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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
2章

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1-3 確認 のち 偶像

 茂の視界の左側に、一瞬何かが映る。

 慌てることなく、少しだけ体を後ろに反らせ、ほんの少しだけ空間を作ると同時に左腕をそっとその場に置いておく。


ぱんっ!


 軽く爆ぜた音が響くと、飛んできた黒のスニーカーがしっかりと茂の左手に掴まれている。


「……ああ、確かに弱い。まあ鍛えてればこっちの人でも数を揃えて十分対応できるかな」

「ここまでまるで通用しないと、自信失くしますけど」


 捕まえられたスニーカーの持ち主である隼翔が、ゆっくりと足を下げていく。

 その表情は苦々しく、歪んでいる。


「完璧にゼロってわけじゃない、でも「勇者」クラスの力は無くなった。そういう状態ってことか……」

「完全になくしたわけではなさそうです。ただし、ほぼスキルは使えませんね。体は若干召喚以前より強くなった感はあります。昔は人と喧嘩もしたことは有りませんでしたから」

「俺個人の感覚としては、ヘビーボアには勝てない、ワイルドラビット単体と武器有で五分。その辺りのレベルかなぁ。だいたいレベル5前後ってくらいだと思えばいいかな?」


 力を失ったという「勇者」一行に茂の調査結果が伝えられる。

 全員がなるほど、と頷いているが要するに武器有の大人で五分と考えてくれればいい。

 敵対する相手との相性によっては負ける可能性も十分あり得るというところか。

 汗ひとつ掻かず仁王立ちの茂と、座り込んで荒く息を吐く隼翔。

 向こうの世界では見られることのない光景であった。

 

 丁度両親ともに出かけていて車両が無い為、柳家の裏手にある車庫の中で論より証拠と組手を少しばかりしてみることにした結果だった。

 その結果だがこれは驚きである。


「すると、他の皆も同じような状況ってことか?」

「そ、私も博人も。里奈ちゃんも少し抵抗した瞬間に、自分の異常には気付いたみたい。深雪さんは話が聞けなかったから実態は判らないけど……」

「むしろ、隼翔たちより後衛の俺たちの方が酷いかもしれません。肉体的なポテンシャルは以前の状態だと思って下さい」

「むむむっ。そうかぁ」


 茂はぽりぽりと頭を掻き、車庫に置かれたビールケースに腰を下ろす。

 各々何かしらに腰かけて、しばしの時間が流れる。


「まあ、でもなんでだ?俺は普通に向こうと同じ感覚で動けてるぞ?」

「仮説としては幾つかありますね」


 挙手して由美が語りだす。


「まず、帰還時の状況が異なる為、帰還陣が影響した可能性。茂さんの暴走版と私たちの制御版では身体に与える影響が違ったのかもしれません」

「ほぅ」


 由美が指を一本立てる。


「次に召喚時の差が影響した可能性。私達5人は向こうに飛んですぐに称号持ちになりました。スキルやらポテンシャルやらはすでに取得済みで。一方茂さんは無印、無職、真っ白け。手に入れたスキル類は自力での取得のため、その点が原因とも思えます」

「ああ、そういやそうだったな」


 茂以外の5人は最初からスキルは最上級、最高峰。

 レベルは茂と同じ1だったが、1つレベルが上がるたびに上昇する肉体的アドバンテージは雲泥の差だった。


「ただし、そうした場合に矛盾が生じます。私は向こうで「短剣」関連のスキルを得ました。最初の時点では持っていなかったもので、後々取得したものですが、現在のところ……」


 とん、と木製の粗末な椅子から降り、手近にあったマイナスドライバーを握る。


「スプリット!!」


 真っ直ぐ横へと振るわれたそれに対し、特に何が起きたわけでは無い。

 そう、なにも起きていないのだ。


「……という感じで、初期スキルの「スプリット」ですら発動しません。独力での取得の差、で片付けるとなるとすこし疑問が出ますかね」

「ふむ……」


 由美の説明は正しい。

 実際に得たスキル数であれば、「勇者」一行の方が多い。

 苛烈な環境下での修練と経験がその差に繋がっていた。

 比較的安全な場所で魔物を定期的に駆除する程度の茂と、古代遺跡で積極的に戦闘を行う彼ら。

 その苦労のレベルは段違いのはずだ。


「それで、考えたのが初期化位置。私たちは若返りましたが、茂さんも若干ですが若返っています。ただし、私達はまだ成長期。対して茂さんは20代前半とはいえ、肉体的な成長はひと段落してるはず。高校生組は振り戻しが予想以上にあった、と考えることも出来ます。一方茂さんは元々の体と現在の状態に然程変わりがない。だからこそそのまま力の行使が出来るということかもしれません」

「……よくわからんのだけど?」


 やれやれとアメリカナイズされたオーバーアクションで茂に応える由美。

 すこし考えて話しはじめる。


「PCに幾つかの「スキル」ソフトをインストールします。「高校生」PCはメモリは多いのですが、これから何年かかけて増設する予定でまだ性能は本調子ではありません。そのため、使えるか使えないかを無視して真っ先に高性能の「勇者」PCを貸与してもらい、それにじゃんじゃん高性能な「スキルソフト」をインストールして使っていました。一方「一般人」PCは、いくつかの「スキルソフト」はそのままでも使うことが出来ました。貸与できるPCはあまり性能の良くない「兵士」PC。ですが「一般人」PCと然程使い勝手は変わらず、そのままに使っていました」

「は、はぁ」


 いきなり始まるたとえ話。

 取りあえず由美のそれを聞く体勢に入る。


「しばらくして貸与期間が終わりました。双方とも自分のPCのソフトを元々使っていた「PC」へデータ移行しようとします。すると、「勇者」PCにはデータ移行の際に互換性がないと表示されてしまいます。いくつかはそのまま移行できたのですが、ほとんどは使えなくなってしまいました。ですが、「兵士」PCで使っていたものに関してはあまりメモリを使う必要はなく、ほとんどのソフトを動かすことが出来たのでした、まる、って感じですかね」

「……要するに高性能のソフト使うには、すごく充実したハードが必要ってことか?」

「と、いう仮定の一つです。若干でも隼翔のポテンシャルが上がっていますので。私たちが成長していけばだんだんと解除される可能性も残している、というパターンです。これには私たちの努力とこんじょーが必要となりますが」


 一気に突っ込まれた情報を整理する。

 整理したところで茂が気付く。


「結局今の所どれが正しいかは判らないってことじゃねぇの?」

「そうですね。でも再現して確認する術は向こうで木端微塵のはずです。念入りにお願いしてきましたし」


 「軍師」である由美がきっちり仕込んできたのであれば、間違いなく粉みじんのはずだ。

 こちらで再現するつもりも茂たちにはさらさらない。


「まあ、それならそれで仕方ないかな。……あれ?」

「どうしたんですか?茂さん?」


 汗ひとつ掻かずに過ごしてきた茂の頬に冷や汗がつぅと走った。


「なあ、一つ聞くんだが」

「はあ、何でしょう?」


 ぎぎっと錆びついたロボが如く、首を彼ら「帰還組」に向ける。

 すぅ、と吸った呼気の音すら耳に入る。


「アイテムボックス、は使えるか?君ら」


 茂の伸ばした手の先に、空間の歪みが生じた。

 そのまま手を突っ込むと、黒布で風呂敷様に適当に纏められた塊が現れ、コンクリの床へと落ちる。

 がしゃんと落下した、その乱雑な塊からは兜やら鎧の端っこやらブーツが飛び出しかけている。

 適当に一纏めにして1個扱いにした「捨ててくる又は埋めてくる一式」セットである。


「あ、その辺りも普通に使えるんですね!いや、僕ら全く使えなくなってて」

「そうだよな、一寸だけ金貨とか宝石とか換金できそうなモノも中に入ってたのになぁ」

「装備品も全部、制服に着替える時に放り込んじゃって行方不明。こっちの財布とか鍵とかは出しておいたのは正解だったよね!でも、もったいないことしちゃったなー」


 各々そういう風にして語られていらっしゃる。

 ほとんど確信をしながら茂は尋ねた。


「俺の財布とかスマホとかは?」

「あああっ!!!」


 確かにそれらを預けたはずの「勇者」隼翔君が、思い出した!と言わんばかりの表情で茂を見つめていた。

 返事を受ける前に、ゆっくりと茂は膝から崩れ落ち、まるでスフィンクスのように彫像と化すのであった。





「はぁ、どうしよう……」


 沈痛な面持ちでTV局の控え室に備え付けられた大きな鏡台の前に、うなだれて座るある女の子がいた。

 がっくりと心が沈んでいることがわかるが、上げられることのない顔はずっと目の前5センチの木目をじっと見つめていた。

 傍から見ると確実に、大丈夫ですかと心配の声を掛けられそうな雰囲気である。


コンコン!!


「入るぞー!!」

「はーい!どうぞー!」


 部屋の外から声が掛かり、返事をすると同時にがちゃり、とドアを開けて入室してきたのは少しばかり腹の出ている男。

 汗を掻きながら、ばたばたと部屋に入ると、机の上のペットボトルを手に取る。

 コーラの蓋をぺきぺきと外し、そのまま口につけてラッパ飲みし始める。


「間島さん話し合い、どうなりそうですか?」

「んごんごんご…………。はぁっ!……いやぁ、どうにもなりそうにないな。すぐに適当な会場を押さえることなんて出来ないし、今のところ変わらず、延期のままだってさ」


ごん!


 鏡の前にうなだれていた彼女の頭が鏡台にぶつけられる。

 ペットボトルのコーラをがぶ飲みしながら彼女の横の椅子に座った男、間島が話しかける。


「そりゃ、そうだわなぁ。せっかくイベントの最後に大々的に誰にも邪魔されないタイミングで、引退を生放送でぶちかます気だったんだし。色々と不意打ちで一気に発表できる機会なんてこのプリンセス・オブ・プリンセスのこのタイミング以外ないわけだからなぁ。がっくり来るのもわからんではないけど」


 ぽんぽんと軽く彼女の肩を叩く。

 ゆっくりと幽鬼の如く、その顔が起き上がってくる。

 間島は真っ直ぐに自分を見つめてくるその顔に、心の底からの恐怖を感じた。

 長年芸能の世界で生きてきたので、かなり無茶を言われたこともある。

 幽霊をつれて来いという、あるドラマの監督からの無茶を言われた過去があるが、いまの彼女を連れて行けば間違いなかっただろうと断言できる。

 あの表現馬鹿の石頭の演出も、よくやったと言ってくれる自信がある。

 それほどの表情を目の前の少女、神木美緒が見せていた。


「間島さん、私パピプもうやめたいんですぅぅぅ……」


 ぶわっと両目から流れ出る涙。

 恐怖に加え、悲壮感も加えられたその姿に間島は戦慄する。

 ホラー映画のオーディションがなかっただろうかと頭の中のメモ帳をくってしまった。


「……いや、嘘でしょうにその涙。安売りしちゃ駄目だと思うよ、俺は」

「……ふぅ、でも止めたいのは本気なんですが」


 美緒がけろりとそういうと同時に滔々と流れる涙がぴたりと止まり、表情に生気が戻ってくる。

 少しでも間島に訴えかけようとしていたのだということがわかる。

 これが長く付き合いのある間島以外であれば、ころりと騙されていただろう。


「そりゃあの瞬間にお前が全部賭けてたのは俺も知ってるし。もうこれ以上ないタイミングで引退宣言をしちまえば、他のやつらもガタガタ言えないだろうからな。でも「光速の騎士」に全部持ってかれるとは誰も思っても見なかっただろ?」

「……どうにかして引退をぶちまけられるようなイベントは?」

「ねえな。とりあえず1ヶ月は間違いなくそんなデカイ箱押さえる予算も、余裕もないしな。前に行ってた湾岸でパピプのメンバーとファッション関連のミニコンサート出演があるが……」


 くしゃくしゃにしていた髪を纏めると、美緒がその会場の詳細を尋ねる。

 回答されたホールの規模と、集まるマスコミ、さらにパピプ以外の出演者を思い描く。


「駄目だわぁ……。パピプ以外にもすっごい迷惑かけるもの。さすがに駄目よ」

「だろうな。すると、次の新曲発表の場が一番現実的か……」

「もう、嫌なの。頑張って頑張って頑張ってあのクソ親父の借金、やっっっっと返し終わったの……。大学行く学費も用意できたし、もうアイドルやらなくてもいいのにぃぃぃ」

「お前のその選択をすごいもったいないと俺は今でも思ってるぞ。これはマジだからな?」


 間島が真顔で美緒へ話しかける。

 一切のお世辞も誇張も含まないそれを、真正面から受けても美緒は揺るがない。


「本気で興味が、ない。面倒くさいだけよ、この仕事?」

「それをお前より下位のプリンセスに言ってみろ。総スカンだぞ」


 パラダイス・ピクシー・プリンセスの看板など一切使う必要もなく、事務所の後押しすらもいらない。

 極まれに現れる真に芸能界という世界で輝くべき逸材。

 ただし、彼女はその才を持っていることを理解しているというのに、その心がまったくその方向に向かない人物であるというだけだ。


「グループに愛情のない、大きく育てていこうって意思のない女がトップにいる。これだけでパピプにとっては害悪でしかないわよ。私みたいなのを憧れだって本気でいってる子も、大きく羽ばたきたいって夢を持って新しく入った子もいるし。あまりに心苦しくて胸が締め付けられるくらいだもの」


 鏡台から起き上がると、テーブルに積まれたお弁当を眺める。

 一番上のカツサンドを手に取り、いただきます、と手を合わせると、がぶりとかぶりつく。

 はくはく、とおいしそうに食べ進めていく。


「なあ、それ幾つ目だ美緒」

「とりあえず、2個目?」


 視線を楽屋のゴミ箱へ移すと、そっと横に綺麗に平らげられた弁当の空が置いてあった。


「いつもお前の楽屋にある弁当、俺が全部食ってると思われてんだぞ?少しは遠慮しろよ!」

「食えるときに食え!がうちの家訓ですー」

「来週、グラビアの仕事もあるんだが?」

「食べないと逆に肌の色艶がくすみまーす。えーよーこそが美の秘訣だってのも、母の教えでしてー」


 にっと笑う彼女はとても嬉しそうだ。


「それでもこのあとの収録は、グルメものだぞ?」

「出てくるのスイーツだけでしょ?イメージを大事にしないといけないから、全部食べるわけにいかないし……。逆に食べ物系の収録ってストレスなのよね。麺屋猪八戒の大盛りラーメンチャーシューマシマシニンニクオオモリアブラタップリ、ライスオオモリ……。おいしかったなぁ、あれ……」

「イメージ云々をのたまうやつが、変装してそういう爆盛店に並ばないでくれるか?俺の胃のためにも」


 胃痛を抑える間島を横目に、美緒は幕の内弁当のフィルムをはがそうとしているところだった。


「善処いたします」

「約束するといわないのがずるいと思うぞ?」


 にこりと笑う彼女の姿はどこか猫を思い出させた。



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