1-9 錯乱 のち 既知
短いのでご了承ください。
「こんなっ、ことをするとはっ! 一体何を考えている? いくら何でもどうかしているぞッ」
喉を絞められるようにされているせいで、途切れ途切れになりながらもアキトシが目の前の男に問う。
どう考えても暴挙でしかないこの蛮行。
暴行を受けている側であるアキトシであるが怒りよりも困惑が脳裏を占める。
薄暗い路地裏の行き止まりであるならばこういったこともありえた。
だが、部屋の中を完全に監視され、一挙手一投足を録画・録音されているという状況下でやらかすことではない。
門倉の正気を疑うレベルだ。
(……! なに!?)
ベッドに押し付けられたままのアキトシは門倉の後ろに立つ雄吾を見る。
すると彼は一切の驚きを見せていない。立ち上がってしわの寄ったスーツを軽く整える余裕すらある。
それに窓際の男。
元々の警備は慌てた様子だが、それを抑えた男はこの事態に慌てる素振りがない。
と、いうことは。
「……【織り込み済みか?】」
声は出さない。
無音で唇だけをその言葉を紡ぐときの形へ。
「もう一度聞く。白石与三郎についての情報を」
門倉は同じ問いを再度繰り返した。
その中でほんの小さく不自然なタイミングでわずかに瞼を閉じた。
YES、と考えるべきだ。
ばたばたばたっ!
バタンッ!
部屋の外からけたたましい音が響いた。
続いてノック一つなく蹴破られるようにして扉が開かれる。
手には拳銃を構え、警戒したままの警備2人とさらに援護に2人。計四名が警戒態勢でエントリーしてくる。
「その手を離せ! ベッドから離れてこちらに!!」
一人が強い口調で門倉に命じる。併せて他の3人がばらけて門倉を狙えるように広がった。
入り口からだと雄吾の立っている場所が門倉への射線上にあったためだ。
その言葉に従うようにして門倉はアキトシから手を離し、その両手を空に向けて差し出すと、そのままベッドの上から降りる。
入り口にいた警備の男が素早く門倉に近づくと、警戒しつつ銃口を軽く下に向けまた元の位置に戻す。
地面に伏せろ、という意味だった。
門倉は一つとして抗うことなく床に膝を突き、空に向けた手を頭の後ろで組んだ。
「そのまま腹這いに!」
命じられるまま、門倉は逆らうことなく腹這いになった。
銃口を向けられて完全に拘束された状態の門倉を確認し、新たに入室してきた援護のスタッフが警戒を緩めずに壁際に移動していた雄吾に詰め寄った。
「一体どういうことです!?」
正式なアポを取ってここに来た白石グループのCEOである白石雄吾という賓客。その秘書として同道してきた人物によるあってはならないレベルの暴挙。
そんなことを側近ともいえる男が仕出かしたのだ。その不手際を責められているというのに雄吾は慌てる様子はない。
それどころかその怒号を無視して、窓際にいた事情を理解しているだろう男に首だけを向けて尋ねる。
「…………どうかね?」
たった四文字。
その問いには、全てが想定内だという落ち着きが見られた。
「ああ、釣れました。お見事です」
何時の間にか男の手にケータイが握られている。
一切の通信機器の持ち込みが禁止されているこの部屋にケータイを持ち込み堂々とその画面を見ていたのだ。
何故、皆があってはならない横紙破りをここまであけっぴろげにやって見せているのか。
そしてそれ以上に気になる今の発言。
釣れました、とは一体どういう意味だろうか、と。
……ズンッ!
状況を整理しようと浮かんでくる疑問といら立ちに脳が沸くのでは、と思ったところに響いた音、そして地面を通じて感じられた振動。
地震などではない。
荒事に精通した者にはまさか、と間違いない、という二つの言葉が同時に浮かぶ。
今の音は。
「ゲートを吹き飛ばしたようです。じきにここまで入ってきますよ」
間違いない。
今の音は、人工的な爆発音。
このテロリスト、アキトシ・サーフィス・ガルシアという重要人物を収容した医療施設への襲撃が始まったということだ。
「外部との通信は切られましたね。……さて、正念場ということです」
どうやら事前にどういうことか通じていたこちら側の事情通は、ケータイ片手に分厚い遮光カーテンをほんの僅かに開いて外を覗いていた。
懐に手を入れて銃を手にし、弾倉を確認している。
「門倉、どうやら話は終わった。その阿呆を連れて、ここを出る」
「はい、可及的速やかに、ですね」
手錠を掛けようとしていた警備を手で制しつつ、ゆっくりと起き上がる。
ぱんぱん、と体の全面についた手で埃を払う。
「……外の連中の狙いは私か」
騒々しくなった外の様子がわずかに聞こえる中で、喉をさすりつつアキトシがつぶやいた。
「第一目標はそうだ。次点で私になる。餌を前にいい加減に焦れていたらしい。さっきのがいいきっかけになった」
雄吾は事情通の男から預けていた私物を受け取りながら答えた。
「ここにいる人間関係はチェック済みです。私も含め足をお願いします」
「わかった。こちらの脱出チームと合流する。そこまでは頼りにさせてもらおう」
どういうことになっているのかは大体想像できる。
だが、それが間違いないのか、その最終確認をしなくてはいけない。
援護として入室したもののうち最上位の男が事情通に尋ねる。
「……これはどういう次第ですか」
「テロリスト、アキトシ・サーフィス・ガルシアが対象者だ。我々は対象者を連れ、この施設より離脱する。事前情報より推察するに、本施設内の内通者により、対象者の殺害が計画されていた。対象者の殺害を第一目標とした襲撃が実行中であると考えられる。我々は事前情報提供者である白石グループの警備部と協働し、対象者を護衛、安全域まで離脱する」
「事前に襲撃情報があった、と」
「公安マターでね。内通者の存在もあり実際に敵が動くまでは内密だった。貧乏くじだが君らには安全域までの離脱に付き合ってもらう」
にたり、と笑った事情通の男。
そしていまになって彼のフルネームと所属を、誰一人として知らなかったことを皆が思い出した。




