから。とりあえず中に入って話をしましょう。「騎士」殿も長く車に揺られてお疲れでしょうし」
「そ、そうですね。ではこちらへ!」
硬直から溶けた小林が来訪者を案内する。
どことなく、先行きに不安を覚えながら、茂はその後をとぼとぼと付いていくのだった。
(なんというか、すっごい居心地悪いぃぃぃ……)
清潔な廊下を小林の案内の後にてくてくと金魚のフンよろしく大人しく付いていく。
ただ、廊下を通過していくその途中で、両サイドにある扉の向こうに数名ずつの気配を感じていた。
全く物音がしないところからすると隠れているつもりなのだろうが、茂にはモロばれであった。
廊下に張り出した窓の向こうからブラインドをほんの少しこじ開けている姿もちらほらと見える。
はっきり言う。
ものすごく、居心地が悪い。
芸能人がみられている、というのではなく熊やライオンが運ばれていくのを眺めているというのが一番正解に近いだろうか。
「はぁ……」
誰にも聞こえないようにこぼしたため息が、ピエロマスクの中で籠って消えていく。
幾度目かわからない回数のため息をマスクの中に溜め込みながら、長い廊下を抜け、目的地の部屋へと通された。
一般的にいう応接間とかという場所ではなく、会議や打ち合わせを行うスペースに見える。
「どうぞ、お掛けになってお待ちください。今、各特殊装備のチーム責任者を呼びますので」
「えーと。いや、そんなマジで作ってもらう必要はそんなにないんですよ?簡単に同じようなものがもう1、2セットあればいいだけなんで。テキトーにちゃちゃっとでっち上げてもらえれば……。ぶっちゃけここまで大がかりな事してもらわなくても……」
「とんでもない!!」
「おおぅ!?」
いきなり大きな声を出されて茂はびくっとなってしまう。
テーブルの対面に位置している小林の顔が若干赤らんで目も血走っていた。
一方門倉はわれ関せずといった風情で椅子に腰かけている。
「我々が、必ず、ご期待以上の品々を提供させていただきます。どうぞ、お掛けになってお待ちください」
「は、はい」
作業着姿のおっさんに気圧されてちょこんと座るピエロマスクの不審者。
摩訶不思議な光景がそこに広がる。
コンコンコン!
軽いノックと共に入室してくる一団がいる。
全員が失礼します、と言って入室してきたが、その視線はピエロマスクの不審者から外れることはない。
各々が両手に抱えきれないほどの紙の束と分厚いバインダーを、まるで引っ越し業者のような勢いで持ち込んできた。
その最後尾から、人数分の飲み物をもった事務員も入ってくる。
こういったお客さん然とした対応を取られると、どうも窮屈に感じられてしまう。
そっと差し出された湯気の立つコーヒーをテーブルに置いて、事務職の人が外へと出ていく。
ちなみにその事務の人も、興味津々な自分を必死に取り繕っていたのだろう。
体がものすごく不自然な挙動をしていたことをここに追記しておく。
(というか、俺のこのマスクでどうやってコーヒー飲めるんだって話なんだけど……)
よくよく考えると、ほぼ顔前面を覆い隠すタイプのピエロマスクの為、食事等に使える仕様のものではない。
着座している人々は各々の準備に忙しいのかそのことに気付いてはくれなかった。
「では、まずは簡単に自己紹介を……」
と、いうわけでそこに気付くことなく話が始まってしまうのであった。
「……と、いうコンセプトで試作案として設計したものがこちらです」
「は、はぁ……」
茂が今見せられているのは、最後の“盾”部門の担当者のプレゼン資料である。
先程までの“槍”“斧”“鎧(各部別)”で渡された資料に半ば埋まるような形でさらに追加の資料が渡される。
おそらく基本的なスペックや、材質、更にはデザインパターンにカラーリング等、事細かに書かれているのだろう。
茂が気のない返事となっているのは、ここまでぶっ通しで詰め込まれた各種資料が頭の中でぐるんぐるんと回っているからだ。
最初にメモにでもお使いくださいと渡された1冊の大学ノートは、途中で記載する力が尽きてしまい、半ばより惰性で話を聞くだけとなりつつある。
「……如何ですか?我々が考える、“盾”4種のプランですが。気になったものはあるでしょうか?」
「……あのー、一つ聞きたいことがあるんですが?」
最初にプレゼンした“槍”で少しだけ話をした以外、資料へと視線を落とし黙り込んでいた「光速の騎士」が久しぶりに自分から口を開いたのである。
プレゼン者以外の者はそれまで他部署の資料を穴が空くほどに凝視しながら、そのコンセプトを読み取ることに全力を挙げていたが、全員ががばっと「光速の騎士」へと顔をあげる。
(こええ。超こえぇし。なんか、ちょっと。……うん、狂気を感じる……)
仕事熱心なのは良いことかもしれないが、限度があると思う。
目を充血させて、ギンギンなまなざしで見つめられるのは若干食傷気味だし、鼻息荒く待ちかまえられても気のきいたセリフは出てこないものだ。
「えーと。皆さん、いろいろ凄いプランをお考えいただいているんですが、正直使ってみないとよくわからない、ってのが正直なところで。なんというか実際に手に取れるものがあったらうれしいなぁ、と」
「試作のサンプルということですか?昨日の今日というところもありまして、なかなかそれは……」
「いえ!検証用の物であればいくつか作ってはあります!!ただ、塗装やデザインがまだ終わっていないので……」
小林の言葉をさえぎって大きな声が会議室内に響く。
そう言い放ったのは“斧”の担当者である。
全体のバランスや、柄自体に組み合わせた際の負荷の計算などでいくつかを適当にまずは作ってみたのだ。
それで出来上がったものを、現在いくつかを組み合わせて別棟でテストをしているところであった。
「ああ、では実際に見せていただきたいです……。あと、これはなんというか皆さんと、俺との間でちょっと意見が違うんじゃないかな、と思ってることなんですが」
「なんでしょうか?」
ピエロのマスクをかぶった頭を少し傾けながら、茂が尋ねる。
「なんでこう、どれと言わずこれと言わずゴテゴテと煌びやかに装飾をしてるんでしょうか?俺としてはもっと、質素に、地味ーに、くすんだ感じの色合いでお願いしたいなーと」
「「「「「はい?」」」」」
小林を含め全員が疑問符を頭の上に浮かべる。
この目の前のピエロマスクの人は何を言っているのだろうか、と。
その当事者はと言えば、今先程プレゼンされたばかりの“盾”のデザイン案が4種載っているページをめくって自分たちに見せてきている。
「ほら、これなんか前面に獅子を象っていますけど。こういう装飾、要らないですよ?ガツンガツンぶつけ合うのに、そんな細かいものつけてても意味がないですし」
「えええええ!!?」
まあ全くの無意味ではないのだが。
精神的な鼓舞とか、相手への威嚇等もある。
こちらではほぼ不可能であるが、意匠の対象図へと魔術式を組み込み、性能を底上げした高級品もあった。
店屋に並んだそれを、茂のような兵士のなけなしの給金で買うにはかなりの節制が必要となるわけで。
だから以前、呪いの装備に手を出して頭皮がさみしくなった同僚がいたりもするのである。
「こんな銀のカラーリングも候補から外してもらって。いや、むしろつや消しのマットな感じで仕上げれないですかね?」
「そ、それでは「光速の騎士」の装備としては……」
「?いや、だってモデルみたいにランウェイに立つわけでもないですし?そういう目立つものって逆に狙われやすくなるから、危険でしょう?」
「は、はぁ……」
ぱらぱらと資料を見てダメ出しをしていく茂。
それを見て、そっと資料を下げる者がいる。
最初にプレゼンした“鎧”担当部門の長である。
物が全身を覆うこともあり、一番担当する人員が多いこの部署は色々な意見が出ていた。
サンプルとして提供されたオリジナルに準じた“通常仕様”のバージョンアップ版、それをより趣味的にリファインした資料である。
全くの別案として作った“特別仕様”のプランで、実は外の型だけではあるがすでに一部を試作し始めている。
内部装甲などは実際に計測や着用時の不具合を確認しつつ、これから詰めていくつもりであるが、一応オリジナルから装甲部の資材を移植すればすぐにでも使用できるというメリットがある。
全員が徹夜で3Dスキャンからかたどりした各種パーツをグレードアップした会心の作。
ただし、“アツい大人が恥ずかしげもなく全力で頑張った”「ぼくたちのかんがえたさいきょうのきしよろい」である。
今の「光速の騎士」の発言に勢いをそがれた彼は、部の皆に心の中で詫びながら手持ちの封筒にそれを仕舞い込む。
人の思いというのは往々にして行き違うものであった。




