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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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7-0 宿払 のち 会見

「いやあ、何度見ても夢でも見てるんじゃないかと思うんだよなぁ。どうなってるんだい本当に?」


 ここは「但馬アミューズメント」東京支社の駐車場の奥まった外からは見えない位置である。

 丁度陰になって誰からも見えない様になっているそこに、茂の他に博人・由美・真一の帰郷するメンバーが集まっていた。

 朝も早い時間帯で、遠くから雀のちゅんちゅんと鳴く声が聞こえてきている。


「……どうなってるのか、と言われても。俺、詳しいことは全く知らないんですよね。“軍師”何かしら知ってることは無いのか?」

「それが誰も知らないんですよねー。このぐねぐねっとした空間の先がどうなってるのかってのは。研究してる人もいるにはいましたが仮説にすらたどり着けないって有様らしくって。ただ、向こうじゃ出来る人の方が多い一般的なスキルの一つでしたし」


 今しがた帰るために「但馬アミューズメント」の商用ワゴン車に荷物を積み込み、最後に博人のバイクを茂のアイテムボックスに放り込んだところでの質問だった。

 茂も由美もそれに応えられる知識を持ち合わせていない。

 何故そうなのか、と言われればそうだから、としか言えないのだ。


「それに、成長すれば持ち運べる容量も個数も増えていく。……本当にどうなってるんだろうか。興味深いなぁ、調べたいなぁ」


 バイクの置かれていた空間に手を翳し、そこに腕を突っ込んだり、ひっこめたりと真一は忙しい。

 傍から見るとおかしな踊りをしているようにしか見えない。

 ただ、今しがたまで確かにバイクがスタンドで立っていたはずの場所である。


「茂さんが、レベルアップしたおかげでバイクも運べますよ。いや、燃料と高速代金浮くって最高ですよ、マジで」

「ははは、あんまり経緯が経緯だし大っぴらに喜ぶことでもないけど。でも、まあ容量が増えたってのは良いことだよな」


 杉山茂の予想外のレベルアップを横にいた博人が感謝し、由美はすこしばかりおちゃらけて拍手している。

 いつの間にか判らないが色々と変なトラブルに巻き込まれたせいで、現在茂はレベル18となっていた。

 レベルアップに必要な経験というのは、向こうの世界では新しい概念が魂に染みこむことで研ぎ澄まされることを指す。

 そこでいえば、向こうでは存在しない“銃”やら、亜流のキメラ、シージャックというテロリズム等の目新しい経験が一気に茂の魂を研ぎ澄ませた結果、レベルアップにつながったということだ。

 そこから考えるに、次同じことが起きた場合では経験値は減ってしまうだろうと思われる。

 実際問題として、その様な暴力集団に対するファーストコンタクトでうけた衝撃はもう見込めないし、更には茂自身がレベルアップに伴い強くなったことで、脅威度が下がっているためだ。


「アイテムボックスの拡張具合は最大5から6セットまで。大きさは一抱えできるサイズから、2メートル四方の立方体の体積くらい、ってとこか。まあ、バイクならギリ入るからな。テロリストさまさまってとこだな」

「不謹慎っちゃ、不謹慎ですねぇその台詞。でも結構、大容量になりましたね」

「そうはいっても全盛期のお前ら程じゃないじゃん。なんだよ、あのチート臭い、容量無制限、限度なしって。どっかのスマホの料金プランみたいな注釈付いてるの」

「ははは、ぴったりの形容詞ですね。でも、これで全部積みこんだし……。隼翔の依頼もまあ完璧じゃないですけど完了しましたし、そろそろゆったりと帰りましょうか?」

「運転するの俺と真一さんだからな。まあ、寝てけ寝てけ」

「「お願いしまーす!!」」


 そう博人と由美が声を揃えて感謝を述べると、真一が不思議な踊りを止めて茂たちを見る。


「そうか、じゃあそろそろ帰るか。でも僕は事務所にちょっと顔出して出発したいかな。その間にトイレは済ませておいて。ここから、途中のPAまでは僕が運転するよ」

「お願いします。じゃあ、俺もトイレだけ行っておこうかな」

「俺も」

「あたしもー」


 そう言って全員が駐車場からビルの中へと戻っていく。

 こうして色々と有った、いや有り過ぎた杉山茂の東京訪問は終わりを迎えることになるのだった。






「帰ってきたぁ……。疲れたぁ……。腹減ったぁ……」


 どうっと音を立ててベッドの上に倒れ込む。

 東京から無事に戻ってきたあと、「但馬アミューズメント」で皆と別れることになった。

 警察からの聞き取りは、「但馬アミューズメント」で行うこととなったそうで、詳しい日取りが決まり次第、真一から連絡が来ることになっていた。

 もし都合が悪ければ、個々で対応することも言われている。

 枕に顔面をうずめると、そのまま睡魔に全てを持って行かれそうになる。

 数秒、そのままの姿勢でいた茂は、がばっと起き上がる。


「……このままだとマジで寝てしまう。取りあえず持って帰った洗濯物、洗濯機動かして洗おう。あと炊飯器動かして、荷ほどきして、そんで……。あ!!バイトのシフト、確認しないと!!変な時に警察に呼ばれたら話できないもんな。確認だ、確認」


 無理矢理に体を動かすことにする。

 そうでないと長時間のドライブで育てられたこの眠気が一気に花開いてしまう。

 旅行鞄を開いて、圧縮袋に入れた汚れ物を洗濯機に突っ込んで、炊飯器に研いだ米を炊きあがり時間を設定して炊飯スイッチを押し込む。

 てきぱきと一つずつやることを潰していく。


「この時間、忙しいだろうしな。もうちょい後なら伊藤店長も空いてるはずだ」


 ベッドサイドのテーブルの上に置かれた目覚まし時計は14時を少し過ぎた時刻を指している。

 午後のティータイムと、夜の時間の境目を狙うのが一番良さ気だろう。

 

(お土産、渡しに行きたいし……。洗濯終わったら一回「森のカマド」訊ねようか……?うん、そこで聞けばいいよな、予定)


 そこに数日ぶりに入れたポットがぴぴっ、と沸騰完了のメロディーを奏でる。

 床に座っていた茂は、調理スペースまで移動すると、買い置きのカップ麺を1つ手に取った。

 べりべりとフィルムを剥がし、沸き立つ湯をそこへと注ぎ込んでいく。

 箸とコショーの小瓶を引っ掴んで、元のテーブル前に戻ると、テレビを点ける。

 そして踊るセンセーショナルなテロップ。


「うぇぇっ!?“神木美緒、引退か!?”だって?マジかー。猛、大丈夫かなー?」


 テレビでは丁度エンタメを中心にしたワイドショーが入る時間帯だった。

 そして今、議論されているのはパピプのトップアイドル、神木美緒の事務所より正式コメントとして発表した文面が、大きなボードに拡大されてメインキャスターの横に置かれていた。


『こちらの文面からは、以前から芸能界を引退するということを考えていた、と思われるんですが』

『はい、その様に読み取れます。自身が芸能界で活躍している一方で、同世代の若者が大学や専門学校で学びを深めているということに非常に興味を持っていた、更にはそういった場で他者からの刺激を受けて自己を高めることをうらやましく思っていた、と』

『なるほどー。ですが、今回の事件が引き金となったのは間違いないですよね?』


 MCのアナウンサーと、芸能担当の記者が漫才のようなテンポで言葉を交わしあう。


『確かに、今回暫しの休養に入るという選択肢を取ると三嶋柚子さん、藤堂ユイさんは発表しています。彼女らは将来的な復帰に向けての休養、という位置づけですが、神木美緒さんの事務所発表はそれより踏み込んだ、“芸能関係の仕事から身を引く”と書かれているものですので』

『もしかして思った以上に怪我がひどかったのでしょうか。未だに怪我の具合について発表された方はいらっしゃらないですから……』

『彼女たちに面会をした関係者からの内部の極秘情報ですと、全員が大きなけがもなく、しばらく検査入院となる程度ではないか、ということでした』


 それをみて茂は思う。


「極秘情報って、なんで間違いなく芸能記者に漏れてるんだろ?内密にしたいから極秘のはずなのに。関係者ってモラルとかねえのかな。いっつも思うんだが」


 ぺりぺりとカップ麺の蓋をはぐると、ぱっぱとコショーを振りかける。

 軽く混ぜ合わせると、良い香りがする。

 普通のタイプのカップ麺ではなく、今回はカレー風味のカップ麺だ。

 その香りがぐぅ、と茂の腹を鳴らせた。


『ですが、誰一人として公式に姿を現した人、SNSで発信した人もいません。何かしらのことが何か起きているのではないでしょうか?』

『なるほど、ではここで○○さんに意見をうかがってみましょう。○○さん、医師としての立場から見て、今回の彼女たちの心身のダメージや施されるであろう治療についてお聞きしたいのですが』


 取りあえずおっさん2人が話し合う姿では、画面に華が無いと思ったのだろう。

 振られた先の女医兼タレントという人物が口を開く。


『未だに白石総合病院からは症状などのアナウンスがされていない以上、推測になるのですが。「光速の騎士」、「骸骨武者」の2名と戦っている映像が流れていました。その際に、彼女たちが少なからず怪我をしている様子が映し出されていました。更には、かなりの出血が見て取れます。幸いにもすぐにそれは止まったようですが、あのヘドロに負傷箇所が触れていることから感染症などを考えての血液検査。全く未知に近い物質の可能性も考えると専門の分析機関へとサンプルを送っているかもしれません。ほかには基本的な創傷処置でしょうか。あとは、考えられ……』


 敢えてカメラを見ずに、MC側を見ながら意見を述べるその医師。

 ただし、それに異を唱えるものがここに一人。


「あー、すげえドヤ顔してるなこの人。でも大きな怪我は塞いでおいたはずだし。そうすると後は感染症の可能性か……。でもなぁ、毒とかそういうのがあればあの時に気付くし。普通の破傷風とかはどうにもならないけど、そこまで心配することもないんじゃないかなー」


 ずるずるとカレーラーメンをすする。

 小さく切られたかやくのポテト片を歯で噛みながら、予想外に熱かった麺をふぅふぅと息を掛けて冷ます。


ずずずず……。


 麺をすする音が部屋を支配する。

 舌先に感じるスパイスの辛みと、スープの香りを楽しみながら、帰って来るときに旅行鞄に突っ込んだ温くなった茶を探す。

 少しばかり辛みが強いタイプのカップ麺で、少々水なしではきつかった。


『……被害に遭われた方々の一日も早い回復と、心のケアが進むことを我々番組スタッフ一同、心より祈っております。……では、続いては今のニュースと関連したこちらです』


 MCがそうニュースを区切ると、女性アナウンサーがバストトップで画面に抜かれ、原稿を読みだす。


『昨日、レジェンド・オブ・クレオパトラがシージャックされたことを踏まえ、船主である「白石・ホワイト海運」のオーナー企業「白石総合物産」代表取締役社長、白石雄吾氏が昨晩、「白石総合物産」本社会議室にて記者会見を行いました。氏は当日、事件の現場となりましたレジェンド・オブ・クレオパトラに乗船しており……』

「あ、深雪のお父さんだ。昨日の今日ですげえな。即行で記者会見するって」


 見知った顔をみて、箸を止めるとリモコンのボリュームを少し大きくする。

 アナウンサーが昨日の顛末を簡単に話していると、VTRが始まる。

 そこにフラッシュが怒涛のように焚かれるなか、会見を始める旨のアナウンスを司会が会場へと伝える。

 すると画面の隅にフラッシュに気をつけろと例の如く文言が現れる中、痛々しい姿の雄吾が、ゆっくりと幹部を引き連れて姿を現した。


「おお、見た感じが痛々しいわー。まあ実際に殴られてたしな。というかこのために治そうかっての、断ったのかな?」


 一見するだけで右の頬は腫れており、右目の下には赤黒いあざが見える。

 唇には一筋線が入って、そこがひどく切れていたのだということがありありと判った。

 頭部には包帯とネットが巻かれており、ガーゼも敷かれているようだ。

 彼は、テーブル前に幹部と共にならぶと、深々と頭を下げる。

 それに向かって焚かれるフラッシュ。

 その姿をしっかりとテレビカメラがとらえたところで、彼は頭を上げ、後ろのテーブルに置かれたマイクを手に取った。


『夜分、このような時間帯にお集まりいただきましてありがとうございます。先程紹介がありましたとおり、「白石総合物産」社長の白石雄吾でございます。この記者会見では、先日発生しましたレジェンド・オブ・クレオパトラにて発生したシージャック事件の概要と、わが社の今後の方針についてご説明を行いたく皆さまをお呼びしました。副社長であります富永よりまず一連の流れを説明しまして、その後質疑応答へと移りたいと思います。ただ、現在本事案が発生してより日が経っておりません。我々にも詳細が不明な点や、テロというものに対応する為の情報として非公表とさせていただく内容がある点、あくまで現時点での動きであり今後方針が変わる可能性がある点、そういった事情があることをご理解の上、質問には真摯に対応したいと考えています』

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