8-6 GO! GO! GO! ってね!
メチャクチャ、キャラクターの名前間違えてました。修正したのでごめんなさい。
あと、誤字報告ありがとうございました。
「……な、なんだ。マジで作ってたの、コレ?」
だらけた私服ではなく、ピエロマスクの「正装」に着替えた「光速の騎士」は、目の前の光景に唸る。
同じく「光速の騎士」様の簡素な面をつけた博人と共に、門倉に案内されホテル近くの廃業した運送会社の古びた流通倉庫へとやってきた。
様子見がてら弁当を受け取りに来たのである。
わざわざ自分の分だけ運んでもらうより、出向いた方が早いし、第一待っているだけなら暇なのだ。
ついでに状況確認も兼ねてだが。
「簡易的な作戦拠点の設営に特化させた試作車です。本来の目的から一夜城をモチーフに『スノマタ』と呼称しています」
おののく「騎士」の様子に、声を掛けたのはこの大型車両「スノマタ」の主設計者で白石特殊鋼材研究所の小林だ。
説明する様子がどことなく自慢げに見えるのは見間違いではないだろう。
「きょてんせつえい……?」
言われたことをひらがなで反芻し、それでも消化しきれずに疑問符を浮かべた「騎士」は周りを見渡す。
せかせかとぶっといケーブルを抱えて動き回るスタッフに、周辺にはいくつものテントが張られその中では何か作業をしているようだ。
その基幹となる「スノマタ」の中では、「騎士」の鎧が置かれていて周りに張り付いたスタッフが何かを調整している。それだけではなく、奥には指揮所が設営され、周辺に配置されたモニタは色々な映像やデータの数値が乱舞し、詳しくない「騎士」にもただならぬ状況であることを伝えるには十分であった。
しかも、屋内がそんな状況になっており、さらに屋外には工事中に擬装するようにして他にも屋内に置いておけなかった機材が置かれていたりもするのだ。
拠点設営。なるほど、それはすごいことだなー、と思考放棄に近い感覚であはは、と乾いた笑いを浮かべる。
(……しかもなんで、そんな恰好で飛び回ってんだよ、この人たちは!?)
小林だけではなく、周りのスタッフがいつもの白石の会社ロゴが入った作業着ではなく、いつもと違う作業着を着て作業中だ。
白石の関係者であるということを隠すために白石の作業着ではないのは分かるのだが、今着ている物も問題があるのではないか、と「騎士」は思う。
悶々としているところに、「魔王」博人が小林に尋ねる。
「いつもと違う作業着ですね。……それって、『騎士』の兜、モチーフにしたんですか」
「お! よくわかりましたね」
くるりと半分振り返ると背中を見せてくる。
右側を向いた「騎士」の兜をディフォルメされたものを前面に押し出し、その背面にノコギリとスパナをクロスさせている意匠のエンブレム。
それがでかでかと背中にプリントされていた。同じものが帽子にもある。
よくよく見るとズボンや上着のサイドやファスナーなどの色味も、「騎士」専用鎧のブルーのラインをオマージュしたようになっていた。
「先日、こういった出番もあるかもしれないと発注していたんですが。いや、こんなに早く着る機会が訪れるとは思いませんでした。我々、元々素材関連の研究部門ですから強いところではありますが、早めに動いておいて良かった良かった」
少しばかり腹の出た小林がぽん、と腹を叩く。
そんな恰好に統一された皆を見ると、先ほどまでオンライン配信を見ていたもので、どことなくコンサートのTシャツに群がるファンにも思える。
揃いのライブTに着替え、ペンライトを振りまくる彼ら・彼女らと何が違うものか。
仲間内ならまだしも、他者から見ると痛々しいようにも見えることは理解しておくべきだと思う。
と、仲間内どころか当事者の一番上の人間が、そんなことを思っている。
意味は少し違うかもしれないが親の心子知らずという所か。いや、少しどころか大間違いなのだが。
「ああ、お二人とも来られましたね。ようこそ。どうですか? 実際に目にしたこちらの設備などのご感想は?」
頭を悩ませる「騎士」と興味深そうに周りを見ている博人、そして小林を見つけて門倉が歩いてくる。
彼に関してはいつものスーツ姿で若干「騎士」はほっとした。
「……色んな意味でスゲえな、って感じですか。なんというか振り切れるだけ振り切りました感が」
「ははは、そうですか。立ち話もなんです。どうぞこちらに。ご連絡しておいたお弁当、届いていますよ」
おかしそうに笑う門倉は、そう言って三人を先導する。
そのまま「スノマタ」と大型の発発から伸びる太いケーブル類が何本も走っている野営用のドーム状の大型テントに案内された。
最初に入った門倉の後に「騎士」が続く。
「うわ、なんか映画とかで見たなー。こういうの」
中に入ると、数多くのモニタがいくつ置かれている。
今の時間に流れているテレビ番組・ネット番組が映し出されているものに、ネット掲示板の書き込みが流れて行くもの、中には海外のニュースサイトや金融・株関係の指標が出ているものもある。
その情報を整理するようにして何人かが手分けしてそれらを確認し、メインに切り替えたり、検索をしたりと忙しそうに働いていた。
「このテント内で日付変更からローテで現在の情報関係の整理をしています。同様の作業を同じく研究所と、白石本社でも実施していますが、一元的にここに全て集めるようにしました。マユミは研究所で待機中です」
そう言うと、門倉は「騎士」に近づき彼だけに聞こえるように小声でつぶやく。
「……ここ数日落ち着きが無いように見えると報告があり、昨日から泊りで念のためストレスチェックを研究所内で。昼前に出た結果ですがやはり少し値が高いようです。向こうで落ち着かせるようにエレーナも同行をしておりますので。とはいえ緊急時はエレーナの判断に任せようと」
「了解……」
アキトシ・サーフィス・ガルシアの関与がある以上、当然の処置ともいえる。
「あ、パピプコンサートも流れてるんですね」
目ざとく、というほどではないが博人がモニタの一つに気付く。それだけが異様にちかちかとした光の乱舞を放っているので目立つのだ。
「ええ、一応ですが今日最大のイベントの一つではありますから。先ほど同時接続で現在四十七万人でしたね」
「いえ、今五十万を超えましたよ」
門倉の声に、モニタ監視のローテで現在は休憩中の何人かが少し離れたテーブルで、お弁当を食べながら手元のタブレットを覗き込んでいた。
そのうちの一人が言う。
「大盛況、ですね」
「オンラインチケットだけでどのくらいのお金が動いてるんでしょうね。スゴイ人気ですよホント、ミオミオたちは」
その、言い方が悪いがカモになっている自身の弟を含めたファンに、ミーハーで見てみようとする人々。最近のエンタメニュースで取り上げられた恋人疑惑なども相まって話題性は十分だった。
「もうすぐ曲終わりですか。あ、お弁当どうぞ」
横目で見ながら高級そうなお弁当を差し出される。一緒に350ミリサイズの緑茶も。
真四角から長方形に近い幕の内弁当型ではなく、筆箱のような細長い長方形。しかも二段重ね。
(おお、確かに高そうなお弁当!)
こういうタイプのお弁当だとわくわく感がたまらない。
ぱか、と開けた後にもう一段を開ける楽しみがある。
若干量が少ないかな、と思いはするがそれは野暮というもの。
このタイプのお弁当は量ではない。噛み締めるようにして味わうのが正しい。
量が欲しいのなら、最初からそういうタイプのお弁当にしておけばいいのだ。
そういうことを考えてさっき間食にカップ焼きそばをいただいていたりもする。
準備は万全だ。
(ああ、イイ感じぃ……)
ピエロマスクの中でむふふ、と人知れず笑みが深くなる。
マスクのままだと食べられないので、このままもらってホテルへ戻ろうとしたところだった。
「あれ?」
遅めの夕食を食べながらパピプの配信を見ていたスタッフが声を上げた。
何かあったのか、と「騎士」や博人、門倉も覗き込む。小林はメインの方のモニタを見ている。
そして、そのまま配信を見る事数秒。
がたんっ!
勢いよく「騎士」が出口の一つに振り向くと声を荒げる。
「門倉さん! 車ッ!」
「はいッ!」
叫ぶと同時に、右手を顔に持ってくる。
がっ……!
当然ふさがっていた手からわざわざ頼んだ高級な仕出しのお弁当が床に落ちる。
ばっ、と床に中身がばらまかれていくのを気にもせず、そのまま右手を真下に振り抜きつつ、テントの中を出口に向かって駆け出していく。
黒い球体に身を包まれつつ、周りを見ることも無く歩を進める。
そして門倉はテーブルの上に置かれた車のキーを奪うようにして、「騎士」とは逆に走り出す。
両者はテントの出入り口の境界に差し掛かる時には、「騎士」はピエロの姿から人々に知られるあの鎧姿に、門倉の目には鋭い緊張感が奔っていた。
「あれ?」
最初に異変に気付いたのは、会場のスタッフでも、満員の熱狂的なファンでも、配信映像を見ているオンライン参戦のファンでも無かった。
ステージの袖で観客を煽るパフォーマンスをしていたパラダイス・ピクシー・プリンセスの若手メンバーの一人だった。
コンサートのリハは入念に行われ、しかも追加公演とはいえメイン部分は今までのツアーで散々やってきている。
会場の大きさや動線の都合で多少の違いはあれども、大まかな流れは変わっていない。
だから、その異変に目ざとく気付いた彼女は、“あ、サプライズ?”と思ったのだ。
時折、メンバーがグループ内のユニットでシングルを出したり、レギュラーのテレビや新番組のラジオ、大きなイベントへの出演などの発表が行われることがあった。
丁度、曲の終わりにその異変が起きたのでその流れに繋ぐのか、と判断してしまったのだ。
メンバーにも黙ってのサプライズ発表はままあること。
主要メンバーは知っていることもあるらしいが、自分のようなまだ出たてのメンバーには内密にされていたのだろう。
『あれー? なになになにー!?』
マイクを口元に持ってきたメインステージでいま歌い終わったばかりの、ボーカルが目ざとく“それ”に気付く。
なるほど、やっぱり主要メンバーには伝えてあったのだな、と彼女は思った。
汗の浮いた顔にわざとらしい疑問を投げかけながら、“それ”を指摘する。
ホール内の至る所に、真っ白なシーツのような物を被った人影がいくつも見られた。
先ほどまではそんなものは一切いなかったのに、歌終わりの最後の演出時の暗転が元に戻った瞬間に現れたのだ。
それは客席にも、そしてメインステージ近くの演者やスタッフしか入れない区画にもいる。
ということは、何らかの演出。しかもこの追加公演だけの何かなのだろうと、客席のファンたちもざわつき始める。
だが、一番最初に気付いた若手はその先を行った。
最初に気付いたため、どんな演出なのかなと近くのスタッフの様子を見る余裕が他に比べてあったのだ。
(あれ? うそ、パニくってる?)
スタッフの中でも中堅どころの人間が、自分のインカムを掴んで小声で何かを必死に訴えているのが暗がりの中でも見えた。しかも、彼のもとに手近なスタッフが次々と集まってきている。
それはまるで誰もこの状況を理解していないというようにも見え。
振り返ってメインステージを見ると、先ほど声を出した内容を知っていると“思っていた”メンバーが、絶好のフリをしたというのに何も変わらないということにどうすればいいのか硬直していたり。
『ちょ、ちょっとスタッフさーん……? なんなんですかー?』
きゃぴきゃぴとした少し茶化すように別のマイクを持ったメンバーの声がコンサートホールに響く。
耳に当てているイヤモニががなり立てているのは判っている。
つまり、これはトラブルということだ。
そしてそのトラブルにスタッフが対応を取ろうとしているのだろう。
白いシーツの人影のいくつかに何人かのスタッフが詰め寄っているのが見える。
メインステージの上に立っているメンバーは、それでもプロの端くれか、しっかりと状況を見極めようとしているが、周りの年の若いメンバーはおろおろとし始めているのが分かった。
その光景に不穏なものを感じ始め、どうなっているんだ、と客席からいくつか声が飛び始めたところ、一向に動く素振りの無い白づくめを囲んでいたスタッフに警備までが合流した。肩に手を掛けた瞬間、その中身がずるり、と剥けた。
「う、うわぁぁぁっ!!?」
掴んだシーツごとずるっ、と滑りおちたスタッフの中でも屈強な男が叫ぶ。
そして露わになる人影の中身。
どろり、とした人の形をかたどった人でないナニカ。
泥のようでもあり、ヘドロのようでもあり、そしてありとあらゆる絵の具を一緒に混ぜ込んだような混沌とした色の、それ。
ヒトガタ、と呼称されているテロリストグループ「トゥルー・ブルー」が用いたとされる傀儡の兵たち。
それがオーロラビジョンに大映しになり、観客全体から先ほどまでと毛色の違う、恐怖を孕んだ悲鳴が響く。そしてその様子がモニタ向こうのファンや一時的なミーハーたちを含めた同時接続者数五十万人が目撃する。
全員が同じく驚きと、そして混乱の声を会場と、家などでその配信を見ていたモニタの前であげ、会場内の乱れた映像の後でブラックアウトした。そしてそのあと数秒の時間が過ぎ、画面には“しばらくお待ちください”の文字が映る。
生放送を謳ってはいても、不測の事態に備え電波に乗せるまでの数秒程度のタイムラグがあり、配信側で切ったのであれば、すぐに緊急時用の映像に差し替えができたはず。
そうではなく、数秒間のブラックアウトが間に挟まっている。配信会場側の何らかのトラブルが主原因であろうことは想像できる。
ただそのほんの一瞬だけ流れた映像、時間にして数秒のその間に走り出す者たちがいる。
作為的な必然か、それとも運命的な偶然か。
それは最後の幕が下りるまで、きっと誰にもわからない。
主要なテレビ、ラジオ、ネット局に繋いで情報収集をしていた、倉庫に連結している大型のテントから飛び出すようにして「光速の騎士」が飛び出してきた。
外のテーブルで調整を行っていたスタッフがそれに驚いて操作を誤り、うわぁ、と声を上げる。しかし、いつもならそれを気遣う「騎士」は一顧だにせずそのまま駆け抜けていく。
周りがなにごとか、と狼狽える中、一瞬遅れて小林がテントから出てくると、周りにわかるようにぱぁぁん、と柏手を打つ。
「全員、スクランブルだ! 持ってきた設備の全機能、立ち上げろ! 出せるモン、一気に出すぞ! 通常電源だけだと、電気食うだろうから発発も予備も含めて回しておけよ! 燃料、入れておけって言ったはずだからな? 敵さん、仕掛けてきやがった!! おい、こっからだと最短でパピプのコンサート会場までどのくらいかかる!?」
眞田の問いかけに「スノマタ」で作業をしていた男が答える。
「こ、ここからだと……。商業地域に隣接する幹線道路を走れば、約一時間! ですが、あの状況だと警察も動くはずです! 生活圏内の主要道路が安全確保で封鎖されることを考えると大規模渋滞は100パーです!」
「……それだけならまだしも、ネットの情報を見て野次馬のボケ共も出てくるだろ……。『スノマタ』はこの場所からは移動させずに、簡易拠点のまま運用する。『騎士』の準備はどうか!?」
先に飛び出していった「騎士」がどこにいるかと確認すると、逆に走り出していった門倉が引っ張り出してきた黒の4WDのステーションワゴンを、急ブレーキで装備関連の調整テントに横付けしているところに両腕一杯に物を抱え込んで駆け寄っていた。
その手に持っているのは近くの最終調整をしていた装備関連のテントだ。そこからごそっと持ってきたのだろう。
そしてそのハッチバックに、取り敢えず目についた目ぼしいものを放り込んでいく。
どかどかどかと整理することも無く収納、というか押し込めるだけ押し込んでいくので後部の収納は滅茶苦茶になっている。。
ぱんぱんに詰め込んでハッチバックを力任せにばたんと閉め、そのまま後部座席に滑り込み、窓を開けると、こちらをぽかんと見つめていた小林に向かって大声を出す。
「先に行きます! あとの補給・支援とかの諸々! 追っかけで頼みますね!!」
首を出して叫んでいるまま、4WDはぎゅるるっ、という音を発てて急発進していく。
後ろの座席にはスモークが貼られているので、現地までそのまま直行するつもりなのであろう。
まるで火事場泥棒の見本のようなことを目の前でやられて、あっけにとられる小林たちの横にそんな「騎士」の様子を慣れたものだとばかりに「魔王」がやってくると、一言声を掛ける。
「さて、じゃあ俺たちもナルハヤの押っ取り刀じゃないと。とにかく、急ぎましょうか?」
平然とそう言い放ち、博人は小林の肩にぽん、と手を置いたのだった。




