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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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6-2 素麺 のち 車上

本日二本目です。

一応ご注意を。



「え、明日帰るの?用事済んだってこと?」


 簡単に片付けたテーブルにででんと大きなボウルが真ん中に鎮座していた。

 その周りに小鉢に山盛りのネギと、チューブ入りの生姜、更には希釈要らずのパックからそのまま注いだつゆ入りの硝子の器が2つ置かれる。

 スーパーの総菜売り場でそのまま買ってきたと思しきアジの南蛮漬けがパックのまま置かれていたりもする。


「うん、一応。やることはやったし、後は向こうで片付けることだけになった。だから、明日家に戻るよ。バイト先にも無理言ってるからさ。早く復帰しないと……」


 猛に言われた茂は寝起きのぼさぼさ髪を手櫛で掻き上げ、いただきます、と小さくつぶやき、目の前のボウルの中に自分の箸を伸ばす。

 猛も麦茶をコップに注いで準備を終えると、手をあわせてからこちらもボウルの中に手を伸ばす。

 にゅにゅっと真っ白な筋が数本、水を滴らせながらボウルから取り出され、そのままつゆ入りの器へと投入され、ずぞぞっと音を立てて杉山兄弟に啜られる。

 アクセントに感じられるネギの香味と、生姜が良い。


「うん、涼しげでいいんじゃない?素麺か、久しぶりに食ったかも」

「そういや昔土産でもらったのが有った、って思い出してさ。いや、こういうのって一人で食うにはなんかハードル高いじゃん」

「まあなぁ。ある程度量が欲しいけど、食いきれないとなんかもったいないしな。つゆとかもずっと冷蔵庫の脇に突っ込んだままになってたりとかさ」

「そうそう。いや、処分できるならこの機会にって思ったんだよ。さっき兄貴もさっぱりしたのをって希望だったしさ」

「うん、いいチョイスいいチョイス」


 ずずず、と絶え間なく素麺を食べながら話をする。

 ネギが無くなれば山盛りの小鉢から補充して、もくもくと食べ進める。

 ボウルの中に水と氷を放り込み、水切りざるの上に素麺を放り込んである。

 一応3人前ほどを茹でてみたのだが、かなりのハイペースでその量が減っていく。


「でも、どうやって帰るのさ?列車のチケットとか予約しておかないといけないんじゃ?」

「ん?ああ、実は向こうまで車に乗っけてもらえることになってさ。まあ、タダ乗りは悪いから俺も運転する事にはなってるんだけど」

「もしかして会うつもりだった人?女?女!?」


 意気込んできた弟を煩わしそうに押しのける。


「残念、50近くのオジサンだよ。知り合いの親父さんでな。こっちに出張しててその関係で戻る時に一緒にどうだって言われたからさ。金なしのビンボー人には有難い。いや、マジで格安の長距離バスでも高くてなぁ……。助かったわぁ、ホント」

「兄貴、結構向こうの下宿先だとおっさんの知り合い多いんだな。まあ、気を付けて帰りなよ。最近なんか危ない事件とか多いし。まあ、気を付けてもどうにもならないこともあるけどさ」

「……そうだな、どうにもならないことも、多いよな」


 茂の想いは最初の……にすべてが凝縮されていた。

 そう、間違いなくどうにもならないことはあるのだ。

 トラックに撥ねられたことに始まり、バスロータリーしかり、公衆トイレしかり、豪華客船しかり。

 人生、本当にままならないものである。


「ということで、今日の夜、兄貴が飯炊きでお願いね」

「……まあ、泊めてもらってる以上、それは良いんだけどあんまり豪華な物を期待するなよ。さっきも言ったけど俺、ビンボー人だからな」

「知ってるー」


 2人ともちゅるちゅると啜る様になってきたので、茂が猛に尋ねる。


「なあ、梅干しと飯あるよな」

「んー?あるよー。そんじゃーそろそろ2回戦いく?」

「うん、お願いー」


 立ち上がって冷蔵庫まで歩き出した猛を見やると、おもむろにテレビのリモコンに手を伸ばす。

 正直あまり自分が動き回る様は見たくはないが、それ以外の情報も午後になり何か出てきているかもしれない。

 地球帰還より半ば天敵に近い扱いになりつつあるワイドショーにチャンネルを合わせた。


『……こちら白石総合病院の前からお伝えしています。現在、こちらには午後には検査を終える予定の白石雄吾氏が病院から出てくるのを報道陣が待ち構えています。白石氏は昨日、シージャックの発生したレジェンド・オブ・クレオパトラに乗船しており、……』


 映し出されたのは白石総合病院の正面玄関を遠くから撮影している映像だった。

 少し距離のある位置から撮影しており、出入りする人物の顔までは詳細には判らないが、その服装や仕草は判る。

 出てくる人たちは、少し窮屈そうにそして急ぎ足で病院へと出入りしているようだ。


「うっわ、マスコミのカメラ、超メイワク。んなとこに陣取るなよ。普通に診察に来てる人とかお見舞いに来てる人とか、めちゃくちゃ嫌がってるじゃんか。止めろよなそういうこと」

「まあ、なぁ。自重しろよ、とは思うよなぁ。でもこうやってテレビ見てる以上、その責任の一端は俺らにもあるんだけど」


 麦茶を口に付けながら何の気なしに見ていると2つの茶碗に飯を盛り、梅干しの瓶を掴んだ猛が絶妙なバランスでそれらを支えながら戻ってきた。


「ありがと。梅干しちょうだい」

「ほい。……この病院、非公式のファンサイトに多分ミオミオ達も入院してるって書き込まれてるからさー。うわ、あそこファンっぽいやついるじゃん。マスコミだけでも迷惑なのにお前らも行くなよ!一般の人に迷惑かけんなって!」


 丁度映し出されたところには数人の若者が、たむろしているのが見える。

 集団心理なのだろうか、恥ずかしげもなく揃いのパピプのファンTシャツを着て病院の前を歩いているのだ。

 しかもロータリーの周辺の通路を塞ぐように広がっている。

 通ろうとする病院に通院している人がとても迷惑そうにしていた。


「いっちばんやっちゃいけない事やってんぞ、あの子たち。100%怒られるコースだけど?」

「そうだよ、こういう時に入院先の病院とかに迷惑かけるのがどんだけクレームが来るか知ってるだろうに……。コンサートホールまでの道路とか直近駅とかでマナーがなってないってどんだけ言われてきたか思い出せよ……。しかもそんなこと、ミオミオ達が知ったら傷つくだろうにさぁ。運営だけでなくてメンバーのSNSにもクレーム行くんだぞ……」


 がっくり来ている猛から梅干しを分捕り、一粒つゆの中に沈める。

 箸でほぐして、つゆ自体に梅の味が混じりこんだのを確認して、素麺を食べる。

 ずずずと啜ると、今までのかつ節の風味のつゆに酸味と梅の香りの混じる、杉山家2回戦目の素麺つゆであった。


「うむ、これこれ。すごいさっぱりー」

「うわ、まだいるつもりなのかよ。あのアホども。帰れよ、どっかに怒られる前に」


 ジト目でテレビを見つめる剣呑な雰囲気の猛をよそに茂は素麺を啜る。

 時折、素麺と共に梅の果肉も一緒に口に入れれば、それもまた趣が変わる。

 つゆに浸かったひたひたの梅干しを、そのままほかほかと湯気の立つご飯の上に乗っけると、がふがふと掻きこんでいく。

 梅干しの強い酸味と共に、今度は少し甘めのだしつゆがアクセントとなり、いつもの梅干しご飯とも違う味わいがある。

 これが杉山家の2回戦目。

 変わり種と言えば変わり種だが、昔からのことなので特におかしなことだとは思ってはいない。

 ぶっちゃけ薬味の延長線上ととらえている。


「ほら、ほらっ!病院の人、出てきたじゃんか!何やってんだよ、バカ!!」

「あー、アカン。アカンな、あれは。警備さんと事務さんかな?思いっきり注意されてるわー」


 画面には頭を下げる若者たちと、腰に手をやり何かを伝えている事務らしき人がいた。

 その後ろに念の為なのだろう、警備服を着たオジサンもいる。

 やっぱりなと茂が思い、全く同じタイミングでこのテレビを見ていた人がやっぱりなと思った。

 かなりの人々が同時に同じことを思う、そんな不思議な瞬間であった。






「会見場の準備は?」


 頭部のCT等を撮り終えて、会見場のある本社へと遅ればせながら出社しようとしている雄吾が、助手席に座る門倉に尋ねる。

 手元のタブレットは、今裏から迷惑にならない様に出た白石総合病院の玄関を映し出しているテレビを流していた。

 患者への迷惑を避けるためにこっそりと脱出したのだが、早目にマスコミに自分がもう病院にいないと連絡してあの道路沿いの迷惑なカメラクルーをどかしてもらわねばと考えていた。


「19時からの予定でマスメディアにはFAX・メールでの連絡を行いました。会見場は最も広い会議室Aでの予定で会場設営を行っております」

「そうか……。会見の前に情報が欲しい。被害に遭われた方々で健康上の問題がある方はおられるのかどうかを。それについて訴訟準備を始めている者がいるかもだ。関連会社の株の値動きと、危機管理対策部に届いたクレームなどの分析データを出してもらえるようにも連絡してくれ。あとは、読み上げる文面は私だけでなく数名で確認したい。会社としての統一意見となる文章だ。念入りに推敲はしておかないとな」

「了解いたしました」

「……深雪はどうしている?」


 少し口ごもり、雄吾が尋ねる。


「深雪様は、系列のホテルへお泊り頂くことに致しました。……明日、帰郷されるとのことです。ガードも現地まで同行させますが現地解散とします。何せ、本物の「騎士様」が近くにいらっしゃるようですので。ただ深雪様が戻られるその前に、留美様と秀樹様がお会いしたいとのことで、難しいでしょうが夕食を一緒にどうか、と留美様より言伝を預かっております」

「……ダメな親父だな、私は。その場に行くのが家長として正しいと判っていても、それが出来ないのだからな。留美も気を利かせてくれたのだろうに」

「皆さんそれはお判りですよ。実際留美様と深雪様の間にそこまで大きな壁は有りません。お二人ともよくできたレディです。その夫であり、父であるのです。その家族に胸を張れるような会見をすることが、お二人が望むことでしょう。まあ、社交辞令で一応聞いた、というところでしょうな」

「恵まれているのだな、私は」

「そのようです」


 ふふっと笑いながら、門倉が振り返る。


「秀樹様はきょうの夕食会が楽しみで仕方ないようでしたよ。「光速の騎士」に会ったおねえちゃんにいっぱい質問するんだ、と意気込んでいましたから」

「それはそれは……。色々と大変だな深雪も」

「そのようです」


 車両が「白石総合物産」本社ビルへと近づいてきた。

 カーブを曲がり、ゆっくりと正面の入口に車をつける。


「どうやらマスコミがいます。車を降りてからは言葉の一つ一つ、表情の全てにご注意を」

「判っているさ。あまり後で“嬲られる”ようなことは話さない。ただ、最低限の印象を崩さない程度では受け答えはしておかんとな。でないと無言で通り過ぎた、などと脚色されてしまう」

「では、御武運を」

「ああ」


 がちゃり、とドアが開く。

 マイクや録音機器、カメラを構えた飢えた者たちが、肉汁滴る極上ステーキへと群がりはじめる。

 ここからが彼、白石雄吾の戦いの本番であった。


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