7-1 生温
短いのを一本だけ。
やはり暑いとやる気が出ない。
「取り敢えず、ビジネスホテルですが部屋を準備しました。とりあえず明日、石島さんたちと合流しましょう。ケータイの受け渡しはその時に」
「はぁ……いや、良かった。大丈夫だろうとは思ってたんですけどどこに連絡すりゃいいのかわかんなかったんで」
あはは、と頭を掻いて作業着姿の茂は早苗の運転する車の助手席で独白する。
「それと……。足元の袋はそれまでの間、何かあった時にこちらと連絡できるように」
そう言われて足元の小さな手提げを取り出し、中を覗き込む。
中古の少し古い世代のスマホが一台。
「認証用のパスは“1”連打で入れます」
「うわ、ノーセキュリティ……」
「まあ、ほぼ連絡だけように設定したものですから」
もの凄くザルいスマホを渡されている気がする。
「こちらで準備したケータイなので、高級な性能とかは期待しないでください。通信容量も最低限の本当に連絡するだけのものです。一応“ヘンなとこにはアクセスしないように、ね? まあ、おかしなところにアクセスできなくは設定してあるので」
最後のジョークで軽くウインクして見せる早苗。
「あはは。しませんしません」
そう言いながら電源を入れて起動。
確かに表示されているアプリは必要最低限のものだ。
連絡先も関係者のみ。
「あとは、こちらの人員と動いていた門倉氏ですが、襲撃を無事に切り抜けられて豊島の白石の部署に一時戻るとのことです。何か緊急で調整が必要になるという話で……。何か心当たりは?」
「心当たりと言われても……?」
はて、と思うが特に思い当たらない。
わざわざ東京行きをいったんUターンしてまでとなると、多分部隊の調整とかそういうことではないだろうか。
ぐっ、とこめかみに指をあててぐりぐりと揉む。
痛い。フィジカル的なモノではなく、メンタル的なモノで痛い。なんでこんなに剣呑な状況にいきなりなっているのだろうか。
昨日までは移動は不自由を強いられていたとはいえ、フツーに皆でワイワイとホテルで懐ゲーやってたはずなのに。
「お疲れですか?」
その様子を見て早苗が気遣う。
「いえ……。大丈夫です」
ぐるぐると回るいろんな意見が頭の中で浮かんでは消え、浮かんでは消えしていく。
根本的に何か、普通の生活が遠ざかっていく。
こちとらもうすぐ「森のカマド」の採用試験を受けるというのに。
ようやく真っ当な仕事に就いて、将来に対する一定の不安を和らげることもできるし、親とかにも「俺、仕事決まったよ」と言えるはずなのに。
(……良かったな、何の仕事だい? いや、実は『光速の騎士』なんてものをやっててさ。あらあら、それは素晴らしいことじゃない。……アホか! んな感じにゃ、なるわけねえだろうが!)
一瞬、告白時にどうなるかというシミュレーションをしてみたが、明らかにその流れになりそうにない。
根掘り葉掘り聞かれたうえで、最悪呆れかえられるか、泣きだされないかを真剣に考えなくてはならないレベル。
ミュージシャン・俳優になりたいの、という成功率低めの夢よりも、もっと応援してくれない気がする。
それ以上に、親に言えないような法的にアウトな仕事は駄目だ。
「真っ当に生活したいなぁ」
ぽつりと本音が漏れる。
「少なくともパピプの誇張記事に関しては私のゼミと大学からも厳重な抗議を行いました。ある程度の利はこちらにありますからどうにか治まるでしょう。多少のデジタルタトゥーは残らざるを得ませんが、神木美緒とのデート報道なんて皆が羨むような出来事ですし」
(そこのお話だけじゃないんだけどなぁ)
茂の愛想笑いに力が無いのを敏感に早苗が感じ取る。
「以前、門倉さんから提案された、杉山さんには我々から少し距離を置いていただいて、ご自身の生活を整えていただこう、というのはまだ継続していますよ」
「本当ですか?」
若干の胡散臭げな顔をした茂に、今度は早苗が心底心苦しい表情を見せた。
「言った傍から殺人現場の霊障の対応に、高速道でのトゥルー・ブルー襲撃となるとどの口が、という話ですが。とはいえそれに対応できる人材が不足しているのも事実なんですよ。今回の交通費と諸経費含めてもそちらに入っていますので」
そう言われて渡された袋の中を、暗がりの中でがさごそと探る。
スマホの箱以外に、明らかに厚みのある銀行の封筒が入っているのに気づく。
口は折り込んだだけで封がされていない。少しお行儀が悪いがそこから中を覗き込むと、当然ながら札が入っていた。
「……うーん」
「ふふふ。やっぱり受け取られませんか」
その反応も予想通りだったのだろう。早苗がほほ笑む。
「なんと言いますか……。こういう金ってちょっと、ね」
「門倉さんからもそう言われますよ、とは忠告されていました。なのでご入用分だけ抜いてください。もちろん、少し多めにでも大丈夫ですから」
「じゃあ、まあ……」
そう言って封筒から四枚ほど抜くと後は見ずにそのまま袋に戻す。
抜いたというのに、その厚みに一見変化がないというのが怖い。むしろどれだけ入っているのか金額を知ってしまえば、もうちょい欲しい、とか思ってしまいそうなのでこれでいいのだ。
交通費に食事代、あとは衣服の代金。
貰った札を財布に入れて、代わりに交通費としてもらっておいた領収書を封筒に入れておく。これで何とかうまく事務処理とかしておいてほしい。
(これなら収支はトントン、若しくはちょっとプラス。おお、儲け儲け)
さみしくなっていたお財布が若干の潤いを取り戻す。
そんな感じで微笑む茂の様子を横で温かい目で早苗が見ていたのに気づかなかったのは幸運なことだったのかもしれない。




