1-7 完封 のち 見舞
お久しぶりです。
出来は、まあ御察しください。
あと、皆さまどうか良いお年をお迎えください。
ばつんっ!!
大きな切断音と共に店内の照明が一斉に落ちた。
ダ、ダンッ!
併せて二つの足音が響く。
一つ目の足音がわずかばかり早かった。
(停電、このタイミングで?)
このホームセンターは構造上、窓が高い位置にあるが数は少なく、外からの光はわずかしかない。
他に入ってくる光は出入口からと、非常口の案内の緑の光しかない。
さらには外はあいにくの雨。
昼ではあるが薄暗いという悪条件も重なり、ほとんど店内は暗闇に包まれてしまった。
暗闇になった瞬間に「騎士」が即座に移動。それに続いてクジョーが後を追った形になる。
(向こうの仕掛け、……じゃないか)
タイミングを見計らってなら、先に「騎士」が跳ぶことはなかっただろう。
いや、仕掛けるタイミングが分かっていなかったとしても、こうなると知っていれば遅れて動くことはないはず。
つまり、これはあくまでもイレギュラー。
(だけども、よォ! どんな目ん玉してんだよ、あいつはッ!)
店内での新たに仕切り直しをしようと、暗闇の中駆ける「騎士」。
薄暗い視界不良の中で、動くたびにチッ、チッ、と陳列物に体をわずかにぶつけた音が小さく鳴る。
だが、クジョーはその後を追っているのだが、足音が聞こえるだけ。
体を一切擦ることなく「騎士」を追っている。
周辺を確認しつつの移動を強いられている「騎士」と状況が同じはずのクジョーが、それを苦にしていない。
明らかにそれはこの暗闇の中で、周囲が“見えている”。
(なんだよ、やっぱか、あいつも! ほら、チートじゃん!)
常人よりも身体的能力だけならば一枚上である「光速の騎士」よりも、素の知覚能力において優る存在。
そういうことができる相手というのは一般人である「騎士」にしてみれば、気圧されるだけの理由にはなる。
暗闇の中、店内を駆ける音プラス騒々しい物音がすれば隠れおおせることは困難だった。
陳列棚の間を駆け抜け、その後をぴったりと追いかけられている状況が続くだけ。
視線を一瞬だけ、横の陳列棚に向ける。
(ならッ!)
きゅっ、と靴底をならして今までよりも速度を上げて、鋭角に棚の角を曲がる。
同時にスキル「気配察知:中」でクジョーの位置を確認し、大きく腕を振りかぶる。
角を曲がりきった瞬間に、足を踏み込むとまっすぐ“前の棚”めがけて突っ込んでいく。
相手のクジョーは角を曲がる直前で減速、「気配察知:中」で位置取りは完全に把握できている。
この陳列棚はがっちりと床に設置されている常設のものではなく、販促の商品を置いている臨時コーナーだ。
(陳列棚ごとォッ! ブチ抜くッ!!)
棚越しに今できる全力の一撃を見舞う。
勢いよく宙を舞う「騎士」の体と、そこから延びる渾身の拳。
体ごとぶつかっていく「騎士」の拳が棚に触れるその寸前。
ミシィ……!
棚にひびが入る。
まだ、「騎士」の拳は、棚に触れていないのに。
しかも、逆サイドから棚がこちらに向けてへしゃげてくる。
「……!? ッウッ!?」
瞬時に何が起きているのかを悟る。
突き出していた腕を胸の前にもどし、ぎゅう、と体を縮こませた。
ドッ!!
銃弾のように吹っ飛んできた陳列物がごごっ、と体に当たる。
そして、その弾幕の向こうに、おそらくはニヤケ面。
(……くそがッ!)
暗闇の中で、しっかりとその表情は見えてはいない。
見えてはいないが、絶対の確信の下で断言する。
そして、その確信を得たところで、衝撃。
ドウンッッ!!!!
どがしゃぁぁぁんっ!!!!
中身の入ったドラム缶を思い切り鉄パイプでブッ叩いたときのような音。
続いて店内中に響きわたる激突音。
「ぐはぁっ!!」
かみしめた口から息が噴き出ると共に、酸っぱい匂いが鼻先をツンと刺す。
腹の中に残っていたハーブティーが逆流してきたわけだが、胃液のせいでひどいものだ。
吹き飛ばされた先で転がりに転がり、「騎士」は腹を押えて立ち上がる。
「畜生、……上、行かれたかっ」
胸元にこみ上げた不快感は、喉を鳴らして飲み込んだこみ上げた物理的なモノのせいだけではない。
油断、慢心、そして他者と自己を比較した優越感。
(ボケナスがッ! そういうとこがトレェってんだよ、俺の分際でッ!!)
自らの中で育っていたそれらに対する反吐が出るほどの嫌悪。
暗闇の向こう、若干目も慣れてきた中でしっかりと地面に足をつけ、腕を振りぬいた形で静止しているクジョーをにらむ。
仮固定の陳列棚をぶち抜き、その向こうにいる敵を棚ごとブン殴る。
脳筋極まりないフィジカルのみに頼った非常に原始的な手法である。
自分と相手を隔てる壁ごと相手を殴り飛ばす。再度いうが原始的で頭の悪い子供の考えるような方法だ。だが、思いついてもそれを出来る個人はほぼ存在しない。
(この程度、チンケな発想、だれでも思いつく……そこを思いつかないってとこが情けねぇッ!)
そこらへんのガキが思いつく程度の、一般には実現不能なだけの策で、クジョーをはめた、と錯覚したのだ。
自分の能力で、うまく相手を上回った、と。
自分だからこそ出来ることだから、それが破られるなど思いもしなかった。
どうしてそう思い込んでしまったのか。
自分ができることは、誰もできない、と。
特別だといわれる人間が一人いるなら、同じような人間は必ず他にもいる。
しかも、先ほど自分で相手がチート野郎と思ったばかりだというのに。
「……痛っ、てぇ」
よろよろと足元がおぼつかない様子で「騎士」は立ち上がる。そして、今のダメージを確認。
視線はクジョーから切らない。
クジョーはしっかりと腰を入れて、あの黒靄の巨大な腕で陳列棚ごと「騎士」をぶっ飛ばした格好で静止したままだ。
(体は、動く。痛ぇは痛いけど、痛いってことは分かるくらいの痛ぇ状態ってことか)
何を言っているか分からないかもしれないが、「騎士」本人の中では今のダメージレベルについて理解している。
これは、まだ動ける程度の「痛ぇ」のようだ、と。
(おもっクソ、カウンター合わせてきやがった。完璧に狙ってやられてるッ、あんのヤロウ……!)
クジョーの様子からして、今までと違った追いかけっこの切り返しの速度を速めた「騎士」を見て、この「脳筋陳列棚ブチ抜きアタック」を仕掛けてくる、と勘付いたのだろう。
速度を上げた「騎士」に合わせてクジョーも速度を上げるでなく、棚の前で逆に減速した。その事実からして、あのタイミングで切り返しを早めるのではなく、奇襲を仕掛けてくるだろう「騎士」を、しっかり足場を固めて真正面から迎撃、としたわけだ。
選択肢として、想定を上回られた。
こっちは派手でゴージャスなAのフォーカードを出した途端、シンプルに3から始まるストレートフラッシュでブッ叩かれた気分だ。
センスとランクの両方でもって上に行かれた、そういう負けっぷり。
「だが、よォっ!」
クジョーが脱力。
いや、棚を打ち据えた拳を引いた瞬間。「騎士」がよろよろと起き上がるのを見てゆっくりと姿勢を崩した。
そのクジョーが一拍動きを止めた瞬間に、跳ぶ。
ドンッ!
先ほどまでの頼りない立ち姿が嘘のような、強く、地面のモルタルを踏み砕く力で、「騎士」が跳ぶ。
クジョーから殴り飛ばされ、距離は大きく開き、そしてさらに彼はそれを即座に追えなかった。
「クハハッ!」
何一つ躊躇うことなく行われた、虚を突く敵前逃亡にクジョーが可笑しそうに笑った。
酷く体を痛めた足元が定まらないふらついた素振り。そこからの全力での「逃げ」。
ダメージを受けたという擬態、そして欺瞞からの躊躇ない撤退。
最も効率的且つ次につなげるため、現状の立て直しが可能なカードを切る。
感情で動くようなことをせず、正々堂々などくそくらえとばかりの選択肢。
「逃げてばかりで、なっさけないなぁぁぁ! そうは思わないか! 『光速の騎士』さまはッ!!」
誰もいない、薄暗い店内に嘲るような口調のクジョーの声が響く。
(……全然? 阿呆か、手前ェ。勝てるプランゼロで突っ込んで、何が生まれるってんだよ)
口には出さず、殴られてじんじんと痛い腕をさすって「騎士」は姿を隠す。ポケットにあるケータイを一瞬だけ取り出して確認。
未だに通信状態は不通のまま。
(こうなると救助は期待していいのか? ……何らかの対応はしてくれてるはずだけど、まだこの状態ってことは……)
クジョーが店員に声をかけた、警察も消防も来ないし、電話も通じない。
あの台詞が正しいのであれば、ここに救援が来るには相応の時間がかかるだろう。
ちぃ、と小さく舌打ち。
物理的な通信インフラへの妨害工作の可能性が大。
そうなると、ここから独力での離脱も考えなくてはならない。
(まあ、そうなりゃ一発くらいは、な?)
無傷でケツを追っかけられるより、何かしらの枷を押し付けるべきだ。
(……第一、ムカつくんだよ、あんのヤロォ)
こちとら平穏無事に日々の生活を過ごしたいだけだというのに。
へらへら笑って、急に突っかかってきて、そこにさらに癇に障る挑発。
……いや、それ以前に何の目的でこっちにちょっかいを掛けてきた?
理由、理由があるはずだ。
考えろ、考えろ。
あのニヤケ面の奥底に、なに、が?
「……あームカついてきた」
率直に今の気持ちが口をついて出た。
ヤロウのこっちを小馬鹿にして、テメェは全部わかっておりますとばかりの余裕綽々なあのふるまい。
相手の思惑を推測しようとすると、その姿を脳裏に思い描かねばならない。
「うん、イラッときた、マジで」
やる気が今一つ出てるようで出ていなかったが、言葉にするとふつふつと湧き上がる物を感じた。
冷静さを失うほどではないが、不完全燃焼のエンジンに本格的に熱が入った感じがある。
ずしゃぁっ……。
身を屈めて逃げを打っていた足が急ブレーキをかけた。
上体を起こし立ちどまったままの彼に、後ろにいたクジョーが追いつく。
「逃げないのか? それとも、お疲れかい?」
軽口をたたくクジョー。
「……何つーか、いろいろと邪魔っくらしくなった」
バイクメット越しに少しくぐもった「騎士」の声が初めてまともに会話を紡ぐ。
「ほぅ?」
興味深げに、いや、揶揄い混じりの視線でクジョーが「騎士」を見た。
「一先ず、お前をぶッ飛ばす。殴ったら殴られる、当然だろう?」
「紀元前の文明人の刻んで見せた暴論が好みか。ただ、この世で一番の愛にあふれたベストセラーの中の有名な一節に、殴られたらもう一発殴られに行け、と書いてある」
「……俺みたいな野蛮な凡人には高尚すぎる。第一、世界がそういう風になりゃしなかったから、二千年も売れ続けてるんだろうが」
「おや? 神を信じない口か」
おどけた様子でやれやれと肩をすくめて見せるクジョー。
「仏壇が実家にある人間に、んな事言われてもなぁ。それにその一節を台無しにしてるのは、神サマ言い訳にでかい顔してる悪人が世界中にいるからだろうがよ」
「身につまされるねぇ」
「お前がそのフロントラインだろうが」
「言い得て妙だな、それは」
けらけらと笑うクジョーを前に、「騎士」が半身に構える。
軽くでもいい。
まず、当てる。それだけを最優先にする。
そのうえで、ダメージ。
最低でも殴りさえすりゃあ、相手にダメージが通る、という確証が欲しい。
ここまではどう見てもワンサイドゲーム。
装備品の不足は理由として挙げれるにしても、素のポテンシャルと工夫次第でどうにかできるというその光明。
完全に掌で転がされるという状況では、この先が無い。
純粋な暴力。
その一点突破でどうにか。
けらけらと笑うクジョーの前で「騎士」はバイクのメットの下でじっとりとした汗が噴き出ていた。
【同刻某所】
「……分かった。可能な限り早急に合流を。……ああ、使えるのだろう? ……、いや悪手だ。悪手だと承知の上で話している。動かせるなら動かす。下が無理だというなら上。……いいか、使えと言ったぞ。異論はナシ、最悪ケツはこちらで拭く」
そう言い切ると、今まで使っていたケータイの電源を落とす。
通路の行き当たりのコーナーの窓際で通話していた門倉は、ケータイを手に持ったまま歩いていく。
視線の先にはスーツ姿の白石雄吾が扉の前に立っていた。
扉の両サイドにはダークグレーのスーツ姿のがっしりとした男が二人立っていた。
彼らの耳元には通信機らしきものから伸びたイヤホン、胸元のスーツの前は開いており鍛えられた胸板が下シャツを押し上げている。
だが、門倉はそこを見るでなく、そのジャケットの隙間から覗く拳銃のホルダーに目をやった。
一般の警官には配備されていない型の口径の大きなタイプの拳銃がある。
「そちらとポケットの中のものをこちらに」
彼らとは別の横に控えたスーツの男が門倉に話しかけてきた。
彼の持つ30センチ四方の箱の中にケータイと、財布、車のキーを入れた。
「ではお預かりします」
門倉の箱を横の小机に置く。
雄吾の分は既にそこにある。
「状況は?」
雄吾は門倉に視線をやることもなく端的に聞く。
「現地はエレーナに一任します。……おそらく今日から三徹くらいは覚悟を」
「……偶然、と考えるか」
「いえ、仕込みが上手い。それなりのが、ここだ、と忙しく動いたかと」
「なら、我々がここでどこまで差し込めるか、だな」
「はい」
雄吾は襟元に手をやって前の合わせのボタンまでを指で整えると、扉の両サイドの男に頷く。
それを見て“扉の中を”警備している彼らは目くばせをして、かちゃ、と扉を開いた。
かつ、こつ、かつ、こつ、と二人分の革靴が足音を鳴らしていく。
続いて荷物を受けとっていた男も入室。
三人が入室すると再びかちゃん、と音がして扉が閉められる。
昼だというのにしっかりと分厚いカーテンが閉められている部屋の中がわずかに暗くなった。
窓のそばには入り口と同じ格好の同じ体格の男が、同じようにスーツの前を開けて警戒態勢を取っている。
彼ら以外にもう一人、中央にベッドが置かれそこで誰かが寝ていた。
そのベッド横には医療機器と点滴があり、何らかの治療がされているようである。
「時間は十五分です」
「わかった」
荷物預かりの男が小声で雄吾にささやく。
彼が軽く手を挙げて窓際の警備に合図すると、警備は警戒態勢を解いた。
中央部に置かれたベッドに寝かされた人物が体を起こし、入ってきた二人に声を掛ける。
「……今日は一段と監視が物々しいと思ったが、なるほど客が君らだったからか。しかし事件があってから今日まで……。思っていたよりも遅かったじゃないか」
「アポは一番にしたんだがね。そこに割り込んだ先約がダース単位で話を聞きたかったからだろう。我々のような民間人 は後になる」
「それくらい君らならば捻じ込むくらいはできると思ったが……。横澤の威光も今は昔、ということかな?」
ぎしり、と部屋の中央にあるベットがきしむ。
合わせてガチャン、と金属音。
点滴とは逆の手にしっかりと掛けられた手錠がベッドのレールと擦れた音だった。
雄吾はそれには答えずに、つかつかとベッドサイドまで歩いていき、近くの丸椅子を引き寄せてどかりと座った。
「ふぅ……。アキトシ・サーフィス・ガルシア。この後も予定があってな。さっさと話だけさせてほしい。第一そういう世間話はもうたらふくやり飽きただろう?」
真正面からベッド上の男の顔を睨むようにして強い視線を送った。
地方の遠美市を、いや日本国を、もしかすれば世界の目ざとい者たちを震撼せしめたテロリスト。
アキトシ・サーフィス・ガルシア。
その男へと。
「ああ、もうはちきれんばかりに、な?」
にたり、とテロリストは笑った。




