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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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4-9 心配 のち 強襲

 現在時刻は20時42分。

 テロリストにレジェンド・オブ・クレオパトラがシージャックされたとの情報が日本全国へと流れ、情報を知り得た多くの人々がその動向について固唾を飲んで推移を見守っていた。

 当然、ハイエンで配信される船内映像がどんなものかを確認すべく多くのスマホやタブレット、PCの所有者がハイエンの動画アプリをダウンロードして、一斉に開いている。

 パピプの新曲発表のため、サーバーダウンに備えた強化を行っていたこともあり、辛うじて配信映像に遅れはないものの、仮に対策が無ければ落ちていたことは確実だった。

 それほどの数の視聴者数があるハイエンの静止画像の閲覧数のカウンターはすでに100万を超えて、更にどんどんと数を増やしている。


「何がどうなってんだよ!さっきからおんなじことばっかり伝えてるし!どっか違う情報って出てないのか?」


 杉山猛もそんな大勢の一人だった。

 自宅のPCはハイエンの配信を開き、テレビはその話題を伝えるニュース画面。スマホはパピプのファンサイトに繋いでいる。

 当然パピプのトップアイドルの一人である神木美緒がコンサートを終えて船内にいることは確実であり、その安否を心配する彼が必死に情報を集めない訳がない。

 しかしどのニュースソースも何一つ新しいことを伝えてはくれないのだ。

 と、言うよりは新しい動きと言えばニュースのコメンテーター席に"海外テロ対策専門家"と"大型客船元船長"の肩書の人物が大急ぎで召集されて座らされたくらいである。

 ちなみに各局似たり寄ったりの専門家が呼ばれていて、同じような内容の変わり映えのしないコメントをそつなく話されている。

 いまは元船長によるシージャックの際の初期対応について説明していた。


「いや、初期対応って。今シージャック真っ最中に初期対応聞かされてどうしろって!?」


 もっともであるがお門違いな八つ当たりをテレビの向こうへと叫ぶ。

 こんな時に限ってまた茂はいない。

 昼過ぎくらいに"知人のお父さんが飯おごってくれるから、帰りは明日になる"とメールが来たのだ。

 確認に電話するとどうも美味しいご飯をごちそうになれる、少し格調高いとこだから電話は切っておく、と言っていたので高級なお店であろう。実にうらやましい限りである。

 きっといま実兄は酒でも飲んで、ちょっと高いご飯でも頂いているのだろう。


「電話、切ってるって話だよな。また午前様で帰ってくるんだろうし。兄貴ってよくよくこういう大きな事件の時と飲み会が被るよなぁ」


 楽しいお酒を邪魔することもないだろうと、猛はため息を吐く。

 風呂前で色々と焦ったこともあり若干体がべたついてきている。

 小腹も大声を上げたことで空いてきた。

 人間生理現象には逆らえないのである。

 もし兄が家にいるのであれば、ビールと大入りのポテチでも買出しを頼もうかと思ったのだが。


「仕方ない。……出前頼むかな」


 スマホをちゃかちゃかといじると、登録してある連絡先を呼び出すとコール。

 3コール目で相手が出るまでの間に、机に置かれたくたびれたチラシを手に取った。


「……あ、デリバリーお願いします。……はい、この番号で登録してある住所で。……えーとコーンマヨとプルコギスペシャルのハーフハーフをMで。……サイドは、もりもりポテト1個をハニーマスタードとケチャップソースで。あ、ドリンク要らないです。……ああ、やっぱそうですよね。……はい、待ってますー」


 テキパキとピザカイザーへと電話をして、スマホを元のパピプファンサイトに戻す。


「やっぱり皆、一斉にデリバリー頼んでるよなー。すこし時間掛かるか。仕方ない」


 どかりと椅子に腰かけ、PCの画面を見つめる。

 流石に書き込みの内容に品の無い者が増えすぎたようで、つい先ほどまで開いていた書き込みのタブが"不可"へと変わっていた。

 最後に残った履歴は不謹慎なものから、今回のコレにまるで関係ない個人への中傷などである。

 まあ、この映像に何か書き込む必要は無いとハイエン側で考えたからかもしれないが。


「……うぉっ!?映った、本当に映った!マジか、コレ。シージャックの真っただ中の映像かよ……。うわぁ……」


 今日の本番前に舞台裏を放送する30分番組を見ていた猛にはその場所が分かった。

 開いていたハイエンの映像が映し出したのはレジェンド・オブ・クレオパトラのファッションショー会場だ。

 特徴的な船内に元々設置されていたモニュメントに覚えがある。

 どこかで同じ大掛かりなセットでも組まない限りは再現は不可能だ。


「ランウェイにスタンドマイク。誰か出てくるのか?」


 見てはいけないものを見ている感覚になってどうも心が落ち着かない。

 どくどくと心臓から全身に血が流れる感触がした気がする。

 もちろん気のせいだろうが、そんな鼓動を持った血液が全身を跳ね回るようだった。

 そんな猛の見つめるモニターに動きがある。

 ランウェイに置かれたマイクの前に一人の目出し帽をかぶったスーツ姿の恐らく男性が立つ。

 その瞬間にファッションショー用のスポットライトが彼一人に集まった。

 カメラ映像はその男の顔に向かいズームしていく。

 上半身を映し出したところでズームは終わり、目出し帽は自分のネクタイを軽く直すとカメラ向こうの視聴者に話し出した。


『ハイエンにてこの配信映像をご覧の皆さま。初めまして。この放送を見ているということはおおよその出来事はご存じと思います。……我々がこの船、レジェンド・オブ・クレオパトラを占拠し、人質を取り、船の航行を掌握しました。我々はトゥルー・ブルー。小さな環境保護を訴えるしがない団体です。お見知りおきを』


 深々と頭を下げてこちらに自己紹介をしてきた。

 タイプでいえば劇場型の愉快犯と分類されるだろう。

 人の神経を逆なでするような振る舞いをあえてしているわけだ。


『さて、我々の要求の一部はすでにハイエンを通じて日本政府並びに白石グループへと通知済み。ですがそれが一番上の最終決定者に伝わるまでには多くの過程があるでしょう。ですのでハイエンを使って発信したいのはそれとは別の、間違いなく、"多くの方に"伝わる手段が欲しいと思った次第からです。それは何か!?』


 ぱんと手を打ち、前かがみになる。

 いちいち動きが道化じみて、外連味を持たせているのがありありと判る。

 遠回しに言えば、もったいぶった、はっきり言えば、ムカツク動きだ。

 スタンドからマイクを取り外した目出し帽の上半身を、カメラが追いかけている。

 こつこつと靴音が響くことから、どうもランウェイの左右にうろうろと歩いているようだ。


『大人数で人質を取って要求を通す。そんなシージャックはテロです。それは判ってます。だからこそ、テロ対策部門には来てほしくない。当然ですねぇ。……ですので先ず要求を言います。これより先、この船へと船舶・航空機・ドローン等の接近を禁じます。受け入れられない場合、皆さんでも知っている有名人のお葬式を挙行することになります。悲しいことですねぇ。嫌でしょう?なら、やらないでください。二つ目は警察の方々に逃走用の車両の準備をしていただいています。我々はその車両に分乗して逃走します。これまた当然ですが、その車両に船のお客様を乗せて出発します。我々と同じような格好をさせて、です。間違えて制圧しようと狙撃すれば無関係のお客様が傷つくかもしれませんね?はい、これもお止め下さい。そして、最後になりますがご覧いただいている方の中で、未成年や体の弱い方は視聴を即刻お止め下さい。何せ、我々』


 目出し帽が言葉を切ると、ズームが解除される。

 ランウェイ全体が見える様に画角が引かれた。

 目出し帽の横には先程までは無かった机と、高そうな大きな壺に花が活けてあるディスプレイが置かれている。

 視聴者全員がその壺に注目する中、目出し帽が懐に手を入れるとずるりと黒々としたそれを取り出した。


「け、拳銃だ!」


 猛が叫ぶと同時に、引き金が引かれた。


ダンッ!

バキャッ!!!


 たった1発の銃声と同時に、的となった壺が割れて中の水と草花が床へと飛び散った。

 多分、多くの日本人が猛と同じことを思った。

 コイツ、撃った。撃ちやがった、と。


『我々はテロリストだ。くだらないことを考えているなら次は客人の誰かの頭がこうなる。平和ボケだなんだと言っておかしなことをするなよ。理解しろ、次は人間の頭がこうなるのだから』


 最後の最後、その部分だけが全くおふざけを感じさせずに言い放ってきた。

 9割9分の視聴者が本気のテロリストを視聴することなどほぼなかった。

 だからだろう、今まで増えていた視聴カウントの増加が一気に鈍化した。

 人死にが実際に起こり得る可能性をかんじて逃げたのである。

 実際この瞬間にハイエンの視聴数はがた落ちになった。

 一方でニュースを伝えるTVは若干だが視聴率を伸ばしている。

 まだ、TVであれば1枚フィルターを掛けているとの思いからだろう。


「コイツ、俺たちを舐めてやがるな」


 ただ、相手の意図を理解するものはいる。

 これは要するに警察やテロ対策の部隊に足かせを付けようとしているのだということに。

 無理な突入や、交渉の破棄をした場合に一般の国民から批判されるように情報をわざと与えたのだろうと。

 当然、無謀な作戦は非難される。

 無交渉であればそれも非難される。

 だが、その動きが遅くなればなるほどきっとテロ側に有利に働く結果となるのだ。

 二の足を踏ませるための一斉放送。

 恐らく効果は覿面だろう。間違いなくこれで役職にしがみ付いているような人材は即決できなくなった。


「……わかった奴ら、動き出してるな。やっぱ、こういうとこ怖いよな日本人って」


 スマホのシージャックの情報版にはガンガンとテロリストの身に着けた品の特定作業、イントネーションの位置から推測する出身地予想、日本周辺でテロを行うかもしれない集団の情報に、トゥルー・ブルーという環境保護団体の捜索作業が始まっている。

 真偽の程は判らないながらも、数多くの情報が流れ込んできていた。

 警察への激励や、犯人側の意図を発信する者もいる。


『では、この後は各人質の部屋の様子を順番に映していく。また何かあればこのように連絡するつもりだ』


 そういうと、画面が人質と思われる人々が詰め込まれた部屋を映し出した。

 画面はある部屋の人の顔を一つずつ映していく。

 音声は無いが、その疲労感に包まれた顔は見ていて痛々しい。

 苦虫をかみつぶした顔で猛はそれを見つめた。

 その中で、ある点に気付く。


「ピエロ?テロリストか?」


 ほんの一瞬、そのピエロがカーテンの向こうから現れたのが映った途端、画面の外から覆面が走り出した。

 それが全国に流れると同時に画面がブラックアウトした。


「え!?ええええ!?」


 いや、違う。

 映像が切れたのではない。

 何かぼんやりと映し出されている以上、映像は届いてはいる。

 光源が失われたのだ。

 だから、画面が映らない。

 ほんの少しだけうっすらと見えるのは、緊急用の脱出経路を示す表示板の光が漏れ出ているからだろう。

 音もなく、何かが動き回るだけの時間が過ぎる。

 実際、20秒もなかったのではないだろうか。

 恐らく非常灯と思われるライトが再び点灯した。


「ぬぉぉ……な、何だ、あのピエロ。超、怖ぇ」


 モニタには顔面を踏みつけられたテロリストと思しき男が、ピクリともせずに転がり、ピエロの周りにはさらに数名が倒れている。

 ただ、異様な恐怖をモニタの向こうに与えているのはそれではない。

 さほど筋骨隆々とは見えないピエロが、明らかにがっしりしたプロレスラー然とした体格の覆面の大男を高々とネック・ハンギングツリーで持ち上げていたからだ。

 しかも、両手ではない。右腕一本で、である。

 もう片方の左手は、なぜか大きなスパナを握っていた。


「うわ、なんだ。え、生放送だよな?」


 じたばたと暴れる大男が、喉を掴む手を両手で引きはがそうとしたり、自由な脚で思い切りピエロの頭部に膝を入れたりしているが、ピエロはまるで動じる様を見せない。

 1ミクロンも痛痒を感じさせず、びくともしないその様相に加え、マスクが笑い顔で固定されているピエロの顔は見ている者にただただ恐怖以外与えることは無かった。

 じたばたと暴れている男の顔がチアノーゼで赤を通り越し、紫じみてきたところでピエロが手を離す。

 ぐしゃりと崩れ落ちた男がぴくぴくと痙攣しながらも動いていることに安堵したのは猛だけではないだろう。


「と、特殊部隊とか?そういう人?」


 こういう時は人間、一番合理的な答えを出そうとするものだ。

 だが、その格好はどう見てもまともな立場の人間の扮装ではなかったのだが。


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