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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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6-0 朝餉 のち 騒乱

「ああ、ねみぃ……」


 ふわぁぁと大あくびをかみ殺し、テーブルの上に置かれた緑茶のペットボトルのキャップをひねる。

 ぱき、と音を立てて開栓されたそれをぐびぐびと一気飲みしていく。

 あっという間に半分ほど空になったそれをテーブルに戻すと、シャワーを浴びてまだ湿った髪をバスタオルでごしごしとふき取る。


「ああ、でもちょっとさっぱりしたかな」


 ここは昨日の昼、うな重をごちそうになった「但馬アミューズメント東京支社」の社員用の宿泊スペースである。

 取りあえず全員でここへと戻り、シャワーを浴びて昨日ここに置いていった普段着に着替え、椅子に座ってふうと息を吐いた。そんなタイミングだった。

 客船に残る博人達とこっそり合流し、怯えた人質を演じながら簡単な事情聴取を受けることになった茂は、同行していた「但馬アミューズメント」社長の肩書を持つ但馬真一により、後日詳細を聞くという形で解放されることになった。

 真一と博人、由美、茂は他県に居住しているので、改めての聴取は皆まとめて行うことになった。

 言い訳として、事件現場であるこの場で話をするのは精神衛生上よろしくない、しかも深夜であり、皆非常に疲れている、更に4人中2人は未成年の学生であり彼らの心的なケアも必要である、と言い張ったのである。

 それに同意せざるを得なかった警察が引き下がったのはきっと、そんな建前だけではないだろう。

 そこそこ名の知れた会社の重役や芸能人がほぼ同様のことを話しており、それに乗っかった形である。

 誰かを立てれば他の誰かを立てない訳にもいかず。

 しかも「但馬アミューズメント」の名前と連絡先を出したうえで、しっかりと対応すると明言されれば仕方ないところも有る。

 長時間の拘束と直接テロリストに会ったことで体調を崩し病院で治療を受ける人も中にはいたのだから、彼らに見つからない様に隠れていただけの人質は優先度が低かったのかもしれない。

 お金持ちで社会的信用のある人物とは、懇意にしておくべきかもしれないと茂は深く心に刻み込んだのである。


「でも、すごいことになってるみたいだなぁ」


 テーブルに置かれていたのは緑茶だけではない。

 コンビニのロゴがプリントされた大きな袋に一緒くたに放り込まれているスポーツ紙と朝刊が数紙、温められた大盛りのり弁当の上に置かれて少ししんなりとしていた。

 袋の影から見えるスポーツ紙の一面が薄い色の袋越しに透けて見える。

 間違いなく“自分”が印刷されているのがはっきりとわかる。

 コンビニで買出しに行った時になるべく見ない様にしてはいたがどうしても目に入ってしまった。

 真一からお疲れ様ということで、朝ごはんと細々としたものを買い込むのにもらった2000円はそれらに消えてしまった。


(よ、読みたくない……。でも、情報は仕入れないと、何も知らないっていうのも怖いし……)


 おずおずと手を伸ばそうとした時である。


こんこん!


 軽くノックがして、返事をする。


「あ、開いてますー。どうぞー」


 ドアが開かれるとそこにいたのは由美と博人、そして真一だった。

 全員が茂と同じコンビニの袋をひっさげ、同じように全員の髪が少しばかり湿っている。


「いやあ、朝食を一緒にどうかと思ってね。いいかな?」


 真一は笑いながら部屋に入って来る。

 その持ち物は、と言えばコンビニの弁当とペットボトルが入った袋に片手に、もう一方には茂が買い込んだ以上の量の新聞各紙が小脇に抱えられていた。


「おじゃましまーす」

「おはようございます。茂さん、眠そうですね?」


 博人と由美もその後に入って来る。


「仕方ないじゃん。これでもシャワー浴びてさっきよりはマシになったつもりだぞ、俺?」

「大忙しだったみたいだからね!いやあ、現地にいて直接君の姿を見れなかったのは残念だったよ!」


 そう言って小脇に抱えた新聞各紙をどさりとテーブルの上に積み上げる。

 引きつった顔の茂に向かい真一がにこやかに話しだす。

 彼も昨日から然程休めていないはずだが、この元気は何なのだろうか。

 いや、もしかするとランナーズ・ハイ的な領域に突入したのかもしれない。


「おや?やはり気になるか!君もこんなに新聞買い込んで?」

「あ、私スポ即がいい!読んでいいですか、真一さん?」

「ああ、各紙取り揃えてあるからね。どうぞどうぞ」


 由美が女の子らしくグリーンスムージーなどをちゅーちゅーと吸いながら、テーブルに積んだ有名スポーツ紙である「スポーツ即答」、略してスポ即を一つ手に取り尋ねる。

 真一が頷くとその紙面を大きく広げた。

 すると広がる紙面が否応なしに茂の前に現れる。

 手で顔を覆い、下を向くその顔はほんの少し風呂上りのせいだけでない赤みを増した。


「全紙、一面で報じてるらしいですよ。ワイドショーの紙面解説のコーナーでも言ってましたし」

「肖像権の侵害を訴えてやるぅぅ……」

「ははは、名乗り出て出廷できればもしかしたら可能かもしれませんが。名乗り出るんですか?」

「無理、絶対無理!くそう、やられっぱなしか、俺!?」


 ひとしきり苦笑いした博人が部屋に備え付けられたテレビを点ける。

 実は敢えて心が落ち着くまではと、この部屋に入ってからリモコンにすら触っていなかった。

 きっとテレビは怒涛の如く昨日の配信映像を借りたり、再現Vを流したり、検証をしているに違いないのだ。

 そのため、茂は今日初めて件のシージャックがどう報じられているかを知ることになるのだが。


『……すごいことに、すごいことになりました、ガウチョさん。今回のこのシージャック。どういう方面から報道をすればいいのか、実は我々も未だ正解が分からない、というのが実情なんですが』

『僕としては、まず解っていることから一つずつ確認していくべきではないかと思います。まず、シージャックが発生し、人質の解放条件が提示された。この時にはすでに、事件現場は海の上、早々近づける状況ではないはずなんです。そして「光速の騎士」が現れる。「骸骨武者」が現れる。このタイミングがあまりにも早い』


 テレビの向こうではしかめっ面のアナウンサーとゲストコメンテーターの芸人、確かガウチョ轟と呼ばれる男が意見を交わしていた。


『モニター上にも有りますが、「騎士」の介入が8:45前後、「武者」の確認はその後ですが然程時間が経過しているでもない。そして、救出部隊の指揮は警察官僚であると本日発表されています。と、いう事は彼らの存在を今日まで隠避していたのは警察であることになります!先日のロータリーの事件の容疑者2名を、警察が探し警察がかくまっていたことになります。これは国民への酷い裏切り行為ではありませんか!!?』


 ヒートアップしたガウチョを隣のコメンテーターの経済学者が落ち着かせている。


「茂さん、警察に御厄介になってることになりましたよ」

「なってねえし。偶然乗り合わせただけじゃん。発想が飛躍してるんだよ、この人。いつも猪突猛進しすぎて最後にはよくわからんこと言い始めるじゃん。論点はそこじゃないって言いたくなるし。落ち着けばいいのにな、ガウチョ。いい歳なんだから……」

「本当に本当に偶然、ってのも有るんだー。いや、当事者じゃなかったらガウチョの意見に一票入れてるかもー」


 スムージーを空にして、スポーツ紙を流し読みしている彼女は、コンビニ袋からミニサイズのバゲットサンドとコーヒーを取り出して、本格的にブレックファストを始めた。

 それを見て茂も大盛りのり弁を取り出して蓋を開ける。

 温められた弁当からふわぁと漂う、のり弁特有のご飯に染みた醤油とかつ節の匂いが鼻腔をくすぐる。

 手元の割り箸をぱき、と割り茂も朝食を摂ることにした。

 蓋にひっついた醤油の小袋をさらに弁当全体に回しかけ、海苔の上に乗っかった白身フライにかぶりつく。


「ああ、うま。うん、安定の美味さ」


 醤油とタルタルソースのついたフライをもしゃもしゃしながら、続けざまに米と海苔とかつ節を一口放り込む。

 なんというかこの弁当としては非常にシンプルかつ、お値段もチープだというのに、弁当全体でも抜群の安定感を誇るこの美味さ。

 満足感ともに最後に一口、一緒くたにレンチンされて生温かい漬物を食みながら飲みこむ。

 そしてこういう時にはそれを流し込む緑茶が必須だ。

 茂が思うにのり弁の時はウーロン茶とか麦茶でなく、緑茶が良い。

 いや、異論は認めるが、茂は出来るなら緑茶が良いと思うのだ。


「美味しそうに食べるねぇ。……若いなぁ、朝からはもう僕はそんな油っぽいものはダメなんだけどな」


 そういって真一は小ぶりな青菜と小梅を刻んでシラスを混ぜ込んだミニ弁当を、健康なんちゃらかんちゃらのマーク入りのお茶と共にテーブルに広げる。

 まあ、これも美味いのであるが、如何せん若い世代には少し物足りないかもしれない。


「俺も朝は基本食べないんで、ちょっと胸焼けしますけどね。茂さん、ガチ食いじゃないですか」

「そりゃ、昨日の夜に実際問題すごいカロリー消費してるし。食べないとやってけないぞ、マジな話。というか、朝は食うもんだってのが家訓なんだ、ウチは」

「食生活ってのは家ごとに色々あるからねえ。僕の家も隼翔は朝からがっつり食べるんだけど、娘は食が細いからヨーグルトだけ、とかね。いやぁ、考えさせられるもんさ」


 パッケージされたゼリー状の補助食品を一気に啜り上げ、朝食を終える博人。

 それに対しガチ食いの茂に、中年の哀愁を漏らす真一。

 まあ、食事など人それぞれではある。


『では、ここからはエンタメのコーナーです。○○さん、お願いします』


 テレビから聞こえる音声が芸能関係のコーナーへと変わる。

 げんなりする自分の話題がようやく終わったか、と視線を向けるとデカデカと画面いっぱいに自分の姿が映し出される。

 その腕には抱きかかえられた女の子の姿。

 思い出すに、確か昨日救い出したキメラに侵食されていた子ではなかったか。


「あ、あの子たち芸能人だったんだ」

「え!知らなかったんですか!?」


 箸を口に挟んだままぽつりとつぶやいた茂に、博人が驚く。

 きょとんとした茂が逆に尋ねる。


「え、結構有名な子なの?」

「マジで気付いてなかったんすね。テレビ、見てくださいよ……」


 テレビを見るとテロップが踊る。

 内容は「パピプのアイドル5名、当面活動を休止」。


『先程ニュースコーナーでも報じました、客船レジェンド・オブ・クレオパトラ号のシージャックに巻き込まれた乗客の中に、複数の芸能関係者が含まれていた事をお伝えしました。その中で、現在映像にもありますように、当日船内でライブとファッションショーのイベントに出演していたパピプグループのアイドル5名が「光速の騎士」により救助されています。その後、病院へ搬送され、5名全員が現在白石グループの系列病院で治療を受け入院しています。これを受けて、各所属事務所より各々の命に別状がないことをHPやブログ等にて同じ内容の文面で掲載しています。ただ、各々の怪我の程度やどの程度の治療期間が必要かなどについては、本人たちの精神的な動揺が落ち着くまでは公表を差し控えるとのことです。それに伴い当面被害に遭ったメンバー5名についてパピプとしての活動は休止したいとの内容となっています』


「ほえー。マジかー。いや、俺の弟で猛っているんだけど、神木美緒が好きだったんだよな。活動休止ってショックだろうなー」

「いや、感想はそれだけですか?」

「だって、酷そうな怪我は粗方「ヒール」で治しておいたし。そうなると後は心のケアだけどさ。そこは俺、専門外だもん。病院で精神科の医師とか心理カウンセラーに対応してもらう方が確かだし。ああ、でも深雪はそういうのも得意だったけど」

「深雪さん「聖女」でしたもんねー。なんていうか、ザ・慈愛の塊って感じで」

「皆にはそうなんだろうけど、久しぶりに会ったのに、一言目はクレームぽかったけどな」


 ははは、と由美に苦笑いでかえすとテレビに視線を戻す。


『結局のところ、被害に遭われた方の中に大きな怪我人もなく、死者も出ませんでした。それだけが不幸中の幸いといえますが』

『とはいえ、多くのファンが楽しみにしていた新曲発表の場、レコード会社はどうするつもりなんでしょうか?』

『新曲の発表については、事前に一部録音した音源が有ると聞いています。ですので、残ったメンバーで収録して発売に向けて動くことは可能と思います。しかし、その声の主がこのようなことで外されて揃っていないとなると……。当然販促にも影響が出ますし、コンサートも成り立たないでしょう』

『今開催中のパピプの全国コンサートは丁度折り返しで、残る公演は13公演ということです。一番近いのは明後日になりますが、そこには当然出演できないでしょうし……。パピプの公式サイトには公演に参加しない予定のメンバーで彼女たちの復帰までは、代役での公演を行うとしています』

『ファンも心配する内容や応援のコメントを各メンバーのSNSへと書き込んでいますからねぇ。一部の過激なファンは警察の対応などに批判的な書き込みをしているようで……』


 テレビの画面は今後のパピプのコンサート会場と日程が載っている。

 茂にもわかるほどの大型会場で、単純に参加しようとするファンは10万越えは確実だと思われた。


『あと、「騎士」「武者」へも書き込みがされているみたいですしね』

「えええ!?なんでっ!!」


 掻きこんだばかりの米粒が一つぶ宙を飛ぶ。

 慌てる茂をよそ眼にスマホを冷静にいじる由美が画面を見せてきた。


「これですね。“俺だってお姫さま抱っこしたかった!”“助けてくれたのは感謝。でもくっ付くなよ!!”“姫には騎士。判っていても言ってやる!お前じゃない!!”」

「……なんだそれ」

「ああー。何というか、僕よりちょっと上の世代にはそういうアイドルファンがいたらしいなぁ。ドラマでキスシーンがあると相手の俳優にカミソリレターが届いたりとかさ。要するに嫉妬だね」

「おお、茂さん。皆の扱いが昭和の人気俳優並みですねー」

「嬉しくないっ!」


 博人が由美からスマホを受けとりスワイプしていくと、「騎士」「武者」「救出部隊」に感謝する意見が大半を占める中、「騎士」に集中してそういう意見がちらほらと見られる。


「一応感謝はしてますよ。ただ、感謝はしっかりとした上で、文句は文句で言っておきたいみたいですね」

「……アイドルファンってどういう心理状態なんだ。じゃあ、俺じゃなくて警察の特殊部隊の人でもそういうクレーム入れるのかよ」

「多分、その時は“警察ありがとう!”で終わりそうだね。いやあ、「光速の騎士」ってスペックだけでいえば超人だからね。解り易くいえば人気女子アナがプロ野球選手と結婚すると両方ともに“ええーっ”てなるけど、相手が平のサラリーマンとかだったら好感度が上がる、みたいな?」


 真一の意見に全員がぽんと手を叩く。

 なんとなく違う気がするが、それでも本質の一端を捉えている気がしたのだ。


「人気俳優が20代の爆乳グラドルと結婚すると事務所へ非難轟轟の電話ラッシュで、幼馴染の会社員と結婚すると祝福のコメントが溢れたり?」

「そうそう。憧れが誰かに奪われるなら、それは自分にも少しだけでも可能性があったはずだ、と思いたいんだよ。で、そういう観点でいうとメンタル面はともかく、「光速の騎士」に実際フィジカル面で並び立てると思うかい?」


 食べ終わった容器をコンビニの袋へとまとめながら真一が由美へ問う。


「無理でしょうねぇー。アレはもう地球人類の範疇でいえば人外に分類されますし」

「本人目の前にしてアレって言うな。あと人外ってのもな」


 ぶすっとしながらも最後の白身フライを口に入れる。

 がふがふと飯をかきこみ、ちくわの磯部揚げも齧りながら茂が抗議の声を上げた。


「実際問題、嫉妬ゼロで書き込みしてる人いないですよきっとー。書き込んだ当人はそんなんじゃないって言い張るかもですけど、どっか心の奥にそういう嫉みが凝り固まってるんですって」

「そういう意図、一切抜きで純粋に人助けに協力したのに?」

「それを知ってるのはここにいる人だけじゃないですかー。そりゃアイドルファンからすれば、あのやろー上手くやりやがって、俺のお気に入りの子になれなれしく触れるなんてー、って感じでしょー。茂さんとしてはアイドルだってのには全く気付かなかったとしてもです」

「ああ、でも今回の活躍で、以前有った殺害予告とかは“あんまり”無いみたいです。茂さん、後ろから刺される心配はだいぶ減りましたよ!」

「……それはありがとう、なのか?」


 いまいち釈然としない心持ちでちくわと最後のご飯を食べる。

 磯の香りに満たされながら、茂は首を傾げたのだった。

のり弁、アレすごい好きなんだ。

冷えてても美味いし、弁当全般のトップ3に入ると思う。


……という思いから書いた。

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[一言] のり弁は至高
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