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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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5-変 漁船 のち 旋回

「親父、マジで行く気?」


 少しばかり身長の低い10代半ばの少年が玄関先で、自分の親に向かって問いかける。

 靴を履いていた男は振り向くと、彼とその横に立つ女性の二人を順番に見やる。


「おう、行ってくる。栄治、母さんと婆ちゃんのこと頼むからな」

「……マジでこういう状況の時ってくるんだ。なんかそういう台詞って現実感がなくってさ」


 玄関の扉を開け放ちながら外に出ていく父親。

 腕は太く、日に焼けてこんがりどころか黒々としているほどの日焼けした肌に、首にタオルを一本ひっかけて家を出ていく。

 この時期はいつも毎日見ている男の背中であるが、今日のこの時に限ってはどうも不安がぬぐえない。

 いつもはこんな深夜のど真ん中ではなく、朝方に近い時刻に出ていく父親がこんな時刻に大急ぎで出ていくというのはただ事ではない。

 それを追いかけて栄治は隣の母親と共に、サンダルをつっかけて真っ暗な外に出ていく。

 その時には彼らの一家の大黒柱である船長、高尾順平は同僚である船員の軽トラに乗り込もうとしている所だった。

 順平はその時には自分の持つスマホを操作しながら、忙しなくどこかへと連絡を取っている。


「栄治、モトエさんも悪いな。親父さん借りてくからよ。……大丈夫だ、そんな危ないとこまで近づくつもりはないんだし。海保とか警察もそこまでは近づけさせないって」

「元二さん、そうは言っても……」


 電話が長くなりそうと思った運転席の男が、軽トラから降りてきて栄治とモトエに話しかける。

 この男もよく日に焼けており、頭に巻いた黄色のタオルが良く似合う。

 元二と呼ばれた男はにっと白い歯をむき出しにして笑う。


「こんなことで怪我なんざしたら、たまったもんじゃねえし。組合からも言い含められてんのは、あくまで安全なトコで協力ってとこまでなんだ。無理をする気はさらさらないって」

「それはそう聞いたんですけど……」


 心配そうに見つめる先の夫は、あまり見たことのないような表情で真剣に電話先と話をしている。

 いつも豪放磊落を絵にかいたような夫のその姿にモトエは心配をぬぐいきれない。

 そんな中、家の玄関ががらりと音を立てて開く。


「あ、お義母さん」

「ほら、騒いでるから出てきちゃいましたよ」


 頭はしっかりしているが幾分足の弱くなってきた義母に寄り添うため、モトエが玄関まで駆け出す。

 それを見ると、じっと父親の順平を見ていた栄治に元二が身を寄せる。


「栄治、聞いてたよな?」

「うす、元二さんも船乗るんですよね?」

「まあ、俺は息子がもう働きに出てるし、カミさんにはきっちりやってこいって発破まで掛けられたからな。やってこにゃなるめえよぉ」


 にかと笑う元二につられ、栄治も笑う。

 その元二が少しだけ声のトーンを落として話し出す。


「とは、言ってもだ。完璧に危険がゼロなわけじゃあ、無い。スマホ使ってる世代だから、今どうなってるのかはわかるよな?」

「はい。それは、親父たちが海に出るってのは、そうだろうなとは」

「よし、だからこそ、言っておくけどよ?万が一、万が一があった時は」


 笑顔が元二から消える。

 苦笑いだった栄治も真正面からそれに応える。


「その時は、この家にはお前しかいねぇ。いいか、そういう事だ。もう16だったか、お前?」

「17に先週なりました」

「そうか、なら、判るな。その時はチャラチャラしてるヒマなんざ、無ぇぞ。17ってのがクソガキなのかオトナの成りかけなのか、お前が決めろ。頭悪くてガッコも行かねぇ、そんでバイトもせずにバイクいじって喧嘩ってんじゃ男、腐らせるだけだからな。くだらねえことで検査入院したばっかだしな、お前。モトエさんとバアちゃんに心配ばっかかけるんじゃねえぞ?」

「……わかりました、ありがとうございます」

「……まあ、俺らは無事に帰ってくるつもりだからな。そんな心配は要らないけどよ?」

「いえ、ありがとうございます。元二さん」





「ナニ話してたんだよ、元二?」

「ああん?さぁてねぇ?何だったかなっと」

「あんまり人の家にちょっかいかけんなよ。栄治もいろいろ考えてるんだぞ?」

「へへへ、そうだねぇ、そうだろうよ。そういうとこ、お前は甘いんだよなぁ」

「うるせえな。おい、ちょっとラジオ点けるぞ!」


 道路にまばらに燈る照明の中を軽トラが2人の男臭いおっさんを乗せて海沿いの道をひた走る。

 ラジオを点ければ、最近の人気アーティストの音楽が流れる。

 それを他局へと変更すると目的の音が流れ出す。


『……と、いう事もあり現在東京湾内で航行するすべての船舶へと……』

『……救護所の設置が行われ……』

『……政府の対応は……船内の人質の関係者からインタビュ……』


 ただラジオが流れる車内で押し黙る様に2人に沈黙が下りる。

 それを順平が打ち破った。


「シンジのとこは来ない様にしたんだよな?」

「当然だろ。あいつ上の男の子が、来年中学校だぞ。村本の親父はカミさんが入院中だって話だし、省いた。若い奴らも今回は外してある。ベテランだけで行くぞ」

「ベテランていうか、もうジジイに近い世代だけどな」

「ははっ!そりゃそうだ!」


 軽トラが大きく右にカーブする。

 この先が目的地。

 彼らの船第3高龍丸がある漁港である。

 カーブを抜けた先には、煌々と明かりがともり出航に向けた準備が着々と進められていた。

 滑る様にして軽トラを駐車スペースに止めると、早足で順平と元二が船の横へと動き出す。


「おい、元二。シンジの奴、いるじゃねえかよ。村本の親父さんもだ。しかも若い奴らほとんどいるしよ。どうなってんだよ!?」

「マジだな。いや、確かに来んなって連絡したんだけどよ」


 近づいてきた自分たちの船長に、若い船員があいさつするしてきた。


「あ、船長。お疲れ様っす。救命胴衣とか毛布とか今積み込んでるんで、もう少しで出航できると思いますけど」

「いや、お前らに来るなよって連絡したよな?港で炊き出しとか、野次馬の馬鹿どもの対応をって話になったじゃねえかよ」

「いやいやいや!元二さん、そりゃないですよ!んなカッコわりいのできませんって。「光速の騎士」がどこの誰かも知らねえようなガキのために、命張って見せたんすよ?そんで俺たちが腰引けました、怖いんで引っ込んでます、ってダサすぎですよ。彼女とかにどう話すりゃいいんですか?」

「アホか!そんな見栄で命張らせるわけにいかねえって!!」


 怒鳴る順平を見つめてくる若い船員。

 彼がまた続ける。


「それでも、張らなきゃならない見栄ってやつですよ、コレ。ここで引いたら一生モンの腰抜けですって。他の船の奴らも一緒ですよ?第5恒城丸も第13泉成丸のハブられた若い奴らも今ここにいますから」

「なにぃ!?」


 視線を向けるとその先に順平と同じ形相で、若い船員へ怒鳴りつけている男の姿が見える。

 煌々と灯される船の明かりはその男が船の船長の男だと示しだしている。


「お前ら、ホントのアホか?危険な場所に突っ込むかもしれないんだぞ?ホントに判ってるのかよ?」


 呆れたように言う順平。

 彼に若い船員はにかと笑ってこう答えた。


「アホだからこそ、ああいう命の張り方に憧れるんですって。死にたい奴は一人もいませんが、だからって俺たちを仲間外れは無しにしてくださいよ、船長。男の意地の張り方、クソみてえなテロリストに見せつけてやんねえと!」






……ガガンッ!


「どうした!?」


 操舵室を制圧し、エンジンルームも取り返した警備班。

 それに外部からの救出部隊が合流し、人質の脱出までをサポートするため、計器類を確認していた所だった。

 そこに来てこの静かだが間違いない振動。


『……こちらエンジンルーム!操舵室、操舵室!?』

「こちら操舵室、どうした?」


 無線連絡は慌てた様子のエンジンルーム制圧班からの声を拾った。

 動揺を抑える様に敢えて冷静に返答を返す。


『いま、そちらで何か動かしたか!?エンジンの出力が上がったぞ!?』

「何!?」


 問いただそうとした警備の横で、計器類のモニタを確認していた男が叫ぶ。


「航路が変わっている!?外部から、変更入力が!!」

「どういう事だ!!操舵室は占拠したというのに!!」

「ダメだ、こちらからの入力が全てエラーになる!?受け付けないぞ!」


 く、と唇をかむ。


「人質の脱出はどの程度完了した!?」

『まだ、40名弱です!船の速度が上がって危険なため高速ボート、一度離れます!!』


 ごんとモニタ横のコンソールを殴る。

 それでも航路の変更を一切受け付けない。

 完全に違うルートから船のコントロールが奪われているのだろう。


「航路変更後の進路はどこだ!?」

「……出ました!元々帰港予定の港へ急旋回しています!速度を上げて一気に戻るつもりです!!」


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