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2-2 買替 のち 女傑

「うん、うん。わかってる、……そう、うん。大丈夫だって。うん。父さんにもよろしく言っといてよ。うん、じゃあまた」


 ぴ、と電子音がして電話が切れる。

 ついに茂の手に文明の利器、ガラパゴスケータイが復帰した。

 久しぶりに手にしたガラケーのぱかぱかをすこしばかり楽しむ。

 新型スマホも選択肢ではあったが、恐らくしばらくすれば「勇者」たちから返却される予定だ。

 ならばその場しのぎでも一番安いのをなんとか、ということで机の奥に放り込んでいた、昔の愛機を契約書ともども引っ張り出してきたわけだ。

 データ移行に本人確認の運転免許証が必要です、と言われたときには免許証をお守り代わりにしていた自分の先見の明を、自画自賛で褒めてしまった。


「兄貴、終わった?」


 ぼーっと外のソファで携帯ゲームをしていた猛が、電話終わりを確認して話しかけてくる。


「ああ、終わった。暇が出来たら帰ってこいや、って話だ。俺もお前も」

「しばらく帰ってないしねぇ。ま、気が向いたらってことで」


 ゲーム機をカバンに放り込み、くるりと背を向けて歩き出す猛を追いかける茂。

 ここは地域内でもっともにぎわう商業ビルの1Fだった。

 そう、茂が異世界へ拉致られたあの商業ビルである。


(ここが、集合場所って勘弁してくれよ……)


 猛の所属するゼミ生の集合場所としてこの商業ビルが選ばれたのだ。

 この場所が最も県内で有名なランドマークの一つだった。

 県外出身者からすれば集まりやすいと言えば集まりやすいのかもしれない。


「なんかさ、最初に「光速の騎士」が見つかった幹線道路って、このビルの近くらしいんだよね。動画サイトの連中が道路沿いを虱潰しに探してるらしいし。ならそっちはその内サイトにアップしたのを探すってことにして、俺たちは別の情報を集めようってことらしいよ」

「そ、そうか」

「このあたりは人も多いし、当日何か見聞きした人を探す起点としては最適なはずって。教授が言ってたけど兄貴はどう思う?」


 確かに効率を考えるならそれは良い方法かもしれない。

 動画サイトの投稿者たちは幹線道路沿いで集めた動画をせっせとあげてくれるだろう。

 なら同じ映像をダブリで入手するよりも、全く違う角度から攻めるのは正しい戦法かもしれない。

 多角的な情報はより不鮮明な部分を推測する手掛かりになるだろう。


「良い方法かもなぁ」

「そっか、そう思うんだ。なら、そうなのかも」


 振り返っていた猛が前を向いて歩いていく。

 その後ろに続く茂は考える。


(なんか、マズイ情報を残したか?うぅむ……)


 探偵と一緒に謎解きをしているのが実は犯人である、というどこかで見たポジションになっている。

 ちなみに医師が茂、ポアロは猛の配役だ。

 傍から見ると滑稽だが、本人たちは至って真剣であった。


「で、兄貴のおすすめの飯屋ってどこさ?」

「ん?ああ、もう一つ上の階、そこ降りて真っ直ぐ先の店だよ」


 エスカレーターに乗り、上の階へと移動する。

 確かに県内でも有数のショッピングスポットではあるが、平日だというのになぜか人が多い。

 中には露骨にカメラを首から下げる男性や、何度かテレビで見た地方局の中堅アナウンサーまでいる。


「はぁあ……。皆、「騎士」探しに来てるんだねぇ」

「く、くそう」


 絶対に見つかってやるものかと決意を新たにする茂。

 もう絶対に「光速の騎士」は現れないのだ。

 何故なら本人が現れないと決めたからである。


「……ほら、あそこ。あの鳥料理店「鳥喰らい」だよ」

「へぇ、いい店知ってるじゃん兄貴。外からだけど何か雰囲気良いよ」

「だろう?夜はコース中心でちょっと手が出ないんだけどな。○○県産の良い鶏肉を仕入れてるんだって」


 視線の先に有るのは紺の暖簾がかかり、どことなく高級店っぽい雰囲気を醸し出している鳥料理専門の日本料理店である。

 このフロアの飯屋は総じて高そうなため、敷居が高く見えがちだが、一部の店ではリーズナブルなランチメニューが充実しており、いつもの昼食代に200円程上乗せするだけで美味しいランチがいただけるのだ。


「まあ、俺たちが食えるのって昼のランチくらいだけどな。でも、ここのから揚げ定食、肉が良いからめちゃ美味い。マジで。小鉢のポテサラもキュウリ入ってて激ウマ。あとランチタイムはサービスでご飯とキャベツ大盛り無料」

「ほぁあぁぁ……。兄貴、それ最っ高のチョイスじゃん。やっぱ現地で飯食うときってそこ住んでる人に聞いた方がいいよね。ここの店評価サイトじゃあんまり情報出てないもん」


 猛の見た飲食店の評価サイトにはこの鳥料理店は載っていないようだ。

 事前に猛の“美味くて、量があって、大盛りご飯がいい”というリクエストを聞いて選んだ店だ。

 たしかに現地にいって飯を食う時に一つの評価基準にはなるだろうが、実際食べてみないと本当は判らないことも多い。


「ま、今日はお前にゴチになるつもりだし。会計だけはお願いするよ」

「へっへっへ。お任せください、お兄様ってね」


 ウキウキで昼食を取ろうとする2人。

 その2人に声がかかる。


「杉山?杉山か?」


 杉山兄弟が2人とも振り返る。

 どちらも杉山なので仕方がない。


「あ、教授。どうしたんすか、こんなとこで?」


 茂にはとんと見覚えがなかったが、猛の知り合いらしいその人物はぎゅっぎゅっと無骨なブーツの靴底を鳴らしながら2人の前にやってきた。


「杉山、もしかしてこちらは前に話してた?」

「あ、そうです。兄貴、じゃないや。ええっと、兄の杉山茂です」


 猛に紹介され、取り敢えず頭を下げる。

 顔を上げると目の前には180センチある茂と遜色ない背丈の野性味あふれる女性が立っている。

 編み上げの使い込んだ革のブーツに、黒のデニムパンツ、上は紺色の無地のTシャツの上に、革のジャケットを羽織っている。

 がっしりした体つきで服の上からでも筋肉の筋が走っているのが見えた。

 ただ、女性的なフォルムが崩れているわけではなく、出る所出なくて良い所はくっきりと判別できる。

 ボディビル的に筋肉がメインという体ではなく、グラビアモデルに少し筋肉を乗せてあるかのような柔らかな肉質の印象を受ける。

 肩から下げたバックパックは使い込まれて、ところどころパッチワークで補修していた。

 髪は背までの長さのつややかな黒髪を無造作に後ろでくくり、ポニーテールにしている。

 そんなワイルド一直線にしか見えない中で、一つだけ銀のフレームの細身のメガネが異彩を放つ。

 化粧っ気も無いような有様であるが、顔は非常に造作は整っており、唇はぷっくりとしてつややかで、メガネの奥の瞳は切れ長で鋭さを感じる。

 鼻すじも綺麗にとおっており、顔だけで見れば美女の部類に入るだろう。


(……今、教授って言ってたよな?え、猛の教授?)


「どうも、杉山猛君のゼミ担当教授の火嶋早苗カジマサナエといいます。杉山、いや猛君からはこちらにお住まいだと聞いてはいましたので」

「あ、どうも。杉山茂です。弟がお世話になってます」


 ぺこぺこと日本でよく街中で見られるあいさつをする。

 こういう時にどのタイミングで頭を上げていいのか今一つ判らない。


「で、教授。集合1時半って話でしたよね?まだ11時ですよどうしてここに?」

「いや、ホテルに荷物を置いたら特にすることもないからな。現地時刻に遅れないようにと事前下見を兼ねて昼はここで食べようかと思ってな」

「はあ、真面目っすね教授。2時間前集合って早すぎでしょ」


 はははっと猛と早苗が笑いあう。

 置いてけぼりの茂に向かい早苗が野性的で強い笑みを向ける。


「それで、茂さん。あなた方もこれから昼食ですか?」

「あ、そうです。久しぶりにこいつと飯でも一緒にって思いまして」

「私も一緒にお願いできませんか?」


 え?と思う茂。


「いや、から揚げ定食が美味いと。そう聞こえたので」

「あ、確かにそうですけど。……失礼なんですが結構ボリュームが有るんですよ。男でも食の細いヤツは結構キツイっちゃキツイんで」


 男性でもあまりのボリュームにギブアップして残す人もいるようだ。

 やはり注文した分はおいしく全部食べきることが、お店の方への最低限のルールであると茂は思う。

 猛の食べる量は知っているので問題ないと連れてきたのだが、早苗がどのくらい食べるかを知らない以上、安易に薦めるのはダメだと思うのだ。


「大丈夫です。午後からフィールドワークですから。しっかり腹に入れておかないと」

「いや、そうじゃなくて」


 やんわり違う店を勧めようとする茂の肩を猛が叩く。


「兄貴、教授は大丈夫。問題ないって」

「いや、ホントにボリュームが…」

「先月の飲み会、2キロのラムステーキ食って、二次会でチャーシューメンと炒飯食ってた」

「え、マジ?」


 早苗の顔を見る茂。

 にこやかな微笑が変わらない。


「その日は家に帰って、夜食で卵かけご飯も食べましたね。いや、あの二次会のラーメン美味かったな、杉山」

「俺、吐きそうでしたけど……」


 早苗を茂がガン見する。


「さあ、ドンと行きましょう!!」


 ぱあん、とTシャツに包まれた腹を叩いて大きな音を早苗が鳴らした。

明日(6月16日)残りを投稿予定です

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― 新着の感想 ―
教授って事は40歳以上かな? リアルなら30代前半で教授なんてほぼなれないから。
[一言] 主人公より教授の容姿のほうが描写が細かくて草生える
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