1-了 間食 → 2-0 月明
「結局のところ、今すぐどうこうできることは、特にないってことなんだけど。でもさー、ちょっと気を付けた方がいいってのは確かっていうのが、怖いよね。博人的にはどう思う?」
目の前のボックス席に座る博人に問いかけながら、由美が卓上のチョコパフェに匙を突き刺して、クッキー生地と一緒にアイスを一掬い口へと運ぶ。
ぱく、と口に頬張り匙をパフェの器に戻すと、横に置いたドリンクバーのコーラをストローでくぴくぴと飲んでいる様は、博人からすれば小動物がエサをほおばるような仕草にも見えた。
白石深雪の父、白石雄吾からの一連の経緯のプレゼンが終わった後、各々が考えを纏める為にその日はお開きとなり、但馬アミューズメントの関連施設での1泊2日のバーベキュー大会はどこかもやもやとしたものを残しながら、各々が帰路へと着いた。
茂へ提示された雄吾からの提案については、その場の全員が賛否どちらとも明言できない内容で、最終的には茂の心ひとつ。
よく考えたうえで茂が後日直接連絡するということになった。
まあ、そんなこんなでまた日常が戻ってきたわけである。
休み明けの平日であるわけだからして、学生である「勇者」ご一行は勉学に励み、「一般人」の茂はバイトに出勤中である。
由美と博人は学校終わりに近くの全国チェーンのイタリアンなファミレスへ駄弁りに寄ったという形になる。
ふ、と目の前の由美にわからないように薄く笑うと、自身の感想を述べた。
「……どうにもならない気がしないか?今の俺たちって正直なとこちょっと強めの学生だしさ。喧嘩自慢の不良程度なら十分いけるけど、真剣に鍛えてる競技者にはいいトコ、トントンだろうしなぁ。数で攻められると余裕で負ける。そのポラン・ワイだかっておっさんがマジで襲ってきたりしたら、一人で抑え切れる自信はないな」
「隼翔君たちと違って私ら、後衛職だしねー……。そういえばちょうど今日の体育、1500の長距離走だったのよ」
「ほぉ?そんで?」
博人は自身のテーブルの前に置かれたこれまたドリンクバーのグラスに入った、ドギツイ緑色の炭酸ジュースをストローなどは使わずに直にぐびぐびと飲む。
2人の真ん中に置かれた山盛りのポテトフライを摘まみながら相槌を打つと、匙にマスカットの粒を乗せた由美が答える。
「いや、いけるかなーと思ったんだけどねー。最初はトップ集団にはついて行けてたんだけどさ。やっぱ陸上部の子には勝てなかったわー。最後の最後まで一回も追い抜けなかったし。ラスト1周でガス欠になっちゃって。そっから怒涛のペースダウンって恥ずかしい形に……」
「ほんとに昔のお前だったらまず1500をフルに走り切れるかどうかってとこだっただろうに。運動オンチの最上級の生徒だったんだから、まだマシになったとはいえるけどな……ただ正直、自分がどこまでできるのか。みんな一度確認しておいた方がいいかもな。向こうの世界ならそのくらいどうってこともなかったんだが」
「ほんとにねー。どっかみんなでスポーツクラブで集まってみよっか?」
「それもいいかもな。ただ、隼翔と深雪さんはいいとして、問題は里奈さんなんだよな」
「ほんとにねぇ?隼翔君たちがガッコで話したりはしてるみたいだけど、外出禁止令はまだ解除されてないって話だし……。どーするー?」
由美がコーラについているストローを咥えると、一気にその体積が減じていく。
ずずず、と底の一滴まで飲み干して、おかわりでもう一杯もらいに行こうかとしたところだった。
「あ、待った?ゴメン、ちょっとホームルームが長引いちゃってさ」
銀嶺学園の制服を身にまとった隼翔が小走りで博人たちのもとへと駆け寄ってくる。
博人の判断で、話す内容が内容だということもあり、入り口から少し離れた奥まった位置で席をキープしていた。
そのため博人たちのテーブルまでは少し距離があり、駆け寄ってくる彼の姿にいくつかのテーブルにいた女性陣が彼の姿を目で追いかけていた。
「……うっわ。久しぶりに見たわー」
「……おお、すっごいな。相変わらず」
テーブルにたどり着いたところで、少しばかり湿り気のある視線で2人から見つめられた隼翔は身じろぎする。
「な、なに?どうしたのさ?」
「……さいばんちょー。被告人がこのよーにもーしております」
「由美検察官。被告は無自覚であるので、今回は不問という形にしたいと思いますが、どーでしょうか?」
「……いいでしょう。では、被告人、着席を」
「……なんだよ。二人してそんなジト目で?遅れたのには謝ったよ、僕?」
かみ合っていない会話ほど無味乾燥なものはない。
はぁ、と二人そろってため息をつき、隼翔に教え諭す。
「隼翔くん?君のあだ名はなんだったかな?」
「さいばんちょー、わたくし覚えております。“おーじ”と呼ばれておりましたです、はい」
「恥ずかしいから、こんなとこで言わないでほしいんだけど?」
すこしばかり赤み掛かった頬を押さえながら隼翔が着席する。
「この無自覚のハーレムオーラ……。なんか、こう……。罪深いな」
「うん、罪深いなぁ」
「いや、何の話なのさ?……あ、僕にもドリンクバーと、あとマルゲリータ一つお願いできますか?」
着席と同時に水を持ってきた店員に注文を伝えると、にこりと微笑む。
20代の半ばほどのその女性店員は、博人や由美の時には見せなかった満面の笑みに少し赤くなった顔で“かしこまりました”と弾むように応対すると、厨房へと戻っていった。
「うっわ、年上キラーっすよ、博人さん」
「そらぁ、向こうじゃ上は40代から下はヒトケタ前半まで。いわゆるお姫様全部から“あいらぶゆー”されてましたからね、由美さん」
「いやいや!あれは、高度な政治的判断があったりとかしたりするんだよ!?個人戦闘力としての評価もあったって!!」
若干焦りながらも否定する隼翔へと博人が追撃する。
「俺のとこにはそんなに数は来なかったぞ?それに皆、俺のとこに来た後で、お前のとこにあいさつに行ってたし。その人たちも含めてお茶会しただろ?」
「それは、ほら。せっかく来てもらったんならおもてなしはしないといけないかな、って思ったからさ」
隼翔はお冷に口をつけながら、どこかごまかすようにしてポテトを齧る。
「まあ、隼翔くんは深雪さんがいればいいんだしー。そこはあんまり心配してないんだけど。……でも、気をつけなよ?隼翔くんの場合、ポラン・ワイの関係で怪我するより、どっかの男が“イケメン許すまじっ”てナイフ、ぶっすーって可能性が高いんだから」
「あとはちょっと情緒不安定な女の子が“あなたは私のものよ”的なこと言いながらナイフ、ぶっすー、か?」
「怖いこと言わないでくれるかな!?」
そんなことを言いながらじゃれあう彼らの前に溶けたチーズの香りが漂うピザが席に届く。
各々取り皿を準備して、隼翔と博人はタバスコをぱっぱとかけてそれを口に運ぶ。
若干辛いのが苦手な由美はそのままプレーンな状態ですでにもぐもぐとやっている。
「……それで里奈ちゃんには連絡できたの?一応今回の件のあらましは伝えておかないといけないじゃん?」
「ん?ああ、そっか2人には連絡してなかったな。僕と深雪は里奈と学校で話をしたんだけど、里奈の学校以外の外出禁止、解除されたんだよ。今日からなんだけどね。白石のおじさんが里奈の家に話に行ったのが大きかったんだと思うんだけど」
「へー。じゃあ、もしかして里奈さんここへ来たりするのか?ガッコ違う上に送り迎えまでされちゃうと俺と由美は全く会う機会がないからなぁ」
「残念。流石に外出禁止が解除されたって言っても昨日の今日って状況だし。しばらくは大人しく家に帰るってさ。今頃深雪とあと学校の友達と今日は一緒に帰宅中」
隼翔はみょーん、と伸びたチーズをはふはふとやりながら、ドリンクバーのオレンジジュースで流し込む。
そうこうしながら、隼翔は自分のスマホを取り出す。
「一応これで里奈も連絡ができる状態になった。とりあえず何かあったときはすぐに連絡を取り合うことにしよう。特に危ないことが起きたら……」
「すぐに茂さんに繋ぐー!」
「そういうことだな。ただ、あの人なぁ。バイトのシフト、結構フルタイムで入れてるんだよな。仕事中はケータイ、ロッカーに突っ込んでるって話だし。すぐに連絡付かないんじゃないか?」
「……そこだけが問題なんだよなぁ」
はぁ、と3人が揃ってため息をつく。
議題に上がった人物は今日もまた一生懸命働いていた。
20時を少し過ぎた頃。
てくてくと博人が半額のシールが貼られた弁当と500ミリのお茶を、買い物に行った近くのスーパーの袋に突っ込んで右手にぶら下げながら歩いていた。
由美と隼翔とファミレスで駄弁りながら時間を潰し、夕食は家族でという隼翔と別れて由美と楽器店を冷かしていたらすっかり遅くなってしまったのだ。
田舎の古くからある住宅地へと続く道路には電灯がポツンポツンと設置されてはいるが、間隔は広く、少しばかりライトの下から外れると薄暗さを感じる。
1本向こうのできたばかりの主幹道路には逆に隙がないくらいに電灯が設置され、むしろ目に痛いくらいだというのにである。
あの電灯を1、2本引っこ抜いてこちらに移植してくれればちょうどいい感じなのにと感じながら、少し暗い夜道を博人は自宅へと歩を進めていた。
タイミング悪く、月が雲に隠れて闇の度合いがさらに増した。
(親父たちが帰るのは明日。……少し家の片づけでもしておくか)
男子高校生がしばらく一人で生活すれば、まあ普通は汚れる。
ごみが満載のごみ袋と、2、3日分の洗濯物だけでもどうにかしておくか、と頭の中で考えながら今まで歩いていた道から自宅へと続く脇道へと曲がった。
脇道には電灯などなく、隣家から漏れた明かりが少しだけ道を照らすくらいだ。
少し奥まった位置にある博人の家は通りからは少し離れてもいる。
ポケットから自宅のカギを取り出し、じゃらり、と左手でそれを握りしめた瞬間だった。
「なあ」
暗闇の中から声を掛けられる。
視線をそちらへと向けながら、大きく後方へと飛びのけると申し訳程度に声のした方に向けて構えを取る。
自宅の玄関にある塀のあたりから声がしたのである。
「ああ、悪い悪い。俺だよ、俺」
「!?……?茂さん、っすよね?何してんですか?」
距離があってわからなかったが、塀の向こうから出てきた顔は杉山茂であった。
よくよく考えれば声もそうである。
まあ夜間に急に話しかけられれば警戒するのもやぶさかではない。
さらに件のポラン・ワイのダメ押しまであるのだ。
用心に越したことはないだろう。
「いやぁ……ちょっと、さ。頼みがあるっていうかお願いがあって」
「頼み、ですか?」
「……風呂と、服と、あと電話かな?ああ、電話は俺が風呂借りてる間に、お前がみんなにしてくれるとすごい助かるんだけど」
「?別にいいですけど、なんでそこにいるんです?」
それはいいのだが、茂が塀の向こうから出てこない。
視線でその疑問をぶつけてみる。
なんで塀の向こうから出てこないんですか、と。
「いや、その。……先に言うけどビビんなよ。ドン引きもな?俺もどういうことなのかよくわかんないんだからな?」
「すっごいいやな言い方っすね。……どうしたんですか」
「あはは……それがさぁ?」
すっと塀の向こうから茂が現れる。
「ええ!?」
「なぁ?ビビるだろ?」
夜の闇の中、ゆっくりと月が雲から出てくる。
苦笑しながら出てきた茂が博人の前に立つ。
月明かりの中、茂の姿がうっすらと闇夜に浮かんでいく。
普段着であろうジーンズにTシャツ、それに無地の上着を羽織っているのだが、その左の腹から左太ももにかけて、生乾きの血の跡がべっとりと付いている。
さらにTシャツに至っては左の腹付近が大きな力で無理に引きちぎったようにして服としての用をなしておらず、上着に関しては何か所か穴が開いていた。
「な、何があったんです!?と、いうか大丈夫なんですか!?」
「あ、怪我自体はもう治したからな、大丈夫、心配しなくていい。そんで、簡単に説明すると、な?」
困ったようにぽりぽり頬を掻き、苦笑いを浮かべながら茂が答える。
手に持っていた何かをひょい、と博人へと投げる。
あわててぽん、と受け取ると、少し不格好なひげそり用のシェーバーにも、トランシーバーにも見えるそれ。
だが、シェーバーのブレードや、トランシーバーならアンテナがあるはずのところには、何かの電極が2ケついているだけだ。
「バイト終わりで家に帰ろうとしたら、スタンガン持った通り魔に襲われた」
「はぁぁぁ!!?」
スタンガンを握り締め、困惑を含んだ博人の声が夜の住宅街に木霊した。
いつもいつも面倒事というものは唐突に現れるものである。




