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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
5章

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9-3 同刻の別班

「はぁ……」


 街灯は完全に消えているが、うすく輝く「バリア」による光源がかろうじて確保されているため、周辺を歩くのには問題ない。

 そんな中で、ため息を吐いた相方の方を見る。

 小柄なペストマスクの人物、ペスト小とでも呼ぼうか。

 かくん、と首が垂れてそのせいでペストマスクの先が地面に向かって刺さりそうなほどに落ちていた。


「何をそんなに落ち込む」


 背の高い大柄なペストマスクの男、ここでは区別するためにペスト大と呼称したい。

 そのペスト大がペスト小に尋ねる。


「写真、一枚くらい欲しかった……」


 とぼとぼと歩きながらそうつぶやく。

 そして言った後にローブのようなゆったりとした服の袖からごそごそと何かを取り出した。


「……まだ持っていたのか、それ」


 嘴の先が少しペスト小の方に向いたことから、そちらの方を見たのだろう。

 二人が二人してマスク姿だと全く表情の機微が分からないので不便ではある。

 取り出されたのは小さなキーホルダー。

 ちみっこいデフォルメされたキャラクターグッズで、鎧兜姿の可愛らしいものだ。

 一時期かなりの高額で取引された「光速の騎士」によく似た外観の全く別のキャラクターという説明のし辛い著作権のアイテムである。

 ちなみに兜にバッテン傷があるので、価格の落ち着いた再販版ではなく、未だ高止まりしている初期ロットの方。


「せっかく話ができる機会だったのに」


 ペスト小はそう言うとしゅん、となった。……たぶん、なった。ペストマスクでよくは見えないけれども。

 それを見てペスト大が話しかける。


「向こうも緊急時だということは理解しているはずだ。そんなことが通るとは思わん」

「……行けそうな気がした。あの感じなら少しくらいは話をして、サインの一つくらいは」

「正気か。我々と奴は本来交わらぬ存在。火嶋早苗の仲介なしでこのような馴れ合いをするつもりもなかったのだぞ」


 咎めるようにペスト大が小に言い放つと、それを気にした様子も無くキーホルダーのマスコットの頭を指でいじりながら言い返す。


「仕事は仕事。でもプライベートはプライベートであるべき。より良い仕事はより良い私生活が無くてはできないし、その逆もまた確かなこと」

「……向こう側の意向もあるだろう。正体を秘匿している以上、サインであれば筆跡などの調査に使われるという懸念もあるはず」

「その場合は写真で我慢をする」


 言えば言うだけ反論が返ってくる。

 確かに自分たちは仕事以外では個人のプライベートにまで踏み込むことはない。

 だが、こういう形で影響が出ているならば口出しをしなくてはならない。

 情の有る無しでとっさの判断が鈍るということになっては話にならないのだから。


「そ……」

「懸念は分かる。でも大丈夫」


 言おうとした機先をとられた。

 ペスト小はそのまま続ける。


「あの人、素のスペック単体で明らかにあの時部屋にいた人間の中で一番強い。当然私たちも含めて」

「それは……」


 ぼそぼそとつぶやくように、そしてペストマスク越しで聞こえにくくてもその声はしっかりと耳に届いた。


「弱きが強きを心配するのは無駄。あの人がどうにもできないのなら、こっちもどうしようもない、はず」

「……」


 やらずともわかることがある。

 あの呪石をまさかの、素手で掴んじゃいました、えへへとのたまわれてはたまったものではない。

 普通であれば接触、即、部位欠損を覚悟するレベルの劇物である。

 それを水ぶくれができてしばらく痛かったよー、と続けられてはどう反応できるものか。

 志藤が先に反応しなければ同じように阿呆を晒すように尋ねてしまっただろう。

 少なくとも、言っている内容に嘘が無いことが前提だが現生人類の枠を超えた耐呪抵抗力を保有する人間、ということは確定。

 それに加え、各種の手品じみた能力や、遺失しているような魔術的技術、そして何よりフィジカル面で人の分際をわきまえていない規格を有する。

 ケツ持ちに白石グループがバックアップしているのは隠しきれず、さらには“専門家”なる魔術的概念を技術として解説できるブレーンすらいる様子。

 そしてまさかの空前の大人気。

 お祭り好きな日本人のみならず、世界中に熱狂的、いや狂信ファナティック的なファンを獲得している始末。

 エサは美味そうで魅力的過ぎるが、あまりにも見え透いた大きなトリモチがその前に数百メートル広がっているようなものだ。

 まさに甘すぎる毒。


(何らかの対処は必要か? これ以上入れ込むようならば)


 片方はそんなことを考えつつ、もう一人は手元のキーホルダーを弄びつつ歩いてその場を後にするペストマスクの二人。

 ただの世間話をしている彼らの後ろで、めらめらと燃え盛るトラックのコンテナが転がっていた。

 それは「騎士」達が電波塔で見かけたのと同じ作りのコンテナで、周辺には何かどろどろとした何かが所々にぶちまけられたようにして点在している。

 コンテナの根元にあるはずのトラックはどういうわけか、運転席のドアの取っ手部分から“下だけを”残して、風とおしを良くしていた。

 どういうわけか、と言ったのはその上側が、ぐるりと見回す限り見当たらないからだ。

 ドアの下側だけを残した運転席のハンドルも十時から二時までの部分がごっそりと無くなっている。

 昔々、子供の頃。おやつにショートケーキが出された時に。

 お父さんお母さんからフォークを使いなさい、と言われるかどうかという位の幼い頃。

 彼らの教えを無視して、まだ十分にフォークを使えず、何もかもが面倒になったことはないだろうか。

 そしてその欲望の赴くまま。

 子どもであった私たちは、がぶり、とそのケーキを上からかぶりつくのだ。

 くっきりとした歯形を残し、そして無残にも上っ側のイチゴやらクリームやらを根こそぎ食らいついた後。

 いま、トラックに残っているのはそんな上っ側に勢いよく大口で食らいついたかのような“歯型”が残っていた。





「ねえ、こっちって目的地とは違うわよ? 通りを挟んで向こうの変電所のはずじゃない」


 チーム分けの都合上、「騎士」と別れたマユミは、同道するマサキ・ガルシアとその同僚である四ツ田という何処か軟派な印象を漂わせる男と共に動いていた。

 本来は「監督責任者」である「騎士」の元で動くことが前提条件であるが、四ツ田が代理での監督権限を持っているということが確認できている。

 白石グループ内部での「マユミ・ガルシア」というリソースをフレキシブルな活用を行うことができるようにと考えられた結果であるそうだ。

 門倉からは現地のスタッフへと引き継ぐこと、と言われておりこの状況下では明らかにその方が効率的だと「騎士」も判断していた。


「弘法にも筆の誤り、って言って外国人のお前たちに通じないかもしれんが。間違えることは誰にでもある。そんで、『騎士』殿の知己の専門家サン発の目的地なんだが外れだ。正解はこっち。このビルの中。大学と官公庁、あとは地元企業の産官学共同で始めた第三セクターで管理してる民間にも開放したクラウドサーバーの管理棟だよ」

「なんでそんなことが分かるのよ」


 不思議がるマユミをよそに、四ツ田がビルのドアをきぃ、と開く。

 仮にもそれなりの金を投資したはずの第三セクターの管理ビル。この夜中に鍵がかかっていないというのはおかしい。


「天下り用に仕立てたんだろうが、色々あって今はデカイサーバーが置かれてるだけになってる。管理も杜撰で、下請けのさらに下請けに丸投げーってな。時流に乗り遅れた型落ちの機械を抱え込んじまって、どうにもならなくなった赤字垂れ流す部門なんぞ、誰も気にしやしないし、定年後の再就職を回してもらう奴らは誰かに気にしてもらっちゃ困るんだろ。そこらへんは俺の知ったこっちゃない。だが、使用率の低い、非常電源のついた、リモートで監視してるだけの人気の無いビル。……中々に使い勝手が良かったのかな」


 マユミの質問に答えるでもなく、ずかずかと中に入るとそのまま照明の消えたビルを進む。途中途中には非常口を示す非常灯が灯っている。


「このポイントは事前に準備できる下地があった。その分、警戒用のヒトガタを置いて準備をしたし、それ用のトラップも置いておいた。準備万端の体勢でこの大規模なイベントを開催したわけだ」


 そう言って懐から煙草を取り出すと、ジッポで火をつける。

 歩き煙草をする四ツ田は「禁煙」の注意書きが張られた廊下を歩いていく。

 ふぅぅ、と大きく煙を吐くと一筋の線が空に描かれる。

 かつかつとモルタルの床を四ツ田の革靴が歩く音が響く。

 歩いて行った先の休憩スペースと思われる自販機と、使い古した不揃いのソファがいくつも置かれた場所に出る。

 非常用の電源が生きているのか、自販機は煌々と光っていた。


「……そんで、まあ? そんな激戦必至のこの場所で一服できるってのは、ここがすでに片付いているからだ。ほんのついさっき、善意でのご協力をしてくださるそれはそれは徳の高い方が電話してきた。先に片づけておきましたので、だと」

「電話? あの空にある『バリア』のせいで通信関係は全滅だって」

「電波帯の一部に規則性を持たせた“穴”を作ってあるらしい。そこを利用できる中継を咬ませてなら、問題なく。知ってるのはその徳の高いコウモリさんだけだと」

「コウモリ?」


 ソファに座った四ツ田はそれ以上答える気は無いようだ。

 暗がりでよく見えていなかった彼の顔は、皮肉めいた笑みを浮かべている。

 まかり間違っても面白くて笑っているような顔ではない。

 押し殺したなにか不満が奥底には渦巻いているようだ。

 足を組んでぷかぷかと煙草を燻らせつつ、根元まで吸いきるとソファの前のテーブルにぐりぐりと捩じり込むようにして火を消す。

 あまりに態度が悪いが、どうにかこうにか取り繕おうとしているのだろう。


「……お出ましだ」


 そう言った四ツ田。


 こつ、こつ、こつ……


 彼らとは違う、何者かの足音。

 それが真っ暗な廊下の先から聞こえてきた。数は一つではない。複数、つまり最低でも二人以上の人間がこちらに来ている。

 警戒心を最大まで跳ね上げるマユミ、そしてマサキのふたり。

 一方で四ツ田は不愉快そうな表情を崩そうともせずに、そのままふんぞり返って懐から真新しい煙草を一本、火をつけずに唇に咥えた。

 視線だけは剣呑なまま、その暗闇の向こうを見ている。


 かつ、かつ、かつ、かつ……。


 靴音が高くなっていく。

 薄暗がりからやってくる人間の様子がぼんやりと見え始め、マユミは目を細める。

 そして、その顔を視認したところで目を見開いた。


「あ、アンタっ!?」


 叫んだマユミの声が、その休憩スペースの中で大きく響いた。

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