1-3 経緯 のち 侵食
「この写真と、「光速の騎士」の映像、あのトラックの事故の際に撮られたアップを比較して、同系統の意匠から近しい思想のもと作成された可能性は高いと思われた。さらにはあの超人的な身体能力を鑑みるにおそらく予想は正しいと推測したわけだ」
「……それが深雪を連れ去らねばならない理由には繋がらないと思うんですが?」
少し硬い表情で隼翔が口をはさんだ。
「すまないが時系列順に話を進めているので、まだその判断に至る理由まではたどり着いていないんだ。ただ、ここからその話にも関係のある内容になる。……白石与三郎が書き残した晩年の日記帳が、死後文机から見つかっている。日々の生活を書き記しながら、異世界において過ごしたことも含まれているものだ。……体の状態も自覚していたのだろう。後半は書き殴る様にしてかなりのボリュームになっている。それによれば彼は当時の異邦の地でかなりの無茶をして日本へと帰還したことが書かれていた。どうやら召喚主である“ポラン・ワイ”を誅する形で帰還したらしい」
「召喚した術者と敵対する形になった、と?」
「そういうことだ。一応断っておくが私の情報は与三郎の視点から見た側面の情報をベースにしている。もしかすれば逆の立場、ポラン・ワイの視点では違った見方になるだろう」
要するにどの視点で物事を見るかということだ。
サッカーで言えばトーナメントを勝ち上がった勝者は、勝ち上がりを決めた試合を輝かしき勝利と評すだろうが、敗者からはあと一歩及ばなかった苦々しい記憶となるだろう。
「私がポラン・ワイの名前を知ったのは異世界からの召喚を行うあの遺跡に在った陣の研究責任者として記載されていた文書からです。それから考えるに、ポラン・ワイと会っていることからして、与三郎の召喚されたのは私たちよりもだいぶ前、向こうでは大戦期と呼ばれる時代でしょうね」
由美の説明に皆が頷く。
茂たちの現れた時代と与三郎の時代、その間にはあの遺跡が放棄され、廃墟となるほどの時間が流れているということだ。
「そういうことを踏まえたうえで、与三郎の話を続けることにする。彼が強制的に召喚された際には10名程がその場にいたらしい。訳も分からず混乱する彼らをどうやらポラン・ワイが何らかの術を用いて傀儡としたようだ。日記の後半にはポラン・ワイが戦争による領土拡大と、資源奪取を目的とした戦争推進派の筆頭であったことが書かれている。どうやら自国の国力が衰退していく窮状の打開策として他国の領土にその解決を求めたらしい。そのために使う戦力を、外部どころか異世界に求める等、なりふり構っていられなかったのかもしれんがね。……話を戻すと、そこから彼の記憶は曖昧で、自己を認識できる間と無意識の間を行ったり来たりしていた。長い時は前の記憶の日時から、1ヶ月の期間が経っていたこともあるらしい。与三郎は時折意識を取り戻すそのわずかな時間で、自分の置かれた状況を必死に反芻し、戒めを解くことに集中していたらしい」
「マーサ院長の掛けられてたタイプと同系統の呪詛だろうな。外道ってのはどこにでも蔓延ってたってことか」
吐き捨てるようにして茂が呟く。
孤児院で長きを贖罪に費やす、あの人のいいオバハン骸骨を思い出したのは茂だけではなく、皆が押し黙った。
「……そんな中で彼が目覚めた。偶然に偶然が重なった幸運だった。まあ、不運ともいえるがね。とある戦場で左腕のひじから先を消失するほどの重傷を負った後、彼の所属していた部隊が彼を置き去りにしたようでね。治療もろくにできない状況下でそのまま敵側に捕縛されたところで、意識を取り戻したらしい。どうやら傀儡として扱うための何かが左の肘から先にあったのだろうという推測を本人が書き記していた」
「そのレベルで四肢を欠損したのならば、かなりの高度な術式でないと癒せない。平時ならまだしも戦時中の混乱時、しかも捕虜。そんな都合のいい奇跡は起きないだろうな」
博人が補足説明を入れてくる。
おそらく「聖女」、もしくは高位聖職者クラスの回復術が必要とされるだろう。
「そういうわけで敵地で収監されることになったわけだが、意識を取り戻し真っ先に行ったのが召喚主が誰か、という調査でね。まあ、調査していく中で彼が被害者であることも解り、2月ほどで釈放となったようだ。敵側、というか敵にされていた側が獣の頭を持つ武士だと。非常に慈悲深く、人道的だったと」
ああー、と異世界召喚の経験者が声をそろえる。
「あの人たち、そういうトコあるもんね。なんというか義理堅い、面倒見のいいっていう感じの」
「ただ、負けた相手が良かったんだろうなぁ。中には結構、死んだらそれまでって感じで敵対者を徹底的に殲滅する部族もいるしな。バーサーカーってやつ?」
「そういうことでしばしの療養の後、自らを召喚したポラン・ワイの所業に疑問を抱いた与三郎は、ポラン・ワイと敵対することになる。隻腕での戦闘訓練などを習得しつつ、機を窺っていたようだ。日記では数行にまとめられているが、1年ほどはそんな生活を続けたことが書かれている。……その後、ポラン・ワイが再度の異世界召喚を行うことを察知した与三郎が、それを妨害し、辛くも未遂に留めることに成功した。その際に日本へ戻ってきたのでその後はわからないがおそらく、戦争推進派の主軸であるポラン・ワイが消えることで、徐々に終結に向かうのではないかと推測している」
「……召喚の陣があった場所は廃墟になってますし、それを行った国もいろいろあって元の形は無くなってます。ポラン・ワイの一派も中央から外れて、没落していったという記録だったと思います。ただ、あちらではポラン・ワイ自身が引退したって話になってたはずですが」
「恐らく外聞もあったのかもしれないな。どこの誰とも知れない者に国の重要人物が討たれるなど、恥以外の何物でもない。だが、それは良かった。本当に……」
柔和な笑みを雄吾が浮かべる。
一族の先達が残した宿題でもあったのだろう。
万事うまくいったとは言えないだろうが、最悪の形を回避するには十分な結果であっただろう。
(……なんつーか、俺とおんなじようにして飛ばされた人だろ?多分兵士くらいのランクで。……やってる内容、超ヒーローじゃん。悪い魔法使いの侵略戦争を自らを犠牲にして食い止める。2時間半くらいの映画の主人公ポジションを演じきってるし。……コンプレックス、感じちゃうなー)
少しばかり茂は自身の立ち位置と白石与三郎という豪傑を比べてしまう。
「結果として与三郎は、召喚という名の拉致犯罪が再度実行されようとするギリギリのタイミングで阻止に成功した。ただしその時にこちらへと弾き飛ばされる形で強制的に帰還したために、その後のことはわかっていない。その際に体を焼かれ半死半生の状態で日本へと帰還、そのまま入院、療養へと移ったわけだ。どこへ行っていたのかとの質問には“覚えていない”と答えた。まあ、頭をやられたと思われるのは避けたい思いがあったのだろう。どうもその際に起動した召喚陣は暴走に近い形で発動したようでね。ズタボロとなった彼が話をできるようになったのは2か月ものちの話。結果として、現在までに我々の調査では当時神隠しに遭った彼を含めた十数名のうち、生存を確認できたのは、与三郎を含め2名だけだ」
「2名?」
「ああ、2名だ」
聞き流すにはあまりにインパクトのある事例である。
2名。
つまりは、与三郎の他にもう一人あの異邦より帰還した人物がいる。
「門倉、例の画像を」
「はい」
ぱっとまたもモニタの画面が切り替わる。
先程も見た与三郎が柔道場で友人と賞状をもって喜ぶ姿の写真だった。
「……気づかないか?」
「んん?何かあるのか?僕はわからないんだけど?」
眉間にしわを刻んだ真一がギブアップ気味の回答をすると、ほかの者たちも同様の反応をする。
そんな中、深雪と隼翔の2人があることに気付いた。
「あれ?この人?」
「……隼翔、あなたもそう思うの?」
2人が顔を見合わせ、そしてその視線をある一点へと向ける。
その視線の先にいた人物。
「この写真、若いころのあなたに似ていますよね?」
隼翔が絞るようにして出したすこしひっくり返った声。
それに応え、彼がゆっくりと立ち上がる。
「ご明察です。……その写真に写るのは、わが生涯の友。白石与三郎。そして若く何も知らない頃の私の姿です。もう残っているのはこの写真一枚のみでしょうな。後の全ては私を残して時の流れに押し流されていきました」
今までPCを操作していた門倉がゆっくりと立ち上がる。
白くなった髪としわの刻まれた表情、それを若返らせればおそらく写真の人物、与三郎と肩を組んだ青年とうり二つのはずだ。
門倉は目を細め、その写真をどこか懐かしそうに見ている。
彼が見て、感じているのはただの写真ではなく、その時の与三郎の顔であったり、周りの状況であったり、そして肩を組んでいる彼の体温であったりもするのだろう。
はるか昔に消えていったそれを、二度と戻らない時の流れを、そして深い憧憬を。
「それが本当ならば……年齢が違う。少なくとも、この当時の与三郎とあなたは同世代のはず。そうであるなら、老齢、いやとっくに亡くなっていてもおかしくないはずですよ?」
「……博人、違う。それは与三郎と“同じタイミングで”、帰ってきたのであれば、よ。私たちだって時間と場所を指定してかえって来たんだし。向こうの時間軸とこちらの時間軸が同じ流れで動いているかというのは怪しいトコ」
「着眼点が良いですな。そういうことです。私は彼の死に目には会えませんでした。私が日本へと帰還してから35年ほどが経っております。おそらく召喚陣を強制的にキャンセルした影響でしょうな。私が意識を取り戻した時にはあの異世界ではなく、懐かしきこの地を踏んでいました。友が命を懸けたその場にもしかしたら私がいたのかも知れません。恐ろしいことに敵であったのやもしれません。ただ、戻ってきた。この国に戻ってきたのです。時の流れの中ですでに両親も、友も、知己も、血族の全てがいなくなっていました。実家は両親の他は私一人でしたから。親族もすでに他人に近い。ただ、白石家は残っていた。……そんな中で藁にも縋る思いで恥ずかしながら訪ねた日が懐かしい……」
遠くを見つめるように天井を見上げる門倉。
「というわけでね。経緯を確認し、彼を私の父が保護したのだ。その頃はまだ祖父も健在で、与三郎の超人ぶりを見た執事もまだ数人残ってもいた。日誌の内容と照らし合わせ真実だと判断するに至ったのだよ」
「……門倉さん、ぶしつけですが超人的な力は?」
茂が若干緊張気味に尋ねると、門倉は首を振る。
「多少、鍛えてはいましたので常人よりは筋力等はあると思います。しかし「騎士」のようにトラックにはねられてぴんぴんできるほどの人外感はありませんな」
「俺たちと同じということか……」
唸る博人が腕を組む。
「ただ、全く何も持ち合わせていないというわけではないですな。極々わずかではありますが、スキルを持ち合わせております」
そんな彼らの前に、門倉がポケットから片手で持てるくらいの小さな箱を取り出す。
ふたの上面に南京錠がされているそれをテーブルに置き、カギを開いた。
「……これは?」
中には綿に包まれた黒い四面体の石が入っていた。
「こちらに戻ってきてすぐに外科手術で取り除いたものです。おそらく我々を操っていた術の核となるものでしょう。普段は親交のある寺社にて厳重に保管いただいているのですが」
そういうと門倉は清潔な白のシャツに包まれた左腕を肘までまくり上げる。
そこには切開した手術痕が刻まれていた。
「触っても?」
「構いませんが、どのようなものかわかりません。あまり気持ちの良いものではありませんよ」
「大丈夫です」
指を伸ばしたのは茂である。
ぽぅ、と燐光がその指を覆う。
少しばかり驚いた表情の雄吾と、逆に全く表情を変えない門倉が見つめる中、指先で摘まんだそれをしげしげと興味深げに眺める。
「?茂さん?」
「……似てる、っていえるようなのを見たことがある。しかもついこないだ。“この日本”でだけど」
「どこでですか?」
「ホテルスカイスクレイパー。あのときに多分、定良さん、「骸骨武者」の強制使役に使ってたのにすごく似てる。この触ったときの胸糞悪い感じもな。ただあの時のやつはもっともっと小さかったけど」
茂はばっちいものを捨てるようにして、黒い石を箱の中へと戻すと渋面になった。
「俺が言うべきじゃないかもしれませんが、さっさと捨てるか砕くかして手元から離しておいたほうがいいですよ。それ、すごいイヤな気配がします。もし捨てないっていうなら、本当に厳重な保管体制を取ってほしいかな、と」
「……ご忠告承ります。早急に更なる厳重な対応をしましょう」
再び南京錠を掛け、箱をポケットへとしまった。
「……空振りではあったがやはり門倉を向かわせて正解だったかもしれん。いや、深雪を無理に連れて行ったのは謝るべきではあるが」
「お父さん?」
難しい顔をした雄吾がそこにいた。
「……杉山さん、でしたね。紹介はまだされていませんが、今までの流れからするとあなたが「光速の騎士」でしょう?」
「……あんまりその呼び名は好きじゃないんですけど。まあ、一応は」
そう答えた茂の前に雄吾が居住まいを正し、正座する。
急にそんなことをされたものだから、茂はあわててテーブルのウーロン茶のペットボトルをひっくり返すところだった。
「ちょ、なんです!?何なんですか!?」
「ご無理を承知でお願いしたいことがあるのです。あくまで依頼、という形ではあるのですが」
「……なんか、すごい難題をぶつけられる気がするんですけど」
「無論、あなたの言い値で報酬をご用意します。その上でこれからの話を聞いていただきたい」
「……報酬の提示を先にって後出しじゃんけんっぽいのは、ズルいと思います。まずは依頼内容から話してほしいんですけど。あ!だからって受けるって決めたわけじゃないですけど!」
焦ってあたふたしながらも自分の意見はきちんと伝えられたはず。
言い値でもらえる報酬、しかも持ちかけてきたのは大金持ちときたものである。
代価となるべき報酬が天井知らず(茂にも一応の常識があるのは前提だが)で、それに釣り合うものが暗幕の中というのは怖いものがある。
「先ほども言ったが、与三郎がこちらに戻ってきた際、半死半生となっていたのは伝えたとおり。そして、門倉は35年前に帰還している。君たちもここへと帰ってきた。つまり、向こうから弾き飛ばされた場合、この世界へと来訪するという可能性が高い。それは、つまりどういうことかというと、だ」
雄吾が指を立てる。
いつの間にかテーブル横のPCそばに移動していた門倉がモニタを操作する。
映し出されたのは、鉛筆画と思われる似顔絵と、デジタルで再現された顔である。
どちらも同じ人物の顔をモチーフとしているのだろう、よく似ていた。
彫りの深い鷲鼻の50歳くらいの西洋人男性、デジタル側の配色ではシルバーブロンドの髪に、緑がかったブルーの瞳が目を引く。
「これは与三郎が描いた似顔絵と、門倉が作り上げた顔データになる。門倉が言うにはかなり正確なものに仕上がっているらしい」
「……どなたの顔です?俺たちの中には見覚えある感じの奴いないみたいですけど?」
茂の周りの皆が不思議な顔をして頷く。
誰もその顔に見覚えはない。
「これは、与三郎の死の遠因ともなった、ポラン・ワイの顔を覚えている限り再現したものになる。……おそらくだが、ポラン・ワイ、ないしはその関係者・後継者と思われる存在がこの世界に存在している。与三郎の日誌にもポラン・ワイともみ合いながら召喚陣へと“落ちた”と書かれている。正直、白石の家の者は恨まれているはずだ。「騎士」がその手先の可能性もあったのでね。だからこそ深雪を早急に保護する必要を考えたのだ」
「理由はわかりましたが、私たちが出てきた駐車場にピンポイントで現れることができたのは?どうやって調べることができたのですか?」
深雪が父へと強い口調で詰問する。
ひるまずに答える雄吾。
今まで以上に厳かに、そして丁寧に彼は言葉を紡ぐ。
「……召喚陣を抜けてきた門倉と与三郎の2名。彼らだけが生存者というのは間違いない。しかし、“生存者のいない”、召喚陣の発動は何度か在ったのだよ。現在まで都合5回、いやお前たちが帰ってきたケースを加えて7回か。確認できた際のパターンデータのサンプルは十分手に入れることができている。予測の精度はかなり高めることができている。……詳細は言えないが門倉のスキルも加えれば精度はさらに増す」
「茂さんの帰還が引き金となって、ポラン・ワイかその関係者が私たちを襲ってくる可能性があると?」
「オカルティックな才覚の無い我々が追跡可能だったのだから、ポラン・ワイができないという可能性は低いと思う。我々のアドバンテージは潤沢な資本力だけだ。それがオカルト的な才覚に匹敵し得るアドバンテージであるとは言い切れないだろう?」




