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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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4-10 困惑 のち 毅然

「あ、あが……」


 酸欠で気絶した男を床に転がし、ピエロマスクの不審者がゆっくりと出口の扉に向かって歩き出す。

 イベントホールの一室に閉じ込められていた人質たちの安否は確かに気になるが、ここはそのうちの一室でしかない。

 「気配察知:小」の反応によれば、ここの隣のホールと、さらにその隣のホール。

 そして、ファッションショーの別会場に多くの人がいるのだということが分かった。

 船室からだと有効射程の外にある位置だったので、位置関係がよくわからなかったのだが、近づけばわかる。


(でもなー。結局深雪どこにいるんだよ?ここらへんにもいないぞ?アイツ、そうすると船尾のVIPエリアとかの離れたとこか……。探すの大変なのに。一塊に人質は纏めてほしいよなぁ。助けに行くの大変なんだけどなー)


 まあ、犯人側からすれば助けに来にくいように分散するというのがセオリーなのかもしれない。

 マスクの下でため息を吐いた不審なピエロこと、杉山茂は外へと続くドアへと向かい歩き出す。

 特に人質に話しかけることもせず、てくてくと歩き出すと、まるでモーゼの前の海の様に座り込んでいる人質が綺麗に二つに分かれた。

 ただ、それは"なんかヤバイ奴がいる"的な視線がビシビシと突き立てられる、針のむしろ状態であった。


(ううぅ。ピエロマスクって失敗したぁ……。超怖がられてるじゃん。映画とかだとこう、綺麗なドレスのおねーさんをマッチョなSWAT隊員が抱きとめるシーンとかなんじゃないのかなぁ)


 ちょっとばかりヒーロー的に持ち上げられて、博人や由美に送り出された手前、ちょっとそういう色っぽいのを期待していた自分が恥ずかしい。

 悔しいことに全員の視線は歓喜や羨望ではなく、畏怖と拒絶である。

 完璧にヤバい奴扱いであった。


(いいさ、さっさと片付けて帰ろう……。きっと最終的にはテロ対策のマッチョさんが助けに来てくれるだろうし。警備の人もその内合流するだろうしな)


 カーテンの向こうの、一見判らない様になっている壁の向こうには空調用の緊急点検通路がある。

 船員の持つ部外秘の船内地図では省略されているが、警備用のさらに機密扱いの物だけには記載されている通路だ。

 エンジンルームの船員の保護が終われば、あそこから彼らも出てくるだろう。


「あ、あのっ!」


 そんな恐怖の権化、不機嫌全開のオーラを纏わせたピエロ君に話しかける勇者がいる。

 ドアノブに手がかかる瞬間、視線を向けると、カメラを構えた男がREC中を示す赤ランプを灯しながら茂の撮影を続けている。


「ナニ、カ?」


 カメラに撮られていることに気づき、先程以上に念入りに声を変えると、ひっくり返ったカエルのような奇妙な音が声となって発せられる。

 それに引きつった顔で無理矢理に笑みを浮かべる男の胸には、安物のネームプレートが掛かっている。

 ハイエンのロゴと自身の名前が書かれたそれを首から下げ、撮影したままの状態で話す。


「た、助けに来てくれたんですよね?」

「イチオウ。タダ、アブナイ、コノヘヤニ、イタホウガ、イイ」

「え、でも。あのテロリスト」

「ケイビイン、スグニクル。シジニ、シタ、ガエ」


 がちゃりとドアを開けてピエロは外に出ていく。

 外に出歩く人がいないことはすでに「気配察知:小」で確認済みだ。

 逆に流石にテロリストのいるかもしれない外へまで出ていく根性はカメラマンの彼にはなかった。


「……こ、怖かった。マジで、怖かったぁ……」


 失礼かもしれないがテロリストに脅されて撮影をしている時よりも、あのピエロの前に立った方が何倍も恐怖を感じたのだ。

 助けに来てくれたのだというのにである。





『く、くそっ!話が違うんじゃないか!?突入部隊は近づけさせないはずだろう!?』

『セキュリティ、セキュリティルーム制圧部隊!応答しろ!』


 当然、人質を集めている部屋にはトゥルー・ブルーのメンバーが銃火器を持って万全を期していた。

 突然の船内照明の消失と非常用の照明の再点灯までに、船内の電気系統を押さえたはずのセキュリティルームを制圧していた部隊へ、隠していた方の無線での連絡を行う。

 だが、何度呼びかけてもなしのつぶて。

 一向に返事が返ってこないのである。


『おい、ほかのチームはどうなっている!?さっきから連絡のない所は無いか!?』


 がなり立てる様に色々なところから状況確認の連絡が飛び交う。

 そこで思い出す。

 セキュリティを含め、いくつかの部隊から返答がないことに。


『っっ!船倉部のエンジンルーム!!先程から応答がない!!』

『はっ!?エンジンルーム、エンジンルーム!聞こえるか!!』


 気付いて連絡するのは、ここ5分以上連絡のない場所である。

 ざざっと無線が繋がる気配がした瞬間、スマホを確認していたメンバーが叫ぶ。


『隣に、敵!侵入者だっ!』

『なんだと!?』

「ひぃっ!!」


 だんと苛立たしげに地団駄を踏んだ音に驚き縮こまっている人質が悲鳴を上げる。

 ここまでの会話は全部、日本語ではない。

 英語で話している者もいればスペイン語もいる。

 学の無い人質には現状が分からず、学のある怒鳴り声を理解できた少数も、照明が一度落とされたことによる犯人側の焦りを感じておどおどするだけだ。

 そんな時に限界を迎えるものがいた。


「う、うわぁぁぁぁん!!!!!」


 きれいな洋服を着せられている小学生になろうかなるまいかという年齢の男の子だ。

 船内のパーティーに親に連れられてきたのだろう。

 そんな年頃の子供が、いきなり来たテロリストに怯えながら、我慢していた感情が一気に決壊する。

 ひくひくとぐずっていたのは周りの大人も判っていたが、父親だろう男が必死に彼を抱きかかえ、その背と頭を撫で続けて落ち着けさせていた。

 むしろ、よくここまで我慢できたね、と褒めてあげてもいいくらいだった。


「ダマラセロ!!!ナクナ、コノガキ、ガ!!」

「マコト!静かに、大丈夫だ、大丈夫だから!!」

「うえっうえええええっっ!!!!!」


 必死に泣き止ませようとする父親の焦りを感じたのだろう。

 この年頃の子供は周りの感情には非常に敏感なのだ。

 皆が怖がって、怖がって、どうしようもないのだということを感じてしまったのだ。


「ダマレ、トイッタゾ!!!!」


 必死にマコトという男の子を守ろうとした父親を、覆面の男が思い切り殴りつける。

 それでも子供を守ろうと父親が倒れながらも少年を抱きしめて離さない。

 それにテロリストの余裕のなさから来る感情の導火線に火をつける。


「クソ、ガッ!!」


 どうっ!


 固いつま先で思い切り父親の顔面を蹴り飛ばす。

 鼻を思い切り蹴りつけられた父親は鼻を折れ曲がらせ、盛大に鼻血を吹き出した。

 それでも子供を離さない父親を2度3度と蹴りつける。

 流石にそこまでの本気の蹴りを受けると、父親が子供を離してしまう。

 もちろんそんな無体に、周りの人質もざわつく。

 だが抗おうとした数人の人質が、蹴り付けた男のサポートに回った男の自動小銃の銃口を向けられて引き下がってしまう。


「コイ、ガキガ!!」

「い、痛い!痛いよぉぉ!!」


 がし、とこの日のために整えられた男の子の髪を掴むと、無理やりに引きずっていく。

 ずるずるとカメラの前に男の子を引きずり出すと、カメラマンに言い放つ。


「コイツノアタマ、ウツセ」

「え、ええっ!?」


 かちゃ、と銃口をその男の子の頭に向ける。

 全員がその意図を瞬時に理解した。

 それは人質だけでなく、犯人側もだ。


『おい、お前、正気か!?』

『一度身の程を知らしめる。それに、敵がいるということは我々の要求を無視したということだ。その責任は取ってもらわねば』

「あ、アンタら!相手は子供だぞ!?そんなものを向けるなッ!」


 あまりにも悪辣が過ぎるその行為に我慢が出来ない大人が声を上げる。

 うつむくもの、唇をかむもの、様々な人質がいたが、その言葉は全員の総意でもあった。

 子供を撃つなど、あまりに人の道に外れているのではないか、と。


『日本人は平和ボケだと聞いていたが、ここまでとはな。テロの本質はよりセンセーショナルな映像や情報が流れることで拡散されていく事だ。弱者が踏みにじられるものが一番視聴者に訴えるには都合がいいのだよ。相手の抵抗も二の足を踏むだろうしな』


 覆面に隠れて見えないが、苛立たしげに子供の頭を掴む男の額には青筋が走る。

 冷静さを失っているが、それでも誰かを撃つ必要があることは認識している。

 約束という名の要求が受け入れられないのならば、どちらが上の立場か知らしめねば。


『……やれよ。報告はしておく』

『ふん……。臆病者が』


 どのタイミングだろうか?

 自分がこんなことをしても心に波が立たなくなったのは。

 きっと、昔、どこかで、何かを失くしたのだ。

 周りの騒ぐこの日本人たちが声を上げる気持ちを。

 それを惜しいと思わない自分が壊れているのは知っている。

 だが、それを悲しむ憐憫も悔やむ感傷もすでに摩耗し切っているのだ。


「ニホンジンドモ、コレガ、ゲンジツダ!!」


 ゆっくりと構え直した銃口がマコトへと向けられる。

 自動でスイッチングされた映像が今、全国へと流れていた。

 この瞬間、多くのハイエン視聴者が耐えきれず、接続を切った。

 そう、誰もがこの瞬間に、マコトの頭が爆ぜるのだと覚悟をした。




 だが、きっと。そんな時にこそ。

 いや、そんな時だからこそ。

 誰もが諦め、嘆き、天を仰ぎ、神や仏に届かないと判りながらも、真摯な祈りを捧げる瞬間にだけ。

 

 

 願いは、届くのだろう。





どがぁぁん!!


 驚きと共に、その音のしたホール出入口の扉に全員の視線が向いた。

 当然のことながら、テロリスト側の人員もそこへと視線と、銃口を向ける。

 マコトの頭に突き付けられた銃口もだ。

 当然鍵を掛けて、隣の部屋の襲撃者がこちらに来ることを見越した対応はしていた。

 ドアへと照準をつけたメンバーがいつでも大丈夫なように敵の侵入に身構えていたのだ。

 だが、あくまでそれは普通の常識の範囲内で起こり得る事象への対応でしかない。

 重厚な扉が鍵どころか蝶番ごと"吹き飛びながら"敵が侵入してくるパターンは想定していない。

 ドアを吹き飛ばすなら爆薬がいるだろうし、もしそうだとしたら爆破と"同時に"突入してくるような者は存在しないのが道理である。

 だが、"それ"はその道理を知ったことかとばかりに、部屋へと突っ込んできた。


『な、な、な!ぐぼっがぁぁ!!!?』


 マコトを手放し本能的に両手で銃を構えようとしたテロリスト目掛け、眼前に突っ込んでくる"ピエロ"。

 爆音と共に一足飛びでドアからの数メートルを瞬時にゼロにまで縮めて。

 そう、突っ込んできたのがピエロだと視認した瞬間には、引き金側の右腕の付け根あたりに、鋭く激しい痛みが疾った。

 周りの景色がスローモーションのように感じた瞬間、自分の腕がピエロの白手袋に殴られていることに気付く。

 ゆっくりとゆっくりとすりつぶされるようにして変形していく腕の光景を、脳自体が危機を感じて今までにない処理速度で情報を取り入れるという生体上の神秘が、余すとことなくテロリストへと伝えていった。

 そして、その神秘が唐突に切れる。


どがしゃぁぁっ!!


 全員が驚愕から大きく息を吸い、また吐きだすまでの1拍で、泣き叫ぶマコトの横にスーツ姿のピエロ男が立っていた。

 先程までのテロリストは大きく吹き飛ばされ、壁に半ばめり込んでいる。


がらん、がらん、がらん……。


 一瞬の沈黙を吹き飛ばされた扉が床に転がる音が遮った。

 ゆっくりと音が静まっていくその中。


『う、撃てッ!!!』


 はっとしたテロリストで一番先に気を取り直した者が、明確に敵であるピエロへと一斉射撃を命じる。

 人質は一斉に地面に這い、射線から身を隠そうと悲鳴交じりの声を上げた。

 ピエロは自身の体でマコトを包み込むと、先程と同じく人とは思えないほどの速度で、部屋の角へと駆け出す。


ズダダダダダダダ!!!!


 非常灯の届かない部屋の角へと射撃されながら逃げ出すピエロを、容赦なくテロリスト側の銃弾が襲った。

 高価な絨毯が、射撃でえぐられ編み込まれた糸が宙に弾き飛ばされる。

 各々が一斉に撃ちまくり、部屋の角の真っ白な壁には弾痕がくっきりと刻み込まれた。

 たとえ、ライオンだろうと、重装備のテロ対策員だろうと確実に仕留めただろう銃弾の雨の中、ピエロが立ち上がってきた。

 その足元には、潰れた銃弾が排水溝に流れてきた落ち葉の様にして溜まっている。

 足にはピエロに縋る様にして、マコトが抱き着いていた。

 ただし左手に、銃弾の跡をくっきり残した"どこかで見たような盾"を翳しているのだ。

 間違いなく、さっきまではそんな物、何処にもなかったというのに。


「よし、大丈夫だからな。もう、安心していいから」


 ピエロが右手でマコトの頭をわしわしと撫でる。

 少しだけマコトの力が緩むと、抱き着いた足からマコトの手が離れる。

 マコトを後ろに庇うようにしてピエロが一歩だけ前進した。


「ト、トマレッ!!ソコ、ウゴクナ!!!」


 じゃき、と片言の日本語と共に銃口が一斉にピエロを捉える。

 ピエロは、苛立たしげに首をゴキゴキとならし、右手をピエロのマスクに掛ける。


「ったく、ガキ泣かしてナニ偉そうにしてんだ?」


 その声はマコトにしか聞こえない程小さかった。

 だが、怒っていることは子供のマコトにもわかった。

 このピエロさんは凄く怒っていると。


「この外道どもが。刑務所で一生反省してろってんだよ……」


 顔を覆うようにして翳された右手が、何かを掴むようにして振るわれる。

 何もなかったはずのその空間に、黒い何かが翻り、ピエロの全身を球状に包みこんでいく。

 ばさばさとその黒い何かが音を立てているなか、右手が"槍"を掴んでいた。

 その有様にテロリストが一瞬我を忘れる。

 犯人だけでなく、人質も呆然とする中で布がピエロ"だった"男の背にマント然として収まる。

 その黒い球体から現れたのはここ最近、いやがおうにでも目にした鎧と、兜。

 先程見たばかりの盾、そして槍。


ブンッ!!


 残像すら見えない速度で振られた槍が、空気を唸らせる音だけを部屋の全員に聞かせた。

 足が竦みながらも、この部屋のカメラマンが"彼"を距離があるながらも、真正面からしっかりと捉えていた。


「ひ、ヒーローだっ……!!」


 マントの背中越しに聞こえる若干喜色混じりのマコトの声。

 それに彼は苦笑する。


『き、貴様。な、なんで!?』


 母国語でテロリストが尋ねてきた。

 テロリストも知っているのだろう。

 目の前の男の事を。


 レジェンド・オブ・クレオパトラ、身代金を要求したシージャック事件。

 テロリスト、日本政府と順にこの悪辣な遊戯盤へと駒を進める中で。

「光速の騎士」が全くの盤外から、甲高い音を立てて、このクソッタレな遊戯盤のど真ん中へと自分の駒を叩きつけた瞬間だった。



 そして、ハイエンを見ている全視聴者が一斉に叫んだ。


「騎士、でたぁぁあぁぁぁ!!!!」


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― 新着の感想 ―
正体隠す努力をしながら、何でワザワザそこで変身しちゃうの? ピエロマスクのまんまでいいのに・・・
また読み返しに来ましたが、やっぱり鳥肌が立ちます。思わず心の中で歓声をあげました。しばらく先まで知っていても、展開に心奪われます。
[一言] 何度読んでもここの演出は神。書店で2巻が発売されているのを見つけ、また読みたくなってしまった。こんな神作品が1巻で打ち切られるのは非常に心苦しかったので、いちファンとして今非常に嬉しいです。…
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