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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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4-11 古詩人 のち 再会

「……わかった。可能な限り、時間を稼げ。こちら以外は全て瑣事でしかない。量産の試作型はこの際だ。全て起動してかまわん。所詮使い捨てだ。ただ、"本命"は貴様がタイミングを計れ。盾役の寄せ集めがどれだけ損耗しようとも我々には関係ない」


 目の前の客用ソファに深々と体を沈ませた黒覆面がどこかと連絡を取っているのをただただ見つめるしかなかった。

 恐らくは部下への指示であろうそれは言葉としては理解できても、あくまで文章としての理解で、その真意までは理解できない。

 そこを判ったうえでこの場で堂々と通信しているのだ。

 船内のVIPエリアのさらに奥。

 最上級のVIPルームでこの場に似つかわしくない覆面姿の男たちと、燕尾服姿の男性が向かい合っている。


「さて、お待たせして申し訳ない。白石雄吾さん。このように監禁まがいの蛮行に出た我々をどうか許してほしい。ああ、あと一応言っておいた方がいいかな?先程顔を出した船長は我々の共犯であるが、ご家族を我々が"保護"しているのでね。その関係でご協力いただいている。当然、家族と同様に会社と乗客、船員への愛情は依然として何ら変わらない。ただ、優先順位がどの順番なのかを我々が教えてさしあげただけでね?だから彼を強く責めないであげてほしい。万事終わって、この会話が彼の汚名を雪ぐ一助となれば幸いだ。無論、君の気持ち次第ではあるがね?」

「とことん外道なのだな。貴様らはっ!」


 青筋を額にくっきりと刻み、この豪華客船レジェンド・オブ・クレオパトラの実質的なオーナー企業のトップである白石雄吾が侮蔑の意を込めた嘲りを吐き捨てた。

 長年付き合いのある船長の家族とは何度か食事なども同席したことがある。

 船長は年を取ってからできた子供を本当に大切にしていることを彼は知っている。

 だからこそ、謝罪の挨拶をした船長の目に光るものが真実であると確信したのだ。

 子を持つ親だからこそわかる、胸を締め付けられる痛みから出た発言だった。

 その発言に周りで銃を構える男たちが動く。

 その彼らを手で制した覆面の男。

 顔は隠されて判らないが、目の前の男は薄く笑ったようだった。


「さて、そんな外道である我々がどうしてここにいるか。何となく想像はつくのではないですかな?」

「……テロリストの心の内など私には理解しかねるがね」

「まあ、落ち着きたまえ。怒るのは当然の事だが、怒りは冷静さを失わせる。もっとビジネスライクに話を進めたいのだがね。だからこそ隣室の御嬢さんにも暴力は振るっていないでしょう?」


 その言葉に、雄吾はふぅぅぅっ、と大きく深呼吸を繰り返す。

 ビジネス。ビジネスと目の前の男は言った。

 ならば受けてたとう。

 それこそが自分の戦場。

 善人悪人魑魅魍魎と夢と希望、絶望と慟哭の入り混じる世界だ。


「白石与三郎著『幻想詩篇』。異界を旅する放浪者の綴る25の詩篇。発刊当初は全く売れず、増刷もかからずにすぐに絶版となったそうですが。我らの求めるものは、そのオリジナル40篇から草稿段階で削除されたとされる残り15篇の詩です。出版社ごと買い取ってオリジナルの原稿は破棄されたそうですが、40篇をデータ化して本社アーカイブに貴方だけが閲覧できるブロックに保管していますよね?」

「……それをどうやって知ったかは知らないが。君らが然程、文学に興味がある様には見えないがね」

「ふふふ。まあ、売れない詩集などに食指は動かないですがね。ですが、その15篇の"削除させられた"物がどうしても見たくてたまらないんですよ。ですので、どうかそれを拝読する機会をいただけませんか?」


 そういうと、横の男がネットに接続されたノートPCを雄吾の前に置く。


「なに、たかが15篇の素人の詩ですよ。どうか気楽にお考えください」






「ト、トマレ!」


 銃口を向けられた茂は少しばかり困っていた。


(いやぁ、間に合って良かったのは良かったんだけど。この後の事全然考えてなかった。うははは、……どうしよう)


 室内の様子を「気配察知:小」で確認したところ、テロリストと思われる反応の敵意が誰かに危害を加えるレベルに跳ね上がったので飛び込んでしまったわけだ。

 そういう後先考えない行動が今のこの状況を作り出している。


(もう、ヤダヤダ。なんでどいつもこいつも殺る気まんまんな訳?平和的な解決法ってないのか?アッタマ悪いんだよ、ド阿呆が!!)


 兜の下で渋面になる茂と、同じく顔を隠したテロリスト側はそのしぐさからしても慌てているのがありありと判る。

 銃口から今にも銃弾が飛び出してもおかしくない状況であった。

 この部屋の犯人連中の人数は全部で5名。その内、子供に銃口を突き付けていた馬鹿が壁にめり込んでいるため、残りは4名。

 3名は比較的近くに、1名だけが少し離れており若干人質たちに近い。


(さっきの部屋みたいに真っ暗ならこっそりと対処できたんだけどなぁ。もう一回真っ暗にはならないだろうし。……仕方ない。小細工でもしてみようか)


 茂が片足だけ前に出すと、それに倍する距離をテロリストが取る。

 それはそうだろう。

 自分たちの持つのは銃、そして相手はリーチがあるとはいえ手持ちの槍1本。

 自然と距離を取って制圧するのが正しいのは誰が見ても明らかだ。

 じゃき、じゃき、じゃきと全員が再び「光速の騎士」に照準を合わせる。

 そして万全の態勢を整えたと思った瞬間。


ちゃきっ


 「光速の騎士」の手元から槍が消え、その代わりに拳銃が握られていた。

 当然全員がその挙動を見逃すまいと目を血走らせている最中にである。

 茂がアイテムボックスに槍を放り込んだと同時に、ピエロセットの拳銃を取り出したのだ。

 それはまるで手品のようにいきなり手元に現れたわけで。

 犯人グループ全員が、ぎょっとしたことで一瞬だけ、硬直した時間が流れる。

 そこを、衝く。


どんっ


 豪華な絨毯に音が消され、さほど響きはしないながらも、床を蹴って風を切りながらテロリストまでの距離を詰める茂。

 その中で再び拳銃が消え去り、槍が忽然と右手に戻る。

 出し入れ自在の槍の存在に驚く間もなく、一気に詰められた距離は致命的であった。

 照準を想定以上の速度で外されたほとんどの者、そして真っ直ぐ正面から向かってくるため、「騎士」へと角度的に唯一銃口を向けることのできたテロリスト。


ダダッ!


 もちろん、当然のことながら引き金は引かれる。

 連続して発射されるはずの銃弾は数発分の音を立てて確かに発射された。

 だが、「騎士」が槍の石突きを振り子のようにしてテロリストの顎をかちあげるほうが僅かばかり、早い。

 めき、と確かな感触を槍から受け取り「騎士」は自分に向けられた銃弾を「シールドバッシュ」で弾く。

 弾き返す先は、顎を砕かれて吹き飛んでいく男の隣の犯人。

 真っ直ぐに飛んでくる銃弾を丁寧に「シールドバッシュ」で方向を決めて弾き返す。

 意図的に跳弾する先を茂が誘導したのだ。


「ギャッ!」


 太腿に食らった弾が肉を抉り、鮮血がほとばしる。

 だが、彼は未だ銃を手放していない。

 当然、追撃がなされる。

 弾き返すのに振りぬかれた盾をそのままの勢いで、撃たれた男へと放り投げる。

 反撃に銃を向けようとした瞬間に、盾の縁が男の顔面にめり込んでいった。


「フグァっ!?」


 都合3名を排除。残り2名。


「クッ!!」


 盾を放り投げた分、左手側が幾分自由に動かせる。

 茂が突っ込んだ2名の位置は、丁度3人目4人目の位置と直線上に重なっていた。

 この位置取りであれば、射線上の問題もあり少し離れた4人目のテロリストは3人目へのフレンドリーファイアの可能性を除外できない。

 戸惑う4人目を考えることなく、3人目を刈り取ることにする。

 ほんの数歩分の距離を空けて、最初の銃撃を行う選択肢を取ったのが間違いだったのかもしれない。

 制圧された2名からあと2メートルも離れていれば少なくとも1発は茂へと発砲できるチャンスがあったはずだ。

 だが、しかし現実的にはその距離は存在せず、人外じみた脚力はその数歩分を1足までに縮めたのであった。


どんっ


 再びの足音が鳴る。

 茂の自由な左手が、テロリストの引き金に掛かる右手首をつかんだ。

 一度やったことのあることを再現する。

 まず、手首を握り潰し。


「ガッ!?」


 怯んだ顎目掛け、槍をアイテムボックスへと放り込んで空にした右手で掌底を放つ。


ごきぃっ!


 VIPエリアのプールサイドと同じく、手首を掴まれているため吹き飛んでいきそうになる体がその場へと残る。

 当然、覆面の下から首にかけて、生温かな血が流れおちて、支えている茂にはびくびくとした痙攣だけが伝わってきた。


「ク、ハ、ソイツヲ、ハナセ!」


 そんな体勢なものだから、最後の4人目には撃つところが無くなる。

 自然と失神した3人目が茂の体を守る肉の盾になっているのだ。

 もし撃ったとしても狙える場所は殆ど無い。

 がたがたと全身が震えるこの今の指先で正確に射撃する事は不可能だった。


(……周り見るのって大切なんだぜ?余程慌ててるんだな)


 体をぐったりとしたテロリストで覆い隠し、その間から周りを見ている茂は気付いた。

 ゆっくりとゆっくりと人質の輪の中から移動するその姿を。

 まわりの人質も気づいたが、誰もそれを口には出さない。

 当然だ。この場にいる全員がテロリストの敵対者なのだから。


『く、くそっ!!』


 苛立たしげに、半ば投げやりになった男が、銃口を「光速の騎士」と肉の盾となった仲間のテロリストに向けた。

 そのタイミングで船体を貫く爆音が響き渡る。


バララララララ……!!!!


 先ほども聞いたヘリコプターのローター音だ。しかも1機だけではなく、複数の音がする。

 それに気をとられ、ほんの僅かだけ犯人の視線が天井を泳いだ。

 恐慌が彼の冷静さと注意力を散漫にしていたのだ。


ごりっ……。


 後頭部に、硬い何かが突きつけられた。

 その瞬間に冷たく鋭く、女の声が耳に届く。


『動けば、容赦なくぶち抜くぞ?解っていないかもしれないが、いまお前の頭に銃口をピッタリ着けて話をしているからな?私は日本人だが、こういった銃器の取り扱いは手馴れている。いいか、言っていることが分かったなら、ゆっくりと引き金から手を離せ』


 日本語ではなく、テロリストにも聞き馴染みのある英語で話しかけられた。

 後ろにいる相手の本気具合を理解し、指示の通りゆっくりと引き金から指をはなし、両手を見える様に体の外に出す。


『そのまま跪け。その後は腹這いだ。最後は手を頭の後ろに回せ。いいな?』

『わ、判った。指示には従う!』


 視線は「光速の騎士」から外せない。

 だが、この後ろの声からは従わざるを得ない程の殺気を感じていた。

 その視線の先にいる「光速の騎士」はと言えば。


(……たぶん、おとなしくしろ、抵抗するなー、的なこと言ったのかな?英語は何となくしか判んないんだよなー)


 丁度真正面にいるテロリストが腹這いになった。

 自然と最初にド突いたテロリストが落としたため鹵獲することができた拳銃を構え、火嶋早苗がドレス姿で堂に入った脅し文句を見せるのをただただ傍観している。


(すっげー。ホールドアップっての初めて見た!カッコ良いなー、教授。やっぱすごいんだなー)


 テキパキとテロリストを無力化し、頭に拳銃の銃口を突き付けたままボディチェックを行い、自動小銃の他に拳銃とナイフ、無線機を回収する。

 茂はと言えばピエロの奴とおんなじやつ持ってるなーと思うくらいだ。

 あとは、もう一カ所も行かないといけないし、どうしようかなと悩んでいた。さすがに警備のスタッフを加えた救出班とはいえ、人員が足りない。


(ええっ?あれ?どうして?なんで?)


 この隙に「気配察知:小」を使い、残りの敵の位置を確認しようとしたところ、その中に見知った人、いや骸骨が1つある気配がする。

 おそらく普通に考えるとさっきのヘリの接近時に来たのだろうと思われるが、これは予想外だ。

 勘違いかとも思ったが、なかなかに日本では見かけないその独特な反応は間違えようもない。

 確かに、今この船の中に黒木兼繁がいる。


「さて、騎士殿?しばらくぶりですね」


 動揺の中、ドレスアップしてやんちゃをしたばかりの火嶋早苗が近づいてくる。

 ほかの少々力のありそうな男性に拳銃を譲り、テロリストの制圧を頼むと、若干顔を火照らせながら「光速の騎士」へと話しかけてきたのだった。


(……どうする、俺?なんかすごいジェットコースターな展開で、正直いやな予感しかしないし。……逃げたいぃぃ)


 知らず知らずちょっとだけ後ずさってしまったのは、きっと仕方ないことだと思うのだ。

次話まですこしゆっくりお待ち下さい。


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