9-1ー表 簒奪の宣誓
何気なく、相席している相手にこんなことを尋ねる。
「私たちを“テロリスト”と呼ぶ者のその根拠、エビデンスはどこにあると思う?」
こじゃれたカフェテラスの外に面したテーブルの上に、湯気の立つポットが置かれていた。
こぽこぽとそれを傾げて自分のカップに注ぎ込むとふわりとあたりにハーブの香りが放たれる。
糊の利いたパンツとシャツにベストと上品な様の男性で、優雅に足を組んで座っている。男の名は、アキトシ・サーフィス・ガルシア。
そこに相席しているこちらもスーツ姿の女性に尋ねた。
「……容易には受諾できないような要求を行い、そしてそれを通すための手段として暴力を用いたため。その辺りからではないかと思いますが」
ポットの中を漂うハーブを見ながら、相手が自分のカップにハーブティーを注ぐのを眺める。
女性は自らをジェーンと詐称することになった人間だ。その後にはドゥと続くことからもふざけたネーミングであるのは間違いないだろう。
注がれたそれをいただきます、と口に付ける。カモミールの香りが漂った。
「テロ、テロルという本来の意味ではその認識は正しい。だが、彼らはそんな段階を踏んでこれとこれを満たしている。だからトゥルー・ブルーは、テロリストである。などといちいち理論づけては考えていないよ」
アキトシはくい、とカップを傾げてハーブティーを飲む。
目を閉じ、軽くカップを燻らせてその香りを楽しむと、頬を少し緩ませた。
「彼らはただ自分の理解の及ばない理屈で行われた暴力すべてを短絡的にテロ、と呼んでいるに過ぎない。結果として暴力に分類される行為に加担した者を“テロリスト”と呼んでいるのだ。電車の中で包丁を振り回す阿呆も、人ごみに車で突っ込む狂った思想家も、原発に突入しようとする揃いの軍服姿の軍事的戦闘訓練を受けた他国の特殊部隊だとしても、その全てを“テロリスト”とひとくくりにしてしまうのさ。なにせ、最近はこの国はテロというものに関しては経験が少ない。そのバリエーションの違いを理解しようにも、比較できる経験値が無くなったのだろう」
「通り魔から国際犯罪までそれが一つの括りだと?」
「極端なくらいに悪辣な国家を揺るがすような酷いケースと、その間がごっそり抜けた、個人の歪んだ思想からくる単独の事件が主だろう。本来その間にあるはずの散発的なテロ行為、が人目に付かないほどに少なくはなっているだろうさ。平和ボケと自虐するくらいにはこの国は安全だよ、他と比較すれば」
「平和ボケと言われてはいても、この国には今も昔も監視対象となる様な危険思想の集団はあるとは思いますが」
ジェーンが尋ねる。
「それがあるのは確かだ。だが、ここでいう我々をテロリストと呼称する“大多数”が、日常としてそれを認識できているかどうかだ。さすがに政権の中枢や警察組織までそんな緩んだ人間はいないだろう。だが、分母となる“大多数”が圧倒的にそうなっている。いや、素晴らしい平穏を享受するための先人の努力の結果として、と言っておくべきだろうな。この国の人間はほんの少しの差異を察知する能力が高いのも理由かもしれない」
カップをソーサーに置き、焼き菓子を一つ。
さくり、と音をさせてそれを食べる。
「異常が起きる前にそれを摘む。それができる様な社会であった。そうだな、あった、が正しい。凡庸に生きるだけならば住みよいが、特異な者には生きづらい」
「普通であることが一番平穏を得る近道ですか」
「道を外れることは罪である、とでも言おうか。正でも邪でも。まあ、外れた先がどこに着くか分からないという不安もあるのだろう。夢追い人が自暴自棄。珍しい話でもない」
指先に残る焼き菓子の粉をぱんぱんと手を叩いて落とすと、ゆっくりと立ち上がる。
そのまま店外から中を見やると、崩れるようにして店員と客が倒れていた。
それを特に気にするでもなく、空席の背に掛けていた自身のジャケットを羽織る。
「テロというものに常に彼ら一般の大多数は批難する。被害を受けるのだから当然だ。だから、加害者の意見には賛同をしない。だから相互理解というゴールへと至る道を自ら塞いでしまう無法者としての加害者だけが残る。……そしてこの国の被害者は思うわけだ。“何でこんな誰からも納得されない方法で意見を言うんだ”とね」
ジェーンは何も言わず、アキトシへ床に置いてあったアタッシュケースを手渡す。
「多種多様なテロの経験が無いことから来るこの国特有の無知というものだな。我々がテロリストだと大きな“勘違い”をしている」
「……成程」
今まで無感情にちかいポーカーフェイスのジェーンの顔に得心がいったという薄い笑みが浮かんだ。
渡されたアタッシュケースを手にしてアキトシが言う。
「お伺いを立てて筋道を作り段階を踏んで目的を達する。要求をして結果を待つ。テロリズムの世論に与える結果判定を待っているほど私は暇ではない。まどろっこしいのだよ。我々は最初から結果を寄越せと言っている。この国が、人がどうなろうとも関係ない。……ケンショウが正しい。奴こそが正しく模造能力者の在り様を示していた。我々はダイスを振って天に祈るような理想論者ではない」
空を見る。
一面にぼんやりと光る「バリア」が天蓋のように空を覆っていた。
「我々は、ヒトの次を担う新しきもの。王座の簒奪者だ」
言い切った彼の視線の先には奔流のように空に立ち上る「バリア」に包まれるコンサートホールがあった。
それを見てしっかりと彼は意思表示をする。
「来るがいい『光速の騎士』め。あの様子ならもうすぐそこまで来ているのだろう?」
どうやってもとんでもなくダークな方向に転がるもので、何回か書き直した。短いのはそこら辺の理由からですね。




