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1-3 潜伏 のち 拡散

 ここは地元の人々が建てた神社。

 普段はあまり人気がなく、常駐する宮司などもいないが、境内は地元民が綺麗に掃除をして落ち着いた雰囲気の居心地がいい空間が作りだされている。

 ごくたまに地元の集会やお祭りがある時に皆が集まり、会合と呼ばれる酒盛りをするとき以外は特に人が集まることは無い。

 特にこんな夜になり、賽銭箱を盗もうとする不届き者対策の正面の照明以外は周りを照らすものは何も無かった。


「もうそろそろ、大丈夫かな?」


 その境内にがさがさと腰までの茂みをかき分けながら、神社を囲むようにして生えている木立ちの間を抜けて真っ黒な装いの不審な物体が参道へと出てくる。

 「光速の騎士」扱いをされている一般人の茂であった。

 ばさっと黒い装束を脱ぎ、そのまま乱暴にアイテムボックスへとそれを放り込む。


「ふぅ……。つ、疲れたっ」


 周りを見渡すと手水の横に腰掛けることのできるベンチを見つけ、どっかりと腰を下ろした。

 全身に極度の疲労感が広がってくる。


「よ、よし。こっそり帰るぞ。もう人も少なくなっただろうし」


 そのままベンチに座ったままでいたい欲求を押さえこみ、茂は立ち上がった。

 あのトラックの事故現場から脇目も振らず逃げ出し、途中で追跡を撒こうといろいろと方向を変えながらたどり着いたのがここだった。

 結果、バイト先から自宅まで帰っていたはずなのに、いまはさらに遠い場所にいるのだ。

 帰宅時間はかなり遅くなるだろう。

 取りあえず自宅近くの激安スーパーが閉まるまでには帰り着きたい。


「人間、一斉にフラッシュ浴びるとビビるもんなんだな。勉強になった、うん」


 不倫とか薬物発覚後の芸能人の気持ちの一端でも理解できた気がする。

 ただ一つだけ盛大にトラックに撥ね飛ばされて、声が出ないくらいの痛みに耐えていたというのに、それをガン無視して容赦なく写真やら動画を撮り始める彼らに言いたい。

 まず、救急車を呼べよ、と。

 人轢かれてるじゃんか、と。


「ヒール、覚えててよかった。すっごい痛かったもんなぁ」


 しみじみとため息とともに右の肘から先を撫でる。

 トラックに接触した右肘はじんじんとしびれて、下手をすれば折れるかもしれないくらい痛かったのである。

 衝撃を殺すのに後ろに跳んだのは正解だったといえるだろう。


「連打でヒール5発も使ったからな。魔力は少しだけ回復したけど疲れてるな、やっぱ」


 トラックの運転手に2回、自分に3回。

 配送ドライバーは額を切っている様子だったが、返事は出来る。

 ならば救急車に任せてもいいかとも思ったが、念の為だ。

 なにせ後日ムチウチとか脳疾患が怖い。

 都合5回のヒールをかけて、怪我を治したわけだが、茂の使える初級の回復術では死にかけの人は助けられない。

 幸運にもそこまでの酷いけが人はいたとしてもドライバーしか出なかったので対応できたのだ。

 ちなみに喧嘩をしていたあの2人は除く。

 勝手に喧嘩して人を巻き込んで死にかける所を、擦り傷打ち身程度で済んだのだから。

 それくらい我慢してもらうのは自業自得で当然だ。

 数日痛みに耐え、医者に湿布薬でも処方してもらえばいい。

 あと少しで何の落ち度もない配送ドライバーが一生モノのダメージを受ける所だった。

 あの人には大変申し訳ないと思う。


「咄嗟にブレーキかけてくれてよかった。フルスピードだったらアウトだったな」


 うん、きっと骨の1・2本くらいは折れていたかもしれない、と茂は思う。

 昼の衝撃は恐らくヘビー・ボアの突進が直撃したくらいの衝撃だったと比較対象を思い出す。

 ヘビー・ボアは異世界でよく畑や果樹園に餌を求めて現れる魔獣で、週1くらいのペースで追い払うためにド突き合いをしていたのだ。


(トラックで30~40キロくらいならヘビー・ボアと同じくらいか。ならもうちょっとくらいなら耐えられるか?)


 夜道をとぼとぼ歩きながらそんなことを考える。

 だがはっと気づき頭を振る。


(いや、トラックに轢かれるなんてしちゃダメだろ!今回は特別、特別だから!)


 危ないところだった。

 咄嗟に体が動いてしまい、あの動画投稿者2人を助けることになってしまったが本当はこういう事が起きないことが正しい。

 交通安全を守って生活することをみんなが心がければいいはずなのだ。

 まかり間違っても、トラックに飛び出すときに頭部を守ろうと兜をかぶり、首から下を隠すのにちょうど有った布を纏って、道路に飛び出したバカ2人の首根っこを掴んで歩道にブン投げ、代わりにトラックに撥ね飛ばされるなど、普通ではない。

 パシャパシャとシャッター音が鳴り響いていた。

 流石に逃げるしかなく、その場を後にしたのだがどうなっただろうか。

 一応ほとぼりが冷めるまで神社で隠れてはみたのだが。




「……では、○○さん。この視聴者からの映像は信ぴょう性が高いと?」

「そう考えています。事故発生の時間からすぐに映像が投稿されています。加工処理をする時間も然程ないでしょうし。しかも全く違う人物から複数の違う角度の映像がここまで大量に出てきていますので。反対車線のドライブレコーダーも何本か手に入れています」


 自宅までの帰路を頭に思い描きながら歩いていた茂の耳に、そんなテレビの音が聞こえた。

 ばっと額に走る冷たい汗を感じながらそちらに振り向くと、道路にテラス席の張り出した少々おしゃれな風情のハンバーガーショップがある。

 店内の大型テレビの音声を外のスピーカーに流しているのだろう。

 ガラス張りの店内ではスーツ姿のよく見かけるキャスターと、同じくスーツ姿の男が映っている。

 その見覚えのない男に付いたキャプションは、『東邦文化技術大学院 映像分析主任教授』。

 茂でも知っている日本でも最高クラスの工学系大学の教授がコメンテーターで出張ってきている。


「しかし、そうはいっても報道に関わる者としてはこういった動画をそのまま信じてもいいものかを疑問視していまして……」

「ごもっともです。ただ、私ども大学の映像分析班はこの動画「光速の騎士」と呼称される存在については、現時点で最も確度の高い分析を進めている自信があります。実は私は鉄道マニアという部類の人間でして。この交通事故の現場にいた人物から今朝方すでに相談を受けましてね」

「ほう……。「リアル鉄道24時」の方ですか?」

「ええ、あの弾き飛ばされた方ではないのですが、個人的に友人として親しくしていまして。彼らの投稿動画を応援していたこともあって。本人が言うには嘘つき呼ばわりされて非常に悔しい、映像に加工がされていないことを証明してもらえないか、ということで私に連絡をしてきたのです」


 鉄オタのネットワークが教授クラスに食い込んでおり、その伝手で映像解析へとつながっていた。

 なんという偶然。

 茂は神を恨まざるを得なかったが寸前で思い直す。

 もしかしたらさっきの神社でこっそり隠れていたせいで罰が当たったのかも知れない、と。


「なるほど」

「最初に現れた時のビルを飛び越える映像と幹線道路の映像。このマスターテープ2本を早朝でしたが自宅で預かりましてね。学生の講義が終わったら調べる、と私のロッカーに入れてあったのですが昼過ぎからこの騒ぎでしょう?」

「ええ、ええ」

「講義内容を変更して学生に協力してもらえないか、と呼びかけました。そうしたら進んで全員が協力してくれましてね」

「ははは、それはそれは……」


 最高学府の学生が何をしてくれているのか。

 もっと真剣に勉学に取り組め、といいたい。

 きっとそのネタ動画を解析するよりも日本にとって重要なことがあるだろうに。


「それで、一部粗いところも有るのですが現在のクリーニング後の画像がこちらです」


 ぱっぱっとテレビ画面の中、数カットの画面が組み合わさって表示された。

 一つはトラックが激突し大きく茂が吹き飛んでいくカット、一つは反対車線から撮られたと思しき宅配ドライバーを救出しているカット、最後に連続写真の様に道路からジャンプして電柱、4階建てのビルの上、そしてそのまま逃げていく所までを一連としたカット。


「これは……。何度見ても信じられません。どんな身体構造をしているのでしょう?」

「その辺りは運動力学等の範疇ですから、本職の方に聞いていただきたいかと。ですが、動画から得られる情報からすれば間違いなくこの「光速の騎士」は実在します。私は現時点ではそういう立場で発言させていただきます」

「で、この次が最初に出てきた映像ですね?」

「はい、できうる限り鮮明にはしてあるのですが。オリジナルはコピーを投稿者の許可を得て番組に提供しましたので」

「編集前の物については当番組のサイトにアクセスをしていただければ見て頂けます。ですのでここから公開するのは、見やすく画像をクリーニングしたものであることをご了承ください」


 いや、なんて余計な事を、と思いながら茂の視線はハンバーガーショップの店内テレビに釘付けだ。

 ぱっと表示され、下に「東邦文化技術大学院編 リアル鉄道24時提供」とされた映像はネットに転がるどんな映像よりも茂の姿を鮮明に映している。

 兜にその時は着けていた鎧、盾に槍。

 どう見ても普通じゃない人物がビルを悠々と飛び越え、更には幹線道路を疾走していく姿である。

 しかもテレビ側の検証で幹線道路と並行する列車との比較までしてくれている。

 有難いことに、“人間の出せる速度ではありませんな”とキャスターが何の気なしに言い放ってくれた。


「うそぉ……。しかも全国、放送じゃん、これ」


 地方のネタ動画扱いから、わずか半日足らずで夜の全国ニュース扱いへと格上げされている。


「では現場には○○さんが中継に出ています!○○さん!」


 中継画面は見た覚えのある光景の交差点だ。

 そう、数時間前にあの場所にいたのだ。

 当然、事故であるから警察の現場検証も行われたが、死者が出たわけでもなく本来は数時間で事故と判るのは地面のチョークの跡くらいのはずなのだ。

 だがしかし、中継先の若いリポーターの周りには大勢の野次馬が来ている。

 もみくちゃになりながらリポーターが中継を開始した。


「はい!現場の○○です!今現場ではかなりの人だかりができています。混乱の収拾の為、警察が交通整理をするような、そんな状況となって……」


 耳を塞ぐようにして、茂は足早にそのテレビの音声が聞こえない様に立ち去るのだった。



がちゃん!


 荒々しく鍵を開け、自室へと飛び込むようにして帰ってくると、取り敢えずテレビを点け、PCのスタートボタンを殴る様にしてオンにする。

 おかしく思われない程度に急いで帰宅した。

 当然タイムセールも特売コーナーも割引シールもすっ飛ばしての帰宅だ。

 PCが起動するまでの時間すら惜しみながらテレビを頭から最後のチャンネルまでザッピング。

 バラエティ、クイズ、バラエティ、クイズ。

 ガワが違うだけで中身のほぼ変わらないものを同じ時間に流すなよ、といらいらしながらチャンネルを変える。

 その中で、ニュースをやっている局に合わせる。


「……いやあ、すごい。すごいです。人間業じゃあないですよ、この人」


 聞こえてきた言葉に、顔面が一人用の机に沈み込む。

 みしぃと音を立てながら机から顔を上げると、笑いながら手を叩くキャスターが隣りの若いアナウンサーと談笑している。

 その真ん中に在るのはパネルに大きく引き伸ばされた「光速の騎士」こと茂の姿。


「他者が危険に巻き込まれる寸前で、自らを顧みずその危険に飛び込み生還する。いやぁ、本当の騎士ってこういう方なんでしょうか」

「そうですね。素晴らしい行いですが、地元警察、救急隊はこの方の行方を追っていまして」

「はあ、それはどういうことで?」


 2人以外のゲストコメンテーターが口をはさむ。


「警察は事故の調書の作成の為と言っています。感謝状を渡したいとも。救急隊はあれだけの事故に巻き込まれたのですから、治療を受けてほしいというのが公式な発表ですが」

「確かに、“普通の”人間でしたら少なくとも重傷、もしかしたら命を失うような事故です。そのような意見も出てくるでしょうね」

「もしこの放送を見られている騎士本人さん、もしくは騎士さんのご友人・ご家族は病院へと向かうように伝えて頂きたいと思います」


 ゆっくりと頭を下げるキャスター・アナウンサー・コメンテーターに突っ込みを入れる。


「いや、絶対お前ら病院前で張り込んでるだろ!」


 間違いなく、近隣病院・個人開業医に一斉に骨折とかで受診した人物がいないか電話とかで聞きだそうとしているはずだ。

 個人情報の関係で原則教えられないはずだが、きっと汚い手で調べようとする二流三流クラスのマスコミは掃いて捨てる程いるだろう。


「ただ、私達普通の人間からするとこんな超人が現実世界にいるということが信じられない、怖いという人もいる様で」

「そういうことです。警察もその辺りを考えているのでしょうな」


 そのあたりってどのあたりだよと茂が渋面になる。


「つい1時間前ですが、事故の際、騎士に助けてもらった運送会社のドライバーの方から会社を通じましてコメントがでました」

「読み上げます……」


 当たり障りのない、事故起こしてゴメン、もうこんな事故を起こさない様にしたい、騎士の人アリガトウ、という内容を長々とかしこまった文章で読み上げるアナウンサー。 

 そうこうしているうちにPCが立ち上がる。

 検索エンジンの急上昇ワードに「光速の騎士」関連がずらりと並ぶのをみてげんなりする。

 見なかったふりをしてニュースサイトへとカーソルを合わせる。

 ちちちとPCの起動音がしてページが切り替わる。


「日本中暇か!?暇人しかいないのかっ!?」


 本日のニュース検索ワードの最上段。

 今日の週刊誌で内閣のどこぞやの大臣がしでかした贈賄疑惑のスクープを下に追いやり、「光速の騎士」関連の項目がトップ3を堅持していた。

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― 新着の感想 ―
こんな大ごとになっているんだから、よほど目立ちたがり揵でもない限りのこのこ出て行かないだろうな。 間違いなく根掘り葉掘り聞かれるだろうし政府機関や公安にも目を付けられ、最悪どうしようもない隣国やアメ…
[気になる点] アナログ撮影なのですか?
[一言] 編集ソフトで見れば加工動画は一発でわかるんで(ごまかすの不可能) こんな状況にはならんです
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