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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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4-了 偶像ノ堕天【ロスト・アイドル】

  ぎぎぃ、と音を立てて、年季の入ったマホガニーの重厚な観音開きの木製戸が開いていく。

 ロックを掛けることもなく、軽いきしみをさせて、ドアが開かれた。

 トラップの可能性も考えたのであるが、部屋への一番乗りを目指す定良が、"ならば後に続け。俺はその程度では死なんのでな"と心強い言葉を掛けてくれたので強行することとなった。

 幸いなことに、そう言った致死性のトラップは仕掛けられておらず、逆に言えばそれらが無くてもどうにかするというテロリスト側の自信の表れともいえるのであるが。


『ようこそ!!皆さん、今回のショーに彩りを添えて頂きました正義の味方の皆さま方です!!どうぞ盛大な、盛大な拍手を!!!!』


 ステージの仮設スピーカーから大音量で流れる、外連味しか感じられないようなそんなふざけた言葉が響き渡る。

 そして広々としたステージ上のランウェイには、ぱちぱちと大仰な仕草で手を叩く、目出し帽の男。

 それを照らしだすようにしてピンポイントのスポットライトが燈っている。

 このステージの電源は船内設置された内部電源ではなく、万一を考えて外部から持ち込んだ電源を供給源としていた。

 そのため、セキュリティを制圧したあとの電源喪失にも大きな影響を受けていなかったのだ。

 がちゃ、と全員が銃を構え、その男に照準を向ける。

 だがそれに対し、まるでどうでもいいと言わんばかりに、道化じみた振る舞いを止める気は無いようで体全体を使って語りかける。

 ここに設置されたカメラは、ほかの撮影者が必要なタイプとは違い、別所で位置を変更したりズームを行ったりといったことが可能な半自動型のものだった。

 本来はこれらと、カメラマンの持つカメラでファッションショーを撮影し、その上で配信するつもりだった。

 そのもくろみは崩れ、現在のところテロリストの指示した映像が流れることになってしまっている。

 ただその中でも、「光速の騎士」の映像が流れてしまったのは、テロリスト側にも不本意であったはずである。

 おそらくは、本来の目的が達成されるまでの間、人質の映像をループして流し続ける予定だったのだろうが、その中に予想外の異物が混入したのだ。

 突然のトラブルに、システム上の切替えを行うまでの少しの間だが反撃されている映像がハイエンを通じて流されてしまった。

 そこの点に関してはテロリスト側の不運ともいえるだろう。


『さてさて、そういう訳で正義の使者たる皆さんが到着されたのですから、我々も本気で相手をしなくてはなりません。ええ、ご用意しておりますよ』


 うろうろと動き回る目出し帽を照準にとらえた救出班は、これからどうするかを悩んでいた。

 いま、レティクルのど真ん中にはマイクを持った目出し帽の眉間がしっかり重なって見える。

 要するに今なら、この煩いテロリストを撃ち抜いて先に進むことも出来るわけだ。

 ただ間違いなく、お茶の間の覚悟を決めていない興味本位の視聴者へと、脳漿をぶちまけるトラウマ必至の映像が流れる。

 当然、その批判の矛先がどのようになるのかは判らない。

 ただ、当初の予定よりも首がポンと吹っ飛ぶ官僚や政治家が、けた違いに増える算段だ。

 それが分かる以上、撃つことなどできはしない。

 これが公権力に縛られる立場の限界でもある。

 そこを理解しているからこそ、この場でああも余裕の人を舐めた態度がとれるのだが。


「やはりお前たちでは奴を撃てんのだな。気概を見せてみるというやつはいないのか?」


 定良が言い放つ。

 だが、それに賛同できるメンバーはいない。

 全員が賛同したくともできない縛りがあるのだ。


「……政というのは昔も今も変わらん、とはいわれたがな。仕方ない、俺が出張ろうか。手加減はする。あとは殺さずに運ぶのは貴様らに任せる」

「……くっ。頼みます」


 のしのしと歩き出す定良の姿を自動追尾のモーションセンサーが感知して、カメラレンズを彼へとフォーカスした。

 当然、その姿は完全に日本全国へと中継配信されており、翁面を着けているとはいえ、数日前からニュースを騒がせている"武者装束"に見覚えの"あり過ぎる"人々は非常に多かった。

 ネットの書き込みが一気に「騎士」を中心にした検証から、「武者」「騎士」の2項目の同時検証に変わったのはこのタイミングだったことは間違いない。

 要するに、見ていた全員が気付いたわけだ。

 "うわ、テロリストVS「騎士・武者」ってことか!?"と。


『おや、ここで先入場者!先日来、大人気!骸骨武者さんの御登場だ!!』


 見ていた全員がまるでプロレスのマイクパフォーマンスをしているような錯覚にとらわれる。

 定良は目の前の男が全くと言っていいほど、自分を恐れていないことに少しばかり興味を覚えた。

 当然のことながらステージに上がったことで、足元からうっすらと発せられている瘴気は目の前の男にも届いている。

 だというのに、言葉に詰まる風にも体の動きに不具合がある様にも見えない。

 つまりはそれらを無視できるだけの確固とした自分を持っているか、定良を屁程にも恐れていないのだということに繋がるわけで。

 にたり、と翁面の下で定良が笑う。

 面白きかな、面白きかな、と。


「……道化、もう良いか?いい加減、飽きが来たのでな。とっとと斬られてしまえ、貴様」

『その物言い!エクセレント!最っっっコーーー!!!!ですねっ!では、ここでご紹介!我々の……』


 ずどん!!!


 目出し帽の男まで、約20メートル。

 定良がマックスで駆け抜ければ、およそ1秒半といったところ。

 その距離を一気に詰め、納刀した太刀の鞘を振り抜こうと構えた瞬間。

 皮すら失せきり骨しか残らない背に、悪寒が奔った。


「ぬぉっ!?」


 本能と直感に従い、真正面へと一直線に飛び出した定良は、目出し帽の男のほんの3メートル程手前で強くランウェイを蹴ると右斜めへと進行方向を強引に変えた。

 その宙に飛び出した定良目掛け、ランウェイの床を"ぶち破り"、鞭のような攻撃が襲う。

 咄嗟に太刀を鞘ごと振り抜き迎撃するが、如何せん足場のない空中。

 腕の振りだけでは充分な威力とはならず、強かに定良が打ち据えられる。


 ど、おぉぉぉん!!


「ぬ、ぬぅぅっ!伏兵、というわけかっ!」


 置かれた椅子をなぎ倒し、壁際まで吹き飛ばされた定良が苛立たしげに自身の迂闊さを悔いた。

 武人という物が骨髄まで浸みこんでいる分、こういう絡手や策略という物には弱いことは重々承知であったというのに。

 なにせ、それが理由で義父と最後には命の奪い合いまでさせられているのだから。

 真正面からのド突き合いならば非常に噛み合うが、トリックスター的なタイプにはとことん相性が悪い。

 再び定良がランウェイを見た時には、先程の鞭のような攻撃をした"脚"はランウェイの床下へとズルズルと音を立てながら引っ込んでいった。


『さて、少しばかり邪魔が入りましたが、後入場者のアナウンスの途中でございました!ご紹介いたしましょう!!我らトゥルー・ブルーの切り札!!才色兼備、容姿端麗、日本を代表する、麗しき乙女たちっ!!!』


 にまにまと嫌な笑いをしていると、目出し帽をしているはずの男であったというのに、判る。

 あの男は、本当に本当に、人として嫌な笑い方をしている。


 ぱぁぁぁぁん!!!!


 マイクをスーツのポケットに放り込み、白手袋の両手で大きく大きく柏手を打つように手を叩いた。

 先程定良の突進を迎撃した脚が、ランウェイの床をぶち抜いて現れる。

 一直線のその通路を走る、真っ白なランウェイの上に、床下からズルズルと粘着質な音をさせて這いだしてくる5つの影。

 目出し帽の立つただ一点をスポットライトで照らし出していたのだが、その登場と共に全照明が一斉にオンへと変わる。


「油断した!!青柳、撃てッ!今を逃すなッ!」


 ぎり、とその歯を軋ませながら周りの椅子を蹴り飛ばし、定良が怒鳴る。

 自らへの怒りに身を焦がす定良だが、指示は的確だ。

 なにか、非常にマズイことが起きようとしている。

 だがしかし定良の指示は実行されることはなかった。

 それ以外の救出班は別の事に気付いて引き金の指をすんでのところで止める。

 いま、飛び出してきた5つの影の、その"本体と思しき人物たち"に気付いたからだ。

 いや、そうではない。

 皆が気づいた。

 この映像は全国へと配信されているのだ。

 そしてハイエンの配信を本当に楽しみにしていた、本来の視聴者のほぼ全てが当然のことながら気付く。


「……人を贄とした外法。こんなおおっぴらに使うとは思わなかったぞ!?」

「ヤバいな……。今回は完璧、対人用の装備しかないぞ。退魔装備はゼロだ。さっき増援を頼んだが、到着までこれだけでしのげるか……?」


 早苗と青柳がつぶやく。

 無理に浮かべた笑みだが、早苗は頬に冷や汗をしたたらせ、青柳の口角は少しだけひくついている。

 彼らの視線の先にはランウェイの床下から飛び出した5つの影が、照明に照らし出されその姿をあらわにしていた。

 ぬめぬめと動き回る、タコやイカのような頭足類の触腕から吸盤だけを外したような格好の漆黒の脚がランウェイの上を這いまわっている。

 それでいて、本体部は適当に泥を小山にしたような形で、流動的に常に表面が波打っていた。

 その中で最も異質なのは、その5体の本体部のそれぞれに別々の女性の体が丸々1人分、埋め込まれるようにして存在しているのである。

 本体部が時折、その女性たちをなめまわすようにその泥状の流動体で包み込んでいた。


「しかも、アレ。最近テレビ見てない俺でも知ってる面々ですよ。最悪ですね。駆除以外の選択肢なんてありゃしませんが、やったらやったでとんでもないほどの苦情が出ますよ、こりゃあ……」


 その本体部。

 そこに埋め込まれているのは、普段あまりテレビを見ないという人間ですら名前と顔が分かる、というレベルの女性アイドル。

 全員が焦点の合わない顔付きで、正気には見えない。

 恐らくファッションショーの衣装であるはずの各々のドレスが所々はだけ、その箇所から黒い泥様の何かが、彼女たちを浸食していた。

 その中で、全員が胸元に揃いのブローチをしている。

 それが光源などの影響も一切排除して、脈打つように不気味に赤黒い光を放っている。

 全員が理解したと思ったのだろう。

 絶妙なタイミングで、その彼女たちの後ろに身を隠した目出し帽が、最後の紹介アナウンスを告げる。


『出でよ、誇れ、我らが意思の結晶!!!パラダイス・ピクシー・プリンセス、トップ5の面々の御登場です!!!』



 かくして、偶像アイドルは、肉を穢され、魂に呪いをはらみ。


 空から堕ちる。


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