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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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5-2 疲弊 のち 撤収

ぱぁぁぁん!!


「っとぉぉぉおぉおっ!!?」


 茂は体の真正面から飛んでくる銀閃を、掲げた盾で必死の思いを込めて押し返す。

 半ば本気に近い勢いで放たれたそれは、棒立ちであれば間違いなく目の前に立ちふさがる全てを左右に両断するだろう。


「ひ、人死には、ダメ!確かに言ったぞ!?」

「……わはは!少し熱が入ってしまったものでなぁ。まあ、そこまで削れば良かろう。後はお前がどうにかするのだろう?」


 そう言うと走って未だに闘っている早苗たちの方に駆け出していく定良。

 残されたのは味方であると思っていた相手に思い切り斬られかけ、その精神的なダメージから膝立ちで荒く息を吐く茂と、後ろに転がっている女の子が2名。

 内一名は茂が担当した子で、先程引っこ抜いた女の子よりも若干ふっくらとした女性らしい柔らかさのある子で、これまたキメラから引っぺがす際には絶叫と共に失神に近い形で救い出した。

 ちょっとばかし可哀想と言えば可哀想なことをしている自覚は有ったりする。

 そんな被害者のアイドルを「ヒール」で怪我を治して、さて次はどこに援護に向かおうかと思ったところで定良の担当(獲物)に目が留まった。

 いや、止まらざるを得なかったといってもいい。

 粗方キメラの流動体部分を宣言通り“削ぎ落として”本体と直結させられたアイドル部分がほとんど見えるようにした彼は、キメラの制御部と思しきブローチの呪物を外すことに取りかかっていた。

 それはいい。

 それは良いのだが、茂の様に掴んで引きちぎる、のではなく太刀でその該当箇所である胸元辺りを切り払ったのである。

 残り少ない流動体部でガードしたキメラがそのガード部ごと呪物を叩き斬られ、どろりと形状を崩しながらアイドルの子が地面へ倒れ込もうとした瞬間。

 逆袈裟に切り上げた太刀を手元でちゃき、と動かしたのを茂は見逃さなかった。

 勢いのまま、定良が真上から唐竹割に剣閃を疾らせるつもりと気づいた「光速の騎士」が、大慌てで両者の間に割り込んだという構図が先程のフレンドリーファイア一歩手前という次第となった訳で。

 ただ間違いなくあの瞬間、茂が助けに入るだろうことを見越して定良は太刀を振るったのである。

 なぜならこっちに一瞬、視線をよこしてから唐竹の体勢に入ったのだから。


(無理、絶対に無理!!あの人自由に動かしたらアウトだ!!!やっぱどっかネジがふっ飛んでるって!首輪と紐つけて、鈴もつけておいてくれ!!誰か、お願いっ!!)


 もう正直半泣きである「騎士」の後ろからおずおずとした声が掛かる。


「あ、あの……」


 振り返ると胸元を大きく切り裂かれた女の子が、床に腰を下ろしたまま、はだけた元ドレスの布を無理やりに体に巻き付けている。

 顔色は真っ青で、布で胸を押さえたところは押さえた手も含め、朱に染まっていた。

 どうやら定良の救い出した(?)アイドルはほかの子と違い、意識はしっかりしているようである。

 個人の資質の問題か、救出方法か、それともあまりの痛みで逆に意識が飛ぶのを本能が拒否したのか。


「……ちょっと、動かないでほしい」


 立ち上がりぬっと手を差し出し、治療に向かう。

 そんな「騎士」にほんの少しばかり、アイドルが後ろへと後ずさりする。

 その表情に浮かぶのは、間違いなく恐怖である。


(……な?やっぱ映画ってとどのつまりフィクションなんだよ。こう、吊り橋効果ってやつで、ヒロインが特殊部隊に恋をするってのは幻想、幻想なんだよ。うん、フィクション、フィクション)


 本日何度目か判らないこの拒絶反応を見て思う。

 心を強く持て、と必死に自分に言い聞かす。

 くじけそうな心を奮い立たせてあとずさる女の子の前に立つと、その女の子はぎゅっと体を抱きしめて震えはじめる。

 そして思うのだ。

 ヒーローって本当にフィクションの世界なんだ、と。


(危ない橋わたって、結局めちゃくちゃ嫌われてるじゃん。映画のアメコミヒーローってもっとこう、拍手喝采で迎え入れられてたような気がするのに……。なんで、俺、こんなに頑張ってんだろ?)


 称賛が欲しいわけでは無いが、もう少しプラス方面の感情で対応してほしいなと思う。

兜の下ではぁ、とため息を吐きながらアイドルの前にたどり着き、その頭に手を置く。

 びくっと痙攣したように過敏に反応し、ぎゅっと目をつぶるその女の子。

 置いた手から伝わる振動は体が震えているからだ。

 本当にげんなりする。

 いや、その反応になるのは判らないでもないが。


「……「ヒール」……」


 ポツリ、と呟いて女の子へ回復を実施。

 ふわ、とその頭に置いた手から温もりが女の子へと浸透する。


「……あ、あれ。いたく、ない?」


 唐突な事態の発生に疑問を解消しようと、胸元に置いた手をどける。

 ずきずきとした痛みが止まらず、これではきっと痕になる、アイドルとしてこれから露出の多い服が出た時にはどうすればいいのだろう、来週には週刊誌のグラビアの仕事も入っているのに、と色々なことを考えてしまっていたのだ。

 そのため、真正面に立つ「騎士」がいることも考えずにその手を離してしまう。

 傷跡になっているはずのその胸元を覗きこむために。


「ぬぉっ!」


 大きく跳ねる様にして「騎士」が素っ頓狂な声と共に彼女から離れた。

 グループで1、2を争うほどのグラビアモデル体型の彼女が手を離すと、まあ自然といろんなものが零れ落ちそうになるわけで。

 「騎士」の立ち位置はもろ見え寸前の所で、悪いと思って大急ぎで離れたわけだがちょっとばかり見えてしまった。

 茂とて健康な男の子。

 興味はある、とてもある、無いわけが無いだろう。

 不可抗力であるが、眼に入った“それ”はしっかりと脳髄に刻み込まれている。

 たいへん良い物をお持ちであった、と記憶することにする。

 もちろん不可抗力である。

 それが脳ミソに焼き付いているのも、そう不可抗力である。

 ただし、それは茂だけが思っていることで。


(また、変態扱いされるじゃん……。もう、なんなんだよぉ……)


 定良が参戦したことで少し余裕の出た青柳・早苗班。

 その余裕の出た瞬間に「騎士」の素っ頓狂な声が響いたのだ。

 ばっちり、早苗がこちらを見ているタイミングで、それを「騎士」が真正面から見つめ返す。

 完璧にか弱い女の子へ乱暴した不審者の構図だった。


(とほほ……。男の沽券、ダダ下がりだよ)


 チョットばかり立派なブツを“不可抗力で”見てしまったアイドルに引っ付いていたブローチが、床に転がっていた。

 真っ二つになったそれを見つけると、苛立たしげにブーツで踏みつける。

 全力で苛立たしげに踏みつけ、ぐりぐりとすりつぶして定良たちの方に向かう。


「あ、あのっ!!」


 背中に掛けられた声をあえて無視する。


(もう、勘弁してよ!!)


 振り返ることはしない。

 絶対に振り返るものか。

 これ以上の変質者扱いは、御免こうむると決めたのだから。






「ご指示のとおり、計画は前倒しで進行中です」

『そうか。まあ、イレギュラーの介入は想定の範囲内だ。まあ、あそこまでのイレギュラーは予想外だったが。「騎士」「武者」揃い踏みとは、豪勢なことだ』

「……排除の必要は?」


 カツカツと通路を歩く男の皮靴が甲高い音を周囲に響かせる。

 その後ろを茂曰く寄生型のキメラが、トップアイドル神木美緒を格納したまま粘ついた音をさせてついてくる。

 男は目出し帽をすでに脱ぎ去り、素顔を晒している。

 顎に少しだけ髭を生やした30そこそこのアジア系と思しき男性だ。

 日本語を流暢に扱うことからして、その生活圏には日本が含まれることだろう。

 三白眼気味の瞳が細く鋭くなり、薄暗い通路の先を見つめながら、電話先へと尋ねた。


『現時点では不要だ。タイムスケジュールを大幅に繰り上げざるをえなかったからな。もう少し余裕があれば私も直に彼らを見たかったが……。「武者」は直に見たのだろう。君の印象はどうだ?』

「ペイに対するリターンが不明ですから。万一の場合に対応できるのは、この場では私とあなただけでしょう。その場合の余計な手間を考えるに、私もこの場での排除は不要と」

『君がそう感じたならそれでいい。彼らの相手役は、今後も引き続き女禍黄土にしてもらうのが一番適任だろう。あくまで我々はここでは外様に過ぎない。上等なメインまで食べ終わったのに、最後に出てきたのは正体不明の異国のデザート。満足して店を出たいならデザートに手を付けないという選択肢も有りうる』

「わかりました。そちらの首尾はどうなりましたか?」

『スマートに、とはいかなかったがすでに完了した。合流地点へ向かうところだ。……ハイエンの映像は確認しているか?』

「いえ」

『面白いことになっている。もうすぐ量産試作型は4体とも片付けられてしまいそうだね。どうも「騎士」「武者」ともに量産型では歯が立たないな。実力が圧倒しているようだ』


 く、と苦虫をかみつぶしたようになる三白眼の男。


『……まあ、良いデモンストレーションだった。本命はすでに起動して、君と同行しているのだろう?』

「はい、ここに」

『ならば後は“それ”に任せてしまえ。君や私が奴らと剣を交わすのはこの舞台ではない。もう少し場を整えてからにしよう。こちらも綺麗にドレスアップする必要があるだろうしな』

「そう致します。すこし、昂っていたかもしれません」


 美緒の焦点の合っていない顔を見、そして胸元のブローチを見る。

 そこの色合いは先程までの赤黒い拍動から、真っ赤な脈打つような鼓動の様に変わっている。


『時間になったら、若しくは君のタイミングで“それ”を投入するんだ。さすがに船内に撮影できるカメラはもう無いが、まあ陸上から望遠で捉えることもできるだろう』

「了解しました。では、脱出用のコードを?」

『ああ、今指示を出した。明後日にいつものバーで会おう』

「準備しておきます」

『では、な?』


 通話が切れる。

 そして三白眼の元目出し帽の男は懐にそのスマホを放り込み、カツカツと鳴る歩みを早めた。

 左手首のデジタル式の時計を覗きこみ、右手の指を突起に掛ける。

 そして、大きく大きく船が揺れた。

 それを確認すると、デジタル時計の突起部を強く押し込んだ。

 デジタル表示の文字盤が消え、表示が切り替わった。

 カウントは45:00:00から減少していく。


「……さてさて、それでは最後のショーでございます。火船の鼠のように、皆々様どうか、どうかお早く本船より下船されることをお勧めいたします、というところか」


 後ろにいる美緒に口元だけの笑い顔をみせて、先程までの道化を演じてみせる。

 ただし、その言葉には抑揚は無く、その表情には虚な気配しか感じられなかった。

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