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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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4-8 要求 のち 準備

「早急な英断を感謝する。これで交渉のテーブルにようやくつくことが出来た。当然そちらには警察の交渉チームが到着し、指示を出していると思う。面倒な探り合いは排除しよう。彼らの責任者と変わってくれ」


 指定時間前にハイエンから配信される映像が、指定時刻より船内の映像を流すと表示されたことに伴い、テロリスト側は再度ハイエン本社と連絡を取ることにした。

 穂高は読み上げたプロンプターの文章が、通話先へと伝わったことに安堵していた。

 テロリストの要求に屈したのは事実であるが、取り敢えず第一段階を乗り越えることが出来たと考えていいのではないだろうか。

 今は先程と同じくプロンプターを読み上げる役に徹しているが、その安堵から僅かばかり落ち着いて読み上げることが出来ていた。


『……私は本事案の交渉担当の野島と言います。そちらをどう呼べばいいか教えて頂きたい。そして人質解放に際して要求があるという認識で良いでしょうか?』


 警察側の交渉担当者が声を出す。

 緊張をしているのかマニュアルでそうなっているのかはわからないが、硬くそして端的に質問がなされる。


「……挨拶などは排除してさっさと話を進めるのがスマートだと思う。まず我々はトゥルー・ブルー。個人が開いた小さな小さな環境保護団体だ。そして代表者のここでの呼称はブルーとしている。交渉の窓口はこの穂高氏を立てて行う。ここまでは理解したか?」


 どうしてもプロンプターに打ち込み、表示し、穂高が読み上げるという作業を間に挟む分、レスポンスが悪い。

 だが、徹頭徹尾証拠を残さない様に動いているのだろうということは判る。

 つまり、彼らはこの後に逃げ出すつもりでいる。

 追われることを想定して、証拠を残さない様にしているのだ。


『理解しました。要求の前に人質の安全確認を行いたい。それは可能でしょうか?』


 要求をされる前に、一つためしにけしかけてみた、というところだろうか。


「船に乗り込んだ人員のうちこちらは288名の所在を確認している。これには我々トゥルー・ブルーのメンバーも含まれている。これ以外の人員については把握していない。乗船リストはそちらも持っているはずだ。その記載上の数と288名の差については船内に隠れている、若しくは船室でおとなしくしているのが大半だと思われる。ただ、現時点では確認できている288名のうち今すぐに生命の危機にあるものはいない。ただ抵抗に対し、我々が正当防衛したということで制圧する時の負傷者がいることは伝えておく。無論先に述べたとおり、彼らも今すぐに命の危険があるというレベルではない。我々は敵は全て殺戮すべしという過激思想は持ち合わせてはいない。そして占拠時に誰かを死に至らしめたという報告は入っていない。紳士的にそちらがふるまう限り、我々も紳士的に対応するつもりである。無論、要求が通れば、人質は解放したいというのが我々の総意である」

『分かった。その要求を教えてほしい。検討部門へと伝えよう』


 通話先のハイエンからの音声が何かが動く音を船内へと伝えた。

 当然、この音声データの分析を行っているのだろう。

 プロンプターにトゥルー・ブルーの要求が表示される。


「まず、当面のトゥルー・ブルーの運転資金として、仮想通貨のカカクコインで50万枚をこちらの指定する海外の取引所4か所へ等分して振り込んでいただきたい。考える時間と振り込みの手間を猶予として3時間と少しだけおまけをつけよう。丁度日付の替わる0時ジャストをリミットとする。請求先は日本政府並びにこの船主の白石・グランド・ホワイト海運とする。金額の割り振り方はそちらに任せる。今日はVIPも多いので少し欲深な数字を出してみた。各取引所へのコイン移動は随時こちらで確認する」

『……記録した』


 仮想通貨カカクコイン。

 昨今の仮想通貨ブームがひと段落したとはいえ、それでも高騰に高騰を重ね、最高値からは下がってしまったが、一時期穂高も馬を買う代わりとして少しだけやっていたことがある。

 結果として少しばかり損をしたので買い足すのはやめてしまったが取引所にいくらかは残っていた。

 たしか先週確認した時は1コインあたりの価格帯は800円から850円の当たりをうろうろしていたはずだ。

 現金で直接というのでもなく、振込でもなく、仮想通貨での取引。


「次に、移動手段を準備してもらう。このレジェンド・オブ・クレオパトラが本来明日帰港予定の港に、車両を準備してもらう。細工をするな、というのは君たちに言っても無駄なのはわかっている。だから、燃料を満タンにした4人乗りの軽自動車を10台準備してもらう。オートマであれば車種・年式は特に指定しない。取りあえず走ればいい。君たちで適当に選んでくれ」

『……記録した』


 穂高はだらだらと汗を流している。

 この目の前の覆面は一体何を考えているのだろうか。

 間違いなくこんなテロをここまで成功できるということは頭は切れるはずだ。

 なのにシージャック。

 成功する確率の方が低いだろう。

 いくら日本が平和ボケだと揶揄されていたとしても、ここまで大事にした事件を日本警察が指をくわえて眺めているだけではいない。

 その威信をかけて事件解決に全力を注ぐだろう。

 あの気持ち悪い"アレ"を目にしたとしてもだ。


『これで全部でいいか?』

「あとの要求についてはハイエンの配信映像を使って全国に流すつもりだ。君たちは金と足をどうするか。それだけを上役に相談してくれ。……一度、通話を切る。次の電話を待て」


 ぷつ、と一方的に切断したスマホを隣の男に渡し、黒覆面が席を立つ。


「あとは、頼む。私はあちらへ向かう」

「了解しました」


 目出し帽の男が袖口を口元に寄せてぼそぼそと話している。

 周りにいるテロのお仲間たちも耳元に手を当てていた。

 エンタメの世界に浸かって長い穂高も早苗や、「光速の騎士」と同じく気づく。

 こいつらは連絡手段を最低二通りは持っている、ということに。

 本当に重要な情報は覆面の下のイヤモニを使って連絡しているのだと。


「では、穂高。君はファッションショーの会場へと移動してもらう。すまないが煌びやかな芸能人の方々に我々を紹介してもらうぞ?」


 両脇の男たちに立たされると、銃口で小突かれる。

 逆らう訳にもいかず、歩き出す。

 その横を黒覆面が違う方向に一人で歩いていく。


(なんだ?アイツ、一人でどこに行くつもりなんだ?)






「我々は、これから操舵室の解放に向かう。外部への緊急連絡はこのセキュリティルームからも発信できるが、同時に操舵室を含め船内各所に一斉に通知されてしまう。その前に最重要区画を何としても確保しなくては」


 昏倒しているピエロ4名から銃火器を奪い取り、更にセキュリティルームの防弾防刃ベスト、携帯用の盾に、ヘルメットを被り、完全武装した警備主任が同じ格好の警備スタッフ全員にそう話し出す。

 海外にも出ることのあるレジェンド・オブ・クレオパトラ。

 銃火器を実際に取り扱ったことのある警備スタッフは多い。

 人種もアジア・アフリカ・ゲルマン等、多様な警備スタッフの中には、奪い取った銃を堂に入った構えで照準を合わせている者もいる。

 船内へと移動する解放班には入らず、この部屋で連絡調整するスタッフには女性すらいるのだ。

 コンソール近くのすぐに手に取れる位置にはゴツイ拳銃が置かれていたりもする。

 その様子を見ているのは汚れたシャツを脱ぎ捨て、代わりにピエロから剥ぎ取った青みがかったシャツを奪い取り、警備の防弾防刃ベストを着こむという怪しさ爆発中のピエロマスクの男である。

 数自体は充分にあるため、まだ鍵付のロッカーに残る警備用の盾をしげしげと眺め、手にした伸縮式の警棒をぶんぶんと振りまわしたり、さすまたを手に取って構えたり、渡された無線機のスイッチの位置を確認していた。


「……ピエロくん。君には船内下部のエンジン部への護衛と制圧のサポートをお願いしたい。構わないか?」

「問題、ない。同行は、俺を入れて、3名で、いいのか?」

「頼む。恐らく捕まっているスタッフが居る筈だ。エンジンルームを解放できれば、そこから繋がるイベントを行っている会場の照明用点検通路へと抜けることが出来るだろう。詳細位置は先程渡した船内マップを確認してくれればいい。ただ、事が終わったらこちらの援護をお願いできないだろうか?」


 体の良いお願いではあるが、このどう見ても不審者にそんなことを頼むものだろうか。

 若干の疑問を抱きながら、ピエロ君が自分の考えを述べる。


「最低限、知人を助けたら、警察に任せたい。銃を持つ、テロリスト。関わりたくは、ない」

「ということは警察やそういった者の突入までは協力してくれると?」

「……ふぅ。わかった。出来る範囲で、協力する」


 ため息を吐くピエロの耳元まで警備主任が近づくと小声で話しかける。


「マスクを取る気は?犯人と同じ扮装では誤射の危険もあるが」

「ない。あまり、人目につく気、はない。勝手に避ける。心配は要らない」

「……そうか、もしいつか仕事が無くなったら、いつでも来てくれ。君ならすぐにチーフくらいにはなれるぞ?」

「ありがとう。考えて、おく」

「それと、恐らく船内に内通者がいる。皆にはまだ言っていないが、操舵室の突入前には伝えるつもりだ」

「……事実か?」

「セキュリティのカード発行は上位権限者のみ可能だ。セキュリティの認証コードも日々ランダムに変更している。誰かからそれが漏れている。ハッキング等も考えたが、この部屋へはオフィシャルな手段でエントリーしてきている。ハッキングに関してはここへの入室以降だからな」


 一歩下がったピエロに、警備主任が軽く笑う。


「私以外にそれが出来るとなると、数は限られる。一応私も含め、数名だけだが。人質が全員味方だと思い込むのは危険かもしれん」

「俺は、信じて、大丈夫か?」

「流石にここまでの重傷を味方に与える奴はいないと思うしな。仲間割れでももう少し上手くやるだろうさ。まあ、消去法だよ。……タイミングはその無線にするからな。くれぐれも間違わない様に」


 彼がどこをどう信じてくれたのかが分からないが、ピエロ君は取り敢えずは動くことにする。

 頷くとエンジンルーム解放班の残り2名を引き連れて、ピエロ君はセキュリティルームを出ていった。




「主任、あのピエロ信じていいんですか?怪しいったらないですが」


 場に残る警備スタッフが疑問を呈する。

 ピエロは結局自分は、偶然船に乗り込んだ客でしかなく、消極的にだがシージャックの解決に協力するとだけしか明かさなかったのだ。

 マスクを取らず、おかしな声で途切れ途切れに話す様、そして圧倒的な暴力。

 セキュリティとして真っ先に拘束すべき人物だが、それ以上に警備主任が考えたのが彼の人物像だ。

 間違いなく温室栽培の平和な日本以外の世界を知っている。

 主任と同じく、軍や警察の一部部門などで荒事専門を主とする類の仕事についていたのだろう。

 イントネーションを崩してはいるが、文法上日本語の形式をとっていることから日本語を最も使う地域の生まれ、育ちであることは間違いない。

 だが、それ以上に。


「あのピエロ、あれと一緒に連携取れると思うか?どう考えても俺、いや俺たちでは圧倒的に"足りん"。他に2人付けたがあれは、エンジンルームの通訳係だよ。彼個人でどうとでもしてしまうだろう。それほど、俺たちとピエロ君には差がある」

「主任、最近日本で「光速の騎士」ってのがいるんですけど」


 ぽつりとつぶやいた操舵室の解放班のメンバーがいる。

 同じことを考えていた他のメンバーも頷いて主任を見る。

 苦笑しながら主任はそれに応えた。


「ああ、ネットで話題の超人だろう?知っているさ。何というかあの「ピエロ」も同類なのかもな。世界にはたがの外れたのが間々居るが、そういうのが表に出てくる時代なのかもしれん」

「恐ろしい時代ですね」

「……もう人相手に警備をする会社では廃業せざるを得んかもな」

「腕っぷしだけの俺らには嫌な話です」

「まったくだよ」


 だが、それでも今は手に持った銃を使って暴力を行使するタイミングだ。

 ただ、ほんの少しだけ、その銃が軽く感じたのは気のせいだったのだろうか。


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