4-10-裏 飛翔 のち 鬼火
時刻は若干さかのぼり、ハイエンの配信が再開される少し前。
そして、場所は東京湾の海上、レジェンド・オブ・クレオパトラの後方を追いかける3機のヘリコプターの中へと移そう。
バララララララ!!!!!
彼はけたたましい轟音の中、腕組みをしてじっと座席に鎮座している。
流石にこの場まで酒を持ち込むことは禁じられたため、特にやることがないのだ。
時折外を眺めて遠くに映る街の明かりを見ているようだ。
それ以外には特に何かを話す様子もなく、脇に置いた太刀に軽く触れるくらいだった。
結局のところ、この30分弱。
同じヘリへと同乗したチームは寒くもないというのになぜか悪寒を感じていた。
幾度も討伐任務に従事した古参であればなおさらだった。
敵として相対した場合に、完全武装の精鋭部隊が損耗5割を超えるレベルで制圧する、というのが呪霊のなかで段違いの"特級"というバケモノだ。
それが極々自然に自分たちと同じヘリに乗り、会話し、今から鉄火場へと乗り込もうというのだ。
だが、いまは最後のGOサインを待っている段階である。
じっと待つこの時間が耐え難いほどのストレスをまわりに与えていた。
「夜、か……。潮の香りと欠けた月。良い風情なのだが、酒はダメと言われてはなぁ……。ただ待つだけでは、つまらん」
ヘリから見える月は空高く昇り、うす雲を纏いながらも夜の波間を煌々と照らしている。
肺というものがないというのに、はあとため息を吐くという器用なことをして見せたのは、黒木兼繁。
世間一般では「骸骨武者」と呼称されている戦国期の戦人であった。
「…………はい、はい。……了解しました。後はお任せください」
ヘッドセットで今までどこかと連絡していた男が、ヘリの前方から突入部隊の待つヘリ後方部へと移動してきた。
「なんとか無理やりだがGOを分捕ってやったぞ。何とかこの件で詰腹を切る役も準備したそうだ」
「どのくらいが何人ほどです?」
ガチャガチャとこれからの突入に向けた装備品の確認を始める隊員たち。
その中の1人が何の気なしに聞いた台詞に、男が答える。
「とりあえず上は軒並み減俸数ヶ月。現場担当は降格処分と左遷の嵐で行くそうだ。対象の数はこれからの結果次第で変わるってところか」
「よく、オッケーしたもんですね。お堅い役所仕事の癖に」
「俺たちの所属はどこ扱いだ?実際、ゴーストと然程変わらんのよ。無茶させるならこういうチームが一番後付けの"言い訳"がしやすいのさ」
女性のメンバーが呆れたように言葉を吐き出す。
にたり、と笑う男。
「最終的には一度もお会いしていない"上司閣下"の指揮系統が混乱しており、突入の許可があいまいになってしまった、ということになるらしい。いらない奴を中心に首を切るつもりだそうだ。こういうときに生き残るのに必要なのは、カネとコネなんだと。まあ、本流ではないラインと対抗派閥をばっさりいったってことさ」
「うわ、怖い怖い。かくして、さらにお堅い役所仕事は磐石にって?」
「そういうことだ。出る杭は叩かれる、さびた釘は捨てちまえ、ってことなんだろうな」
「大丈夫なんですか?そこまで露骨に人を切るって?」
「この後の事後処理に別部門を立ち上げるつもりなのさ。そこに人員が必要ってお題目でそいつらをまとめて放り込めれば、人の確保も出来るし予算もがっぽがっぽ。国民からも文句は出にくい。一通り終われば、テロ情報を分析する部署にでも改組すればいい。どこもかしこも予算削減されるご時世だ。金を搾り取れる木は多い方がいいだろう?」
かくて、世は事もなし。
「まあ、そこら辺の政治のお話は良いです。突入はいつに?」
夜間用に艶消しのくすんだ色合いの装備に身を包み、夜の闇に沈めばほぼ姿は見えなくなる。
そんな突入班に組み込まれた面々は、話をしながらも降下準備を整えていく。
「配信映像再開と同時に降下開始。そのタイミングであれば混乱を引き起こせるかもしれんし、これ以上無茶な要求をされるのは嫌なんだろう。テロには断固とした対応をってのが世界の共通認識なんだしな。金で解決するってのも実際にはアリなんだが、一般的に公表はしないのがセオリーだ。ただ、仮想通貨での取引ってんならそれは出来ないだろ。どこからどのようにして振り込まれたか調べることが出来るからな。クッキリハッキリシッカリ、日本政府と白石総合商社がテロに屈したと記録が残る。要はそのマーキングが目的だろうさ」
「金が欲しいわけではない、と?」
疑問を呈した部下へと教師が教えるように解説する。
「そりゃそうだろう。闇でマネーロンダリングしたところで目減りするし、手間もかかる。追跡を掻い潜るのも一苦労だ。それにそんな犯罪に使われた仮想通貨だとばれりゃあ、次の日にどれだけ暴落すると思う?第一シージャックが出来るような銃火器があるんなら、地方の銀行でも襲えばいい。もっと簡単に現金で身代金以上の金を強奪できるんじゃないか?シージャックなんて割の合わない手段で仮想通貨を手に入れようとはしないさ。振り込まれた瞬間にどっかからリークするつもりなんだと、ウチのテロ犯罪アナリストは言ってる。ま、国際的な信用はがた落ちだろ」
「それをやられたら、国の信用も白石の株価も右肩下がり。官僚全員が残業地獄で済めば万々歳でしょう」
「いまは白石関連の株を大量に空売りしてるやつがいないかを確認中だとさ」
「金融の世界ってのはよくわかんないですね」
「ま、だから仕組みを知ってる金持ちはどんどん金持ちになって、何も知らない俺たち貧乏人は貧乏人のままなのさ。だからこそ金持ってる奴らは、さっさとこのシージャックを終わらせてほしいんだろ」
という話をしていると、時間がだんだんと突入時刻へ近づいてくる。
「突入まで150秒!船体への接近を開始します!」
『1班、船首甲板プールサイド。2班船尾サブプール。3班は船体上部、可能なら操舵室へのエントリーを』
ヘリ同士で無線を交わすと、レジェンド・オブ・クレオパトラの後方に位置する各機が一斉に速度を上げる。
「各機、狙撃手による援護射撃を行いつつ降下せよ。敵、対空用火器の有無は不明。戦闘は極力避けることが望ましいが、接敵時は容赦するな。上に話は通してあるがあくまで俺たちは所属のあいまいな勢力扱いだ。出来るだけ、人死には避けろ。あとあと面倒なことになる。ただ、面倒事よりも人質とお前らの安全の方が、俺は大切だ。どうにもならなけりゃ、遠慮するな。ぶっ放せ」
『了解、そういうとこ好きです』
『同じく、了解』
無線越しに了承の返答がなされる。
それを横目で見ていた唯一の部外者が事も無げに言い放った。
「……では、話も終わったようだから、俺はもう行くとしよう。露払いでもしておくぞ。お前たちはゆるりと来ればいい」
「な!ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「?何だ、青柳。どうしたのだ?」
勢いよく風防のサイドドアが開かれ、身を乗り出して真下を確認し始めた定良を、いままで連絡を取っていた青柳が引き止める。
今にもヘリのそこから飛び出そうとしていた彼を引き止めると入ってくる風に負けない様に大声で話す。
「どこに行くつもりなんだ!!まだ速度が落ちていない!!」
「何を言っている、お前は。何を置いても一番槍は誉れ。奪い返すのは船と言っていたが、この大きさならばもうこれは城攻め。その一番槍。譲れんだろうに」
「いや、だから!!垂直降下、って判らないか!?このヘリを船の上でホバリング、静止させて綱を下ろす必要があるんだ!ただでさえ操縦が難しいのに、何を!?」
掴みかかる青柳の手を掴み、ゆっくりと自分から引きはがすと、そのまま定良が自分の太刀を掴み、腰に括りつけていた面をその骸骨に被せる。
その骸骨を覆うは翁の面。
ただし、よく見ねばわからないが前回茂と交戦し破損した物よりも若干であるが古く、そして彫りも精緻であった。
「大丈夫だ、青柳。話の内容から大体のことはわかっている。要するに殺さぬように"気を付けて"斬り倒していけばいいのだろう?質となった者たちを解き放ちつつ、な?」
ベテランであるはずの青柳が気圧される。
内容が微妙に噛みあっていない気がした。だが、なぜか言葉に詰まり二の句が継げない。
"やる気"になった戦国期の武人の圧はそれほどまでに濃密であった。
「!操舵室、いえっ、船内各所の照明!一斉にブラックアウト!!!」
「ハイエンからの配信映像、途切れ、いえ、照明が消えて確認不能です!」
「3班より報告!操舵室内より閃光!マズルフラッシュの可能性が!何者かが交戦中です!!」
そこへと立て続けに報告が入る。
時刻は8時46分。
降下に向けた位置合わせに手間取る中に新たな情報が飛び込んできている。
「しまったな。一番槍は逃したようだ。だが、大将首は俺がもらう」
「ちょ、ま、待てっ……」
だんっと体勢を整えようとしているヘリから、定良が船首甲板の一般用プールサイドへと飛び降りた。
無論、この騒ぎに気づき駆けつけたテロリストも来ており、自身の持つ銃火器でヘリへと銃撃を行おうとしているタイミングで。
つまりどういう事か。
降下するために船体に近づいたが、まだだいぶ距離が離れているということだ。
単純な目測で甲板まで優に30メートル以上の距離がある。
「パラシュートもケーブルもなしで飛び降りたのか!自殺行為だぞ!?」
「あ、いや。青柳さん。大丈夫です。あの骸骨、今テロリストに斬りかかってます。うわ、ホントに手加減してんの、アレ?」
ヘリのライトに照らされているのは身を守ろうと翳したライフルごと、袈裟切りにしてテロリストを切り捨てている定良の姿だ。
遠くからで見えなかったが、犯人の体積が1:9の割合になっているような気がする。
もちろん、気がするだけでそんな筈はない。
そんな筈はないと見てしまった全員が思い込むことにした。
「私あの骸骨さんがホテルの20階くらいから落ちて無事だった、って報告書読みましたけど」
「ああ、うん。お前ら急いで降下しろ!!このままだと全員なます切りにされちまうぞ!?こちら1班、客人の"老翁"が先行!"老翁"が先行している!敵と誤認し、決して敵対するな!繰り返す、決して"老翁"への誤射はするな!!」
大急ぎで別班に連絡を入れる。
だが、どこのだれがそんな恐ろしいことをするものか。
ヘリの操縦士も銃撃の恐れが減り、一気に船体へとヘリコプターを近づけることが出来る。
狙撃銃でカバーするつもりだったチームメンバーも、定良の"露払い"を受けて自身の降下準備に入ることが出来た。
「では、降下!」
だんとヘリの中から第一陣が甲板へと降下していく。
彼らが無事に降りると、次は青柳を含めた第2陣になる。
「……ウソだろ!?」
「どうした!」
情報確認にギリギリまでハイエンの配信映像が流れるタブレットを見ていたメンバーが絶句している。
「船内、別勢力によるテロリストとの戦闘を確認!その、その……」
「はっきりしろ!どうした!」
驚愕に開かれた目をさらに剥いて、その隊員が告げる。
「こ、こ、「光速の騎士」が、船内でテロリストと交戦を開始しましたっ!!」
「……今日は一体全体、どうなっていやがるんだっ!!?」
『た、助けてっ!!』
順々にきっちりと斬り倒されていったテロリストたち。
その最後の一人が銃もトランシーバーも何もかもを放り出すと、腰を抜かし、目の前のサムライソルジャーに命乞いをした。
歯の根が合わず、がちがちと不愉快な音をさせているが一向に収まる気配がない。
しかも、気のせいだとは思うのだが、床に投げ出した自分の体をなにか黒い靄のようなものが這いずりまわっているような気がする。
「異国の言葉はとんとわからん。貴様、何がしたいのだ?」
時代錯誤な古風なサムライが空から降ってきたと思った瞬間、ヘリコプターに一番近い位置にいた同士が、ずばっと斬られていた。
十分な距離は有った。だが、最初はヘリに揺られて落下したのだと誤認したのだ。
着地と同時にその脅威度を外したこちらにも問題がある。
そうだとしても誰がその判断を責められようか。
着地と同時に陸上選手のロケットスタートなど目ではない速度で、距離を詰められ、そのまま斬り捨てられた。
人が無慈悲に死ぬという状況は全員に経験がある。
こんな日本などという東の果ての平和なお花畑の奴らと違い、自分達は戦場の中で生きてきた自負がある。
だが、それは爆風や銃弾などでの死だった。
その中に、サムライソードで斬られるなどという状況は有りはしなかった。
辛うじて近いのはナイフ等で刺し貫かれたり、事故などで鋭利な破片に貫かれたりだ。
まかり間違っても、胴とそれ以外の箇所が切り離されるなどということは無かった。
その恐怖に、体が自然と平伏する。
「コ、コウフク。コウフク、スル!」
「……何だ、貴様。同胞が潔く散ったというのに、自分だけは命永らえようというのか。……いくさ場の興が削がれるな」
ちっ、と穏やかなジジイの仮面の下で舌打ちがされたのが耳に入る。
うっすらと笑う翁面が、周りの惨劇を演出したという事実が、テロリストの心を折った。
「まあ、奴も"できれば"殺すなと言っていたしな。"一人ぐらいは"五体満足で捕縛するか」
「ヒィ!!」
降伏する為手を床についていた彼に、翁面のサムライが血の脂で滑るサムライソードとは逆の手をテロリストに翳した。
瞬間、彼の気のせいだと思い込もうとしていた黒い靄が、床の手を覆い、そしてひじ、肩、とゆっくり這いあがってくる。
『な、なんだ、なんだっ!?』
「やはり、異国の民。言葉がどうも判らん。身柄は青柳に任せるか」
腕はもう動かない。
彼は知らないが、定良が甲板一帯に張り巡らせた瘴気が、抵抗力を持たないテロリスト全員を浸食していた。
当然、その対象は敵だけであり、ヘリでの突入班には及ばない様、定良の意思により除外されている。
ゲーム的に分かり易くいえば、敵全体だけに効果のあるデバフである。
効果は心が弱い者から麻痺、混乱、恐慌を引き起こすという仕様。それはゆっくりとその柔らかな心を蝕んでいくのだ。
その瘴気が狙いを定めた"普通"のテロリストに襲い掛かる。
『い、嫌だっ!と、止めて、止めてくれっ!!』
「全く、城攻めの基本は即断即決だというのに。敵の心配をするとはなぁ。時代も変わったものよ」
言葉が通じないため、定良にはその叫びが聞こえない。
彼の興味は、自身が斬り倒した敵の様子を確認するヘリの降下部隊に移っている。
目の前で転がる哀れな捕虜にはすでに何の感慨も覚えていなかった。
首だけが動く中、後ろを無理やりに振り返れば、薄汚れてしまったスーツの背を虫が這いずる様な速度で、ゆっくりゆっくりと瘴気が上がってきている。
すでに腰から下は黒靄に包まれ完全に感覚を失っていた。
だというのに、一番床から離れている首から上がまだその瘴気に包まれていない。
『な、何だよっ!?これ、何なんだ!』
「……いちいち癇に障る声を出す。囀るな。全く、腑抜けのくせに女子供の様に騒々しい」
翁面の男が呆れたようにしゃがみこむと、必死に瘴気から逃げようと首を空へと伸ばす男の顔面を掴む。
アイアンクローの格好となったと思ってほしい。
口をふさがれ、意思表示できるのはその青い瞳だけだった。
『……ッ!ガッ!!?』
暴れる男を覗き込む翁の面。
その奥に当然あるべき瞳の光が見えない。だが、ぼんやりと何かが見えた。
その瞬間、男から顎の感触が消える。
眼だけを下に向けると顔を掴んだ手から、あの黒靄が染みだし、顔を覆っていくのが見えた。
自然とぼろぼろと涙が零れていく。
こんなひどい泣き方はガキの頃以来だった。
「めそめそと女々しい、女々しいな。いくさ場に出たならば、どのような形であれ死ぬ覚悟をしておかんか、貴様。それでもいくさ人か?」
握りしめられたためか、瘴気が首まで回ったからか、まったく動かない首を必死に振って反論をしようとした。
違う、これは真っ当な戦場での死ではない。
どこか別物の、自分の知っている戦場の生き死にで語るものではない、と。
神への信仰はとうに捨てた男にすらわかる。
このまま死ねば、間違いなく魂などというものが存在するのかは知らないが、"囚われて、終わる"と。
どん、と甲板へサムライソードが突き立てられると、その空いた手が、サムライの穏やかな翁の面に触れた。
そしてゆっくりとそのトラディショナルな面が外され、一言。
彼の耳朶を震わせたその一言は無事に彼の脳まで届いたのだろうか。
「震えて、眠れ、女々しき愚者よ」
真正面から見た狂相の骸骨の眼窩の奥。
瞳のあるべきはずの位置に、ほの暗い青白い色の鬼火を垣間見て、脳が焼き切れる音がした気がする。
そうして男はようやく意識を手放すことができたのだった。




