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4-12 焦燥 のち 参戦

(ま、マズイ。これは本格的にマズイぞ!どう言い逃れるべきか……)


 ゆっくりと肉の盾役のぐったりしたテロリストを床に寝かせながら、少しだけ近づいてきた早苗とテロリストを交互に見ながら距離を取る。

 茂はじっと見つめられる視線に耐えられず、兜の中でそっと視線を逸らしていた。


(ううぅ……。どうしよう。絶対に俺、"ストーカー"だと思われてるよぉぉ……。違うんだ、今回は本当に偶然なのにぃぃ……)


 軽くパニックになった茂の脳ミソに搭載された熱暴走気味のハードディスクが光速でカリカリと起動を始めた。

 茂はよくよく、思い返してみることにする。

 先日のホテルでの一件。

 早苗からすれば、サラリーマンのストーカーから身を守ってくれたとはいえ、ホテルの窓をぶち壊し、その後で大立ち回りを仕出かした不審者兼危険人物。

 しかも自分のホテルの部屋へは見事なまでに不法侵入をしてくれている。

 そのあとにはだけた姿の自分を見られたわけで。

 その上、何も話すことなく逃げ出すようにして部屋を後にしているのだ。

 まさに、犯罪者が自身の犯行現場から逃げ出すかのごとき行い。

 そして今回のこの船。

 きっとそんな出来事を忘れるために参加しただろう、この豪華絢爛な催しをぶち壊したテロリスト。

 間違いなく深く、深く傷ついているだろう彼女の前に、先ごろのホテルでの一件をフラッシュバックするようにして現れる騎士装束の不審者。

 そしてその男と対面せざるを得ないこの状況。

 あの若干赤らんだ頬とすこしだけふるふると震える体は、きっと怒りのボルテージが上がっていくところなのであるに決まっている。

 こんな状況下でなければきっと、「光速の騎士」を見た瞬間にぶちまけたに違いない。

 間違いなく彼女の立場からすれば、"近寄らないでよね、この変態コスプレストーカー野郎が!"と言いたくて仕方ないはずだ。

 流石に大人としてTPOを考えて必死にこらえてくれているのだろう。

 茂は正直なところ、訴えられたら間違いなく負ける気がしている。


(ち、違うんだぃぃっ。今回のコレに関しては、本当に偶然なんだぞ!ど、どうする。猛もお世話になってるし、そんなつもりはさらさらないんだけどぉぉぉ……)


 苦悩する茂の表情は刻々と変わるのであるが、硬質な兜に覆われ周りの人々にはそのようには思われていないのだが。

 そんなうう、と苦悩する茂に救いの手が差し伸べられた。


ざざ……


『……ちら、……ティ、こち…、セキュリ…!』


 途切れ途切れの警備から渡されていた無線連絡がこのタイミングで届く。

 天の助けとばかりに、がばっと大急ぎで無線機を顔の前に持ってくると、ボリュームのつまみを最大まで一気にひねる。


『こちらセキュリティ、各隊聞こえますか?』

『操舵室、ひとまず敵の掃討を確認。こちら側の負傷者は、軽傷のみ。敵側の負傷者については応急処置を実施中。外のヘリは味方か?』

『エンジンルーム担当班。エンジンルーム制圧を完了。人質奪還作戦へと移行、1部屋を解放。残りの部屋へとピエロが先行している』

「ピエロ、デス。2部屋メ、カイホウ、カンリョウ。次ノ部屋、ムカウ」

『各班の現在状況を確認。船内へと不明戦力の侵入を感知。テロリスト側と敵対を確認した。恐らくは船の奪還を目的とした救出チームと推測される』


 その報告に内心でガッツポーズをした茂。

 その無線連絡を聞いた人質もわっと歓喜の声を上げた。

 これで、助かるかもしれないと思ったのだ。


『ただ、問題が発生した。船内の監視モニタの幾つかに複数の影を確認した。……恐らく敵だ』

『こちら操舵室。明確に述べてくれ。複数の影とは何か?敵と推察する判断基準は?』

『……人の大きさのヘドロ様の何か、にカメラからは見える。間違いなく人間ではない。カメラの設置された付近の通路で花瓶等を破壊しながら、船首付近へと接近している。警戒を厳にしてほしい』


(……?え?どういう事?)


 茂が?を頭に浮かべる中、人質の一人が大声を上げる。


「さ、さっきのあのバケモノだ!言っただろ!?テロリストだけじゃない、他にも気持ち悪い変なのがいたって!!」

「な、さっきの話本当だったのか!?酔っぱらって混乱して幻覚を見たってんじゃなくて!?」

「信じろって!トイレから連れてこられるときに、そのヘドロみたいなのがうろついてたんだよ!!」


 そう言い放つ声を信じて「気配察知:小」を再度行う。

 すると、先程までより気配察知に反応する個体が増えている。

 しかも、この反応は。


(……魔道生物とか、キメラとかに近い反応だな。ゴーレムとか、ホムンクルスとか。でも魔力反応がかすかにあるくらいで、生体反応はまるで無いし……。ちょっとそいつらとは違う感じだけど。ああっ!)


 その中の1体が丁度ある反応と交錯したのを確認する。

 あの洋酒好きの骸骨さんと、その後方に固まっている救援隊と思しき連中の付近にだ。





「……なんぞ、船幽霊でも化けて出たか?」


 船内の通路を悠々とワインボトルと大太刀片手に歩く、翁面の武者。

 船内の装飾とまるでそぐわないその出で立ちの前に、でろでろとした流動体が無理にヒトガタを取ろうとして、失敗し、またヒトガタに、ということを繰りかえしていた。

 まさに形容するならヘドロ様の何か変な物体である。


「まあ、俺がここにいるくらいだ。化生の類がいてもさしておかしくはないがな」


 手に持ったボトルをぽいと放ると、絨毯がクッションになって割れずにそのまま転がっていった。

 ちなみに中身はすでにない。

 プールサイドに置かれていた7割ほど中身の残ったワインを勝手に失敬し、ラッパ飲みをした結果である。


「先の異国人よりも、さらに言葉が通ずるとも思えんが……。貴様、一体何者だ?」

「オ、ォォォォ……」

「やはり、駄目か。……まあ、斬れば判るか。人以外を斬るなとは言われておらんしな。人でなくば何も文句は言われまいて」


 とっ……


 軽い音が絨毯から発せられると、ヘドロ人形の前に定良が太刀を振りかぶったまま跳躍してくる。

 緩慢な動きのヘドロ人形をその勢いのまま唐竹に両断した。

 勝負あり、と思われたその瞬間、真っ二つに割られたヘドロの右半分がでろでろな体で作られた腕を定良に振るう。


どぅっ!


「ふむ、やはり妖の類か。この程度では死なぬのも道理」


 その腕は、残心のままの体勢の定良に左手一本で押さえられてしまう。

 すると、ヘドロの動きが止まる。

 単純な力比べでは定良に分があるようだ。


「頭でも腹でもない。ならば心の臓か?」


 そう言い放つと右手一本で太刀を逆手に持ち替え、真一文字にヘドロの胸部を一閃する。

 最初の唐竹と併せて、十文字がヘドロに刻まれる。

 その時に確かに定良は小さく"何か"を斬った感触を捉えていた。

 すると、絨毯へとまるで芯が折れたように、一気に形を失いドロドロの塊が小山になった。

 定良はその塊に近づくと、その山の中から少しだけ顔を出していた小さな黒い石を手に取る。

 小指の先ほどの大きさのそれは、綺麗に2つに別れており、定良が少し力を込めると粉々に砕け、山の上に降り積もる。


「纏っているのは肉ではなく泥の塊か。ふぅ……まったく斬りがいのない。つまらん人形だな」


 そう一人ごこちる定良の後方から、遅れてきた青柳達の救出班の面々が追い付いてきていた。




「光速の騎士」は無線を聞くと、慌てた様子で飛び上がり、しこたま蹴られていたマコトの父親に急いで駆け寄ると手を翳し、一言二言話しかけて、大急ぎでホールを飛び出して行ってしまった。

大慌てで脇目も振らず駆け出して行ってしまった「光速の騎士」。

 その代わりに呆然と人質が「騎士」が出て行ったドアの外を見つめていた。

 それはまさしく「風の様に現れ、風の様に去る」という言葉にぴったりだった。

 ただ、風の規模はそよ風などではなく、強風、いやカテゴリー5のハリケーンではあったが。


「……相変わらず、ということかな。いつもいつも会うたびに忙しいのよね。ゆっくり話す時間くらいあってもいいのだけれど」


 ふふっと笑いながら早苗がぽつりとつぶやく。

 その内心で"一生懸命で可愛らしいなぁ"とも思う。

 大卒1年目のバイトくんと、大人の女性教授ではその余裕にも違いが出るものである。


「……ホントだ。鼻血、止まってる。痛くないし……。マジか」


 呆然としているのはマコト父である。

 頭と脇に強く痛みを覚えて蹲っていたのであるが、急に「騎士」が駆け寄ってきた。

 痛いは痛いが、それをこらえて礼を言えるだけの気力は有った。

 そうしようとした自分を手で制し、ゆっくりと頭から腹までその手を動かすと、こう言ったのだ。

 "応急処置、ダカラ。ビョウインハ、イキナサイ"と。

 何を言っているのかと思ったところで、二の句も告げずに投げつけて転がっていた盾を回収して駆け出してしまったのである。

 折れてしまい鼻血がとめどなく流れ出る鼻を押さえていたのだが、そこで全く問題なく鼻呼吸できることに気づき、脇腹の鈍い痛みも引いていた。

 今は人質にいた個人開業医の夫婦が簡単に怪我の具合を診ているところで、軽い触診程度ではあるが折れていた鼻もあれだけ痛かった脇腹も特に問題なさそうである。

 そんなわけで、今はぎゅっと抱き着いてきたマコトを抱きしめながら、呆然とした時間を過ごしているわけだ。


「とはいえ、連絡をしないとな。さて、と?」


 気絶していたテロリストの付近に落ちているスマホを手に取る。

 今は、画面上にハイエンの映像が流れているそれを、一度切断すると通話状態に切り替える。

 そらで覚えている、緊急時の番号へと連絡する。

 この非常時である。

 すぐに電話がつながると、相手の反応を無視して早苗が話し出す。


「火嶋早苗。レジェンド・オブ・クレオパトラ内より通話中。発信位置を確認し、近藤経由で椿に繋げ。今日のパスコードは………だ」

『パスを認証。一度通話を切断。暗号通信化して再度連絡。お待ちを』


 機械的に連絡を取り、相手が一方的に言い放つと、ぷつ、と通話が切れる。

 その間に、近くで昏倒するテロリストの武装解除を始める。

 それを見た人質の男たちが早苗にならってテロリストの懐を漁り始めた。

 そしてその間10秒。

 ぴろ、と鳴った瞬間ワンコールにも満たないタイミングで電話に出る。


「火嶋だ」

『スカーレット!無事のようだね!』

「心配をかけた。状況は?」

『まったく事務的だね、君は。3機ヘリで船に到着した。隊長は青柳、ご指名の侍、"老翁"が同行。各班8名×3で24名プラス1侍の計25。装備は一般的な対人装備だね。高速ボートは突入と同時に船体後方から全力で追わせてる。レーダーの範囲外に動かしてたから少し時間がかかるけど、無理やりなら一度に30名まで詰め込めるはずだ』

「テロリストの素性と。……あと船内のヘドロとかいうのに心当たりは?」

『テロリスト側は現在分析中。どうもトゥルー・ブルーってのは体の良い隠れ蓑にされただけだね。団体自体は30年位前から確かに実在するけど、少なくともここ10年は公式非公式含め活動記録は見つかってない。ゴーストだよ。ヘドロは青柳から報告があった。"老翁"が斬ったらしいけど式神、傀儡の部類に見える。お初だけどね。核は黒い石みたいなものらしい』

「……女禍黄土か?」

『無関係ではない、とは思う。ただ、やり口があまりに露悪的だよ。僕以外のアナリストもそういってる。クジョーが帰ってきたせいであいつらに何か起きたのかも。内ゲバってことかもしれないな』


 ちっと軽く舌打ち。


「私の位置は判るか?」

『船内地図と、さっきまでのハイエンの配信映像から捕捉してる。船首からの突入班の半分をそっちにやるから、解放した人質と共に脱出してくれ。船内の警備も近くにいるんだろう?』

「ああ、そのはずだ」

『なら、早く脱出してくれ。不測の事態に備えたい。あと、君の安否確認で警察の連中がしつこいんだ』

「すまんがそれは無しだ。私は救出班と合流して、女禍黄土の足跡を探るのと並行して、「騎士」の援護につくことにする」


 はあ、と通話先から声が漏れる。

 そして乾いた笑いと共にこう続いた。


『だと思って、綺麗なおべべをご用意しておりますよ。装飾を一切廃した動きやすい戦闘服に、頑丈な編上げのコンバットブーツ、国内警備会社にて評価の高いヘルメットに、レディには必須の防弾ジャケット。ガラスの靴の代わりにショットガンをお付けしておきましたので?今そちらに向かって強面のスタイリストが移動中でございます』

「ふふ、お前はとんだ魔法使いのおばあさんだな」

『時代はかぼちゃの馬車の代わりにヘリコプターとなりましたがね」


 早苗はがちゃ、と昏倒しているテロリストから銃器を一切合財集めながらそう笑う。

 ふと気になって一応尋ねた。


「この電話の契約主は?」

『丁度いま調べた結果がきたよ。ああ、盗難届は出てないな。契約者は、えーと、ああ、あったあった。87才の男性。青森にお住まいの一人暮らしで、家族なし。犯罪歴もなさそうだ。あと日本人だね』

「どう見ても日本人ではないし、そんな年寄りでもない。名義だけ使われたのだろう」

『だね。ここから根っこまで辿るのは難しそうだ。他の情報をくれるかい』

「特に無い。スペイン語を話しているヤツ、英語、日本語もいた。寄せ集め感がするくらいだ。後はこれだけの銃器、仕入れ先が必要だ」

『そこは今確認のしようがないね。ただ、クスリの線から、関東七狼カントウナロウ組が元締めで捌いてたみたいだから、そこからのルートかもしれない』

「そうか。ガサ入れの情報として警察へ提供を」

『もう、完了済。関東近郊の七狼組系列の事務所は明日大慌てだろうね』


 そうこうする間に、隣の部屋で大きな音がする。

 どかん、ずどんとまあ騒々しい。

 きっと「騎士」が獅子奮迅の働きをしているのであろう。


「……テロリストも一応人権があるはずだ。緊急手術のできる病院を用意しておいてくれ」

『スカーレット、もう手配済みさ。……"老翁"がね。リアルに時代劇の主人公をやらかしてくれたもんだから。明日の献血会場は呼び込みが盛大だろうねぇ……』



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