9-了 策略 の 錯覚
しばらくぶりです。
アキトシ達がホール内から援護として駆け付けた時には、全てが一度“終わった”様子だった。
「これはこれは。今日の催しにそちら様をお呼びした覚えはないのだがね」
死屍累々。
アキトシは視線をざっと走らせる。
開けた位置に転がるひしゃげたコンテナの前にある半壊したコンクリート製のベンチに腰を下ろしている男、いや骸骨。黒木兼繁に皮肉を込めて話しかけてみる。
「そうだったか? ふむ……俺の勘違いか。先日どこぞの学舎のそばで酒を飲んでいるところにわざわざ今日の案内状代わりにお遣いをくれただろう? 押し付けられるように渡されたので、これでも少々お澄ましが過ぎるかと思っていたのだが。ああ、それとすまんことに現代の作法がこちとら分かぬもので、そちらが“来訪した時に倣って”来たのだが、“こちらと同じように”問題はなかろう?」
遠回しに意趣返しを込めた憎まれ口をあっけらかんと言ってみせる定良。ベンチに置かれた二本の大太刀は鞘に入ったままだ。
アキトシ達トゥルー・ブルーの仲間がそこから離れた一角に無造作に一纏めの山にされて積んで転がされているのをみて流石にアキトシも顔を顰める。
微かにではあるが、身じろぎや小さな呻きがそこから聞こえることからすると、辛うじてではあるが息はしているということだろう。
(という状況だが、アレは配慮はしたぞ、というポーズのための手加減か。最悪生き死にレベルの状況になったとしても知ったことではない、という認識か)
ぶった斬られた者のその先などどうでもいい、といわんばかりに特に応急処置すらしていない様子だ。こちらが悪事を働いている以上、あの骸骨の判断基準は分かりやすい。
死んだら死んだでそれは斬られた、殴られた奴の責任だというスタンス。
あの空っぽの骸骨の頭にもおそらく捕虜・虜囚という概念はあるはずだが、そこと違う観点で大きな問題があるのが明白である。つまりは、トゥルー・ブルー側がどんな災難に遭おうともそれはそいつらが仕出かしたことの結果でしかないということだ。
罪に対する罰が妥当かどうかを、法ではなく個人の判断で采配する。
リンゴ一つの窃盗で、犯人が受ける罰が口頭での厳重注意か、それとも骨が折れるまで殴られるかはその店主の心ひとつという所で止まっているのだ。
法治国家が、個人が犯した罪にある程度皆が妥当だと思われる範囲に罰を設定していく。
これを繰り返していく過程を生活の中で触れて、皆もある程度の罪と罰の天秤を理解するわけだ。
その現代の生活の過程を、定良は一切経ていない。
過程に触れ、現行法の知識は得て、身に染みることはない。
染み込んでいるのはそれ以前の概念。
つまり、彼の持つ常識はリンゴを盗んだ者は骨が折れるまで殴られても仕方ない、という常識がベーシックとなる。
「……マナーの悪いゲストに丁重に退席いただく権限と義務がホストには求められている。その様子ならほどほどに楽しんだことだろう。そのまま家路につかれるがよろしい。見送りはせんがね」
「つれない素振りよ。そう邪険にするものでもあるまい?」
クカカ、と耳障りに甲高く笑うとゆっくりと立ち上がる。
その様子にアキトシと共にきた者たちが銃口を定良にあわせた。
だが、アキトシはそれを手を挙げて制する。
大太刀がそのままベンチに置かれていることもあるが、遺憾なことに大きな不確定要素が生じているからだ。
とはいえ、何かを仕込んでいる可能性を考えると完全に意識を切るわけにはいかない。
半分ほどの意識を定良に向けつつも、その不確定要素を洗い出す。
(あの客人共はどこに行った? ここまでにすれ違いはしていない……。ここにも転がっている風でも無いようだ。と、なると……)
あくまで打算的な協力体制を築いているだけの女禍黄土とアキトシ達トゥルー・ブルー。
一番考え得るのは当然のことだが漁夫の利を得ようとするハイエナ行為。直接害することはないにしても定良とアキトシ達をぶつけて、自身の有利な結果のみを享受するつもりか、と。
(こちらも頭の隅で考えていたこととはいえ、まさか同じタイミングで向こうが先に切り捨てるとはな。少々自由に動かさせすぎた)
空を見ればほとんど夜の闇が戻ってきている。薄くは「バリア」が覆っているのが見えはするが、それはこの場所が「バリア」の起点だからだ。
この場所から離れれば離れるほどその効力は薄れていく。
一番外縁に至っては恐らく静電気程度に落ちついてしまうだろう。
先ほどまで聞こえていたヘリの音が遠くに聞こえる。
報道関係の物でなければ、十中八九で定良たち侵攻側の援軍ということになる。
「無礼な客人は強制的に叩きださせてもらう!」
アキトシは即座に戦闘態勢に移ろうと身構える。
山となって積まれた負傷者の救助を行う邪魔をさせるわけにはいかないからだ。
「クカカカカッ! まだまだ増えるぞッ! 宴は人の多い方が楽しいだろうッ!?」
「タダ酒をせびりに来る取り巻きは客ではない。寄生虫風情を侍らせる下品ッ! 里が知れるな!」
「カカッ! そうよ、俺は所詮、山猿あがりの蛮勇が果ての骸よ! それに品性などを期待するそちらが呆けているだけのことォッ!」
定良は言い放ちながら手首の陰に逆手に把持していたナイフを投擲する。
最初の防衛陣を切り崩した時に強奪していたのだろう。
手首のスナップだけで放り投げるそれが右と左の二本。
鞘に収まった大太刀をベンチに置いたままにしたのはそれを見せるため。武器を手には持っていないという一種のフェイク。
虚を突くのに話が終わるか終わらないかという所を狙っての奇襲。
一本はアキトシへと、もう一つは誰もいない木の陰に向かって。
アキトシはただ自身の前に障壁を張るにとどめた。マユミ経由で模造異能者の能力については、ある程度の関係者にはオープンにされていると判断してのことだ。
当然、定良はその関係者に該当すると思われる。
かんっ、と甲高い音と共にナイフが障壁にぶつかり、地面へと転がった。
「チィッ!」
その一方で小さな舌打ちがその木の陰から聞こえる。
誰もいないはずのその場所に、いつの間にか痩せた風貌の男が一人。
五十過ぎの年齢で白髪が目立つ髪を肩位まで伸ばした男。
それが飛んできたナイフを右手の指で挟んで持っていた。
苦々し気に定良を睨み、そしてその後にアキトシへと視線を向ける。
それは仮にも共闘関係を結んでいる者に向けるには少しばかり混じっていてはいけないような感情が見られた。
「……その様。興味深いなぁ。先ほどから痩せた犬のように縮こまって隠れていたようには思えんよ。どいつもこいつもかくれんぼが好きなのか」
アキトシ、そして痩せぎすの男の両方ともが、警戒先を定良への一本道ではなく、彼を含めた二股に別れているというのに目ざとく気付く。
そして敢えて隠れていたその男がいるのを承知でアキトシの到着を待っていたということだ。
付け加えるならその隠形にアキトシが気づかず、そしてそれを痩せ男が伝える気も無かったのだと何となくは理解させられたということ。
溢れる不信感が敵意とほぼ変わらないくらいに膨らんでいくのが、瘴気を扱う定良には敏感に感じられた。
やれやれと言わんばかりに大仰に両手を上げた後に、片手をぱたぱたと振ってみせる。わざとらしいそんなポーズが癪に障る。
どこか茶化したようなそんな素振りが似合うようなかわいらしさなど砂粒ほどもないというのに。
「……何のつもりか」
それよりもこの場に現れたもう一人に聞くことがある。
質問、いやすでに詰問か。
アキトシが発っした言葉が険を孕んでいる。明確にこの目の前の男、そして女禍黄土の連中に白か黒かのラベルを貼らなくてはならない。しかも早急かつ明確、そして不可逆的に。
援護に来たはずのアキトシ達にも知られないように、不可視の隠形と思しき術を行使している時点ですでにおかしい。
いや、それ以前にそのようなことができるのであればこの惨状が出来上がるときにはすでにここにいたのではないのか。壊滅していく防衛部隊への援護を放棄していたのではないかという疑いすら生まれるのだ。
打算的な協力体制から一段下がり、相互不可侵だが疑心暗鬼、というところか。
「ふん。何のつもりか、とは。これはトゥルー・ブルー。貴君らの失態ではないか。みすみすこの祭壇に、このような汚らわしい骨を侵入させるとは。このような無体を許すなどあり得ん事だ」
「おやおや、失態というのであればその骨とやらの制御を失ったのは女禍黄土。そちらの未熟がゆえという話では? 前任のあの尊大な自信家の顔はまだ私の記憶には残っているが?」
ちぃ、という舌打ちが音として聞こえる。
嫌味を言われたことではない。その前のアキトシの「女禍黄土」と言いきった台詞だ。
この場にいる明確な認識としてこのやせぎすの男は「女禍黄土」という謎めいた組織の一員であるということが確定したわけである。
それをする為に、そう嫌がらせとして名を呼んだということ。
従って、アキトシと痩せた男の間にははっきりとした溝が刻まれ、そしてもう一人。
静かに眠っていたところを霞掛かった意識のまま揺り起こされ、体よく使われていた者。
黒木定良兼繁にとっては、意にそぐわないままに解き放たれるまで首輪の先の鎖を握られていた相手となる。
「クカカッ! やはりか、ようやく、ようやくだな!」
気分がいいのかいつもよりもワンオクターブほどカタカタと鳴る骨の音と笑い声が高くなる。
ベンチに置いた大太刀をずるりと抜き放ち、両の手に一本ずつ握る。
喜色満面、とはいえ顔に肉が無くそうかどうかは分からないが、そういった雰囲気は感じられる。
「女禍黄土ぉぉぉ……。ようやく一匹見つけたぞぉ。ここまで見つらからぬとは思いもせなんだしな」
ずぞぞぞっ、と定良の全身から瘴気が密閉容器を開けたドライアイスのように吹き出してくる。
特濃のねっとりとしたその瘴気は澱のようにどんどん地面へと流れ落ちていく。
「……とっくの昔にくたばった者が厚顔無恥にも我らに挑むか。道具の分際、しかも壊れかけと来ている」
「貴様らとてその程度の玩具を用いねば女一人襲えぬ腰抜けの集まりだろう。現に今も痩せ犬のように伏せておったろうに。おお、一人で立って話もできるか、腑抜けにしては上等よ」
「舌もないくせによくもそこまで口が回るものだ。おっと、頭の中も空っぽでカラカラと音が混じるのはそのせいか?」
定良と痩せた男が言い合い、そして沈黙。
それがほんの数秒続き、そして均衡が崩れる。
「く、くはっ!」
「カカッ! クカカッ!」
「ふはははは! ふはっ、ふはははは!」
「カカカカカカッ! カカカッ!!」
双方ともがどちらともなく笑い始める。
今のこの場にふさわしいとは到底思えないその言動。
だが、残されたアキトシは口を出すことなくその場に控える。
ここは沈黙が正解。
これもまた数秒の笑い声が響く。
そして、その後。
全く同じタイミングでぴたり、と声が途切れた。
「「黙れ」」
双方ともに同じ文言を同じ圧で同じ感情を込めて相手に発する。
顔から一切の表情が消えている。
定良は変わらずシャレコウベの変わらぬ顔であったが、そこには確かに隔意という名の感情が乗っているに違いない。
完全なる拒絶の意思をもって相手に接する。
ごっ!
地面を蹴り、定良が一気に痩せ男に迫る。
突進する勢いのままに大太刀を突き入れた。
一方の痩せ男は、指で挟んだナイフの刃先をくるりと回して逆手に柄を掴む。
そしてそのナイフで突き込んでくる定良の大太刀に合わせる。
ギャンッ!
重なり合った刃同士が擦れて火花を上げる。滑らせるように大太刀の突きを流し、一歩痩せ男が踏み込む。
即座に外されたということを認識した定良が追撃。
もう一振りの大太刀を大上段に叩き付けるようにして振り抜く。
踏み込み一歩分の痩せ男の詰めに対し、一撃必殺の一振りを当ててきた。
どっ!
舗装された地面のレンガが爆ぜるようにして大太刀の一振りを受ける。
半身ずらしてそれを回避すると同時に左手から小さな飛礫を放る。
大きさはビー玉程度。水に墨汁を垂らしたような濁った玉を定良に投げつけた。
それを目の端に捉えた途端、定良は地面を蹴って跳ぶ。
勘だった。
そのビー玉と距離を取るようにして大きく逃げの体勢を取る。この場で明らかにダメージも与えられそうにない大きさのそれに、最大級の警戒を取ったことになる。
当然、両手に掴んだままの大太刀には自身の瘴気を纏わせ、腕をクロスした防御態勢を維持しつつだ。
地面を蹴った音がするかしないかの瞬間。
轟ッ……!!
「ぬうっ!」
飛礫を起点にした放射線状の爆炎が定良に向かって噴き上がる。
指向性のあるそれは薄くではあるがガードしきれなかった定良を焼く。
大きく後ろに跳んだこと、そして爆風により体がさらに遠くへと。
本来の着地予測よりもさらに飛ばされることで姿勢の制御が失われる。
そこへ、痩せ男の追撃が迫る。
出所が分かりにくいように地面を擦る様なサイドスローでのナイフの投擲。
爆炎での視界不良、そして炎に照らされ刃の輝きも消される。
これは、当たる。
どっ……!
鈍い音と共に定良のガードを抜けた右の脇にナイフが突き立つ。
それを視認し、にたりと薄い笑みを浮かべた痩せ男。
しかし、即座にそれが凍る。
「くっ!?」
首だけを全力で反らす。
すると今先ほどまで自分の顔面があった場所をナイフが通り過ぎていた。
さくっ、と小気味よい音を発ててナイフが彼の左ほほを裂き、ぱっと鮮やかに鮮血が舞う。
そして遅れてからんからんと地面に金属が落ちてけたたましく音を発する。
落ちていたのは大太刀一振り。
定良の持っていたうちの一本である。
「クハハッ!」
爆発のあった地面にこげ跡が残り、それを挟んで定良と痩せ男が対峙する。
何でもないように定良は腹からナイフを引き抜く。
そこには内臓もないがらんどう。
有効だとはなり得ない。
「妖の術者だというのは聞いているからな。なるほどなるほどこれは面白い。良い経験になったぞ」
「……そちらも小手先の手品が得意なようだな」
クカカッ、と顎を鳴らす定良。
爆炎を食らい、姿が見えなくなった瞬間に動いたのだろう。
直前までのガードポジションから片方の大太刀を外し、そして奪い取っていたナイフを投擲したのだ。
倒された者からさらに奪い取っていてもおかしくはないし、事前に自前で準備していることも考えられる。奪い取っていたナイフは痩せ男・アキトシへと投げた二本だと思い込んでいたのが失態。わざわざ二本を抜き取っているのを見せられていたのだから。
鹵獲した物をわざわざ利用したのが誘いだと気付くべきだった。
そんな素振りも無く負傷者をただ積み上げていると思わせたのだ。見られていると解っていてのミスディレクション。あのタイミングで他から鹵獲したのだろう。
真っ直ぐに裂かれた頬の傷は少し深かったのかそこからぽたぽたと顎まで血の幕のように滴る。
「カード消失、コイン消失マジックとかいうらしい。初めて見ただけでは、どうなっているのかまるで分からんが、世の中には親切にも解説動画というものがある。ここがこうでこうなって、とこの空っぽの頭でもわかるよう懇切丁寧に教えてくれるのよ。どうだ? 素人の手慰みにしては上出来だろう?」
飲酒・映画・読書に絵画ときて、どうやら次はマジシャンの手品のタネをアップした動画にご興味がおありのシャレコウベ殿である。
そう言って手首を返すと柄の無いブレード部だけのナイフがにゅっとさらに二本出てくる。どうやら籠手のあたりに隠しているのだろう。鹵獲時点で柄のあたりで折り砕き、刃だけを入手。爆炎で姿を隠した痩せ男の追撃まで読み切り、その射出方向に向かって刃だけを投擲したと考えるべきか。
「しかし頭しかないうらなりかと思いきや、それなりには遣る。名を聞いておいて損は無さそうだな」
指に挟んだ刃をからんからんと地面へと落とし、残った大太刀一振りをしっかりと握る。
一方の痩せ男は回避できなければ潰れていただろう目を鋭く尖らせながら定良をにらんだ。
「女禍黄土、美濃部という。しかし黒木兼繁、貴様。自覚しているのか。その在り様は危険すぎる」
睨んだ先の骸骨に尋ねる。
この目の前の存在は、ある種の人間の望むゴールでもあり、そして圧倒的大多数の脅威となり得るということ。
それに気付いているのか、と。
「死してなお続くこの仮初の生についてか? それとも永久に全てを溜め込むことはできぬこの器の限界を言っておるのか?」
「どちらともだ」
不死、あるいはそれに近しい状態。
他者に打倒されない限り定良のこの状態は、不完全とはいえ過去の為政者が望んだ不老不死。それの体現ともいえる。
意思を保ちその上で自己を研鑽し、絶え間なく新しく学び取ることができるなら、それは他のいかなる天才にも追いつくことができるということに等しい。
有限の才は無限の凡庸には敗北するのだから。
とはいえ、その器である定良自身の心が耐えるだけの何かがあるのかと言われれば、だ。
明確に意思を取り戻した特級呪霊など、美濃部の知る限りこの一体のみ。どうして意思を持ち得たのかを含め、危険視するのは当然のことだ。
生前の未練などで蘇る怨霊のように破滅的な精神性を有しておらず(あくまでそれと比較してではあるが)、精神的均衡を保っているようにも見える。
だが、それはあくまで見えるだけかもしれず(実際にこの惨状をみれば)、将来的な状態の維持が可能かは不明確なまま。
「だからこそ、今ここに俺がいるのだろうに。毒虫を食ろうて平然とできるのは毒蛇ぐらい。貴様らのような下郎を壊れかけの俺がどのように降したところで誰も気にも留めまい。どうせ壊れるのだ。そのようなゴミとクズどもを丸ごとまとめて地の底にでも埋めてしまえばそれで終わるではないか?」
自身のことをどうでも良いと平然と言い放った定良。
そしてそれと同じくらいに、女禍黄土もトゥルー・ブルーも同じだと。
「クカカ……。心配せずともそのうちにはみすぼらしい死にざまを晒すだろうさ。まあ、この軽い頭の行き先は決めてはおるのでな。そやつにくれてやるまではしばらくこの首の上に乗せておくつもりよ。それまではまあ、暇つぶしだな」
こんこん、とかるく自分の鎖骨付近を開いた手で軽く叩いてみせる。
そして距離が空いていることもあり、周りを見渡す。
二人の戦闘に一切参加していなかったアキトシ達の様子を伺う。
「トゥルー・ブルー……! 何をッ!」
鋭く美濃部から舌鋒。
その先は戦闘の最中に積み上げられた負傷者を背負い、この場から退こうとするトゥルー・ブルー側の後続戦力だ。
あると思われる援護も無く、単発での攻撃に終わったことに対する抗議であった。
「すまんがここは退かせてもらう」
「……ッ!? この状況でッ!」
すでに逃げの体勢に入っているアキトシ達へと美濃部の怒声が飛ぶ。積極的な敵対まではいかずとも相互不可侵程度の関係だという認識が崩れた。
そして女禍黄土、トゥルー・ブルー双方の共通敵として定良が位置している。
ならばこの場ではしぶしぶではあっても協調できるはず。
その仮定が崩れた。
とはいえ、アキトシ達の顔に浮かぶのは、そうしたくてそうしているというものではない
「外道がッ!」
アキトシが吐き捨てる。
彼だけでなく美濃部にもようやく分かった。
最初の最初から思い違いをしていたのだ。
この息も絶え絶えの負傷者の山。
これは命が助かればそれでいい、という判断でやったのではない。
近くで負傷具合を軽く診た限りで、ダメージの度合いが計算されつくした一帯に留まるのだ。トリアージレベルでいえば赤よりの黄という所。赤や黒よりの赤というラインには達しないように手加減している。
死なないように手加減、ではない。適切な治療を要するように搬送を必要とするレベルに全ての負傷者を調整した形跡があった。
「多勢に無勢というのは兵法としても下策ではあるのでな。感謝でもしてくれればいい」
またもカカッ、と顎を鳴らして笑う定良。
その様子からこの状況がわざであるということが分かる。
(こういった負傷者の使い方をするのか、こいつは!)
意図的に負傷者を出し、それを救護しなくてはならない状況を作り出す。
もちろん、アキトシ達トゥルー・ブルーが救護を行わない可能性もあるとは思う。
アキトシは知り得なかったが、実のところその確度を知るために事前にテストめいたことを実施済みというのが恐怖であろう。
まず捕縛した仲間を自らと相手との射線上に差し出した時の逡巡。次に激高させ感情の発露を誘発させて、その後にももう一度同様な挑発。
その両方でトゥルー・ブルー側のテログループはあくまでも、“仲間を大切に”というスタンスだった。これはグループ全体の意思がそちらに傾いているという情報である。
その管理層であるアキトシがそれに準じないというのは考えにくい。
後詰めとしてのアキトシ、若しくはケンショウが来るならば全てとは言わなくとも一部は救護に回るはず、と踏んでの賭け。
「そのくらいならば、どうにか命永らえることもできる、やもしれん」
「……ッ!」
現代において医療の発達は多くの命を救うことができるようになった。それは嘘か真か傷口に糞を擦り込むなどの誤用が残っていたらしい、戦国期の定良が生きていた時代と比べれば雲泥の差だ。
つまり、定良からすれば異に思う、現代の常識の隙間を突く方法。深手でも助かる。ならば後方搬送をさせるために敢えて酷い手傷のけが人を作るわけだ。
効果的だが非人道的。世界中で唾棄されるような悪辣を極め切った最低の手段。
それを行使するための精神的ハードルが定良は低い。それがはっきりとわかる。
一方でそれがしっくりとは来なくとも使われるべきではない手段だという知識は手に入れている。そうなるまでの経緯を知識として獲得し、そしてそれが使うべきではない軽蔑に値する手段だとの認識を得て。
その上でそれを行使しても良いというような相手として選ばれたのだ。
選ばれる側としてはたまったものではないが、話の通じる相手ではない。
「どうされますか」
後続部隊の一人がアキトシの背に問いかける。負傷者をどうにか動かせるだけの人数はいる。だが、このまま女禍黄土の美濃部だけにこの場を任せていいものかどうか。
美濃部が定良と対峙するのを拒否し、逃走すればこの負傷者という荷物を背負ったまま定良と対峙するという状況に追いやられるのだ。
「くそ! そのまま退けッ!! 私が殿を務める!」
「はいっ!」
防衛部隊が全滅している以上援軍は無駄に近い。それと連携しての防衛継続を願ったがそれができないのだから。
ならば全員でこの場に留まるよりはいい。
駆け出すまでは難しくとも、それでも精いっぱいの速度で意識の薄れている仲間を背負って早歩き程度の速度で後退を始めた。
一番いい手段はといえば。
「苦情は後だ! ここは合わせろ、女禍黄土!」
「ふんっ!」
アキトシがいらだたし気に叫び、美濃部も不満交じりに息を吐く。
そのまま定良に一時的な連合で二人の男が迫る。
位置取りからするとアキトシが先にたどり着く。
一対一よりも一対一を二方面で行う方が利があると踏んだ結果だ。
ここで大切なのはこれが決して二対一になることはないということ。
一対一で定良を常に削り続ける。この状況を継続していく。
連合であって連携ではない。
「カカカカカカッ!! その様で互いに信じ切れるか? 見物だなッ!」
先に到達するアキトシに向かい、胴を薙ぐように大太刀を振る。
ギンッ!!
太刀がアキトシの展開した障壁に阻まれ甲高い音を発てる。
「行けッ!」
「カッ!」
アキトシが太刀を抑え、その間隙を突くようにして美濃部が迫る。
アキトシを不可視の壁とし、その裏から定良を狙う。
ナイフは無くなったが、自前の術式を用いての攻撃。
接近する必要はなく、中距離よりあの濁ったビー玉、珠を指弾として両方の親指で押し出す。
攻と防。
急遽の連携であるが、上々ではあった。攻守のをどちらに振るかを即時に選択し、アキトシの障壁を防御に割り振る形はベストだっただろう。投擲を除けば近接よりの定良を抑えつつ美濃部の術式による揺さぶりでダメージを稼ぐ。
確かにそれが正しく運用されれば、優位を保ち続けることができるだろう。
定良は先ほどと同じく大太刀に瘴気を纏わせ、飛んでくる珠に向けてガードする。アキトシは元々の障壁があるので美濃部からの攻撃からは守られる。
一方的にアキトシ・美濃部が攻め、定良が守勢に回る形となる。
と、思われた。
「クハァッ!」
攻められ劣勢のはずの定良の笑い声。
まだ術式の起動前の珠が飛んでくる放物線の逆サイド、つまり定良側から鈍い光のそれが飛んでくる。定良の両手はしっかりと大太刀を掴んでいる。つまり投擲ではない。
(なにっ!?)
ぎらっ、と鈍く光ったそれはナイフの刃先。
そう、先ほど地面へと転がして見せたあの刃先である。
つまり両手で大太刀を持っているのも一種の擬態。両手持ちの大太刀で振り抜いて攻撃して見せることで主たる武器をそれに切り替えたという錯覚を起こさせ、地面のナイフの刃先から一瞬注意をそらす。
アキトシを盾に美濃部が動いたところを狙い、恐らくだがその刃先を蹴りつけた。
当然だが障壁の隙間を抜けて珠は定良へと飛んでいく。それはその定良までの放物線上の空間には障壁が存在しないということ。
そしてその放物線の両端には定良と美濃部がいるということ。
アキトシ達が即座に自分たちの役割を攻・防に振り分けれたということは両方を見ていた定良もそれを察知できたわけだ。
組んでくるならどのように動いてくるだろうか、と。
会話をしながらそのシミュレーションを幾通りも。
出来る出来ないではなく、やる。それくらいは当然の技量として持ち合わせているべきなのだ。
そのシミュレーションの中の一つ。最も確度の高いこのフォーメーション。
放った珠に込めた術式の発動と、障壁をすり抜けた刃先の回避の両方を同時に行うことは出来ない。
どちらかを優先すればどちらかが遅れることになる。
「がっ!?」
辛うじて回避に成功した美濃部。
それでも左肩を浅くではあるが裂かれた。
ぎり、と奥歯を噛み締めながら、術式を解放。
「カッ!」
気合と共に珠が爆炎を噴き上げる。
その勢いはアキトシの障壁で遮られているとはいえ、一帯を包み込む。
(やったか!?)
もし定良からのカウンターが無ければ、二つの珠が連動して発動し、完全に術式の効果範囲内に定良を封じ込め、最大効果のダメージを与えることが出来ていたはずだ。
それがほんのわずかながらラグが生じている。
完全な効果を与えるに至ったかどうかは微妙なラインではないかと。
ぶわっ……!
その懸念は現実のものとなる。
爆炎の中から、定良が飛び出してくる。
しかも所々が焼け焦げているが、その飛び出してくる勢いからすると、行動に支障が生じるほどではない、ということだ。
しかも術式が炎ということもある。
肉を持つのであれば火傷などのダメージを与えることができるだろうが、なにせ定良は骨。
その点からしても相性が悪い。
それに加え、美濃部は知る由もないが定良の装備とて一部ブラッシュアップされている。
鎧自体の素材変更は当然、下に着込んだ衣服すらも耐火・耐燃・防刃用の素材に更新されていた。
因みに普段着の作務衣なども同素材である。
先ほどの一回目の攻撃時にも痛痒を与えたように見えなかったのもやせ我慢というわけでも無い。
「さぁぁてぇぇっ!」
定良と違い障壁が無ければ炎の影響をもろに受けるアキトシは、炎の勢いが緩まなければそれを解除できない。
その時間を使い、定良がアキトシの横を駆けていく。ぶんっと軽く振った大太刀から炎と瘴気の残滓が舞い上がった。
後ろからの爆炎の勢いも初速の一助となっている。
駆けだした先、そこにいるのは。
「く、クソっ! 走れッ!」
未だにホールの中にまで撤退しきっていないトゥルー・ブルーの面々。
そこ目掛け、ギンッギンにキマりきった前回の「骸骨武者」が大太刀を手にして突進してくる。
ぐああっ、と負傷者を運ぶために強く抱き止めたことで苦痛の声がそこかしこから上がる。
だが、それ以上の脅威が迫っているのだ。
「フ、フハハッ、ハハハハハッ! ホォォラァァァッ! 逃げろや、逃げロォォォッ! クカカカッ!」
笑い声をあげて迫る定良に軽いパニックに近い混乱が原因で、留まっての抵抗か、全力での撤退かと足並みが崩れそうになる。
そこにようやく炎の勢いが収まったことで動けるようになったアキトシが腰から拳銃を引き抜きつつ叫ぶ。
「走れッ!!」
鋭く後退集団にアキトシが指示を飛ばす。
その声に一瞬ブレかけた方針を取り戻した後退組が逃げ出す。
そして定良目掛け照準を向けて発砲。
ダンッ!
銃声と共に定良目掛けて撃たれた弾丸。
だが、その前に真っ直ぐに直行していた定良は、一瞬アキトシの方を振り返り、その進みをジグザグ走行へと変更していた。
ついさっきまで定良がいたはずの場所に着弾。そのまま地面を跳弾し、それが近くの植え込みの木にめり込む。
ちぃ、と舌打ちと共にアキトシが走り出す。
射線の位置取りが定良を狙うと自然、その前を先行する後退組にも重なりフレンドリーファイアの恐れが排除できない。
それを確認するための振り返りだったのだろう。
完全に直立の状態からのダッシュである。遅れがある。
併せてカウンターを受けて肩を軽く押さえた美濃部も並走。
定良がジグザグに動く分のロスと、アキトシ達の遅れはこの時点でほぼトントンというところ。
だが、それでもジグザグ分の余計な距離と後方確認の時間がアキトシ達には良い方向に傾いた。
ギリギリのタイミングで追いつく。
後退部隊が転がり込むようにしてホールへと続く搬入路になだれ込み、シャッターを下ろし始めるところで、アキトシ達が定良の後背を突けるところまで迫る。
「止まれっ!」
「ハハッ! 間に合わんだな」
とんっ、と追いかけるのを止めて半回転するように跳ぶと、アキトシ達に向かうように正面を正す。
ざざっ、とコンクリートの上を滑って止まる定良の後ろでがががが、と電動のシャッターが下りていく。
ホール内へと撤退した彼らを追うつもりはもう定良にはないのだろう。
「ここまで追い込んだのだ。ごたごたは後にしろ。この骨を仕留めるぞ」
「ふん、そちらに言われずとも」
不仲ではあろうとも共通の敵が目前にいるならば、共闘体制はとれる。
その後のことはその後のことだ。
アキトシと美濃部がしっかりと構える。
肩に担いだ大太刀でぽんぽんと軽く肩を叩きながら可笑しそうな雰囲気で見ている定良。
そうこうしている間に電動シャッターががしょん、と音を発てて完全に閉まった。
「これでもうどこにも行かせん! すり潰してくれるッ」
美濃部がそう言い放つ。
合わせはしなかったがアキトシも同じ気持ちだ。
シャッターも閉まり、その先は行き止まりにかわる。
この場所でしっかりと仕留め切って見せる。
その一点だけは共通認識として共有していた。
「ふむ……。これで良い。こうなれば、良し」
そんな二人の声に耳を傾けるでなく、周りをぐるりと見回す。
「何を言っている!」
「いや、なに。やはり多勢に無勢ではな。流れ弾など万が一があるやもしれんだろう? ようやく貴様ら二人だけになったのでな」
片手で大太刀を肩に担ぎ、もう片方の手のひらを空に向けて指だけで手招きをして見せる。
あまりにも挑発的なそれに、美濃部は激高した。
「戯言をッ!」
前方の定良に注意を向けた美濃部に対し、アキトシは逆に頭が冷える。
(なんだ、この、居心地の悪さは)
挑発。
そうだ、挑発なのだ。
先ほどから一度も揺るぐことなく、定良は自身に向けて敵意が集中するように挑発行為だけを続けている。異常者としか思えないほどの苛烈な行動や、奇異としか感じられないほどのそんな敵対行動に終始している。
穏やかな会話を、というわけにもいかないだろうがそれでも少しくらいは間にブリッジを挟むくらいはあってもいいくらいの会話。
会話。
それもある。
会話をこんなにするのはどうしてか。
定良ほどの効率的な殲滅力があるならば問答無用で戦いの場に引きずり込めばいい。
気質としてこういう精神攻撃を仕掛けてくるのが好きなのかもしれないが、それは自分の中身を晒すことにもなりかねない。
(……それを避けずに?)
おかしい。何かがおかしい。
いま、目の前にいるこの敵。
目の前に、いる?
注目されること。
ここに来た一番最初から、目立つ場所に目印のようにしてどっかりと腰掛け、そこから目を離させないように、目を覆いたくなるようなそれでも注目せざるを得ない、ある種の外連味に溢れた挑発で意識を自分に向けさせる。
それは、つまり注目させる対象を黒木兼繁の“一人だけ”に注目させるために。
注目、集中、注意。
ぼんやり光る「バリア」が消失した後であるが、真っ暗な中でもちょうどいま、空高くに月が浮かんでいる。
薄い月明かり。
その月を背負っていることで、足元に影が落ちていた。
……カードマジック。
(ミス、ディレク……っ!?)
自分の陰に、一瞬だが何かがブレて映る。
「がぁっ!?」
全力で障壁を展開。
今の今まで一つも注意を払っていなかった“真後ろ”へと。
がいぃぃぃぃぃんっ!!
金属製のロッカーの側面に思い切り何かがぶつかったときのような音があたり一面に響く。
「クハハハッ! 御見事ッ!」
「ウッソ! マジで!?」
定良の楽しそうな声に続いて、驚きの声が上がる。それは若い女の声だった。
音が響いた方向を鋭くアキトシと美濃部がにらむ。
障壁にはじかれたまま空高く飛んでいく人影が一つ。
勢いよくはじかれたことで距離を稼ぎ、そのまま定良がいる方に飛んでいく。
ずしゃぁっ!
地面を滑り、体勢を崩したその人影をかばうようにして定良が一歩前に。
「見抜かれたか……。まあ、このような穴の開いた策で仕留められるようでは出張ってきたかいもない」
「す、すいません。師匠!」
そう定良に言ったのは光沢のあるボディースーツに近いようなものを身に纏った女性。
女性と言えるのは話しかけた声だけではなく、その暗色系の青みがかったボディースーツが体形が出るようにぴったりと張り付いているように見えるからでもある。
「あの時の被験者か……」
アキトシが苦々し気に吐き捨てる。
確かに彼女たちがここにいるのは予想されていたが。
(この女、メラニーの影響下には入らなかったのか?)
ホール周辺の人間については完全に制圧できるという考えでいた。彼女たちにしてもそれと変わらず制圧できるという考えだったというのに、この様子ではそういうわけでもないようだ。
明らかに自分たちが設計したヒトガタの亜種が混じっていると仮定しても著しい差異が生じている。
「さて、これで二対ニだな。準備に時間がかかったが、な」
満足そうに定良が飛んできた女、藤堂ユイから放り投げていたもう一振りの大太刀を受け取っていた。
一方のユイはこれまた転がっていたあの特製の大盾をしっかりと構える。
その盾のサイズ感、それがユイにぴったりに見える。
そう、この盾の送り先は定良ではない。
これはユイのための装備であった。
明らかな武器、というものを持つことにユイが難色を示したことが理由だ。
「先ほどまでの大仰な様……。すべてハンドサインか」
美濃部がにらみを利かせたままじりじり、とアキトシの側による。
「さあて? どうだったかな?」
とぼけて見せる骨にぎりと奥歯をかみしめる。
最初からあそこまで自分に集中させたのは、ユイの存在を隠すため。
おそらくは身を隠したユイは定良の到着まで待機していた。
そしてあの時、“どいつもこいつもかくれんぼが好きだな”とこの骨は言った。
あれはユイの存在を確認したというサインだったのだろう。
違和感を覚えたというのに、それを追及できなかったのも失策か。できるタイミングでもなかったが。
これで二対二。
急造のチーム編成のこちらと違い、明らかに連携をしてきている相手側の様子からすると。
「……く」
信義を置けない相手との連携を強いられるこの状況。
黒木兼繁。
明らかに対人戦を、そして集団戦のベテランであるその骨相手に挑むこととなる状況を作られたことに歯噛みするしかなかった。
これを前回のと合わせてすらっ、と書きたかった。
すごい手こずって時間も開いてるので、今日どうにかもう一本だそうかな、と。
そっちは短めですけど。




