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4-3 乗船 のち 察知



「うわ、でっか、想像以上にデッカイし。首痛くなりそう……」


 スーツ姿の茂は真下から見上げたレジェンド・オブ・クレオパトラの船体の大きさに圧倒されていた。

 乗船の手続きを取り、てくてくと案内されるまま移動している彼の姿はおのぼりさんでしかない。

 それに比べ、但馬真一、「軍師」、「魔王」の3名に関してはこういった催しに慣れている為、堂々としたものである


「茂さん、あんまりきょろきょろしないで下さいよ。変に目立ちますから!」

「え、そうなの?」


 腹を軽く小突かれた茂は真っ直ぐ前を見つめる様に姿勢を正す。

 そうすると出来の悪いロボットダンスをしているような具合となり、逆に今度は周りから生温かい視線が浴びせられた。


「さっきまでとどっちもどっちですか。……こういうパーティーに出たこともあるでしょうに」

「……"出る"の意味が違うじゃんか。俺がこういうパーティーに出たのは周辺の"警備"としてだけだよ。棒立ちの俺の後ろで、お前らはなんか綺麗で高貴な方々と料理片手に歓談なさってらっしゃいましたけど?」

「そういやそうでしたね。茂さんを"ゲストで"呼んでもらったはずが、話が食い違って"警備"に来いってなったんでしたっけ。あの時はなかなか気付けなくてすんませんでした」

「あの日は、せっかくの訓練休息日だったんだぜ。おかげで飲みに行く約束がドタキャンになるし、飯は乾いたパンとワイン1杯だけって、すごいきつかったんだかんな!?」


 貧富の差をものすごく感じた瞬間だった。

 最終的に隼翔が気付いてくれ、料理の残りをもそもそと頂くことはできたが、宰相のゴルドには爆笑され、「勇者」メンバーも笑いをこらえていたのがいまだに忘れられない。


「じゃあ、こういうパーティーは初参加なのかい?」

「そうですね。だからちょっと緊張してます」


 真一が笑いながら茂に話しかける。


「まあ、緊張するのも判るが。ただ、ここにはファッションショーの視察に来ただけだ。そのついでに主催者に挨拶して、その娘さんに会えたらいいな、というだけのことだよ。危険や何かがあるならともかく、東京のど真ん中でここまで注目されてるなかで何か起きるほうが珍しいよ。警備もしっかり仕事してるだろう?」


 周りを見渡して、茂がその様子を確認する。


「……乗船入口にもう数名、配置した上で、そこを視認できる位置に連絡班員を準備するべきですね。突発的に何かが起こった場合にすぐにゲートを閉めて、中に入ったゲストを守れますから。入口受付にも男性だけでなく女性の警備も入れておいた方が威圧感は減ると思います。圧迫感は無用の不安を煽りますからね。後は、警備スタッフに本職と、恐らくバイトだと思いますが練度の違う警備が混在しているようです。動きがぎこちない奴が何人かいますし、それがバイトとか新人さんかな?会場が大きい分、人数を充足するのには仕方ないですが、連携はきちんと取れているかどうか疑問ですね。若干不安を感じます。船内の様子が分からないので、中に関しては今は何とも言えませんが」

「え?」


 疑問符が浮かんだ真一に茂が続ける。


「仮に船内の警備が船に所属している契約社員さんだったときは、本当はもっと緊密な連携が必要だと思います。エントランスがひと段落して、あの混在したままの警備スタッフがそのまま船内の警備についたとしたら、割り振りは出来ているんでしょうか。当然、最低限の連絡はしているんだろうけど、トップダウン式での一元化してはなさそうですし。あそこで明らかにバイト君と思われる子と、パーティイベントで雇った本職さんがかち合っています。緊急時の連絡が幾つかのルートに分かれているかもしれませんね?責任の所在が明確でない分、トラブル時の対応が難しいのではないかと。ほら、あそこ。トラブルが起きてますがどんどん警備と関係ない立場の人まで集まってきてます。レシーバーでどこかと連絡を別個にとっているみたいですし。トラブルの解決には統一したマニュアルを準備して徹底させることが何より大切なんですが……」


 まったく、と腕組みしてそれを見る茂。

 他3名はぽかんとした表情で彼を見ている。


「……どうした?急に黙り込んで」

「いや、詳しいんだなー、と思っただけですけど」

「まさか。俺のこれはあくまでシロウトの私見だ。実際プロがどう判断するかはわからんし。案外今のこの警備方針がベストの可能性もあるけど?」


 そう言った茂の後ろで大きな声がした。

 振り返ると先程のトラブル現場で客の一人が大声を上げていた。


「まあ、頑張ってほしいなーと思う限りですな」

「そうか、まあ。そうかもしれないな」


 茂はどこか他人事のようにつぶやくと、真一は少し疲れた口調で答えるのだった。




「ふぅぅ……。肩凝るなー、やっぱり」


 由美がベッドに上半身を沈めた。

 流石は豪華客船、ベッドもフカフカの何処か高いメーカーの品であろう。

 ゲスト用の割り当ての船室のキーを入口で手渡され、船内に入ると取りあえずでそこへと直行した。

 首元のネクタイを少し緩めると、茂も鏡台前の木製の椅子に座り、息を吐く。

 ただし、真一だけは顔の広さもあり船内に入った瞬間、リッチな格好の人たちに捕まってしまった。

 一応その包囲網を突破して主催の白石雄吾へとアポをとってみようと言ってはくれたのだが。


「真一さん、アポ取りに行ったけど、どうなるかなー?門前払いってのだけは勘弁してほしいんだけどー」

「こればっかりは判らん。というか、アポも取らずに押しかけてる分、常識が無いのはこちら側って言われても仕方ないんだけど」

「んあー。そっか、そーなるのかー」

「……ダメだな。ちょっと深雪がどこにいるかここからじゃわからん。というか、本当に来てるんだろうか?」


 だべっている2人をよそに茂は「気配察知:小」で深雪が船内にいるかどうかを確認しようとしていた。

 今の所、反応は無しである。


「ここ、なかなかいい部屋ですけど船首に近い部屋ですもん。深雪さんとかおとーさんの入るのは船尾あたりの最上層でしょうし。真一さんの居所はわかります?」

「んー。ちょっとばかし船内に人数が多くってなぁ……。人口密集度高いと、一度認識から外れた人探すのは難しいんだよ。……この周囲50メートルにはいない、かな?」

「レジェンド・オブ・クレオパトラ。全長320メートル強、ってパンフには書いてありますよ。豪華客船にふさわしい、世界でも大きいクラスらしいですが?」

「それに、高さも加わるし、探すの大変そうですねー」


 博人の持つ船内パンフレットを覗きこんで由美が補足してくる。

 茂としてはあまり嬉しくない情報だった。


「アポの結果待った方がいいか?それとも船内を散歩してるふりでポイントポイント回って確認してみるか?どっちがいいかアドバイスをくれ、「軍師」さん」

「うむむっ。そうですかっ。私の頭脳が必要だと!」

「……ふざけてないでアドバイス。ほらほら!」


 眼を閉じてうむむっと悩む由美を横目に、茂は喉の渇きを覚えた。

 ほかの者と違いなれていない分、緊張でのどが渇いていたようだ。

 船内に備え付けられている冷蔵庫を覗いてみようとベッドルームからバスルーム横の冷蔵庫へと足を延ばした。

 冷蔵庫を覗くと、瓶に入った外国のミネラルウォーターがよく冷やされて中に入っていた。

 さすがにここは豪華客船、旅館でよくある"1本いくら"のシステムではないと思うので、サービス品だと判断し遠慮なくいただくことにする。

 瓶のふたを栓抜きを使わずに、指の力だけで弾き飛ばし、卓上のグラスを人数分掴んでベッドルームへと戻る。


「ほら、水」

「あ、すんません。気ぃ付かなくって」

「ありがとうございます」


 とくとくと人数分をグラスに注ぎ、ごくごくと全員がのどを潤し、一息ついた。

 茂は自分だけだと思っていたが、どうも「軍師」も「魔王」も然程実情は変わらなかったのだろう。


「んで、アドバイスなんですけど」

「おう、どうする。どうする?」


 両手でグラスを抱えてベッドに腰掛けた由美が提案する。


「真一さんが戻るまではここで「気配察知:小」を使って深雪さんを探しましょう。もしかすると船内移動する可能性があります。イベント会場は船首に有りますから、それを見に来るかもってことですけど。うろうろしてそれを見過ごすのは嫌ですし。あと、真一さんがアポ取れたら何も問題ないですから、そっこーで会いに行けますしね。うちらがうろついて行き違いになると時間も無駄になりますから」

「まあ、そうだよな。相手も動く可能性あるか……」

「それに動き回りながら「気配察知:小」使うと疲れるでしょ?楽な姿勢ならあんまり魔力使わずに済むでしょうし。自然回復分も考えればその方がよくないですか?」

「うむ、じゃあ俺ここでちょっと探ってみるわ。お前らはどうするの?」


 由美はベッドに倒れ込む。


「動きたくないんでここにいまーす。コンサートもファッションショーも始まるまで時間もあるし、ゆっくりしますよ」

「俺はすこし外見てきます。無料の軽食コーナーがあるみたいだし幾つか適当に持ってきますよ」

「悪いな、頼むよ」


 スーツのジャケットだけをハンガーに掛けると博人が出ていく。

 茂は深く椅子に座り再度「気配察知:小」を使って船内の様子を探る。

 いくつかの反応を確認し、その全てが違うことを確認しながら、チェックを入れていく。

 違う、違う、違う、ちが、あれ?


「あれ?ええ?」

「どうしました?深雪さん、見つかったんですか!?」


 疑問を呟いた茂に鋭く由美が反応するも、茂が首を横に振る。


「いや、深雪じゃないんだけど。……なんでか知らんが知り合いが船の中にいる。……偶然かなぁ?」




 というわけで、不審者がいたりする。

 露骨に怪しい人物が、通路の陰からそっと船内のダンスフロアに設置されたファッションイベントの招待客用レセプションが開催されている会場を覗きこんでいる。

 通行人はさほど気にはしていないが、挙動は明らかに不審であり誰かが警備に話を通せば即"お話、聞かせてもらえますか?"クラスの対応が行われるだろう。


「……やっぱ、そうだよなぁ。あれって火嶋教授じゃんか。やだなあ、こういうところで知り合いに会うなんて」


 不審者こと杉山茂が目線を送る先には、シックな紺のイブニングドレスに身を包んだ火嶋早苗が、レセプションの出席者とアルコールの入っているグラスを手に歓談していた。

 彼女らの様相はフォーマルな場にふさわしい高級な洗練された礼服であるが、一方の茂はお仕着せのスーツである。

 場違いということも会場に入っての確認は敷居が高く、遠くから見つめるだけに留めているが、早苗は化粧をしてより派手目の美貌が前面に押し出されて、振る舞いにも余裕が感じられる。

 場馴れ、とでもいうのだろうか。


「やっぱ、教授とかそういうクラスの人間って、こういう集まりにもよく参加するんだろうなぁ。カッコいいねぇ」


 うむうむと一人で納得する茂は、早苗の姿を確認してその場を離れようと身を翻す。

 偶然この豪華客船内に知人がいたということで念の為確認に出向いただけで、茂としては特に話すこともないのだ。

 精々、弟をよろしく、お仕事頑張って、くらいだろうか。

 真一が戻ってきたらケータイに連絡してもらう予定ではあるが、わざわざ連絡してもらう手間もある。

 割り当ての船室に戻ろうかと思った時であった。


「おや?茂君、どうした?」


 通路の向こうから但馬真一が顎に手を当てて、難しい顔をしながら歩いてくる。

 それとバッタリ出くわしたのであった。


「あ、真一さん。ちょっと、知り合いがいたみたいで、様子だけでも見ておこうかな、と」

「会場の外でかい?中に入ればいいだろうに」


 不思議そうな顔をして尋ねる真一に苦笑する茂。

 茂はへらっと作り物めいた笑みを顔に張りつかせて、自分のスーツを指でつまむ。


「リクルーターっぽい格好の若造の入るレセプションじゃないですよ。それより、アポは取れました?」

「まあ、ね。ただイベント終了後に改めて、って言われたよ。雄吾の奴も船内にいるんだが、対応してくれたのがガードの門倉氏だったから。向こうもさすがに根負けしたんだろ。深雪君もいるみたいだし、君らがいることも伝えたら話に加わってほしいってさ。まあ、及第点じゃないか?ただ、結局深雪君の顔は見れなかったからなぁ」

「いや、ものすごいいい感じの前進です!目の前がぱっと明るくなった気がしますし」


 ぱん、と手を打つ茂。

 正直、上々の結果と言える。

 昨日までのただただ系列の試験場の前でぼーっとしているよりはよっぽどいい。

 そんな気分の中、床が軽くガクン、と揺れた気がした。


「ん?出航したのかな?」

「ですかね。いま丁度18時ですし」


 腕時計を見ると文字盤を長針と短針が一直線に分けていた。

 18時出航で、最初のコンサートイベントが19時から。諸々をおえた後にファッションショーが21時スタート。ワンナイトクルーズを行い、次の港に着くのは翌10時着の予定と聞いている。


「まあ、そういう訳でだ。やることもなくなったし、そこの会場で軽く酒でもどうかね?博人君や由美ちゃんは"書類上"未成年だから、誘えないし。君は飲めない訳じゃないんだろう?」

「いや、確かに弱くないですけど。格好がちょっと……。それに、ですね」


 そんな及び腰の茂をばんばんと真一が叩く。


「それに?どんな理由だい?」

「偶然なのかわかんないんですけど、知り合いがいるんです。そこの会場に」


 声を潜めて茂は真一に告げる。


「……しかもその知り合い、「武者」とチャンバラやった時の被害者なんですよ。ほら、車で話した」

「ああ、弟さんの大学の先生だったか。……それは、あまり会いたくないな」

「でしょう?だから、部屋で飲みましょう。軽食くらいは博人が軽い食事を持ってくるみたいですから」

「そうしようか。ああ、なんならルームサービスで何か頼むとしようか。付き合ってくれるよな?」

「……金持ちの発想ですねぇ。はい、でも軽くですよ?」

「ははは、安心したまえ。酒は口実で、僕は君らの話が聞きたいんだよ。そんなにでろでろになっては話が聞けないだろ?」


 二人で連れ立って、レセプション前から逃げる様にしてその場を離れる。

 茂は気付かなかったが、その姿を途中から遠くから見つめている視線が有った。

 その視線の送り主は、今まで話していたナイスミドルの男前と別れ、壁際の隅に移動する。

 手に持ったポーチからスマホを取り出し、通話先を表示し連絡する。

 髪を掻き上げた婀娜っぽい姿の火嶋早苗は数コールの後、相手が出ると口元を笑みの形にした。


『何か動きが?スカーレット?』

「港で待ち構えて、アホどもを根こそぎ掻っ攫う予定の石島さんたちの警察側人員、もっと増やせるか?」

『急な話だね。でも……可能だ。予想外のトラブル発生と考えた方がいいかな?』

「いや、そういうわけでは無い"今のところは"な」

『嫌な言い方をするなぁ。一応、予定通り計画は動いてるんじゃないのかい?』


 少しの溜めを作り、言葉を紡ぐ唇は塗られたグロスが輝いている。

 わざと笑みを浮かべた彼女に、遠くから先程のナイスミドルが軽く挨拶してきた。

 早苗もそれに応え、軽く会釈をする。話している内容は中々に過激であるが。


「予定はあくまで予定でしかないさ。ターゲット以外に"少し気になる人物を"見かけてしまってな。対処できるのに対処しないのは怠惰でしかない。悪寒がしたなら薬を飲んで、温かくして、水分を取ってさっさと寝るべきだ。それでも風邪を引いたなら仕方ないが、その後の治り方が違うものだろう?」

『それは、風邪を引くと確定した言い方だけどね。……ウチの部隊はどうしてほしい?』

「本部の警備は万全に。ただ、動かせる者はコール1本で動かせるようにしてくれ。動員数は限度いっぱいに」

『……あー、と。わかった、……けどさ?マックスってことは、もしかして「彼」も動員対象に考えてる?』

「当然」


 電話先ではぁぁぁぁぁ、と長い溜息が漏れる。


『……わかったよ。じゃあ部隊派遣の準備と「彼」の説得に入る。「彼」、まだ飲んだくれてるんだろうなぁ……』

「丁度良かったじゃないか。自分の酒代くらいは働いてもらわないとな。それにどれだけ飲んでも「彼」は素面だと聞いたが?」

『ははは、そのせいで大赤字なんだ。どんな酒を飲んでるか知りたいかい?』

「いい趣味なら今度一緒に飲むのも悪くないな。全部終わった後で教えてくれ」

『リスト化して渡してあげるよ。……でも、今夜は君の予想が外れることを本気で祈ることにしよう。じゃあね』


 ぷつ、と切れたスマホをポーチに放り込み、近くを通るウェイターからカクテルグラスを受け取る。

 一息でアルコールと果実の香りを喉に注ぎ込むと、早苗は吐息をもらした。


「ああ、どうなることか、どうなることか……ね」


 少しだけピンクに染まる頬をした早苗がうっとりとした表情で呟いた。


豪華客船。

一度でいいから乗ってみたい。


大きいと船酔いしにくいって本当だろうか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 騎士vs武者ラウンド2ですねわかります
[一言] 超の付く豪華客船は、超の付く豪華ホテルと同様です。 バーやらカジノやらプールやら。 乗ったこと無いけど(汗)。
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