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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
3章

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2-了-裏 残業 のち 夜勤

たまに書きたくなるサイドストーリーってやつですね。

うん、なんとなく書いたので、あんまり現実っぽくないけど。



「はい、はい。はい、はい。ええ、わかっています。わかりますわかります。メールは受け取りました。はい、間違いなく全員に機密保持の念書を。はい、それは重々承知です。間違いなく。はい、はい。……では失礼します」


 男はゆっくりと受話器を下す。

 かちゃり、と音を立てておかれた受話器から手を離し、スチールの机の両の端を強く手で握る。

 ふるふると体が震えていた。

 小刻みにしかし徐々に強く震えが強くなっている。

 それが、完全に限度を超え、机のペンたてに差し込まれていたはさみが揺れに耐えきれず机の上に転がり出た。

 卓上に置かれたデジタル時計は夜の10時を回っている。

 それを見て男がゆっくりと顔をあげる。

 満面の笑み。

 強面で通っている現場一筋の男。

 白石特殊鋼材研究所、応用工学部部長・小林辰雄49歳。

 彼に割り当てられた部屋で、その一報を今まさに受け取ったところだ。

 震えはまだ止まらない。

 だが、彼にはやらねばならないことがあった。

 ゆっくりと受話器を取り、急遽始まった“大仕事”の為、心身を振り絞り残業をしているであろう各チームの部下を呼び出すのだ。

 指が震え、何度も電話機のボタンを押し間違えつつ、電話を掛ける。


「……小林だ。すまんが、各チームの担当責任者に10分後第一ミーティングルームへ集まる様に伝えてくれ。……ああ、残っている奴だけでいい。ん?全員残っているのか……。ふふふ、あまり根を詰めるのは良くないんだがな。ああ、頼む」


 かちゃりと受話器を下す。

 ようやく震えが止まってきた。

 さあ、サプライズの準備をしよう。





「……と、いうわけだ。明日の午後には到着予定だ。急な連絡だが、一応伝えておかねばならんだろうと思ってな。時間外でもあるし、明日でもいいかとは思ったんだがな」


 小林の前に座る男女が、呆然とした顔でこちらを見つめている。

 今日の朝いちに飛び込んできたあまりにも強烈な「資材」を見て、この時刻まで部のほぼ半数が何も言わずに黙々と仕事後の残業に取り掛かっていた。

 無論、通常勤務であるから、家庭や外せない用事もあり帰宅するものも半数近くいるにはいたが、どうしようもなく残念極まりない表情をしながら、後ろ髪をひかれつつ帰って行ったのである。

 これが普通であるとは言えない。

 いつもであれば研究所でも残業の少ない部署であり、皆にこやかに仕事をする職場である。

 それが今日は所属員全員が鬼気迫る表情で、その「資材」に齧りついていた。

 ここに呼ばれた男女も、呼び出されたことに不満を持ちながら現場から一時離れて小林のところへと来たのである。


「本当、ですか。それ」

「俺も何度も確認した。間違いなく、明日の午後。“彼”がここに来る」


 ぽかんとした表情で固まった彼らのほほが、徐々に融解していく。

 具体的には笑みの形に。


「うおおおおおっ!!!本当、本当なんですね、それっ!!」

「やった、やった!ここで働いててよかった!ほんっとうに、良かった!!」

「……すっげぇ。すっげぇな。マジかー。運、使い切ったんじゃないか」


 喜びを爆発させた彼らが一通り落ち着くまで小林は待つ。

 彼らの気持ちは痛いほどにわかる。

 何せ彼自身がそうだからだ。


「部長、我々を呼んだということは、彼。「光速の騎士」が我々の装備を使う、ということで間違いない、と判断していいんですね?」

「ああ、もちろん。ただし、彼自身が気に入らなければそれまでだがな。それに直接会えるのは機密保持の書類と念書に記載した者だけだ。情報の漏えいだけは断じて許されない」

「今すぐ全員分の念書を取ります」

「我々もです」

「すぐに動きたいので、失礼しても?」


 うずうずとしている各チームリーダーが気負いすぎた競走馬のようになっている。

 苦笑しつつ小林は各員にメールされてきた書面を手渡す。

 門倉が作った機密保持の書面である。

 ひったくるようにして彼らが用紙を手にして部屋を飛び出していく。

 所内用のPHSに連絡しながらだ。


「おい!!すぐにPCから会議室を予約しろ!!明日の朝一から夜まで全コマうちの班で押さえるんだ!!文句言われてもいいから俺たち“盾”部門で全部押さえちまえ!!」

「二階堂さん、何とか電算室を朝から使えるようにできないか総務へ確認を。今日の試作案の2本、明日の昼までにデータ上で動かせるように。……無理なのはわかってる。無茶を言ってる理由は戻ってみんなに話をするから!2本が無理でも最悪1本。最悪その1本の“槍”データをモニタで見せたいのよ!!」

「おい、今すぐ車出して正面に付けておけ。ああ、資材部の管理倉庫まで走る。……高速で2時間かかるのはわかってる。説明が終わったら俺が取りに行く。どの荷にサンプル用の“斧”が入ってるか確認してくれ。時間がない。資材部の責任者に話を通しておいてくれ。急げよ!!」


 バタバタと走り出していく男女が消えた後、その場に残ったのは小林と痩せた男だけだった。


「吉田君、君は慌てていないな。大丈夫なのか?」

「ええ、このタイミングで急いでも仕方ありません。……書類は確認しました。では失礼します」


 ゆっくりと立ち上がると、吉田と呼ばれた男は急いだ風でもなくミーティングルームを悠然と出て行った。

 その姿を見て小林は笑う。


「素直ではないなぁ、吉田君」


 吉田が悠然と組んだ足の先が小刻みに貧乏ゆすりしているのを小林は見逃さなかった。

 だからこそくすくすと小林は笑いを止めることができなかったのである。




「……こんな夜分にすまない。手島、君に頼みがある。15名分が数日食べれるカップ麺とエナジードリンク、業務用炊飯器と米、後は常備菜のようなものを買いだしてきてくれないか?かなりの量になるんだが……こんな時間に何を言っているんだと思うだろうが、頼む。……もちろんかかった金額は全額私が出す。一時的に立て替えておいてくれ。後はこんな時間だ、当然車代と無理を言った詫び賃も渡す。……本当に本当にすまない。こんな非常識で無礼なことはないということはわかっている。理由はこの電話で言うわけにはいかないんだ。明日、面と向かって説明と謝罪もしよう。だから、頼むっ……」

『………!………!!』


 吉田は自身のデスクへ戻り、社外へと電話を掛ける。

 電話先の今日は休暇を取っていた部下へと時間外の無茶な依頼を出した。

 当然のことながらこのご時世、吉田のやっていることはパワハラ以外の何物でもない。

 だが、電話先の手島はこの上司である吉田がそういったことを非常に嫌う性質であることをよく知っている。

 2人して以前の会社からこの白石特殊鋼材研究所へと移ってきたのはそんな人との関わり合いが原因だからである。

 平時は冷静で、判断に間違いもない吉田がここまで我を曲げてこのような無茶を言うのである。

 きっととんでもない理由があるに違いない。

 訝しみながら承諾した手島が電話を切ると、電話先の部下へと深々と頭を下げる。

 そして吉田はデスクから立ち上がり自身のチームの元へと歩を進める。


「さて、他のチームに負けないプレゼン資料を作らないとな。先ずはプランが3通りある籠手からだな……」


 かつかつと革靴を鳴らしながら自身のチームへと発破を掛けようと吉田が歩く。

 鎧一式の調整担当チームのリーダーは静かに青白い炎を燃やしていた。







「研究所かぁ。行くの面倒くさいなぁ。行きたくないなぁ……」

「馬鹿な事言ってないで。茂さん、早く家帰って寝てくださいよ。明日9時には駅前なんでしょ?」

「でもさー。博人。やっぱ時間が経つとしり込みするんだよぉ。……さっきの話は無しってのはダメかなぁ」

「大人ですよね。約束は守りましょう」

「そうなんだけどさぁ……。なんか悪寒がするんだよなぁ」

「きっと気のせいです。ほら、帰った帰った」


 多分その悪寒は虫の知らせで間違いないだろう。

 件の「騎士」は餓えたオオカミの群れに放り込まれようとしていることを、知らない。

よい仕事は、滋養ある食事・暖かなお風呂・ふかふか布団から生まれると思っています。


働きすぎは良くないと思います。 

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