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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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5-3 代案 のち 終点

 ぼぅ、と眠りに落ちる前の微睡の中のようなそんな場所。

 どこだ、ここは?


『“勇者”は気高く、“魔王”は崇高で、“聖女”は慈愛に満ち、“聖騎士”は誇り高くあり、“軍師”は智謀を拠所とする。……ならば、貴様が自らを自分と称すのは何を以てして――――を名乗る?』

『……さあ、知らないよ。俺は、俺でしかない。そんな大それたモン、いらない……』

『願い、欲し、掴み取る。それすら不要と?』

『……知らない、俺は、それを知らない』


 目の前で笑う。

 いや、嗤っているのか?

 ……どうでもいい、か。


『それでも、貴様は貴様。我は、我。我が――――であるならば、貴様は―――――だ。それでも、か?』

『……そうさ、俺は俺。それでいいじゃないか。俺は、きっと―――――が――――ても、きっと俺だから』

『選ぶのではなく、捨てて捨てて、その底を必死に浚う。……貴様はそれを選ぶのか』

『……違う、俺は最初から“それ”でしか、ない。選ぼうなんて気は、元からないよ……』

『そうか、それが“貴様”だな……』

『そうさ、それが“俺”だ……』






「何だ?」


 急な船体の揺れを感じ、壁際まで行こうとしていた当初のプランを変更することにした。

真っ青な顔のドレス姿の女の子の肩に手をやり、支えながらゆっくりとその場へと座らせる。

 いまにも昏倒するのではないかというくらいに青ざめた顔と、流れる脂汗はかなり危険を感じさせた。

 足元の定まらない最後の被害者を救出して、床へ座らせると、救出班のメンバーがすぐに駆け寄りその後のフォローに回る形を取る。

 先程までの“ちょっと怖いです”的な対応をこの子にもされていたので、少々傷つきながら少しその場から離れる。

 自然行くところもなくなり、そうすると行先は定良の所へとなってしまう。

 抜身の大太刀をスポットライトの光に翳しながら、刀身の状態を確認しているようだ。


「……何でこんなとこにいるんです?」

「……まあ、色々とな。お前の方こそどうしてここに?」

「偶然です。というかこんなことになるなんて思ってもなかったんですけど」


 ぼそぼそと話す茂に合わせ定良もトーンを落としてくれる。

 2人そろって話し合うその光景が、全国に配信されているのだということもすっかり忘れて。


「奥に向かって移動しているヤツがいるんですが、先に行ってもいいですかね?待ってても何もすることないですし。この先の人質の様子も見ておきたいんで」

「……それもそうか。実際問題我ら2名以外ではこの妖を止めることが出来ないのだしな。先行しても構うまい」

「あ、じゃあ俺行きますから」

「む、俺も行くぞ」

「え?」


 疑問の声を上げた茂をよそに、定良が大声で叫ぶ。


「青柳!!我らは先に進む!後は任せるぞ!」


 叫ぶと同時にがしゃがしゃと具足を鳴らしながら定良が駆け出す。

 呼ばれただろう救出班の男を見ると、横になった被害者のアイドルの様子を確認していた所で、虚を突かれた様子だった。

 そこと定良を交互に見るが、定良を追いかけようとする者が誰もいない。

 その様子を見て茂は気付いた。


(……俺が、定良さんの世話すんのか?その感じからすると?)


 分かる、怖いのは十分に分かる。

 でも、なんとか来てくれないかなと一縷の望みを掛けて最後にそちらを見ると誰一人としてこちらを見ていない。

 思い切り視線を逸らしていた。


(ふふふ。そうかい、そうかい。行けばいいんだろ?行けば?)


 はぁとため息を兜越しにして、定良の後を追いかける。

 きっとあの骸骨武者殿はきっと行先を解っていないのに走り出しているのだ。

 駆け出した茂の後ろで、救出班に無線が入っているのには気づいたが、そちらは任せることにして兎にも角にも「光速の騎士」は「骸骨武者」を追いかけることにしたのだった。




 船の側舷に降ろされたタラップから、抱える様にして救命胴衣を着けた要救助者を引き上げる。

 階段状になったそこに横付けされていた高速ボートが、大きく立った波を避ける様にして客船から離れていく。

 大きく船が揺れ、船の外にいる彼らには大きく波が掛かる。

 甲板の上で待つ人質からは軽い悲鳴も聞こえた。


「く、くっそ!!何でいきなり!?」


 横を追随しているヘリのサーチライトが照らし出す中、急に船が大きく動きを変えたため安全のためにボートが一度離れて行った。

 遠くには今回協力を求めた地元漁業組合の漁船が煌々と明かりを点けている。

 再度接近するより、一度半分くらいまで乗せた人質を漁船へと移すためにボートが移動を開始した。


「一体どういう事だ?速度、進行方向は一定に固定させたはずだぞ!?まさかどちらか敵に奪還されたのか!?」


 人質をボートへと移していた班員が苛立たしげに無線を掴む。

 そのタイミングで丁度、無線が入る。


『……こちらエンジンルーム!操舵室、操舵室!?』

『こちら操舵室、どうした?』


 まさに今状況を確認したいと思っていた2カ所の直通の無線。

 邪魔をするよりもこのまま聞こうと、続く言葉を待つ。


『いま、そちらで何か動かしたか!?エンジンの出力が上がったぞ!?』

『何!?』


 ちぃ!と舌打ちをして強く無線を掴む。

 そういう事だ。

 いつも、いいや、いつだって想定通りに進むことなど有った試しはないのだ。






「とりあえず、14名!慎重に頼む!!」


 今回救助に参加した漁船である第3高龍丸に接舷した高速ボートから、救命胴衣を着けたドレス姿の妙齢の女性が乗り移ってくる。

 男2人がかりでしっかりと女性を抱きとめ、そのまま毛布を持った別の船員がその身柄を預かった。


「なあ!この便で、少なくても20人は乗せてくるって話じゃないのか!?何で少ないんだ!?往復回数が増えちまうぞ!?」


 第3高龍丸船長の高屋順平は漁船と高速ボートのエンジンや、波、風に負けない様に大声で高速ボートの乗り組み員に尋ねる。

 乗り込んできた彼も人質の移動に手を貸しながら、大声で応える。


「客船が何でか進路を変えたんだ!!万が一があるとマズイ!!」

「おたくらがエンジンルームも操舵室も押さえたって話だっただろ!どうなってる!?」

「判らん!!今、客船内の部隊が対応中だ!!これ以上速度が上がると、近づくのは危険だ!!一時状況が確認できるまで距離を取る!!」


 夜の暗闇の中、ヘリに照らし出されたレジェンド・オブ・クレオパトラが彼らの目にも見える。

 確かに、今までのゆったりした速度ではなく、この第3高龍丸の待機位置から徐々に離れていくように見える。


「どうする!?一度移し終えたらこの人らを運んでいいのか!?」

「……そうしてくれ!!ボートで近づけない限り、次を運ぶわけにもいかん!!」


 苦々しげに客船を見つめる彼ら。

 そこに、人質を座らせて戻ってきた船員が叫んだ。


「せ、船長!」

「何だ!!」


 震える指で、その男が客船の後方部を指さす。

 自然、船の上の全員がその指の先を見ることになる。


「う、うわぁぁぁぁ!!!!」

「な、なんだ!あれは!!!」


 大きく混乱する船上で、パニックが広がろうとしていた。

 高速ボートの救助部隊の隊員がヘリに無線を繋ぐ。


「こちら移送班、移送班だ!!聞こえるか!!?」

『聞こえる。どうした?』

「船体後方、船尾付近!!ライトで照らしてくれ!!!暗くて詳細には見えないが、何か船尾にへばりついているぞ!!?」

『……確認する。ヘリ1を残して後の2機を後方へ移動する。船尾後方の海面から船体を照らすんだ。いいか、不測の事態に備え、十分に距離を取れ』

『了解、船尾へ向かう』


 人質の安全のため、複数で照らしていたサーチライトを動かしながらヘリが後方船尾付近へと位置を変える。


『……該当の不審物を確認。船尾に何かヘドロ状の帯が覆い被さっている!!どんどん船上へ上がってきているぞ!!あと、アレは、人?人影が数名、船尾付近にいるのを確認した!テロリスト?人質?どちらかは判らん!!』

『……こちら青柳。こちら青柳!高速ボート!!現時点での人質の救出状況を再度確認したい!!後のこり何人だ!!?』


 いったん離れたボートの移送班の担当が無線へと通達する。


「こちらから漁協組合等へと移したのは現時点で68名です。船と並走する速度が変更されたので、ボートは一旦距離を取りました。強行して接近しますか?」

『いや、客船の進行先は本来の港に設定されている。……あくまで安全を第一に救出を続けてくれ。強行に出るのはどうにもならない所まで抑えてくれ』

「あれをへばりつかせたまま、上陸させる気ですか!?どんな非難が出るかわかりませんよ!?」

『船をここで停めて、もし沈めばどうなると思う?この真っ暗な夜の海に100人以上の人質の中には金持ち連中やら芸能人やらもいる。そいつらを海に浮かべることになるんだ。しかもその海域にはおかしなヘドロモドキが一緒に浮かんでいる状態でな!救助作業が出来る状態になると思うか!?』


 だん、とボートの縁に拳を打ち付けると無線を再度つなげる。


「了解しました。可能な限り安全を優先しつつ救助を続けれるか、検討します」

『現地の警察には連絡をする。物見遊山の野次馬どもを遠ざける様にな。ただし、時間もあまりないのは事実だ。こちらでどうにか軟着陸できるプランを検討するが、どうにもならない時は直接接舷して陸に直に下ろす可能性もある!!』


 そう聞いた彼の眼には暗闇の中、煌々と明るい東京湾の向こう。

 市内の明かりが遠くに見えていた。






 バララララとヘリコプターが上空で旋回している中、その風に吹かれるようにして船尾へと元目出し帽の道化を演じた男が、神木美緒を連れだってやってくる。

 仮に各ヘリの位置から彼らを狙う射線が存在するにしても、その正体がわからない以上、警告・許可なしでの射撃は不可能であった。

 それらから吹き付ける風と、船が波間を行く潮風を感じながらつぶやく。


「気付いてくれたようだな。流石にこの舞台装置に気付かない程、抜けてはいないだろうが」

「…………」


 どことなくほっとした様子で三白眼を細め、後ろの美緒に微笑みかける。

 だが、彼女は焦点が合っているのかわからないような呆けた表情で、男の後をついてきているだけだ。

 その表情には自己判断できるような意思が残っているのかすら怪しい。


「とはいえ、待ちぼうけというのも退屈なものだ。早く、客が来てくれねばなぁ……」


 風で飛ばされた一人掛けの椅子を拾い上げ、それに腰掛ける。

 美緒の位置からは彼の背中のすぐそこにまでうぞうぞとヘドロじみた流動体が迫ってきているのが見える。

 質感や見た目だけで言えば、それは美緒を除くパピプの4人が飲みこまれたあのキメラの構成物質の様だった。

 ただ一つ違うのは、その質量の大きさである。

 如何せん、後部のデッキ全体と、船の側面にへばりつくようにしているそれは、あまりにも大量であり、若干であるがこの巨大な船体の喫水面を下げていた。

 航行にはまだ支障は出ていないが、時間と共にどんどんと海中より船体に登ってくる量が増えている。


「それともこのまま時間切れになるのか?……まあ、それでも私はいいのだが」


 そういうと腕に嵌めたデジタル時計を見やる。

 刻々とその時計に示されたカウントダウンの針が進んでいく。

 そんな中、男が上を見上げた。

 真っ暗な中サーチライトに照らされ、その逆光で見えないはずのその視線の先。

 にたり、と口角をあげて笑う。

 楽しげなその表情。


「おやおや、私も大概だがそちらも“そう”だとはね」


だんっ!だんっ!!


 甲板を強く叩く音が続けざまに2度、鳴り響く。

 照らし出された甲板の円状に光るサーチライトの外に“着地”した彼らが、ゆっくりとその円の中に入って来る。


「道化、それが素顔か?いい度胸だな、貴様」

「初めまして。って、会ったばかりで悪いんだが、その後ろのイカレたモン引っ込ませてもらおうか。あと、その女の子も解放して、後から来る人らに捕まってくれよ」


 肩に大太刀を担いだ「骸骨武者」。

 甲板に斧を突き立てている「光速の騎士」。

 その両方から視線を浴びせかけられて、道化を演じた男が椅子に座ったまま、大仰に手を振り上げる。


「おお、せっかくのお誘いですが残念です!今夜はこれ以上あなた方とデートする気分ではないのでね!!ご遠慮イタシマスデスヨォォ!!?」


 最後に人をおちょくるような口調で叫ぶと、大笑いしながら手をパンパンと叩く。


「そういうと思った。なら、お前、五体満足で引き渡されると思うなよ?ボコボコに泣かしてから引き渡してやるからな」

「安心しろ。命は繋いでおいてやろう。ただ、それ以外はあきらめるがいい」


 「光速の騎士」「骸骨武者」共に得物を構える。

 それを見てなお、椅子にふんぞり返る道化はケタケタと耳障りな笑い声を奏でる。


「オヤオヤオヤ?どうしました、どうしました?そんなに怒って?なにか、オモシロイ物でも“VIPルーム”で見ましたかねェ?」


 前のめりになった道化が椅子から立ち上がる。

 その横にいる神木美緒が彼を守る様にして2人の前に立ちふさがる。


「あははははっ!!一応言っておきますがね?あっちの担当は別口で私の分担ではありませんよ?ほかのエントリーですから、それを私に言われるのはお門違い、八つ当たりですよね!」

「……不快極まりない。貴様のような男がそこで生きておる。それだけで罪。業が深いと知れぃ!」

「真っ当に生きてる奴の人生に、ゲロぶちまける様な事しといてヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ。担当違いでもお前の仲間のやったことだろうに。悪ぃことすりゃ怒られる。ガキの頃に散々言われただろうが?そのお仲間さんも含めて、お説教の時間なんだよ」


 定良から、むわっと吹き上がる瘴気は先程までよりもさらに濃密で、サーチライトの光をかき消すように漆黒の度合いを深めていた。

 茂も少し腰を落とし、いつでも飛び出せるように構えを整える。


「ではでは、あなた方への最後の試練。パラダイス・ピクシー・プリンセスの人気アイドル!神木美緒が!!私の代わりにあなた方とデートして下さるようですよっ!!!今日の最後の大一番!!どうかお楽しみ下さいっ!!」

「あ、アアッガガガ、ガァァアアアッ!!!!!」


 道化の後ろで蠢いていたヘドロが、美緒の叫び声に共鳴して動き出した。

 道化の座る椅子を綺麗に避けてその流動体が美緒を飲みこんでいく。


「ア、アアアアアアアアアッ!!!!!」


 ゆっくりと美緒が流動体と一体化しながら上へ上へと持ち上げられていく。

 わずかに数秒の後、飲みこまれた流動体が彼女の腰から上だけを露出した状態で彼女を露わにした。


「おいおい、いくらなんでも無茶苦茶だぞ!なんだよ、このヘドロのバケモノは!!」

「化生とはいえ、広めの館くらいの大きさとはな。ふははは、斬りがいがある。いやはや面白いなぁ!!!」


 道化に向かう最後の壁、そして現時点で救出できていない最後の人質である彼女。

 蠢くヘドロから再び外へと出た彼女は、先程まで相手をしていた4名と違い、その身に纏うのはファッションショーでお披露目するはずのドレスではなかった。

 指先から二の腕までを群青の鱗状な表面をしたロンググローブが覆っている。

 そこから先の体全体をバイクのライダーのようなブルーのボディースーツが覆い尽くしている。

 要所要所には硬質なプロテクターじみた物が埋め込まれており、胸元にはよりピジョンブラッドの色味に似たブローチが脈打っていた。

 顔全体はグローブと同系色のボディースーツと一体化した硬質なマスクがその表情を隠してしまっている。

 ただ、唯一口元だけが肌を露出させており、半開きになった口元から一筋唾液が垂れる。


「さぁさぁ!!!今宵の最後の裏メニュー!!ご堪能あれッ!!!」


 そう叫ぶ道化の声が、神木美緒の変じたこのバケモノの裏からかすかに聞こえた。

 


 

 さて、こうして最後の幕が開く。

 だが、時刻は少しだけ。

 ほんの少しだけ、遡ることとなる。


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