5-0 迷子 のち 唯今参上
唐突だが、杉山茂は迷子だった。
「あれぇ?ここの階段が、さっきのだろ?そんで、この通路をしばらく真っ直ぐ行って、その左にドアがあるはず……」
左の壁を見る。
つるりとした無機質な壁がただただ広がっている。
ちょっと先と、歩いてきた元の道を見てみたが、そんなドアは無い。
「ええ!?ちょ、ちょっと待てよ、待てよぉ……。一回戻った方がいいのか?いや、それともこのまま真っ直ぐ行けば、右へは行けるしな。もしかしてその先かなぁ?」
船内地図を上に下にとひっくり返したり、床に置いて指さし確認をしながら、まあ見事なくらいに焦っていた。
一言でいえば船内で迷子になってしまったのだ。
何せ、少し薄暗くなっている上に迷い込んだ場所がスタッフフロアなため、部外者へと案内するような案内板も特にない。
辛うじて緊急用の非常口の案内があるにはあるが、今は外に出たいのではなく、目的地へと向かいたいのである。
「でも、「気配察知:小」はアッチの方角に誰かいるみたいだって反応だし。うーん……。やっぱこのまま進むべき?」
がさがさと適当に地図を畳み、懐に戻すと先程までの直進ルートに戻る。
方角としては左手前方なのだが、道は真っ直ぐ行って、直角に右に曲がるルートしかない。
カーナビなどで目的地周辺になると案内を終了されてしまうときに、"いや、ここからが知りたいのだが"のような状態に陥っている。
目的地はしっかりと判っているのだ、だがそこへ通じるルートを教えてほしいのだ。
こういう時は詳細な地図だと逆に混乱して道に迷うものである。
むしろディフォルメされてよりシンプルな物の方がすんなりと到着できることも、ままあるわけで。
「……まあ、近づくには近づくし。行き止まりだったら急いで戻ればいいんだし!」
たたっと駆け出す茂。
まあ最悪、緊急手段がないわけでもない。
とにかく進むべきだと思い、茂は"間違って逆に遠回りになる"道をずんずん進んでいくのだった。
『さて、では本日のメインイベントでございますッ!どうぞ最後までお楽しみください!!ワタクシはこれにて失礼しますがね?』
最後にカメラレンズに向かい深々とお辞儀をした目出し帽の男が、ランウェイを戻っていく。
それに追随する、バケモノは1体。
ほかの個体と比べ、若干大きくそして胸元にあるブローチの輝きも眩い。
映像でははっきりと視認できないが、肉眼でよくよく見てみると、全員のそのブローチは直接肉に食い込んでいた。
それは、それぞれの拍動を表しており、赤黒い明滅はまるで血液の流れの様にも見える。
ゆっくりとただしっかりとした歩みを止めることなく、目出し帽がランウェイの袖へと消えていく。
この位置取りでは追いかけるには、最悪どうにかしてこの目の前の4体のバケモノと変じたパピプのアイドルを打倒する必要がある。
「くそっ!来るぞ!!構えろっ!!!!」
叫んだ瞬間に、バケモノが青柳たちへと2体、定良に2体、ランウェイの上から飛んできた。
当然、その体は一部変形して、先程の定良を打ち据えた形状となっている。
その着地位置を見据え、青柳や早苗は自身の持つ銃火器の引き金を引く。
この段階であるならば、攻撃に対し反撃を行ったとの言い訳が立つ。
ただし、彼らは"人質"に取られた状態の、か弱い女性アイドルに向けて発砲したのだとの非難を受ける可能性もある。
法律上この後の展開がどうなるかはわからないが、そんなことは生き残ってからあとで考えることだ。
いま、この場所で考えることではないはずだ。
例えば、郊外の自然公園へハイキングをしに来たら、世界で最後の1匹かもしれないニホンオオカミに襲われたとする。
あなたはそれが絶滅したはずのニホンオオカミだ、と知っていたとする。
そして足許には木の棒が転がっていたとする。
ならばほぼすべての人が、その木の棒で反撃するだろう。
そうせねば、やられるのだから。
逃げ帰って数日後には学者やらマスコミやらネットの住民やらに、"最後のニホンオオカミに危害を加えるなんて!"と叩かれるのは間違いないのだとしてもだ。
ダダダダダダダッ!!!!
狙われた1名が辛うじてその鞭のような一撃を回避し、それ以外が引き金を引いて発射された鉛の塊が、一斉にバケモノ相手に殺到する。
しかし、その全てが粘着質な表面で食い止められ、地面へとばらまかれていく。
着地後の数秒間に渡り、8名の救出隊から放たれた弾丸が、無為な結果へと終わった。
…ように見えた。
「今ッ!!」
「おうさっ!」
当然、全員が同じ行動を取るなどという愚策は取らない。
バケモノの登場前に、すでに班員唯一の狙撃手が自身の狙撃可能な位置を確保している。
というか、この狙撃銃が現時点で口径が大きく一番の貫通力があり、弾速も速い武器である。
本来の対魔用装備が届くまで、現行の装備が防がれるのであれば、コレ1丁で凌ぐ必要があるのだ。
他の救出班はいま、ホールのゲストと、航行に最低限必要な人員以外を船の外へと脱出させるための護衛で手一杯になっている。
そこからの援護は期待できない。
ダンッ!
膝をついて、台替わりにしたテーブルに銃を置き、狙い撃つ。
着地位置に張りつけにされたままのバケモノ2体のうち近い位置の1体へと弾が飛ぶ。
音速超えの一発は確かにバケモノの本体のパピプのアイドルへと吸い込まれていった。
だが、しかし。
「……うっそ、マジか!?」
後方に位置していた2体目のバケモノから、その体が伸び、1体目の防御した流体部分と合流して受け止めていた。
確かに、深く弾丸がその流体を貫いているが、分厚いその流体を貫通するまでには至らなかった。
次いで、その一撃を放った狙撃手へと2匹のバケモノが狙いを変える。
「ヤッベ!!!」
とんでもない敵意を感じ、2射目の射撃体勢に入っていた体を強引に動かす。
狙撃銃を抱えると共に、その場から転げ落ちる様にしてホールを支える柱に身を隠した。
ゴッ!!
柱を何か硬質なものが削り取る音が響き渡る。
ばくばくと跳ね回る心臓を必死に押さえながら、自分の隠れる柱を見ると、今先程までは鞭様の形状をしていたバケモノの脚が、円錐状の刺突に特化した形状へと変形している。
柱には穴あけのパンチで撃ち抜いたように綺麗な丸い穴が開いていた。
自分の体の上にぱらぱらと細かな柱の欠片が振りかかっていた。
「冗談!こんなの相手にするなら今の倍は数がいるっての!」
とはいえ、無い物ねだりをしていても仕方がない。
床に狙撃銃を置き去りにして、腰の拳銃を構えて柱の陰から飛び出す。
飛び出しながら、牽制気味に射撃を行うと、ほかのメンバーの銃撃の音が重なる。
それに反応してバケモノ2体が、本体にいるパピプメンバーをガードしようと流体が蠢いていた。
この弾幕の中、未だ1発も彼女たちへと届いてはいないのだ。
(マズイ、マズイ、マズイ!完璧にジリ貧だぞ!?)
この場にバケモノ2体を留めておけているのは偏に、本体部分への攻撃を主とした弾幕を張っているからだ。
つまり、鉛玉を食い止める防御反応を強引に続けているからである。
この膠着状態はつまり、弾切れで終わってしまう訳で。
まあ、弾切れになれば当然、バケモノへの対抗手段も失われてしまうのだが。
("老翁"はどうなってる!?)
この現代火器をしのぐ、敵性呪物と己の身一つで相対する、古の戦人。
彼の様子をちらと見やる。
事此処に到り、彼の火力のみが唯一の頼みの綱であった。
「ヌンッ!」
定良の振り抜いた太刀を真正面から押さえこんだ1体の後ろから、更にもう1体が横から迫ってくるのに気づき、強引に太刀を引き抜く。
返す刀でそのもう1体を迎撃すると、その隙を衝こうとバケモノが大きく回り込んでくる。
「ちぃっ!!やりづらい!」
互いが互いをカバーリングしながら敵に対応するといういやらしい戦法を駆使して、定良の攻めを1体に集中させない様に立ち回っている。
先程まで太刀を1、2度振るえば泥の塊と転じた雑魚レベルではない。
(とはいえ、なんだ?こちらが踏み込めば向こうも踏み込むが、特に向こうから強く攻めかかるわけではない。攻め気がまるでないわけでは無いが。おざなりといえばおざなり……)
とん、と大きく距離を取ればほんの少しだけだが、攻めが緩む。
そのタイミングで周囲を確認することも出来る。
青柳と早苗を中心に狙いを定めさせない様に立ち回り、その都度射撃して足止めを行う策に出たようである。
ただ、それは消極的な時間稼ぎでしかない事は定良にもわかる。
何か、これを覆すことのできるファクターが必要なのだと。
少なくとも自分の身は自分でどうにかできる定良が、援護できない彼らには必要だ。
(まさか、来るかどうか確実でない戦力を頼ることになるとはな!まあ、これも面白いか!!)
翁面の下でかかっと歯を打ち鳴らして笑う定良。
その音に反応して、バケモノ2体が一斉に襲い掛かる。
何かしらの行動をするとそれに対して、反撃をしてくるようである。
「それぃ!!」
具足に包まれた足で、接近するバケモノを蹴りつける。
どう、とまるでサンドバッグを叩いたような鈍い音がして、蹴りが止められる。
一応言っておくがこの蹴りは、「光速の騎士」を吹っ飛ばし、パチンコ屋の看板にめり込ませるような力の入った蹴りである。
「ふはははっ!!良いな、良いなッ!!雑魚ばかり食い飽いたところだ!!上物の気概を見せぃ!!」
右手一本で太刀を握ると、空いた左手の甲でバックブローのように拳をぶつける。
ぶんっとその一撃が大きく空を切る。
バケモノが大きくのけぞり、今さっきまであったはずの核と化しているアイドルの側頭部へと奔る、普通の人ならばあたるだけで西瓜の様にぱぁん、と爆ぜ飛ぶ定良の一撃を躱す。
「……やはり人の形を遺した箇所は、そうそう頑健には変質しておらんな?」
肌もあらわに、柔らかい肉の色味をした女体。
浸食され、赤黒いブローチと一体化した部分以外は、きめ細やかで斬れば、柔く程よく薄い脂の乗った肉。
きっと刃を立てれば、すっ、と吸い込まれていくはずだ。
翁面の下でにたりと定良が笑う。
「まず、殻を砕いて、身を取り出してくれようか。全てを剥ぎ取って啜り食らうは、その後よ。……ふふふ、まるで沢蟹だな。肉の体を持っていた頃は茹でて丸ごと食らうが美味かったものだが」
定良のほぼノーモーションの裏拳に脅威を感じたのか、バケモノが2体同時に彼の前に整列する。
より隙を失くそうという考えからだろうが、それを定良は違う捉え方をした。
「沢蟹の化生の分際で、怯え、竦むかよ。安心せい、俺がしっかり綺麗に、割り砕き、削ぎとり、剥ぎ落とし、肉も魄も魂も啜り食ろうてやろうぞ……。雑魚とは違う上物の味、骨の髄まで余さず、なぁ?」
ちき、と太刀を構える。
その定良の足元から、今までに無いほどに濃密でどす黒い瘴気がドライアイスを床にぶちまけたように一気に広がっていく。
それに相対する2匹の外法の犠牲となったアイドルがなぜか、びくびくと震えたようにも見えた。
自意識を失っているかのような表情を浮かべた彼女たちが、定良の敵意に恐怖を感じたかのようでもある。
そんな時、であった。
どぉぉぉぉん!!!
ホール全体に響き渡る爆音、そして広いホールの床をかすかに揺らす振動。
音が鳴った箇所を見ると、壁に大穴があいており何者かが立っている。
どうも薄暗くて詳しくわからないながらもホールの音響ブースの一つのようである。
そして、その何者かがそこから助走をつけて飛び降りた。
「ほぉ、来たか」
定良がつぶやく。
ばさばさと黒い外套が下向きの照明に照らされながら、翻るのが見える。
落下までほんの1、2秒であるが彼は大きく飛び上がり、落下位置を決めて降りてきたようだ。
丁度落下位置は、早苗たちと対応する2体のバケモノとの中間地点である。
だんっ!
床に両足で着地すると、手に持つ盾と、そして見慣れぬ一品を持っていた。
確かに「騎士」の装備としてはおかしくは無いものであるが。
「斧?……船内のマスターキーかっ!?」
ショーに出るモデルのランウェイに準備された照明で「光速の騎士」が照らし出される。「光速の騎士」が、肩に金太郎の鉞よろしく担ぎ上げたそれは、船内の非常用に置かれた派手な赤に柄を塗りたくられた斧。
俗称にてマスターキーと呼ばれる大きな破壊用の斧であった。




