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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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2-3 制圧 のち 通報



「なんじゃ、コラァ!!?」


 目の前のアホ面が何かを叫んでいる。

 ……ああ、思い出した。

 このアホ面は井上とかいうマジモンのアホだ。


「ふ、ふへへっ」


 マジでウケる。

 このアホはなにを言っていたんだったろうか?

 ああ、思い出した。

 確か、俺がイケナイお薬の売買に協力しないと言い出したら、セーサイだ何だのとがなりたててうるさかったのだ。

 いつの間にお前は俺のダチになった?

 ああ、思い出した。

 いつの間にか勝手にツレだなんだと言い出したんだろう?


「ナニ笑っとんじゃ、このガキゃぁぁあ!!?」


 ドウッ!


「ぐはっ!」


 いつもはこんなダルダルに腹を肥えさせた野郎に負けたりなんざしない。

 転がってる身動きの出来ない俺にしか手も出せねぇダッセェ男。

 ここぞとばかりに蹴りつけてきやがる。

 当然だ、こんな群れないと何も出来ないような、こんなクズ共に、この俺が負けるわけねぇ。


「ブタが人様の言葉しゃべってるなんてのが面白くてよ……」


 ガンッ!!


 後頭部を誰かがオモックソ蹴ってきやがった。

 野郎、タイマンですらねぇってどういうことだよ。

 ちくしょう、目に血が入ってまるで見えねぇ。

 だけど、絶対見つけ出してタイマンでボコッてやっからな。

 覚えてやがれ、クソ野郎ども……。





(あーと、うん。コレは駄目だな、やり過ぎ。止めないと死ぬな。加減って物をわからないどころか、喧嘩のやり方も知らない奴が喧嘩なんてするなっての!)


 はぁとため息が出る。

 「気配察知:小」によれば、壁一枚向こうのトイレの中でどうやら喧嘩、いや私刑が行われているようである。

 しかもどうやら度が過ぎている。

 ……今日は非常に疲れている。

 朝から運転して東京までたどり着き、つまらない映画を見終わって、ようやく寝床が完成しているかどうかわからない宿への帰路に着いたばかりだというのに。

 確実に"誰か"が介入しないと人死が出るレベルの事故が発生しようとしている。


「しゃあない、しゃあないよな」


 こういうのはきっと「勇者」達の専門分野だと思うのだが、なぜかここ最近"彼"へとぶつけられている。

 きっとこれからは「勇者」も帰還したことだし彼らに今のような状況は割り振られるはずだ、と思うと覚悟を決める。

 幾度目かわからない"仕方ない"を心でつぶやきながら重い腰を上げる。


「やるかぁ……」


 薄暗い公衆トイレの裏の木立の中で、"彼"の漆黒の布地が大きく翻った。




コンコン!


 硬質なものを軽く叩いただけの、しかししっかりと耳朶に残る大きさのノック音が聞こえた。


「アアン!?」


 その音に反応した男が3名、目をそちらに向ける。

 街中で丁度見つけて連れ込んだこの公衆トイレで、話し合いという名の脅迫に屈しない生意気な餓鬼の教育的指導に夢中になっていた所だった。

 後先考えず勢いのまま、いまトイレの床に這いつくばっている生意気な餓鬼をシメていたので、外に見張りをつけるということすらも怠っている。

 それだけでも十分考えの甘い連中といえた。

 紫のスーツと黒のシャツを着た太った男は井上という。

 ここ最近、あまり行儀のよろしくない連中からは羽振りがいいといわれている男だが何のことはない。

 法に触れるようなあくどい仕事をこなしてあくどい金を稼いでいるだけの下衆だ。

 当然のことだが、そんな突然金回りの良くなる奴などはトカゲの尻尾切要員の使い捨て。

 それを理解できないくらいというのが救いようのない脳ミソの男だ。

 虎の威を借る……を地で行っているだけではあるが、金はある。

 だが、頭はない。

 だから、調子に乗ってわかりやすい力を求めるのだ。

 より多くの金、暴力を集めるという選択肢を選ぶ。

 それにつられる同じような者を束ねてより多くの金を、トカゲの本体にせっせと運ぶ役をする者を用立てることが正義だと信じ込んでいるアホだった。


「ここは、立ち入りきん……、何だお前?アッタマいかれてんのか?」


 呼びかけた先の奴にメンチをきろうと振り返った井上の取り巻きは、相手の姿にその正気を問いかけざるを得なかった。

 侵入者は上から下までを完全に「光速の騎士」のコスプレでコーディネートしており、その姿は完璧に失笑物である。


「今流行の「騎士」のコスプレって、お前なに考え……がっ!!?」


 そんなイカレた奴に向かい、一番近い位置にいた男がその肩に手をかけようとした瞬間であった。

 有無を言わせずに飛び出してきたその右腕が男の顔を掴む。

 最後の声は無理やりに口を覆われてこぼれた声だ。


「てめぇ、何を!」


ぶんっ!


 顔面をつかまれた男とは別の金髪で金属バットを持った男が叫ぶ。

 しかしそれを意に介さずコスプレ男が動いたように見えた。

 すると顔を掴まれた男の頭が、一瞬だけ二重・三重に見える。

 いや、次の瞬間には再び頭が元の1つだけになった。


「な、に?」


 つぶやく男の前で、コスプレ騎士は顔を掴んでいたその手を離す。


どしゃっ!!


 気付いた瞬間、全身から力を失った男が、汚れたトイレの床と顔面からキスをしていた。

 その男は、白目を剥いて口からよだれをたらしている。

 あまりに異様なその光景に、井上ともう一人の金髪の男が戦慄した。

 これは、どういうことなのか、と。


じゃりっ!


 砂とトイレの床の水気がまじって軽く音を立てる。

 目の前のコスプレ野郎は、よく見るとスニーカーなどではなく古風なブーツだった。

 どう考えてもおかしい。

 だが、確実に言える。

 こいつは本物臭いと。

 なぜ自分たちがいきなり「光速の騎士」といざこざに巻き込まれなくてはないのか。

 そんなことを考える彼らの前にはコスプレ野郎改め、「恐らく本物」が立ちふさがっている。

 槍やら盾やらは持っていないが、格好は「騎士」そのもの。

 しかもトイレの出口はまあ普通1箇所である。

 そこから「騎士」が入ってきたということは出入り口がふさがっているのだ。


「な、なんだよ。何なんだよ!」


 恐怖に駆られ、金属バットを振りかぶった金髪は、勢いよく「騎士」の頭部へとバットを叩きつけた。


ぱしぃぃん!


 革のグローブの右手が金属バットを何気なく掴んでいる。


「は、離せっ!」


 金髪はぐいぐいと掴まれたバットを取り戻そうと、全力で引っ張るが、全く微動だにしない。

 金髪は両手で顔には青筋が出る程踏ん張っているのに、相手の「騎士」は最初に金属バットを右手で受けてそのままの体勢でである。

 「騎士」の側が膠着を嫌ったのかぐっと金髪が掴んだバットごと地面から引っこ抜かれた。


「うわっ!?」


 金髪の人生で初の出来事。

 空を生身一つで飛ぶという経験の最中、ゆっくりと視界がスローモーションに切り替わる。

 ゆっくり、ゆっくり。

 バットを握られた「騎士」の逆の手がグーになって自分に向かって飛んでくるのをただただ眺めるしかできなかった。


ごっ……


 鈍い音がすると同時と共に、金髪が「光速の騎士」に抱きとめられていた。

 こちらも先程の男と同様に両手両足はだらりと力を失ってぐったりしている。

 「光速の騎士」が抱きとめた金髪を丁寧に洗面台の横に座らせ、その手に金属バットを戻す。

 そうしてからゆっくりと振り返る。

 無機質な兜に包まれて、その奥に見える筈の瞳は全く見えはしない。

 ただ、間違いなく井上は自分がその瞳に射竦められていることを感じていた。


(な、何だってんだ。くそっ!コイツが仲間でも呼んだのか!?……いや、もしかして他の奴らが俺を嫉んで!?)


 ぐるぐると井上の頭で、横で血だらけになったシメたばかりのクソガキのせいか、いやシマを荒らされたせいでムカついた他の組織の差し金か、と足りない上にオクスリでやられている頭をフル回転させる。

 ただ、残念ながらその全てが間違い。

 実際の所は運悪く偶然の結果、こうなっているだけだ。

 「光速の騎士」の出目もなかなかに悪いが、それ以上に井上の出目はファンブルを叩き出したのである。


「く、来るなっ!?来るんじゃ、ねぇっ!?」


 スーツの懐から、ナイフを取り出して構える。

 臆病者にふさわしく、柄はぎらぎらとして装飾過剰であり、それでいて凶悪な光を放つ波紋。

 それは、どこからどう見ても自衛用という範疇を超えている。

 相手をビビらせる為だけに井上が持っていたナイフは初めて、"自衛"としての役割を果たそうとしていた。


……ふう。


 聞こえた。

 井上には確かに聞こえたのだ。

 目の前の「光速の騎士」がため息を吐いたのを。

 心なしか「騎士」の肩がやれやれとばかりに揺れたようにも感じる。


「て、てめぇ!なめんじゃねぇ!!!?」


 かっとするのがお前の悪い癖だ。

 仲間内でも、金を納める上役にも、今では絶縁状態の家族からも散々言われてきたその台詞。

 その忠告を全く無視して、感情のまま井上がナイフを騎士に向けて突きだす。

 当然装飾過多のナイフではあるが、刃物である限り切ろうと思えば切れるし、刺そうと思えば刺せる。

 むしろナイフを扱いなれていない分、刃物を向けた相手に思いもよらない最悪の結果が訪れることも十分に考えられるのだ。

 だが、相対するのは本物、マジモン、真正の「光速の騎士」であった。


ぱんっ!


「ああ!?」


 避けるでも弾くでもなく、掴む。

 真剣白刃取りの要領でナイフがぴた、と止められている。

 井上の脂肪だらけとはいえ体重100キロを超える重量が掛かっているはずのナイフをそのまま両手でぴた、と微動だにせず静止させていた。

 混乱が井上を襲う。

 ここまでの異様な存在に本能的に恐怖を感じる。

 先程まで迸っていた怒りの熱が恐ろしいほどの速さで引いていく。


ふわっ……


 無理矢理押されるのではなく、体の重心をずらされて井上の足がもつれた。

 自然と「騎士」に体を預ける体勢になりそうな瞬間に、騎士が少しだけ、鋭く動く。


パンッ!


「んごぉぉぉぉ……!!!」


 鋭くそして軽く放たれたブーツでの一撃は、倒れ込んでくる井上の股間に吸い込まれていった。

 そして、目にもとまらぬ速さでまた元の位置に「騎士」の足が戻る。

 ワンテンポ遅れてやってくる股間、そして腰の神経から脳天を貫くような途方もない激痛。


「おぉぉぉ……」


 ナイフを取り落とし、ちゃりんと床とぶつかって音が鳴る。

 「光速の騎士」が半身ずれると、そのスペースを白目を剥いて、口から泡を吹いた井上が数歩歩き、倒れていく。

 若干であるが、数秒とはいえ激痛にさいなまれた分、先の2名に比べ地獄を味わいながら彼も公衆トイレの床と熱烈なキスを交わした。

 びくん、びくんと痙攣しながら井上のズボンのあたりからアンモニア臭い液体が床に拡がっていく。

 一応「光速の騎士」も男の子である。

 ぶるり、と背筋を走る悪寒を振り払う。

 武士の情けで、潰さない程度の力で撫でてやるにとどめたつもりだ。

 いや、あえて何をとは言わないが。

 きっと男の子だったらわかってくれると思うが。うん、わかってくれるはずだ。

 そうして「光速の騎士」は最後の壁に背を預けた男、いや少年といっていい年齢だろうか。

 額から血をしたたらせている革ジャンを着込んだその人物に向き直る。

 どうも彼は意識がもうろうとしているようだった。


「応急処置でヒール、2発ってとこにしておこう。それ以上は病院のお仕事だ」


 トイレに入ってから初めて「光速の騎士」が口を開く。

 誰もチンピラ3人が気絶しているのは確認した上で、少年に話しかける。


「……生きてるか?」

「う、ぅぅっ……」


 どうも返事もできない程やられていたらしい。

 取りあえず1度目のヒールを強めに放つと、苦しげな革ジャン少年の声が幾分落ち着いた。

 変な喘鳴をしていた呼吸音が収まっていく。

 どうも肋骨か胸骨でもやられていたのではないか、と思われる。

 念の為、ダメ押しヒールもう1回は、最後の最後、ここからの逃走直前に放つつもりである。


「さて、電話、電話」


 少年が1分1秒を争うような危機的な窮地を脱したようなので、取りあえずスマホかケータイを探すことにする。

 こういう時こそお巡りさんと救急車の出番である。

 自分のケータイで連絡すると色々不都合があるので、倒れている3名の懐を探すことにする。

 すると、である。


「……うわ、マジで?本物初めて見た」


 井上の上着の隠しから親指と人差し指でばっちいものを触る様にして出てきたのは、白い粉入りの小さなパッケージ。

 このような暴力的な行為をする人物の懐にあるということは、小麦粉とかではないだろう。

 触っているのもけがらわしく、ぽいと床へと捨てて、グローブの指先を井上のスーツで拭う。

 さらにがさごそ漁ると先程のと同じ包装がいくつかと、スマホとガラケーが出てきた。

 詳しくは知らないがこれは"仕事用"と"プライベート用"ということであろうか。

 まあ、そこは「光速の騎士」的にはどうでもいい。

 スマホは本人の認証が必要でどうにもなりそうにないが、ガラケーはぱかと空けると、ロックがかかっていなかった。

 不用心と言えば不用心だが、まあそのくらいの幸運は今日の悪運と相殺して欲しい。

 まずは110、次に119番を掛けることにする。

 当然、使い終わればここに放り投げていくつもりだ。


「ほんじゃ、諸々やって逃げるかね」


 「騎士」は逃走までの手順を頭に思い描き、指折り数えて満足がいったのか深く頷く。

 そうして「光速の騎士」は肩の黒のマント様にした布に手を掛ける。

 ばさっと「騎士」が一瞬漆黒に包まれると、次の瞬間には日本のどこにでもいる、いたって平凡な男、杉山茂がそこに立っていた。


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― 新着の感想 ―
トイレの出入り口には防犯カメラある事が多いから、その辺の確認してからトイレでボコった方が良かったと思った。
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