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4-4 懇談 のち 勃発



「あ、コンサート始まった」


 茂はテーブルの上にある出来立てのピザのチーズをみょーんとのばして、落とさない様にすすってもぐもぐと食べる。

 濃厚なチーズとバジルの香りを楽しみながら、コップに外国産のビールを注ぎ一気に空にする。

 その時に片手にスマホを持ち、同じくピザにとりかかっていた由美がコンサートの始まりを報告する。

 全員でせっかくだからと船室のバルコニーまでルームサービスでお願いした食事やドリンク類を運んで、海を感じながらの食事をしてみようとなった訳だ。

 暗闇に包まれつつある海の光景に、沈んでいった夕日がほんの少しだけ残る残照が風流であった。

 時折、波と風の音がするのもまた良い。

 贅沢な夜を堪能するというのであれば、船旅というのは良い選択肢なのかもしれない。


「ふーん。もう19時か。さすがに一日が長いな。ファッションショーが21時からだっけ?」


 こちらはネクタイも外してシャツとズボンだけの博人が、ステンレスの皿に扇状に盛られた各種チーズを摘まみ、ジンジャーエールを飲んでいる。

 流石に一流のサービスである。

 チーズも様々な種類を取りそろえ、飽きの来ない様に適度なバランスで置かれていた。

 まあ、中には人を選ぶような強烈な臭いの物もあり、偶然何も考えずに一欠け摘まんだ茂がクリティカルヒットを受けていた。

 ただ、ぐぃとそれを洗い流すためのワインが極上に旨く、それはそれで楽しめたのだが。


「僕はあまり最近の歌手には詳しくなくて。正直、よくわからないんだよね。だから皆が熱狂する様はどうも、ね?」


 ミートソースのパスタを食べながら、1本いくらか教えてくれないワインを口に含むのは真一だ。

 昼間のキラキラ目のおっさんの姿を見てしまってはいるが、こういうきちんとした正装で優雅に食事を嗜む様は、やはり堂々とした貫禄が全面に押し出されている。


「えぇぇ。でも、隼翔君とか娘さんとかはこういう歌好きだったりしないんですか?」


 スマホに流れる映像は、今売出し中のパピプの妹分という触れ込みで人気の出てきているユニットの楽曲だった。

 茂は都合3年前の記憶を振り絞り、ああそういうのもいたよな、という感覚であったが、高校生2名は違ったようである。


「好きな男子結構いたと思いますよ。たしかダウンロードした曲の配信が良い位置につけてるってニュースでやってましたし」

「友達でカラオケ練習してる子、いたよーな気がしますねー」

「仕事で必要になることもあるから上位陣の顔と名前は憶えてるけど、楽曲までは流石にね……。しかもアイドルグループってどんどん大きくなるし、派生は増えるし、2匹目のどじょう狙って似たモノが出来たり、色々とね……。大変なんだよなぁ、流行を掴んでいくのってのはさ」

「大変なんですねぇ」


 ふふと乾いた笑いの真一はぐいとワインを呷る。

 茂が思うにそういう飲み方をしていいお値段のワインではないと勘ぐっているのだが。

 まあ、真一の自腹である。

 そこはご自由にというところだが。


「僕はまだそういうところにアンテナを張ろうとしているからね。ただし、もう少し上の世代の経営者になると、もうお手上げさ。顔も名前もおんなじに見えるんだってことで、代理店の営業は大変らしいよ?誰を推しても反応が同じだって。だから目に見える数字として“ランク付け”が大切なんだってさ」

「ほぉぉ……」


 全員が現役の企業経営者からの生の声を聞いて思わず唸る。

 どんな仕事でも思いもよらない問題がでるもんだなぁと。


「というか、茂君はそこらへんの人たちに、すごく嫌な顔をされているって知っておいた方がいいなぁ」

「へぇっ!?」


 思わず出る素っ頓狂な声。


「君がこの前、ぐちゃぐちゃにした、というか仕方なくぐちゃぐちゃにしたのは僕は判ってるんだけど。パピプのプリンセスなんちゃらって順番付のイベント、台無しにしただろう?」


 身も蓋もない言い方をしているが要するにパピプのこの間のイベントだろう。

 年に1回の生放送の大イベントを結果としてぶち壊したのは事実である。

 ぽかんとしつつも茂は頷いた。


「あれでさ、この後にどういう風に売り込んでいくのかを計画してた代理店とか芸能事務所の企画、けっこうポシャったらしいよ。第何位の〇〇をつかいませんか?って企画書、全部パーだからね。まあ、時間を置いて順位が出れば使える企画書もあるだろうけど、賞味期限の近いイベントはその手は使えないし。このたった数日で別のアイドルとか若手女優にそういう仕事、奪われてるみたいだね。まあ、僕も又聞きなんだけどさ」


 とはいえ、地方の雄とまで言われる「但馬アミューズメント」の社長のアンテナに引っかかるということは、かなり事実を含んでいるのであろう。

 茂はこの間の短慮を反省する。

 もう少し、おとなしく定良を制圧すればよかった、と。


「ああ、そういえば。その件が原因だと思われる殺害予告、出たって聞きましたよ、俺」

「おおぉぅ!?さ、さつがいよこくぅ?」


 コンサートを流す由美のスマホは使えないので、博人が自分のを取り出し、さくさくと操作する。

 目的の画面に変わったと思うと、どうやらニュースサイトのようだが、タイトルがまあ剣呑。

 太字で「パピプの非公式ファンサイトに光速の騎士への殺害予告、相次ぐ」である。


「これによると、どうも非公式だけじゃなく、公式にも茂さんへの殺害予告が来たので、運営会社が警察に通報したようですね。そんでネットの監視を強化したところ、狂信的なパピプファンがトチ狂って茂さんへの殺害計画を書き込んでいた、ということらしいです。おそらく文面からするとイベントを台無しにされたことによる逆恨みが原因ではないかと」

「……俺、人死にが出そうな凶行を防ごうとしただけなんだけど?」

「他のサイトにも複数のアカウントからの似たような書き込みが見られるらしいです。オシラベデスネーの質問コーナーに最近問いかけられた、超人をどうやれば無力化、拘束できるか、という質問に対して数十件の回答があるとの情報もありますが?」

「すごい、茂さん人気者ですね」

「嬉しかないわい!命狙われてんだぞ!?」


 ビビる。

 まさかの外を歩いていたら刺されて死ぬ可能性がわずかだが発生しているとは。

 切実にふざけるなと言いたい。


「警察は「光速の騎士」に名乗り出てもらい、その身柄にしかるべき警護を付けるのこと。連絡先は下記に、だそうですが。連絡しますか?」

「しないよ!するわけ無いじゃん!?」


 何故に警察にガードされる生活を送らねばならぬのか。


「……このニュースについたコメント、いや、100%返り討ちじゃん、まずバズーカ買えバズーカ、警察の警備10人より騎士の方が強い気がする、だそうです。ネットの世界の人は常識人が多いですね」

「そうかい、そりゃよかった」


 何故だろう、さきほどまでのピザと同じはずなのに、今口に運んだピザがちょっとばかり美味しくない。


「あと、オシラベデスネーのグッドアンサーに選ばれたのを探しました。何が選ばれてるか知りたいですか?」

「……答え選んでるのかよ。こええよ、日本国民」


 海の風はこんなに冷たかっただろうか。

 背筋を寒気が奔り、ぶるりと体が震えた。


「僕は、興味あるなぁ」

「私も、私も!博人、どんな答え?」

「……俺も、一応知っておきたい。頑張って対策するから」


 観念した茂が博人へ回答の発表を願う。

 スマホを見つめた博人が咳払いをしてそのグッドアンサーを発表する。


「えーと、まずアメリカへと移住する。地元政治家の子供となんとかして結婚。親の地盤を継いで政治家に。元日本国籍の人間でもアメリカ大統領に立候補できるように法を変える。アメリカ大統領へ立候補。頑張って大統領になる。在日米軍全部隊を動員し、騎士を包囲殲滅、だそうですけど。最短で10年、20年単位の時間と莫大な資本、あと怒涛のカリスマが必要と追記されてますが」

「まず捕縛から殲滅に変わってるし!対象も超人から俺に代わってるし!対策も何も、国相手に勝てる個人がいるかっつーの!」

「……本当に勝てないかい?」


 何故かキラキラした眼でこっちを真一が見ているのかの理由を、何となく察知して茂はげんなりする。


「無理です!」

「……全盛期の隼翔なら、こっちの小さな国くらいなら行けるかも?」


 断言する茂の横で、要らぬ茶々を由美が放り込んでくる。


「……隼翔の奴、そんなに強かったのかい?」

「人間戦車、ってのが生易しいレベルですしね。ただ、向こうだと個々の武力が高い人材もいます。最悪数さえそろえればどうにか対抗できる手段もありますから。でも、こっちだとそこまでの人材って見たのは茂さんに、「骸骨武者」くらいです。なら、可能じゃないかなーと」

「ワイバーンを単騎で迎撃できるって人外だし……。そう言われれば考えて動けば確かにできるのかなぁ?」

「お前ら物騒な話するなよ。こええよ、お前らも」


 苦々しい表情でつぶやく茂。

 ただ、目の前の「魔王」は過去、「勇者」と同程度の戦闘力はあったことを考えると、怖いものがある。

 しかも魔術特化型で、接近戦を得意とした「勇者」よりも対集団戦には勝るわけで。

 「軍師」はそういう点ではあまり戦闘に特化したわけではなく、一歩後に続く形になるが、それでも茂が万に一つにも勝てる気がしないクラスの実力は持っていたといえばどんな程度かをわかってもらえると思う。

 要するに、どいつもこいつも戦車より強かったと思ってもらえればいい。


「でも、アホな話は別にして」


 もしゃもしゃとフォークで刺したサラダのアボカドとレタスを食べながら由美が忠告する。


「あんまり目立たないようにしないと、誰かに本当に刺されますよ?茂さん、仕方ない仕方ないって言って最後には変なとこに首突っ込んだりするでしょう?」

「……ここまで俺を連れてきて、お前がそれを言うのかよ?」







 コンサートは上々の出来で終えることが出来た。

 今は、10年ぶりに再結成された人気ロックバンドが爆音を響かせながら会場を揺らしている。

 美緒は正直な話、もっとグダグダになってしまうのではないかと思っていたのだ。

 プリンセス・オブ・プリンセスのトップに成った者がこの新曲のセンターに立って歌うことになっていた。

 前回の生放送イベントでは中間発表で上位50名までに曲の歌詞とメロディーがすでに伝えられていた。

 ダンスと連携させるのは難しいので、その時は立ったままの発表予定であったのに、この会場ではそういうわけにはいかない。

 パピプのトップ5名により歌われる新曲には振りがつけられ、それぞれのパートが割り振られる。

 最終的に順位発表は後日となり、今回のファッションイベントとの連動コンサートでは発表しないことになっていた。

 それはつまり、全員がトップになっていてもおかしくないように、全員に見せ場のある振り付けが割り振られ、想像以上に個々へと負担を与えていた。

 連日のほかの仕事と掛け持ちで出来るようなものではないそれを、それでも全員が本番の一発勝負までには仕上げてきたのである。


(……これなら、大丈夫。私が抜けても十分以上にパピプを大きく出来るはず)


 美緒はコンサートの袖にハケてから、大きく息をついてタオルを持ってきたマネージャーの間島に微笑む。


「お疲れ、というのには早いが、いいショーだった。だが、すぐにファッションショーの準備に入ってくれ。メイクもそれ用に変えないといけないからな」


 ひょいと投げられたゼリータイプのドリンクを受け取り、CMで宣伝している通り一息でずぞぞっと喉に流し込んで行く。

 幾分かエネルギーがチャージされた体をコキコキとならして空のパックを間島へと返す。


「ご馳走様。じゃあ、行きますか!」

「ああ、頼む」


 パンと手をハイタッチさせてから颯爽と去って行く彼女の後姿を見て、間島は思う。

 本当にもったいないな、と。

 あれほどに芸能の世界で輝ける人材はいないというのに、本人がまるで興味も未練もないというのだ。


「畜生、ああもったいない。でも、やる気のない奴が残れる世界でもない。最後の最後にそこが成功するかそうでないかを分ける。……仕方ない、のさ」


 きっと間島は自分が寂しいのだと思う。

 あの神木美緒がこのまま芸能界から消えて行くのだということを知っている数少ない人物だから。

 このステージも残り少ない彼女の記録となるだろうから。






「……そろそろ始めよう。各チーム、準備状況を知らせよ」


……ザザッ!!


『……アルファ準備完了。指示を請う』

『……ベータ、完了』

『……』

『……』

『……』



 いくつかの報告を元に、最終のゴーがかかる。


「……各班、作戦開始。……幸運を!」



 20時15分。

 東京湾でクルージング中の豪華客船レジェンド・オブ・クレオパトラにて、所属不明の武装集団によるシージャックが発生した。



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