2-1 来襲 のち 諦観
ピンポーン!
朝のゴミだしを終え、部屋へと戻って朝食にしていた所だった。
炊き立てのご飯にネギ納豆、残ったネギにハム・中華だしを加えた卵焼き、インスタントのはるさめスープという朝食を食べていた茂が時計を見る。
7時を少し過ぎたくらいで、新聞勧誘とか訪問販売とかみんなが幸せになれるスバラシイ宗教の勧誘とかが動き始めるには少し早い。
「はい、はいっと」
立ち上がり部屋についているインターホンに手を伸ばす。
「もしもし、どちらさんですか?」
たとえ玄関先に居てもインターホンで応対するのは防犯上とても大切だ。
相手が先に上げた奴らであれば、その対応をしているだけで少し“だませ、いや勧誘しにくい”類の人だと感じるらしい。
それに、そういう奴らであれば問答無用でインターホンを切ればいい。
「あ、おはよー。兄貴、やっぱ生きてんじゃん」
「……猛?どうした、こんな朝早くに?」
モニターに映るのは杉山猛。
この部屋の主、一般人杉山茂の弟であった。
「いや、朝飯中だった?ごめん、ごめん」
ドアチェーンを外し、鍵を空けると挨拶もそこそこに猛が入ってくる。
背には大きめのリュックを背負い、がらごろ転がるトラベル用の小さな旅行鞄まで持ってきていた。
彼は顔立ちは兄弟だから茂に似ているが、どことなくすっきりとした爽やか系である。
そして体つきは全体的には細く締まっており、180センチの茂と違い、彼は170あるかないかくらいで、全くタイプが違うといえる。
どちらかといえば可愛い系の今どき男子だ。
横に並べれば兄弟だとわかるが、茂と違い人目につくタイプの容姿をしている。
「どっか旅行でも行ってたのか?なんだ、その荷物」
「ちょっとねー。おじゃましまーす」
靴を脱いで部屋に入ると、玄関に旅行鞄を残してすたすたテレビの前の机に向かう。
後を追って茂も部屋に戻ろうかと思ったが、行きがけの駄賃で自分のと客用のカップ、更に紅茶のティーバッグを2つ持って机の前に戻る。
「あ、ありがと」
「おう」
カップを猛に手渡し、自分は朝食に戻る。
給湯ポットを猛が手に取り中身が残っているかを確認。
ちゃぽちゃぽと音がする所から、恐らく給湯ポットの中には湯が残っているはずだ。
猛がべりべりとティーバッグをカップに放り込み、湯を注ぐ。
ふわりと香る茶葉が部屋に拡がる。
「んで、何しに来たんだお前?」
納豆飯をかきこみながら、ずずずと茶を啜る猛に問いかける。
兄弟仲は悪くなくむしろいい方であるが、彼は都心の大学に通っておりこんな平日に茂を訪ねてくることは今までなかった。
「兄貴、電話どうした?昨日の昼から全然連絡つかないって、母さんから俺に連絡が来てさ。俺も電話したけど繋がらないし、他も全然なしのつぶてって感じだしさ。だから直接来たんだよ」
「うわぁ、そっか。それは悪かったなぁ」
昨日から連絡を入れた母が連絡の取れない茂を気遣い、弟の猛に様子を見に行ってと頼んだのだろう。
「いや、おととい財布とケータイ失くしてさ。きっとそれで連絡つかなかったんだよ。わざわざここまで悪かったな。すまん!」
パンと手を合わせ謝罪。
いろいろあったとはいえ、ケータイのショップに寄れなかった余波がこんなところに出るとは思わなかったのだ。
絶対に今日、安いので良いからケータイを手にいれねばと固く決意する。
「うわ、結構マジで酷い目あってるな、兄貴。そりゃ連絡つかない訳だ。……じゃあ、ちょっと一枚」
そういうと猛は顔を茂に近づけ、スマホをかざす。
「はいはい、笑ってー」
「ははは」
Vサインの猛と、苦笑いの茂の2ショットを撮影すると、シャカシャカとスマホを操作する。
「それ、やっぱ母さんに送るの?」
「そそ。証拠写真ってやつ。すぐ連絡来るんじゃないかな?」
ずいと見せた兄弟2ショットの下にはメッセージ。
『兄貴、生存確認。ケータイ・財布落としたって(笑)。後で連絡させるわー』と明記されている。
「笑いって、おい」
「送りまーす」
ちゃらりん、と音がして送信される。
「……まあ、いいか。でも母さん何の用事だったわけ?急ぎの用ならお前もっと急いでくるはずだし?」
「いや、兄貴ここらへん住んでるじゃんか。んで、あの、ほら」
猛の視線が机の上をさまよう。
リモコンを見つけてテレビを付けると、ちょうど朝のニュースが各局流れる時間帯。
茂の予想通り「光速の騎士」の話題でキャスターやゲストが騒いでいる。
死んだ魚のような目で画面を見つめる茂をよそに、猛が内容を頷きながら見ている。
「そう、これこれ。この「光速の騎士」の出たところ、この近くなんでしょ?見たことないかって聞きたかったらしいよ」
「母さんも暇人なのかっ……!」
実の母による息子への精神攻撃。
知らぬこととはいえ茂・猛兄弟の母は、茂に深いダメージを与えた。
「まあ、その様子だと兄貴、あんまり「騎士」に興味ないんだ。結構俺の仲間内じゃ話題独占なんだけど」
「そうか、大学生の話題独占か……」
まさかの実の弟からも精神攻撃。
茂はすでにヘロヘロである。
「まあ、それでお前が来たのは分かったけど、その大荷物なんだよ?旅行?」
「ああ、違う違う。実は俺、この「騎士」関連で来たのよ。いやぁ、ゼミの教授がさ。この「騎士」の映像分析の協力依頼受けちゃって」
「はぁっ!?」
「東邦文化技術大学、ってあるじゃん」
「ああ、あの頭のいいとこ」
「そそ。そこの教授とウチのゼミの教授、所謂マブダチ?ってやつなんだって」
なんだ、なにか俺は不信心なことをやらかしただろうか?
ここの所、神様仏様から見放されすぎでなかろうか?
「んで、ウチの教授、人間行動学の権威なわけ。結構その学会内でも有名なフィールドワークの名人って評判でさ。んで、マブダチ教授は映像の解析ってヤツをしてるらしいのかな?いや、俺もよくは知らないんだけど」
「一番大事なところ、関係者なのに知らないのかよ」
「えっへへ。まあ、そこはいいじゃん。んで、学生駆り出して情報集めようってことになった訳。参加してる間の受講科目は出席扱いにしてくれるって話だし、兄貴の家も近いし。参加しまーすって言ったらちょうど母さんから電話でさ」
「すごいタイミングだな」
「そう、ベストタイミングってこういうのを言うんだよ!」
いや、俺的にはバッドタイミングだが、と茂は心で突っ込む。
しかも逃走者は兄、猟犬の一頭が弟ってどこのB級海外ドラマだろうか。
「でもさー。兄貴がいなかったら俺、フィールドワークの間ビジネスホテルだったからさ。いやぁ宿代浮いてよかったー」
「その言い方……。ウチに泊まる気、なんだな?」
「とりあえず、数日の間かな。それに財布失くしたんだろ?教授のポケットマネーから少しだけど旅費扱いで金もらったからさ。ホテル代分は丸々浮くから、一緒に飯食いに行けるよ?」
猛がポケットから出した財布から、2枚の諭吉さんが顔を出す。
人は飯を食わねば生きていけないのだ。
プライドで飯が食えるなら、食って見せろと言ってやりたい。
「……あんまり汚すなよ?」
「うん、ありがとねー」
猛が降ろしたリュックサックから、着替えの服や、充電器や、携帯ゲーム機などを取り出すのを他人事のように眺める。
部屋に香る紅茶の残り香を鼻に感じながら茂は、どこで昼食べようかなぁと考えるのだった。