1-2 驚愕 のち 差異
「深雪が攫われたぁ!?」
全員が博人の部屋のテーブルを囲み、着座すると代表して博人が説明を始めた。
その第一声が、コレである。
白石深雪。
この場にいない、異世界へと問答無用で拉致された被害者の一人。
そして、勇者パーティーの一員である「聖女」たる資格を有した人物である。
「いや、攫われたっつーか、実態は保護されてったっつーか?その辺りに落ち着くんですけど」
「……お前らが何でか知らんが、そんな落ち着いてるのかってのも、その辺りが理由か?」
クッションを膝に抱え込み体育すわりをしている隼翔の頭を由美が撫でている。
ぐすぐすとしている様は、3年前に向こうに飛ばされた当初、よく見かけていた彼の姿である。
ただ、経験を積み最後に見かけたときには堂々たる「勇者」像を体現していたのだが。
「違うな、取り乱してるのが一人いるけど」
「隼翔、大きく息を吸え、んで心を落ち着けろ。いい加減、邪魔くせぇ感じになってきてるぞ」
「わがっだ……。ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
落ち着こうと深呼吸を始める隼翔。
横目に見ながら茂は目で博人に話を先に進めるように指示を送る。
「まず、深雪も含め俺たち全員がこっちに戻ってきたのは、木曜日の夜、というか日付は金曜になってたかもしれません。まあ、そんくらい深夜だってことです。飛ばされた先は上倉山の駐車場でした」
「ん?上倉山の駐車場?飛ばされる前のビルの中じゃなくて?」
上倉山はこの地域住民限定ではあるが有名な山である。
山頂までのルートは車両での通行も可能であり、そこには公園もある。
小学生の遠足や、ハイキングコースとしても有名で、秋口には上倉梨という名前の梨の産地でもあった。
ただし、夜間ともなると山頂の駐車場は施錠され、人通りも電灯も少ないため完全な暗闇が辺りを包む。
そのため夏場には肝試しに来る若い人が来たりすることもあるが、まあ大体は誰も近寄らないポイントと言える。
「茂さんがこっち戻れたのは、元々の古代遺跡に残った召喚魔術陣の誤作動ですから。あの陣の原本か作動方法が残ってないか、探しに俺たちが遺跡に潜ってたのはわかってるでしょう?ある程度作動方法を由美が解析できそうな資料を集めてたんですが、茂さんが日本に戻ったかもって話が来まして。ボロボロの廃棄遺跡の唯一の門衛が居なくなった上に、魔術陣の周りの解析術具も作動の詳細がバッチリ記録されてる。2択のうち、消極的な茂さんの“もしかしたら勝手に動くかも”が成功するとは思いませんよ」
「まあ、運がよかったのかはわかんないけど。毎日の日課の陣を覗きに行ったら光り始めててさ。頭じゃなく体が咄嗟に動いちゃって。飛び込んだ結果が、アレだ」
顎で指した先には消音モードのテレビ画面。
9時を過ぎ、特番を急遽組んだのだろう。
画面の右上に書かれているのは「緊急討論!!現代に現れた「騎士」と「武者」!我々の取るべき道は!?」だった。
むしろ頭のいい方々が熱心に討論してくださるのだから、どんどんそれを茂へとご教授頂きたい位だ。
それはもう切実に。
ただ間違いなくこの番組の人々の意見は、茂の今後の生き方を完璧に狭める方向で構成されているはずだ。
「うわぁ、この映像は見てないかなぁ。ビルとビルの間、飛び越えてるじゃないですか!さっすが、超人!」
「どんどん出てくるのな。まさに日本全国民、総カメラマン時代の到来だな……」
画面上には「本番組にて初公開!「光速の騎士」最新投稿映像!」となっている。
「何でお前らはそんな都合のいい、人気のないところに帰ってきたんだよ。ずるいじゃんか」
「僕ら、いろいろと向こうでやることがあったので……。実は茂さんが日本に戻ってから、3ヶ月くらいは向こうで残務処理っていうか、引継ぎっていうか。そういうゴタゴタを片付けてたんですよ」
「……そうなの?」
茂以外の3人は同時に頷いた。
「最優先が遺跡に残った解析用術具の記録の洗い出しと、古代遺跡から手に入れた召喚関連の資料との照らし合わせ。次に本当に茂さんは向こうにいないのかの確認。僕らが日本に帰って、しばらくして実は茂さんが向こうに残ってましたー。っていうのは避けたいので」
「まあ、当然だわな」
隼翔がそう茂に説明する。
大分落ち着いたようだ。
「それからー、いろいろとお世話になった皆さんへの挨拶周り。今までありがとうございましたってことをね?お偉いさんとかは結構向こうに残らないかってしつこかったんだけどねー。特に隼翔への求婚はすごかった。いやぁ、リアルハーレムってものを初めて見たもんなー。私、あの3ヶ月の間に向こうの未婚のお姫様全員に会った気がするなー」
「それはお前もだろうに。結構いろいろな青年貴族から言い寄られてたじゃないか?」
「私、イケメンは好きだけどやっぱ顔がさ。どうしても皆日本人顔してないじゃない?いや、かっこいいとは思うんだけど。見る分にはドンと来い、でも付き合うってなると私にはハードル高かったのよ、うん」
「そうか、そういうもんか」
茂はあえて言わない。
由美の横にいる博人が不思議そうな顔をしていても。
それはやっぱり本人同士で育みあう物であろう。
「……俺にはそういうイベントなかったんだが」
「そりゃ、1年の兵士の初期訓練終わって配属先希望したらすぐにあんな古代遺跡に引きこもってたんじゃ、女性陣は全員ガン無視でしょうよ。街にもほとんど下りなかったんでしょう?」
「だって、いつ魔術陣が起動してもいいように近くにいないと……。街に行ってた間に実は陣が動いてました、帰れませんでした、じゃあ悔やんでも悔やみきれないし」
「ビビリというかヘタレというか……。心配性ですよね。人と話したくなりません?普通」
由美に軽くディスられる。
むっとして茂は反論した。
「週1回の物資補給で商人には話するし。たまに猟師が泊りがけで猟に来たときには一緒に飯も食ったりしたよ!」
「ほぼほぼ世捨て人じゃないですか!」
失礼なことを「勇者」殿がおっしゃってくる。
仕事に毎日出勤し、定期的に買い物を行う。
人と会い、飯を食い、酒を飲む。
このどこに世捨て人の要素があるというのだろうか。
「ああ、その茂さんの使ってた門衛用の掘っ立て小屋なんですけど。村の共同施設にって引き渡しておきました。食器とか寝具とか色々。貴重品は無さそうだったし、そのままあげちゃいましたけど、何か必要でしたか?」
「……思い出の品とか、ないわけじゃないが、今更取りに行こうにも行けないし。別にいいさ」
ちょっとだけ棚の奥に隠しておいた高い酒が惜しい。
未開封のまま一度も口をつけなかったあれはどんな味がしたのだろうか?
「話ずれたんですけど、まあそんなわけでじっくりと召喚陣の研究を由美が行いまして?そんでもう大丈夫。皆で帰ろうってなったのが3ヶ月後。全員アイテムボックスに装備とかを放り込んで、学ランとかブレザーとか取り出して、着込んだわけです」
「あの時、私はギリでイケルラインだったけど。里奈ちゃんと深雪さんはねー。育ちすぎててなー。なんというか、エロかった。なんかあの体つきでせーふくは、犯罪だったと思うわ」
「……俺も、上着はパツパツだったしな。隼翔はどうだった?」
「上着は無理で手に持ってた。そしたら深雪に取られてさ」
その光景を茂が想像する。
確かに「聖女」「聖騎士」の2人は少々青少年には目の毒だったかもしれない。
「聖騎士」は上背が茂を超えて180の後半くらい。
「聖女」はまあ、出るところが出すぎていたとだけ言っておこう。少々どころか、かなり一般的な日本人女性の平均値を外れていたかもしれない。
拉致られた当初はそこまで特注の服は必要ではない体つきだったのだが。
「里奈の奴も森のカマドで見たら元に戻ってたみたいだけど?」
「そうそう、本人は喜んでたんじゃないかな。さすがに大きくなりすぎたって。というか全員、家族とか友達にどうやって説明するかで悩んでたんです。いや、そこはマジで良かったんですよね」
由美の感想は正直なところだ。
それはそうだろう。
若かったから急成長しました。
その言い訳をするにも最低夏休みくらいのスパンは会わない期間を必要とする。
さすがに火曜に消えて、戻った翌日、金曜に知り合いに会えば驚かれること間違いなしだ。
「お前、さっきガックシきてたのは何だったのよ?」
「そこを乗り切ったら、あの体がもったいなくなったの!いいじゃない、私の理想形よ!?」
由美の理想がクールビューティー且つナイスバディというどうでもいいことがわかったところで話を元に戻す。
博人がとりあえずめんどくさくなって、由美を無視したとも言える。
「まあ、それで戻ってくる場所、時刻を設定できるみたいだったので、場所を人気のない場所と時刻も夜に設定してこっちに帰ってきました。当然向こうの召喚陣は起動確認後、粉々にするように依頼して有ります。もう俺らみたいなのを呼ばれるのはカンベンなんで」
「当然の処置だ。いい判断だと思う」
「で、戻ってきたところに待ち構えていた、深雪の親父さんのボディガードたちに囲まれまして」
「おぉう?」
なぜか、急展開。
「それで、俺も含め皆、まあ手も足も出ずに、深雪が大人しく連れて行かれてですね。それから一切連絡が取れず、という状況となった。……こういう流れですね、一応ですが」
沈黙が全員に降りる。
茂を除く3名は沈痛な面持ちで、茂は頭に“????”と続く疑問符を止められずにだ。
「いや、俺どうもわからんのだが。というか理解できないことがいくつかあるというか」
ううむ、と悩むがどうにもわからない。
「……とりあえず、どこが?」
「……とりあえず、とりあえずでいいのなら」
目の前の隼翔を真っ直ぐ見据える。
「正直な話、隼翔なら学ラン一丁の素手でもフル装備の俺、余裕でド突きまわせるだろ?里奈も多分同じことできるはずじゃん。由美に博人、深雪は後衛だし、素手ってハンデあれば俺が相手ならつらいだろうけど、普通の人相手ならどうとでも出来るし。そこまで深雪の親父さんのボディガードって強いの??」
茂単身で警察の警戒網を抜け出るくらいはどうにかできる。
それ以上のレベルの彼らが5人いれば、そんなボディガードの群れ、瞬殺だろうに。
「……いや、逆に聞くってのもおかしな話ですけど。茂さん、あなたなんで「光速の騎士」なんて出来るんですか?」
「何?どういうこと?」
茂は他の3人から真っ直ぐそう尋ねられたのだった。




