9-了-裏 政府 の 表裏
●対策本部前にて緊急会議開催直前に行われた会見より一部抜粋
―つい数分前のことだが、現地で新たな動きがあったようだ。
・こちらでも現地の異変について確認している。現在、情報の収集に努めているがその過程で情報が錯綜している。
―外から見ると、SNS等では「バリア」と呼称されているあの視認可能な力場が消失しているようにも見える。
・あくまで遠方から見る限りでは消失したようにも見えるが、近くではうっすらと視認できるという情報があり、まだ国民の皆さんに対し、安全であるか否かの情報を提供するのは早い。不用意に付近へと近づかないでいただきたい。
―力場内に閉じ込められている方々の救助計画を含めた今後の動きについて知りたい。
・この後に担当者より正式発表を出す予定だが、現場は依然危険な状況下にあると考えている。近隣の病院などへと要救護者の受け入れを依頼し、了承を得た。危険を排除出来次第即応できるよう部隊も準備している。とはいえ安全が確認できているわけではない。
―テレビ局の一社の映像でしか確認できていないが、遠美市へ突入した人物がいる。外見からすると「光速の騎士」の可能性が高いと思われる。彼がこの状況を改善したと考えるべきか
・その映像の精査を行っている。可能性だけでいうなら彼、ないしはその関係者であると判断している。ただ、現時点で彼が何かしらのアクションをしたことで事態が改善した、という情報はない。
―彼の行動には直接政府の関与はないと考えて良いのか。
・そういうことになる。
―政府側の指示命令系統ではなく、彼が独自でのボランティアか。
・そう考えている。
―政府は「騎士」の行動をコントロールできていないということではないのか
・特殊な事案であるため仮称「光速の騎士」について先日、特異事件専門の対策準備室を立ち上げている。その線からのアプローチは行っている。ただし、取り扱う内容には非常に機密性が高いものも含まれるため、この場でお話しすることはできない。
―識者が懸念を呈していたシビリアンコントロールから逸脱しているという指摘についてはどうか
・再びの回答となるが展開している部隊の詳細は機密である。だが、指示を出して現地へと移動するのに際し、横澤総理による最終的なゴーサインが出ていることを私も確認した。ご指摘のシビリアンコントロールからの逸脱には当たらないと政府内では承知している。
―この場合の「文民統制」が係る対象は準備室の部隊ではなく、「光速の騎士」という一個人とその協力者たちだ
・アプローチを行っていると申し上げた。申し訳ないがこれ以上は機密であり公にはできない
―たった今、現地より報道があった。力場消失の直前に複数のヘリコプターの飛来が確認できている。あれはどこの所属なのか
・機密であるため、情報提供はご容赦いただく。
―それを含め、先ほどより複数のヘリコプターが現地へと移動。その後部隊を展開していると現地から報道が上っている。それは機密とはいえ、政府が確認できていない者達なのか
・詳細は言えないが(前述の)準備室の関係部門ではある。非常にデリケートなため人員の所属などについての回答は控える。
―人員の中に「骸骨武者」とされる対象者がいるように見える
・(前項の通り)回答は控えさせていただく。
―政府は「光速の騎士」「骸骨武者」の行動に対して、黙認をしているとの批判がすでにネット上で散見される。
・黙認というのはどの程度の行動に関してなのか。その質問では想定される範囲が広すぎ、回答が難しい。
―この場合で言えば、自警団のような非公式な活動を指している。
・彼の人物の行為はあくまで善意の第三者として、そこで失われるかもしれない国民の安全を守るという点において善性をもっていると思う。同様の意見をお持ちの国民の皆さんもいらっしゃることと考えている。だが、その行動には法の垣根を超えた部分も散見されるのは承知し、国会内でも議論している。それを鑑み、(前述の)準備室の創設に至った。この準備室の業務・管轄には当然「騎士」の活動の検証もあるとお考えいただきたい。当然、そこで問題であるとなれば我々も策を講じるつもりだ。
―明確に違法である、となれば逮捕・拘禁もありうると考えて良いか。
・日本は法治国家であり、その主権の及ぶ範囲内で行われた犯罪行為に関しては断固たる対応をとる。違法行為には当然、それに伴う罰則があるべきというのが見解。
―逮捕時に彼が暴れるなど、抵抗した場合に対処できるのか。
・仮定の上での話は好ましくない。
―あり得ることと思う。現にホテル・スカイスクレイパーの一件で機動隊による停止命令を無視して逃げ出しているが。
・あの場合は突然のことで我々を含めた皆のコンセンサスがなされていなかった。一定の対応方針については各部署に通知済みであり、そのように動いてもらう準備を整えた。そして「騎士」に関しても、こちらと会話によるコミュニケーションができる事は分かっている。そして理性的に話をすることができれば同意も得られると確信している。
―万が一がありうるのではないか。話せばわかる、そんな性善説では国民が納得しない。
・それ用の準備室である。そういった面でも対応できるように準備を進めている。対応策はバックアップも含め複数準備している。
―横澤総理の会見が二度にわたり延期となっている。官邸に不在も確認済み。遊説先から帰京すると連絡があったが、現在、総理はどこにいるのか
・遊説先より帰京中。途中、交通トラブルの為、到着が遅れているが電話・オンラインを活用し指示を仰いでいる。状況についても総理へと逐次報告し、到着までの間は副総理が代行として指揮を執っており、問題ないと考えている
―――関東近県某所―――
後部座席のドアがSPによって開かれる。
「ありがとう。ここからは私一人でお願いする」
「……分かりました。ですが玄関まではご一緒させていただきます」
車から降りると傘がさされる。
しとしとと霧雨のような小雨が降りだしていた。
「すまんな。長くとも一時間。進展があろうと無かろうとそれで切り上げるつもりだ。終わり次第、急ぎで官邸まで帰る」
「はい。足として直近の夜間航行可能なヘリを民間のヘリポートに準備してあります。ここからなら一時間弱で官邸まで、という所でしょう」
「二時間といったところか。副総理の前間さんにも迷惑を掛ける。そろそろ引き延ばしも限界だろうしな」
うむ、とネクタイを締め直し、差し出された傘を受け取る老年の男性。
日本国内閣総理大臣である横澤である。
遊説先から交通トラブルにより帰京が遅れているはずの彼は、日本庭園を有した日本家屋の前に立っている。
一歩進むたびに湿り気を帯びた砂利道がじゃりっじゃりっ、と音を奏でるなかを歩く。
ほどなくして玄関先にまでたどり着くと、先導しているSPに目くばせ。
それをされたSPは軽く頷いて先頭を横澤に譲る。
「何かあればお呼びください」
「……何もないことを祈ってくれ。まあ大丈夫だろうとは思うが」
横澤が玄関わきのインターホンに指を伸ばそうとしたところ、そこから音声が流れた。
『入ってきたまえ。来るだろうとは思ったのでね。カギは開けておいた』
少し枯れた、だがしっかりとした口調で話してくるインターホン越しの人物の声。
「……アポも無く、こんな夜分に恐れ入ります」
横澤は驚くでもなくそう言って玄関を開けると中に入って行く。
こんな深夜に事前に連絡も入れず、やってくるという無礼。それに対し横澤が来るだろうという予測の基で動いていた相手だ。
現にこんな夜分だというのにわざわざ玄関先の照明と、家の中には照明が灯っている。
玄関の外のSPに傘を手渡すと、そのまま扉を閉める。
ふぅ、と一息つくとそのままの位置で直立不動となり待つこと三十秒といったところか。
きしきしと何かが床に擦れる音をさせつつ廊下の奥から誰かが来たことを察する。
「生真面目だな、横澤君。靴ぐらい脱いで上がっていてもいいだろうに」
その誰かがどこかおかし気に、苦笑交じりなそんな言葉を投げかけてくる。
「いえ、十文字先生。そういうわけには。それに今回の突然の訪問。大変申し訳ありません」
横澤が、一国の首相たる男が、その目の前の人物に向かい深々と腰を折って頭を下げる。
丁度玄関の上りで段差があるのだが、頭を上げた時に目線がちょうどその人物とぶつかる。
その人物は、一般的に老人と呼ばれる年齢となった横澤よりもさらに年上で車いすに腰掛けていた。目線がちょうど合ったのはその為だ。後ろには車いすを押してきた中年の男性が話の邪魔にならないよう、少し離れて控えている。
とはいえ十文字と呼ばれた彼は体は兎も角、頭の方はしっかりとした様子で会話もしゃんとしていた。
「久しぶりに知人と会うというのにそこまで畏まらなくてもいいよ。やはり政治家をやっている人間というのは辞めてから初めて自分のことがわかるものだ。堅苦しい服ににあう堅苦しさ。きっと私もそうだったんだろうなぁ」
「先生……」
横澤がそう言うと、十文字は皺だらけの顔をくしゃっとさせて笑う。
「おいおい先生は止めてくれよ。私はもう引退したんだから。しかし最後にあったのは北条のせがれの二回目の結婚式以来か」
「もうあれから十年です。北条さんも昨年鬼籍に入られる前に初孫を抱けたというのは嬉しかったようです。その孫も今度小学校で、下の子は三歳だそうです」
「彼も幸せなことじゃないか。二人も孫ができたとはね。それに比べ、私は今じゃ三度の飯と日に一度杖を突いての庭の散策が趣味の老人だ。てんで最近のことは分からなくなったよ」
十文字はそういうが諧謔でしかない。
二十年前にひっそりと引退する前までは、政界の表も裏も知り尽くす大物政治家として名をはせていた人物だ。いくつもの大臣職を歴任し、総理大臣の最有力候補にも挙がることもあった。
突然の贈収賄事件に関与し、自ら身を引く形で隠遁することとなったあとは一切表舞台に現れることもなくなり、少し年配の有権者でなければ記憶もあいまいになってはいる。
とはいえ、横澤は彼の現役時代は派閥の一員として活動し、派閥の解散後もその影響を受けたグループから栄達した身としてその態度には慎重さが必要だと思っていた。
なにせ、ここに横澤が来ると知っていたのだから。
「十文字さん、そんなことは」
「まあ、ここで話すのもなんだ。お上がりなさい。茶の一つと、少しばかり話でもしようじゃないか」
そう言って十文字は控えていた男に頷く。
それを受けて十文字の車いすを男が押して奥へと向かい始める。
「いえ、十文字さん。そんな時間は……」
茶を出すと言われて慌てる横澤。
だが、十文字は奥に進みながら言う。
「大丈夫。君が来る前に必要なものはテーブルに広げ終わっているよ。それでも見ながら話をしようじゃないか。三十年前、我々が九条と道を違えたあの一日について」
「先生……」
「先生はよせといっただろうに。しかし当時を知っていて、生きて、しかもボケていないのはもう私くらいだからねぇ。皆、天寿を全うして私に押し付けていった。ああ、全く。長生きも善し悪しだな。ピンピンコロリと早めに逝っておけばこんな心労もなかったのになぁ」
玄関から軽く頭を下げて靴を脱ぐと廊下を歩く。その最中も独白に近い十文字の口は止まらない。
突き当りを進むと来客用の部屋があり、十文字はそこに横澤と卓に着いた。
「だが、奴がここまで大っぴらに動き出すのなら、君に後事を任せるのに話をするのが生き残りの役目だ。老人どもの尻拭いを次代に任せる。業が深いことだ」
「恐れ入ります」
「頼む、横澤君。必ずここで奴を、奴らを。どうにか止めてくれ。罪人たる私が頼める立場ではないのだが」
深々と後輩の横澤に頭を下げる十文字。
現役時代はポーズとしてのそれは見たことがあっても、真摯に心からのそれは見たことが無かったように思う。
それに横澤が頷く。
「分かりました。十文字さん。必ず、必ず私たちのこの代で。女禍黄土を止めて見せます」
そう決意した横澤を見て、ようやく十文字は安心しきった笑顔を浮かべるのだった。
今日の二本目です。




