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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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6-1 ぐったり のち ぱっちり



 住宅街を1台の自転車が通り抜けていく。

 ゆったりとしたスピードで走っており、時折流行りのお高めのカスタマイズされた自転車には悠々と追い抜かれていた。

 籠の中には飲みかけのペットボトルが1本横倒しに転がっており、段差の度に軽く籠の中で跳ね回っている。


「よーし。到着、到着。帰ってきましたよ、ってね」


 アパートの粗末な駐輪場に自転車を止めて、鍵を掛ける。

 弟の猛のアパートまで自転車を漕いで帰ってきた茂はポケットに突っ込んでいたガラケーをぱかと開く。

 時刻は10:45と表示されていた。

 「気配察知:小」の反応からすると、どうやら猛はアパートの部屋にいる様子である。

 大学の授業はどうしたのだろうか。


(……まったく、あの不良学生が。学校行けよ、サボりか?)


 スペアキーを手で弄びながら猛の部屋の前まで移動し、ノブに手をのばす。

 鍵を差し込み、開錠するとドアを開けて部屋の主に声を掛けた。


「ただいまー。猛、いるかー?」


 いるのは判っているが、一応声掛け。

 閉じられた中扉の向こうの生活スペースで何か動く音が聞こえる。

 靴を脱いでいると、扉が開きぼさぼさ頭の弟、猛が幽鬼の如く生気のない顔で兄を出迎えた。


「おかえりー。あ、朝飯食った?」

「いや、もうすぐ11時近くだぞ。とっくに食べたよ。というか、やっぱりそういう感じになってたか、お前」

「やっぱりって何さ?」


 後ろ手で外扉に鍵を掛けて、2人そろって部屋に戻る。

 特に何を言う訳でもなく、そこも2人そろって床に座ると、つけっぱなしのテレビを見る。

 やはりこの時間も全力投球で昨晩のシージャックのあらましを解説している局アナが映し出されていた。

 だが、恐らく朝一で報じられた内容から然程情報が増えているという訳でもないだろう。


「パピプの神木美緒が活動休止って話だったからさ。そういう感じに凹んでるかなーと」

「そりゃあねぇ……。俺、2週間後の仙台のライブ、行くつもりだったんだよ……。ホテルも列車のチケットも予約してあるのに……」


 がっくりと首を落とす弟の肩に手をやる。

 ポンポンと叩いて慰めてやる。


「でも、命に別状はないって話だしさ。2週間あればもしかして、復帰するかもしれないじゃんか。それに他の子が代役で出るから公演自体はするって話だし」

「2週間で復帰って流石に無理だよ……。ライブに行くのはミオミオを見に行きたかったからなんだしさ。出演しないってんじゃ、楽しみ3割減なんだもん。はぁ、マジでショック。バイト頑張ったのに……」

「そ、そうか、うん。残念だよな」


 責任の一端が有るような無いような微妙な立場の人間からすると、どう声を掛ければいいのか判断が難しいところだ。

 恐らく身体的なダメージはあまりないと踏んではいるが、対象が心となるとどうかはわからない。

 なんとか無事に復帰してもらいたいものだと願うくらいしかできることは無いのだが。


「あー、でも結局は行くんだけど。ミオミオが出ないってなっても、それでも行くってのが本当の応援ってことだろうしー。観客動員が落ちたらきっとミオミオ達もがっかりするだろうしなー」

「どっぷり真性のファンになってるのな、お前」

「まーね。というか、今回のライブ限定の物販グッズも欲しいし。そのためにバイトもいれて、兄貴の家に転がり込んでフィールドワークにも参加したんだから」

「フィールドワークって、火嶋教授の?」

「そうだよ。そういや教授の今日の授業、一斉メールで休講って通知来て。今日のコマそれだけだったから家でこうして凹んでるんだけどね。シージャックなんて起きたもんで、関係各所回って、犯罪行動学の資料として手に入れてくるって話でさ」

「そうなんだ……」


 猛の言葉に生返事を返す茂。


(というか、火嶋教授。モロあの一件の被害者で救出計画の関係者だったんだけど?大学の先生は先生で間違いないんだが、副業なのか?あの後思い返すと普通に銃とかぶっ放してたし……。定良さんとも知り合いになってた風だしなぁ……。よくよく考えると謎の人物だよな、あの人)


「どうした、兄貴?ぼーっとして?」


 少しばかり気になっていたことを考えていると、それを不審に思った猛が顔を覗き込んでくる。


「ん?あ、ああ、チョットだけ休んだんだけど実は昨日からほぼ徹夜しててさ。今、朝飯がいい感じで消化も進んで、ここまで帰ってきたら気が抜けてさ。すごい眠くなってるんだよ」

「ふーん。ベッド貸そうか?昼飯食うの1時30分過ぎに遅くしてさ。飯は俺が作ってやるから、少し寝たら?」

「あ、マジで?じゃあちょっと少し寝るわー」


 こきこきと首を鳴らしながら猛のベッドへと向かう茂。

 ごそごそと自分のベッドにもぐりこむ彼を見て猛が尋ねる。


「俺、シャワー浴びて買出しに行ってくるからさ。昼飯、何か希望ある?」

「……冷たい、さっぱりしたのを。あと肉じゃないのがいい」

「わかった。……じゃあ、お休み」

「お休み……」


 ぱち、と照明を暗くすると猛がインナーとバスタオルを持ってユニットバスへと向かう。

 ふわぁと欠伸をした茂が布団を手繰り寄せる。

 猛が消えて30秒もすると、ユニットバスから聞こえるシャワーの音をBGMに、茂が眠りにおちていった。

 そしてすぐに穏やかな寝息が聞こえ始めるのだった。






「いいから!!そいつを港の外まで案内してやれ!!報道の自由とか、個人の自由何ぞ言うんならまず、進入禁止の文字が見えるように目ん玉洗ってからにしろってな!勝手に入ってきた奴は例外なしでとっ捕まえて規制線の外まで連れ出せ!!……たく、これで何人目だ?」


 警察の車両に備え付けられた無線機を切ると、苛立たしげに海に向けて唾を吐いた。


「朝からこれで5人目ですよ……。いい加減にしてほしいんですがねぇ。あのデカいヘドロの山、近くで撮影して配信とかしたいんでしょうよ。ドローン飛ばしてた馬鹿もいましたがね。厳重注意しておきましたけど」

「船内の爆発物がないかって確認も終わってないってのによ!自己責任で、って言ってごねてたアホも連れ出せよ!万一これで変なものが仕掛けられて被害でも出て見ろ。絶対に俺たちだけが叩かれることになるんだからな!!」


 忌々しげに睨む目線の先には、ででんとその巨体を晒すレジェンド・オブ・クレオパトラ。

 石島が声を張り上げてその場の警察官全員へと指示を出す。

 違法薬物の摘発のはずがいつの間にかテロリストの対応に変わり、今はこの港に集まる野次馬の誘導員にと役割がどんどんと変わっている。

 おかげで色々な場所から、何処何処の誰々の指揮下に入れだの、許可を何処何処へ取れだの、指揮系統はこっちに渡せだの、彼のイライラは頂点まで達しようとしていた。

 この一件が終わるまでは控えようと思っていたが、もう我慢できない。

 懐からタバコを取り出すと、火をつける。

 大きく吸い込み、深く深くイライラと一緒に吐きだした。


「石島さん、一応禁煙ってわけじゃないですけど、誰かに見られたらどうするんですか。そういうの最近うるさいんですよ?」

「馬鹿、んなのは判ってるんだよ。でもな?もう朝からずっっっとここで船にも入れず待ちぼうけ。死ぬんじゃないかってくらい、俺たちやることないじゃねえか。さっき一部解除されたとこに人を入れられたとこじゃあ、本隊が入るのは何時になるんだよ。一旦休憩だよ休憩!」


 石島を注意したのはコンビを組んでいる加藤である

 指差した先には、恐らく港の喫煙者が置いただろう錆びついた灰皿がある。

 横には破れをガムテで補修したビニールソファと自販機が置かれていた。


「まあ、結構待たされてますしね。一旦休みますか」

「そういう事。お前ブラックでいいよな」

「あ、ありがとうございます。ごちそう様です」


 自販機にコインを入れてブラックコーヒーを2本買うと、加藤へとそのまま手渡す。


「んで?七狼組のガサ入れはどうなってる?」

「朝から一斉に踏み込んでるんですが、本部と少し大きめの支部は入口前で押し合いへし合いの大混乱。結構手間取ってるみたいですよ。報告ではようやく玄関先まで進んだってことだそうで。……証拠隠滅でもしてるんでしょうかね?」

「薬関係は?本当はソッチがメインなんだぞ俺らは」


 ぐびぐびと飲みこんだコーヒー缶をゴミ箱へと投げ捨て、手に持ったタバコを再度吸い込む。

 ふーっと吹き出された紫煙が一筋の線になって、崩れて消えていく。


「埼玉の方から上がってきた情報だと、ほとんど商売してない七狼組のカバー企業のリサイクル業者がありまして。そこが所有してる倉庫で例の薬、少量だけですが見つかりました。パケにしたものが十数個分。多分大本を小分けにする工場っぽいとこだったんじゃないかと。いつもヤンチャそうな奴らが出入りしてたみたいなんですが、今日は誰ひとりいないらしくって。どうも大急ぎでどっかに運び出したようです。倉庫の所有者・会社の名義人含め総ざらいで捜索してます。タマ腫らしてた井上の奴の売人ルートからも当ってますが、七狼組のトップまで届くかは……。代理で誰か出頭させて来るんじゃないかと思いますが」

「薬のシノギでイケイケなんだろ?少し現金握らせて、上は逃げるつもりだろうな。たく、自分のケツすら拭けないのかね……。ま、絶対にその程度で済ませるつもりはないがな」

「当たり前です。切り離した枝葉だけで、なんて甘いんですよ。これを足掛かりに徹底的に根っこまで除草剤をぶちまけてやりましょう」


 灰皿に力強くタバコを押しつけて消すと、立ち上がる。

 船の乗降口から誰かが駆け出してきたのが見えたからだ。

 その人物は左右を見て、石島を見つけると手を振りながら全力で走り寄ってくる。

 駆け寄ってきた顔見知りの警官の一人が息を切らしていた。


「石島さん!!ここですか!?」

「どうした、慌てて?なんか見つかったのか?」


 ぜいぜいと息を整えるその男に期待を込めて石島が尋ねる。

 軽く落ち着いたその男は、満面の笑みで石島に応えた。


「ビンゴです!!大大大ッ、ビンゴ!!!見つけましたッ、見つけてやりましたよッ!!」

「!?マジか!」

「はい!!危険物の有無の調査してるとこで見つけたブツですけど。船倉に厳重に梱包されてる海外企業の研究資料ってなってましたが、外身も中身も大ウソも大ウソ。完璧、探してたヤクで間違いありません!しかもとんでもないクソッタレな量が有ります!!今年一番の押収量じゃないですか!?」


 ばっ、と振り返ると石島が大きく腕を上げる。

 その先にはペアを組む加藤。

 彼もまた満面の笑みで腕を振り上げていた。


パァァァン!!!


 港に両者のハイタッチの音が響き渡る。


「よし、よし、よしッ!!!やったぜぇぇ……」

「課長にも報告して、押収準備と、マスコミへ公開するための部屋、進めてもらいますね!!」


 歯を食いしばっていかつい顔を喜びで爆発させる。

 はた目から見ると少々、怖い。


「船倉には入れるのか?」

「はい!爆発物等確認されてません!その船倉区域は問題なく行けます!!」

「石島さん、行きましょう!」

「……おお、完っ璧に、目ェ覚めたわ。よっしゃ、全員乗船の準備をしろ。正装でびしっとキメて行くからな!腑抜けたツラして乗り込むんじゃねえぞ!!!」


 おおぅ、といつの間にか集まってきていた石島の同僚たちの野太い声が港に低く響いた。

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