8-2 完遂
短いよ。
区切りが悪いので。
「ありがとうございました。失礼します」
退室前に最後に頭を下げて挨拶し、部屋を出る。
ドアをゆっくりと閉めてふぅ、と一息。
席に座って待っている次の面接予定者さんたちに軽く会釈しながら、廊下を歩く。
受付で首から下げるネームカードを返却し、そのまま解散という形になる。
エレベーターに乗って出入り口のある一階まで降りると、緊張を解かないまま外に出る。
こういう所ももしかしたら見られている可能性もあるのだ。
油断してはいけない。
なるべく自然な歩き方を意識することで、逆に不自然なギクシャクした感じに周りから見られていることに気付かない茂は、そのまま面接会場のビルを出る。
まあ、受付会場のスタッフからは緊張していて微笑ましいという評価だったので、悪印象ではない。
ビルを出てからも入り口が見えなくなるまではそのギクシャクした歩き方で歩いていく。
角を曲がってようやくビルが見えなくなったところで、茂は大きく息を吐いた。
「く、くほぉぉ……。緊張したぁ……っ!」
耐えられず少し歩き、ベンチが併設された自販機で一番小さなサイズの水を買う。
取り出し口に転がってきたそれを掴むと、ベンチに座って一気に飲み干す。
「……あー。胃に染みるぅ」
緊張でしくしくしていた胃にストレートの水。
ビックリした胃がしくしくからちくちくに変わった反応を茂へと伝えてきた。
そして空のペットボトルをゴミ箱に入れて、カバンを手に取った。
中に入れておいた緊急連絡用の方のケータイから門倉にメッセージ。
「無事面接終わりました、と……」
送信してほぼ間を置かず既読となり、即座に電話がかかってくる。
周りを見渡したうえで「気配察知:小」を使う。
特に危険な反応はなさそうだ、と判断し電話をとる。
「もしもし、杉山です」
『お疲れ様です。面接はご無事に終わったようですね』
「あはは。いやぁ、緊張しましたぁ」
ぽりぽりと頬を掻く。
上手くいったかどうかは別問題。とりあえずやることはやったし、あとは野となれ山となれ。
今日“突発的なことが無ければ”、山場は越したという感覚なのだ。
「じゃあ、買い物とかしてゆったりと戻ります。とりあえず、着替えてシャワー浴びたいっす」
『……そうですか。ではお待ちしています。ご苦労様でした』
「では、またホテルで」
ぴ、と通話を切るとどっ、と疲れが襲ってきた気がする。
(……あー。良い天気だなぁ)
ぽかぽかとした陽気で風も少し吹いている。
気持ちいい天気。ふと見上げると、近くの商店の時計が目に入る。
十一時五分、といったところだ。
(……お弁当買って。部屋でゆっくり、か)
良いかもしれない。
ここのところ、万が一に備えての諸々で忙しくしていたのだ。
タイプ:アプレンティスからのフィードバックと使用感の説明に白石特殊鋼材研究所に詰めたり、美緒たちがレッスンの合間にやってきたり、博人に頼んだ呪石以外の素材の選出の件だったり。
もちろん、この面接に向けての入念な準備にも時間を割いていた。「森のカマド」のバイトにも査定的な面からいつもよりも気合を入れて取り組んだり。
(気の休まる暇、無かったもんなぁ)
そんな状況下でのこのぽっかりと空いた待機時間。
飯を食ってそのままホテルで寝ててもいいのだ。万が一の事態があれば、叩き起こされるだろうが、そうなるまでか若しくは何もなければゆっくりと体を休める事ができる。
「よし、買い出しして帰ろう!」
自分の好きなものを買い込んで戻る。英気を養うのだ。
今回のホテル待機は白石グループの依頼なので、滞在費や食費などは彼らが持ってくれる約束だ。
夢が膨らむ。
「あ、ルームサービスとか頼んでもいいのかな? それは、滞在費?」
人が出入りするので指圧マッサージとかは駄目だろうなとは思う。
ただ、昨日の夜に見たルームサービスには部屋までラーメンとかチャーハンとか、更にはステーキとか持ってきてもらえるようなのだ。
ただし、ちょっと金額は高め。
(スーパーで買い出ししてから、昼飯はホカ弁屋で大盛を買って。あとサイドメニューも。そんでお酒、は駄目だけどノンアルならオッケーだろ。夕方に向けて飲み物とかも準備しておきたいから……)
「オンライン公演は見ておかないと、後であの二人に何言われるか……」
美緒とユイからは感想を求められている。
そこは人として見るつもりではあるが、かなり緩めの強制視聴であるのは理解してほしい。
(ちょい役でワンステージだけアイネさんも出るって話だしな。とっかかりは必要だろ、うん)
コミュニケーションをとるにも何かしらのとっかかりが必要なのである。
今のところ、彼女とのつながりは美緒たちを間に介しての細い関係性でしかない。
しかも、こちとらいわれのない風評被害の被害者で特に誇るべき肩書もない一般人なのである。
アイネ・ケロッグが美緒たちの後援で今回パピプの追加コンサートに出演できる運びとなったのであれば、やはり芸能界、スポットライトの当たるショービジネスの側の人。
どうしたって気後れしてしまうのだ。




