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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
5章

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7-7 帰宅 のち 土産

「チキンもできましたー。テーブルの上、少し空けてくださいね」


 分厚いミトンを手にはめたエレーナが、同じく大きなタジン鍋を掴んで持ってくる。

 皆でスペースを空けてそこに木製の鍋敷きを持ってくると、その上にタジン鍋がどすんと置かれた。

 そのままタジン鍋の蓋の持ち手をひょい、と掴んで開く。


「ふぁぁぁ……」


 むわっ、と焼き肉の香りに負けない蒸し焼きになったチキンと香草ハーブの匂いが一気に部屋中に漂う。

 その香気に耐え切れず、美緒が吐息を漏らした。

 ハーブと塩をこれでもかと丸々一羽のチキンに塗りたくったそれがででん、と鎮座し、その下にはぎっしりとモヤシとキャベツが敷き詰められ、もわもわと茹で上がった水分でさらにふっくらとチキンが仕上がる。

 そこに切り分け用のナイフとフォークを手にしたエレーナがてきぱきと切り分けていく。

 覗き込んだ限りで赤くなっている生の部分は見受けられず、イイ感じに火が通っていた。

 それを各々の皿に取り分け、手渡していく。


「では、どうぞ」

「ありがとうございます」


 牛一辺倒ではたとえ高級だろうと飽きがくる。

 そこに、今度はさっぱりとした鶏肉。

 きっとこれもいいところの鶏なのだろう。皮の脂部分もでろんとしたタイプではなく、うっすらと肉に残る程度。脂の強い肉も美味いには美味いが、牛の脂を堪能した後では、インパクトは弱い。


「えーと。ポン酢あります?」


 濃いタレではなく、香草ハーブの風味を楽しむのであればここはポン酢だろう。


「はい、ご準備してあります」


 つけダレようの小皿を二枚、手渡されたポン酢の瓶からとくとく注いで準備。

 テーブルの端に置かれた調味料の中から、柚子胡椒と七味の瓶を準備。

 七味はそのまま一つの皿にぶっ込んで辛いポン酢に、もう一つはノーマルのまま。


「いただきます」


 取り分けられた皿から、骨ごと置かれた肉をこそぎ落とし、それを下敷きにしたキャベツと共に、辛みポン酢にどぷん。

 そのままがっ、と大口を開けて鶏肉を食らう。


(おお、固くない。ふっくらしてる)


 ぱさぱさになる事もある鶏肉だが、蒸かされたことでむちっとした食感を残しつつ、その旨味を下のキャベツで受けることで逃さない。

 まとめて口に放り込むと、鳥の旨味をしっかりと感じ取ることができる。


「うん、美味しい」


 その後に、柚子胡椒をほんの耳かきの先ほどだけ直で鶏肉に擦り付け、ノーマルのポン酢にちょいちょいと浸して食す。


「んんっ!」


 ぴっ、と切り裂くような強い辛みと濃縮された柚子の香り、その後に続く鳥の旨味。その後にポン酢がそれを洗い流し、口の中で一体となる。

 そしてここで横に置かれたレモンサワー。

 あまり昼から酒を飲むようなスタイルではないが、せっかくの焼き肉のお誘い。悪酔いしすぎない程度にはたしなむくらいは許されることだろう。それに仕事も終わって、難儀な依頼もぶつけられたということだし。一先ずは明日までフリータイム。

 ぐぃ、と呷るとパチパチした強炭酸にレモンの香気。

 意図したわけではなかったが柚子胡椒と同系の柑橘の香りがマッチしている。


「くふぅ……」


 イイ感じに喉と鼻にキた。

 耐え切れずにアルコールで焼けた息が口の中から自然に漏れ出る。

 先ほどの美緒ではないが、こちらも平日の昼に出来上がっていい顔ではない。

 当然ながら、門倉とエレーナの二人は現在も絶賛仕事中。アルコールには一切手を付けないわけで。茂としては申し訳なさを感じつつもそれが一種の背徳感にも似たスパイスとなる。


(ただただなんも考えずに楽しみゃいいんだろうけどさ)


 ぐいっ、ともう一回レモンサワーを呷る。

 自分の給料では支払えもしない高級マンションのしっかりした立派な椅子とテーブルのセットで、恐らく本来はご縁の無いような高層階から遠くに見える道路が見える。そこで忙し気に歩き回るスーツ姿のサラリーマンや、道路工事に汗を流すおっちゃんを上から眺めつつ、そこで自分が何をしているかといえば、日の高い真昼間に他人の金で高い肉とキンキンに冷えた酒をロハでかッ食らっているわけだ。


「昼から自堕落なダメ人間してんなぁ、俺ぇ……」


 おてんとさんがしっかりと登ってらっしゃることが分かる、高層マンションの窓。しっかりと昼間っから一つ残らず人の金で飯を食らい、高い酒を飲んだくれる。

 いや、免罪符として仕事終わりではあるし、招待されている側なので気にせず楽しめばいいのであるが。


(……分不相応、ってこういうのなのよ、多分)


 性に合わないということなのだろう。

 何かしら動いていないと、不安になる小市民的発想で頭がいっぱいになる。


「ただいまー」


 がちゃん、と玄関のドアの開く音がしてそのあとに声が響く。

 とたとたと足音が聞こえ、食事中のダイニングのドアが開く。


「ただい……、って、ちょっと! なんでこんなパーティーしてるの!?」

「おかえりー」

「あ、お邪魔してます」

「同じく、お邪魔してます」

「いや、フツーに昼飯でもどうですかって、誘われたんだけど」


 自分が除け者にされた形のパーティーっぽいそれを見て、反射的に叫んだのは、白石特殊鋼材研究所でデータ収集のため前日から泊まり込んでいたマユミ・ガルシアである。

 その後は順番にエレーナ、美緒、ユイ、そして茂の反応。


「いい大人たちが、皆が働いているこんな時間に飲んだくれて……」


 マユミは自分の思っていた、そして茂の思っていたことと同じ内容ををそのまま口に出してきた。


「……このざまで言い返せはしないな、うん」


 しっかりと発語された分、ダメージはデカかった。

 だが、乾いた舌をどうにかするには手元にある飲み物はレモンサワーだけであった。

 くぴ、と口を湿らせるために一口。


 ああ、すごい。さっきより背徳の味が深まる深まる。


「ま、荷物置いてきなさいよ。お昼はどうしたの?」


 エレーナのとりなしに背負っていたリュックを肩から降ろし、無地のキャップと白の太いフレームの度なしのメガネを外す。

 最近の白石特殊鋼材研究所周辺に張り付くジャーナリストが増えたこともあり、マユミも若干の変装までではないが少し顔を隠すような格好で現地に向かっている。

 わしわしと軽く髪を手で梳いて少し睨むように配膳をしているエレーナと門倉を見る。


「帰りの車でテイクアウトのバーガーセット食べてきた。……私が帰って来るの知ってるんだから、こういう昼の準備してあるって言ってくれてもいいんじゃない? そうすればドライブスルー寄らずに帰ってきたのに……」

「昨日の段階で少し検証作業が増えると聞いていた。その関係で今日は予定より遅くなるという話だったのでな。現にもう二時近くだ。遅くなるのも悪いと思ってな」


 壁掛けの時計を見ながら門倉がマユミに言う。


「昼を過ぎても、その後にこういう食事の準備がされてますって話なら、一時間二時間くらいは何も食べないで待てるわよ。四、五歳の我慢のできないガキじゃあるまいし」


 そう何気なく言ったマユミ。

 特に誰を指す言葉ではなかったが、何故か関係ないはずの美緒がそっと視線を窓の外に向けて遠くを見つめた。ほほが赤い。アルコールのせいだろうか。きっと多分そうだろう。

 ほぼ同時にその美緒の横に座るユイが首だけを彼女に向けていたというのは偶然だろう。

 人の悪い笑みを浮かべていたのは、きっと美緒の顔に見惚れていたのだろうか。きっと多分そうだろう。


「ま、いいわ。荷物置いてきてって言われたけど、このリュックの中身は私のじゃないわよ。……って話をしても?」


 この場に美緒たちがいるのを見てその先は止めておいた。検証作業、という文言をすでに門倉が話していることからも恐らくは問題ないはずだが、その確認だ。


「話しても大丈夫よ。今回の件についてはこの二人も関係者ではあるからね」


 エレーナが歩いて行ってマユミから、研究所から持ち帰ってきたリュックサックを受け取る。

 そしてそのままファスナーを開いて中身を取り出す。

 ずるり、と出てきたのは厳重に包装紙とプチプチでパッケージされたものだった。大きさはちょうど2リッターのペットボトルより少し大きいくらい。

 それが二つ。


「あなたにだってさ。使用感を確認してご連絡くださいって言う話だけど。私、宅配便じゃないのよね」

「いや、俺にそれを言われても困るんだが」


 箸を皿に置いて、エレーナから包みの片方を受け取る。

 目で剥がしてもいいかと訴えると、門倉が頷いた。

 流石に飯を食っているテーブルで開くのも何なのでそのまま離れた床に腰を下ろす。

 どかりと座るとべりべりと梱包を剥がしていく。

 ガムテと養生テープで厳重にぐるぐる巻きになっていたので、少しばかり手間取ったがしばらくして中身が外に出てくる。


「おお、カッコいいですねぇ……。それが次のクールの装備ですか」

「いや、アニメじゃないからな。その分類法は止めてほしいぞ」


 肉をまだ食らっている美緒の横で、ビール片手にユイが感想を述べる。

 それに苦笑しつつ茂は取り出したそれを光の下で観察した。


「白石特殊鋼材研究所謹製『光速の騎士』専用鎧Ver3改修型『魔法運用特化用プロトモデル』、タイプ:アプレンティス。その籠手部分です。拡張性のあったVer3の初期ロットに試験的に『魔王』提供の術式を組み込んだものですね」


 リュックに一緒に入っていたクリアファイルのそれなりに分厚い仕様書を読みながらエレーナがもう一つの梱包を開こうとしていた。


「……重っ!?。これ、どんなもんかは動いてみないと判らないけど、ちょっと厳しいぞ!?」


 そう言って片手だけ籠手を嵌めてみる。

 ずし、という重みを実際に感じてみると予想していた以上の重みがあった。


「籠手の内部に魔術構成回路を組み込んでみたようです。一部パーツに関してはホワイトラン博士たちのアーマー・スーツの電子式弁を利用することで逆流を防ぎ、電動効率を高めることに成功している、とこちらには書いてありますね。ただ、その関係で非常に精巧な内部機構が必要となり、しかもそれを密集させたことで、少しばかり衝撃に弱いという難点が……」

「駄目じゃん。主目的が切った張っただっていうのに、一番駄目じゃん」


 大事なので二度言ってみた。


「要するに中の制御回路を壊さないような繊細な取り扱いを、という話です。プロトタイプとしてまず、実際に用いる鎧に組み込んでみることができるのか、というアプローチでしょうね」

「……トライ・アンド・エラーの第一歩ってこと? それにしても超第一歩じゃないか?」


 そんな注意をされると、手を握ってみようとすることすら怖い。

 たったそれだけでみし、と音がして壊れそうだ。


「組み込んでいるのは『魔王』が再設計した光源発生の為の魔法『ヒカリノタネ』だそうです。発語式の術式らしいので、『恥ずかしがらずにはっきりとした大声で』唱えてほしいということですね」

「……いや、注意するべきところそこじゃねえし」


 いったんはめた篭手を、そーっと引き抜きプチプチの上に壊れないように置く。

 こん棒がないからノーパソで相手をぶん殴るようなもので、あまりに目的外使用が過ぎる。

 プチプチで軽く巻いて転がらないように横に置いておく。


「あのー」


 そんなことをしていると、横合いから声がかかる。


「ん?」


 そこには手を挙げたユイと美緒がいる。


 先ほどまでもりもり肉を消費することに注力していた美緒と、くぴくぴとビールやらチューハイに手を出していたはずだが、それが今は横にずらされている。


「何か?」


 その目線が再梱包された篭手に行っていた。


「その、あのですね?」

「はぁ」


 気の抜けた茂の返事。


「そ、その。ま、魔法が使える? とか、いま何かお話の中に?」

「聞いた話だと全員が全員使えるわけじゃないらしいよ。しかも研究始めたばっかの試作品だけど」


 首を傾げた茂がぽかんとした表情を見せる。


「つ、使える人は使える?」

「そうだね」

「え、ま、魔法が? 本当に?」

「そうだよ。設定してあるのだけだけど」


 そう茂が言うと、ユイと美緒が座っている椅子を蹴とばすようにして立ち上がり、どたどたと茂の前まで駆け寄ってくる。


「うおぅっ!?」


 その勢いに一瞬身構える茂。

 だが、駆け寄った二人の目的はそこではない。

 茂ではなく、その前に置かれた篭手。

 その名も「白石特殊鋼材研究所謹製『光速の騎士』専用鎧Ver3改修型『魔法運用特化用プロトモデル』、タイプ:アプレンティス」。見習いの名を冠しながらも、史上初の個人携行可能なサイズにまとめられた、魔法を使うことのできる道具。

 それが目の前に置かれている。


「ま、魔法のアイテム」


 呆然とした声でユイがつぶやく。

 細かく体が震えているようにも見える。


「え、えと?」


 その様子にただならぬものを感じ、茂が声を掛けるのをためらうなか、門倉が二人に声を掛ける。


「試しに使ってみられては?」

「いいんですかっ!?」


 叫ぶようにして門倉に尋ねる美緒。


「一応、取説は読まれてからに……」

「はいっ!」


 そういうと、分厚い取説を手にしていたエレーナの前に忠犬のごとく並ぶ元アイドル二人。


「……なんでよ?」


 その「待て」をされたワンちゃんのような二人を見て、ぽかんとする茂にはわからない。

 現代における「魔法」のインパクトというものが。

 使えてしまう茂と、一切そのきっかけすらないその他すべてではまるでその認識が違うのだ。


「うわぁ、うわぁ。『魔法』だよ、ユイ」

「すごいすごい。ホントにできるのかなっ」


 そしてもう一つ。

 こういう時に「少年のような心を持った」、という表現をされるのだが、実際は違うのだ。


 多分、こういうものに心焦がすのは男でも女でも変わらないのである。

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[一言] 「魔法」それは夢見る心躍らせる不思議な言葉
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