6-変 さて、とっとと準備をしないといけないが、どうにもこうにも耐えがたく
そう、一切読まなくても何一つ問題のないいわゆる蛇足でございます。
その割にここ最近で一番長いという。
うはは。
美緒が二つ目の弁当をレンタカーの中でパクついている時と、定良がカフェテラスの周りが見渡せる一等席に腰をおろした時の、ちょうど間に挟まるくらいの頃
「ありがとうございました」
「どうも」
定型文の挨拶と共に差し出された諸々を手に取って、軽く頭を下げつつ自動ドアをくぐる。
「よし、足りた足りた。でも往路分しかないけど」
茂は発券してもらいたてほやほやの切符を手に、記載された時刻と時計を確認した。
駅のモニュメントとして作られた、巨大な恐らくは何らかのすごく大切なメッセージ性のある創造的であり革新的な何かを含んだ……、止めよう。
要するに一般人からするとまるで興味のないデカい像に埋め込まれた時計がデデンと置かれている。有名な作者なのだろうが、そういう方面に興味のない茂からすれば「時刻見にくいんだけどな」という感想しかない。
デザインよりもまずは実用性だと思うのだが、偉い人はなぜかデザインを優先するきらいがあるようで、全国各地の駅前にそんなモニュメントやらオブジェが転がっている。
ただ、きっと茂が分からないだけで価値はあるのだろう、多分。
「発車時刻まで一時間弱……。どうすっかね」
切符を領収書と一緒に紙の券入れに放り込んで腕組み。
東京まで乗り換えなしで行ける様なそこそこ大きな駅。一時間くらい簡単に時間つぶしできるにはできるのだが。
要するに金がないのだ。
現在のところ、東京までの切符を購入し残りの残金は二千五百円ちょい。
都内を移動すると考えると少なくても千円は残しておきたい。
しっかりと確保した領収書はこれを渡して、後で門倉か早苗のどちらかに請求できないか聞いてみるつもりだ。
みみっちいと言われるかな、とも思うが自弁で処理するには茂の財布が耐えられない。
というかそれ以前に交通費を貰わないと、東京に行ってからお家に帰る電車賃すらないのである。
流石に“じゃあ歩いておかえりください”、ということにはならないと思うのだが。
(門倉さん立て替えてくれるよな。……頼むよぉ、マジで)
早速連絡をということでトイレに駆け込んで急いで兜をアイテムボックスから取り出して通信を行ったのだが。
(連絡つかないんだもんなぁ……。どうなってんのか、東京行かないとわかんないってかよ)
都合、長時間粘るわけにもいかず三か所ほど個室を移動しつつ連絡を試みたが、連絡できないままだ。
(とりあえず行くまでの間にそこらへんは考えよう……とりあえず飯、食っておくかぁ。怖いなぁ、はぁ)
一抹の不安を胸に抱くが、それでも生きている限り腹は減る。すでに昼は過ぎていた。
朝飯をごちそうになってから、特に腹に何も入れていないので、ぐるる、と鳴るくらいには空腹であった。
とはいえ、どうするべきか。
(まず、今回に関しては駅弁は無いな、うん)
興味が無いわけではない。
バラエティ色豊かなそれらは見た目にも楽しい。地方のあまりメジャーではない物を食べることができるのはいい経験だし、そこまで大きく外れるということも無い。
地域色豊かな弁当は大変に素晴らしいと思う。
だが、喫緊の問題がある。
(こっから一時間待つのは、キツい……。腹減ったし)
やはり駅弁は車内で食べてこそ、という所もある。
デパートとかで「駅弁フェア」という催しが大盛況でしたとニュースにもされるが、正直家で食うよりも移動中に食うという意識ドーピングの充実感が無くなってしまう。
いや家で食うなら味も変わらないし、むしろ個人のプライベートを確保できると言われるかもしれない。
それでも、車窓から覗く風景とか、トンネルをくぐるときの音とか、駅が近づくと皆が動き出す気配がしたりとか。そういう非日常を加味しての駅弁を味わいたい。
となると、駅弁を食すまでの一時間。この腹の鳴りを押さえての発車までの一時間を耐えられるか否か。
……ちょっと嫌だ。
では、次点。
駅前であればぐるりと見渡すとすぐに目に入る立ち食い蕎麦のお店。
(蕎麦、若しくはウドンかぁ……。なんかちょっと違うんだよなぁ、今は)
安く、早く、外れのない美味しさ。
それが立ち食いソバの最大の魅力。
入店してからどんなに待ったとしても五分以内には出てくるであろう早さ、予算が少ない現状に対応する安さ、少なくともその地域で生き残ってきたという実績から来る外れのない美味しさ。その選択肢は魅力的に見える。
(なんつーか。スゴイ腹減ってんだよな。もっとこう、ガッツのある食い物を)
何故かはわからないが異様に腹が減っている。朝をご馳走になったのであるが、足らない。
いや、量が少なかったとかいうわけではない。いつもであれば普通に満ちるだけの量はあったし、食後すぐは満ち足りた感で微睡んでしまおうかというくらいのレベルであった。
だが、しばらくするとあまり感じたことのないくらいに胃が働いて一気にその内容物を消化していったのである。
何といえばいいかわからないが、一番近いのは体がカロリーを欲しているという表現か。
(なんでか知らんが、すごいひもじぃ……。なんか、飢えてるんだよなぁ……)
いつもであれば立ち食い蕎麦でオッケーなのだが、あれでは足らない気がする。たまにカツ丼セット、とか親子丼セットがある店もあるのだが、この駅の立ち食いソバはこのタイプではなかった。
もしそんなセットがあればそのまま立ち食いソバに直行だったのだが。
この理由が駅弁を避けた理由にも当てはまる。
つまり、茂の好きな「地域の特色を詰め込んだ幕ノ内タイプ」だと、同様にカロリーが低い。中高年の人でも問題なく平らげることのできる量に設定されて、且つ揚げ物も適度に配置してある。つまりは、ちょっと今の状況からすると足りなさそうな気がするわけだ。
(となると、こっちか)
視線を立ち食いソバののぼり旗から、ちょっと離れた駅と隣接する駅ビルに向けると、うむと頷く。
そして茂はてくてくとそちらへと歩いていくのだった。
「ご来店ありがとうございます。ご注文がお決まりになりましたら呼び出しのボタンを押してお呼びください。おしぼりと一緒に、お水か温かいお茶をお持ちしますがどちらがよろしいですか」
「あ、じゃあ温かいお茶ください」
「わかりました。では」
ぺこりと頭を下げて店員の女性が戻っていく。
既に昼時は過ぎているがそれでも店内にはぽつぽつと客がまばらに座っている。
待ち時間もなくすぐに席に案内してくれたのはありがたい。
この店内に漂う香しい匂いにつられて来た身としては、待たされるのは非常にキツい。
(さーて、どれにしよっかなー、と)
いそいそとメニュー表を手に取る。
ラミネートしたおすすめメニューと、バインダー式になっている通常メニューをテーブルの上に両方が見えるようにして広げた。
「ここはロースだろ、やっぱ」
むむむ、とにらむ視線の先、そこにはトンカツ御膳が載っている。
そう、茂が少し遅いお昼ご飯に選んだのは駅ビル内にあるトンカツ専門店であった。
駅ビルのレストランフロアにエスカレーターで登って来るまではどこにしようかと悩んでいたのだが、目的階に到着してすぐに鼻腔へと飛び込んできた良い脂の香り。
それにもう一撃で打ち抜かれてしまった。
オムライス専門店や、中華料理、カレーに、天ぷらもずらりとあったのであるが、もう無理。
腹から脳みそに直に「トンカツ」にしろ、と命令が飛んだ。
そんな訳で、もう遅くなった昼飯はトンカツである。
さて、ヒレとロースの二種類のトンカツ御膳が併記されているわけだが、それはもうストレートで選ぶものは決まっている。
ロースの方が安いし、脂も多い。だからロース。
単純に言うとそういう話なのだが、それ以前に茂はロースの方が好みでもある。
ヒレはヒレで美味いとも思うのだが、やはり個人の嗜好の範疇だ。
ぴんぽーん!
「はーい。おうかがいしまーす!」
呼び出し音と同時に威勢の良い店員の声が響く。
程なく店員が茂の元へと到着。
おしぼりと温かいお茶を共に持ってきてくれる。
「あ、このトンカツ御膳をロースでお願いします。」
「はい、こちらのトンカツ御膳、ロースで一人前。こちらサービスでサイズは普通のみですがご飯をキノコの炊き込みご飯に変更できます。白ご飯の場合はサイズを普通、大盛、特盛からお選びいただけますが」
魅力的なサービス。
ちょい、とお茶を口にしてほんの一瞬だけ悩むと、ほぼ即答くらいの勢いで返答。
「白ご飯で特盛を」
当然である。カロリーが欲しい。もう一つ言えば、トンカツを食うのに、飯に味がついていると少しぼやける様な気がする。そこはプレーンに白飯を食うのが良いのではないか。
いや、あくまで茂の個人的意見である。
「はい、特盛ですね。サラダドレッシングはどうされますか?」
「ええと、ゴマで」
「はいゴマドレッシングですね。ではご注文を繰りか………」
幾つか細かな選択肢を選び、店員は注文を確認して帰っていく。
その間にわくわくしながら待つ。
レストランとかで待つときはどうするか。
茂はメニューを眺めるのが好きだ。
出先で再度訪れることはもうないだろう店のメニューを見て時間を潰す。
(おお、ここのエビフライ、頭付だー。ミックスフライかー。まあ、それもアリっちゃアリだけどな)
ででんという皿からとび出すサイズのエビフライ二尾とコロッケが一個。そして小さいヒレのトンカツのセット。ミックスフライ御膳、お値段千八百円。
対する茂のチョイスしたトンカツ御膳のロース、こちらはお値段千二百円。
六百円の差があるわけだ。
温かいお茶をちびちびと飲みながらそんなことを考える。
頼むわけでも無いメニューをみて、これ高くないか、とかこれ誰が頼むんだろう、とかすげえ美味そうだ、とか激辛はちょっとな、とか。
そんな時間を過ごす。
デザートのスペシャルパフェというのは、食後に食べるのだと思うがどんな勇者が頼むのだろうか、油物でパンパンの腹にさらにクリームを、というのは別腹理論を展開してもキツい気がするな、と思った。
そうこうしていると店員が膳を持ってやってくる。
「お待たせしました。ロースのトンカツ御膳、白ご飯特盛です。ご注文は以上でおそろいですか?」
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。最後に、お茶とお水はあちらのセルフサービスでお願いいたします。ごゆっくり」
頭を下げて店員が下がっていく。
さて、とメニュー表をしまい、手をおしぼりで拭き拭き。
運ばれてきたトンカツ御膳を眺める。
真ん中の皿に揚げたてのトンカツが一枚。添えてあるのは山盛りになっているキャベツと、ミニトマト二個とくし切りになったレモン一切れ。
小鉢に盛られたポテトサラダが好ポイント。
味噌汁は赤だしベースのワカメ入り。白飯は特盛用のデカ茶碗にこんもりと。
調味料関係はこの膳と別で置かれている。
ソースは三種。とろみのある甘口と辛口の中濃ソース二種類に、店オリジナルのトンカツ専用ソースと銘打った物が一つ。
香の物として瓶入りのキュウリのパリパリ漬けが小皿に出すスタイルで一つ。
和辛子も小さな瓶にいれてあり、自分の適量を匙で取り出すというスタイル。
頼んだゴマドレもボトルで運ばれてきた。
(まずは、準備を)
取り敢えず食べ始める前に準備をしなくては。
まずはメインの皿のふちに和辛子をこれでもか、と盛る。
和辛子に関しては大学時代にトンカツ屋でゴチになった先輩がやっているのを見て、これは良いなとずっと真似をしている。苦手な人も多いのか辛子自体が店に無いところもあるようだが、茂はあるのならば迷わず使う。
次にパリパリ漬け。これはご自由にお使いくださいの小皿へ、えいやと少し多いんじゃないかくらいに盛る。正直貧乏性というのもあるかもしれない。提供されるならとりあえず全部もらうというのが基本方針だ。
さて、そこまで準備したところで小皿にちょび、と甘口と辛口そしてオリジナルソースを出す。
盆に置かれた割りばしを袋から取り出して、ぱきり、と割る。箸先にそれぞれをちょいちょいとつけて味を確認。
(うん、これなら辛口)
三種を味見して結果、辛口ソースを手に取るとぐるりとトンカツ、そしてキャベツにぶっかける。
全体的に若干少ないかな、と感じるくらいで止めておく。
「いただきます」
ぱん、と手を合わせる。
まずは赤出汁のお味噌汁。
箸で沈んでいる味噌だまりを溶かしてからずず、と一口。
(やっぱ、赤出汁ってちょっと塩っ辛いんだよねぇ)
好みもあるのだろうが、一気にすすり上げるには赤出汁は味が濃い。
口の中を湿らせる程度にとどめて、まずはトンカツだ。
さて、トンカツを適度な大きさに切り分けたときに一番美味いとされているのは真ん中のあたりで、逆にそうでもないとされているのが端っこだ、という人は多いと思う。
だけれども、あの端っこの部分。
それはそんなに明確な差をつけてそうでもない、とされるものだろうか。
茂は端っこのソースのかかったカツを箸でつかみ、辛子をつけて口に放り込む。
さくっ、さくっ!
噛み締めた瞬間に小気味よく口の中で響く音、衣と肉の食感、そして肉自体の脂が揚げ油と共に広がる。そして同時に辛口のスパイス強めのソース、そしてつんと気持ちだけ和辛子の辛みと香りが鼻に抜ける。
「うん!」
満足のいくカツの味。
端っこの部分は思うに、一番良く揚がり、サクサクとした食感を全トンカツ内の部位で主張する部位である。
肉自体の柔らかさを感じる真ん中あたりとはまた違う観点からその意義を問うべきではないだろうか。つまりは食感とその店の揚げ油と衣の出来を判断する一番大事な部位としてだ。
誰かと飯を食いに行って、一口ずつシェアするとした際に(ここで他者とのシェアをアリとするかナシとするかという論争は置いておくが)、端っこを渡す、というのはむしろ損をしているのではないかと茂は思う。
つまりは茂的“トンカツの中でそうでもないな部位”のトップは端っこではなく、その隣のあたりの一切れであった。
「がふっ、がふっ!」
白飯のデカ茶碗、いやもう丼でもいいサイズのそれを掴んで飯を掻っ込む。
もぐもぐと肉と米を堪能し、そして赤出汁を一口。
「ふぅ……」
一息入れると、ようやくぐるぐるきゅうとなっていた腹の音が落ち着いてくる。
そこでパリパリ漬けをぽりぽりと齧る。
甘めの醤油風味で美味い。そのままパリパリ漬けで白飯を一口。
もぐもぐしながら壁を見ると、どうやらこのパリパリ漬けとオリジナルトンカツソースは店頭の会計で持ち帰り用に売っている様子。
(美味しいけど、じゃあ買って帰るっていう感じじゃないんだけど……。金もないしな。でも売れてるから売ってるんだよな、多分)
ほー、と価格をみてそこそこするお値段に関心。きっと熱心な愛好者がいるのであろう。
そんなことを思いながらぽりぽりとパリパリ漬けをしばらく噛みしめる。音がするくらいには歯ごたえはあるがしっかりと漬かっていて味は濃いめ。
ざらめと醤油、そして店オリジナルの素材で複雑な味を作り出してはいるがちょっと甘みが強い。茂の好みとしてはもう少し塩気が強ければなぁ、そんなやつだったら欲しいかな、と思った。
箸休めに漬物をいただき、そのあとはキャベツに。
敢えて最初に辛口ソースをぶっかけ、その状態のものを、まんまでいただく。
んがが、と大口を開けて一気にキャベツを突っ込みもしゃもしゃと噛む。
時折くき、くき、と小気味よい抵抗と共に“ああ野菜食ってる”的な満足感を覚える。
そこに、ミニトマトを一個ぽんと追加で口に放り込む。
噛み締めたときにぷち、とつぶれた果肉から中の果汁?(野菜汁?)があふれ出す。
スパイス強めのソースの中に、トマト特有の酸味とほのかな甘みがブレンドされる。
(やっぱトンカツの付け合わせはキャベツ、あとはトマトだね)
噛み締めながらそう思う。
そしてトマトは敢えてくし切りの大玉を使わずに、ミニトマトにしてあるのもポイントが高いと言える。
たまに、というかそこそこの割合で定食系のメニューを出す店で、ちょっと乾いてしまったトマトに出くわすことは無いだろうか。
恐らく、付け合わせの野菜を提供するために直前に切り分けて、ある程度の数を準備段階でセッティングするのだろうが、その間に切り分けた表面がまあ乾くこと乾くこと。あとほんのりと野菜関係が温いのも合わさってしまう。
ちょっとそうなるとマイナスポイントかな、と思うわけで。
だが、このお店。もしかすると忙しい時間でなかったから、という幸運も重なった結果であるかもしれないが、素晴らしいことにミニトマトは冷たく、キャベツはしゃきしゃきと音を立ててみずみずしい。
(ラッキーだったかもしれん。昼からちょいずれてるからすぐ座れたし)
小さな幸せにちょっとほおが緩む。
さっぱりしたところで、カツを一切れ。端っこの隣の一切れを箸で摘まみ、今度は辛子なしで口に運ぶ。
さく、とした衣のあとに、今度は柔らかな肉にすっ、と歯が通る。
程よい火加減で、固くもなく、それでいて柔らかすぎもしない。
よく肉が柔らかい、まるで溶けていくみたい、という表現があるが、茂は思う。
いや、飯は噛み締めてこそじゃなかろうか、と。
肉を喰いに来ているのだよ、と。
そんな食感を楽しみたいならソーメンで良くね、と。
もしかするとそれでも満足できるような素晴らしい肉があるのかもしれない。だが、噛み締めて溢れる全てを堪能してこそ肉ではあるまいか。
溶けるように消えていくのでは、その美味しいお肉の全てを実は味わいきる前に、腹へと消えて行っているのではないか。
もぐもぐとカツを味わい、小分けの皿に甘口ソースを注ぐと、食べかけの残りをそれにディップ。そして一口齧る。
先ほどと同じさく、という食感と肉のうまみ、そしてスパイス強めの辛口ではなく、少し甘めのソースソースした甘口ソース版のカツが口に入った。
茂は同じくもしゃもしゃと食べる。
(……んー。この感じならやっぱ辛口? でも辛子溶かしてみるとちょっと違う?)
少し単体では物足りなかった小皿の甘口ソースに、メイン皿のふちから辛子をぽとんと投入。
ぐりぐりと割りばしで甘口ソースに辛子を溶かし、辛子ソースを作る。
そして残ったひとかけをその辛子ソースにディップ。
もしゃもしゃとやっていると、つん、と強い辛みとソース自体の甘みが同時に襲い掛かる。
(悪くない、悪くないんだけど。……やっぱ辛口の方が好みだわ)
そう感じたあとで、卓上のゴマドレをキャベツに掛けて、一口頬張る。
ちょっと似た味が続いたところでの一休みだ。
ちょっと隣のカツで温かくなり、しんなりしてソースを吸い、味の変わり始めたなんとも言いようのない、定食の皿の上だけでしか生まれることのない、独特な風味のキャベツ。
箸休めだけでなく、アクセントにもなる。
ちなみにこのお店のオリジナルソースにかんしては正直判断に困る味だったことは言っておく。辛口・甘口の中間みたいな味で、確かに差別化はされているがどっちつかずで然程魅力的に思えなかった。
結果として逆に普通のスーパーで売っている万人向けのソースに非常に似てしまったのは、イイトコ取りを目指して失敗したということだろう。むしろどっちかに全振りするくらいのノリも必要だと思うのだ。
「んがっ、んがっ……!」
掻っ込むようにして飯、カツ、味噌汁。時に漬物かポテトサラダ。
レモンは逆サイドの端っこにたっぷりと絞りかけて、その酸味全開の一切れをある種の珍味的に楽しむ。
真ん中のカツはスタンダードの辛口ソースにたっぷり和辛子。気まぐれに作った辛子ソースでも一口二口と。
そうこうしていると、ものすごい勢いで膳は空になる。
綺麗に皿の上のカツ、キャベツなどの付け合わせに、小鉢や多めに盛った漬物を駆使して、特盛の丼飯をがんがん減らしていく。
残り少なくなったところにパリパリ漬けを放り込み、卓上の七味をぱっぱと振りかける。
(ちょっとお行儀悪いんだけどねー)
お茶をそのどんぶりに注ぎ込んでお茶漬けを作り、ずるずると一気に掻っ込む。そして綺麗にご飯粒一つ無くした丼を置いて、最後に残った赤出汁をずずず、と啜る。
「……うん、ごちそうさまでしたぁ」
ぷはぁ、と味噌汁を飲み干し、箸をおいて手を合わせる。
途中で一杯分汲んできた水をぐい、と呷ってごちそうさまだ。
きょろきょろと見渡し、壁掛けの時計を見ると、出発時間の十五分前。程よい時間である。
「よし、行くかぁ」
膨れた腹を平手でぽんと叩いて立ち上がり、伝票を持ってレジに向かう。
正直あまり気乗りしない東京行きも、これでどうにかほんの少しやる気が戻ったわけだ。
(ま、心配してもどうにもならんし。さっさと合流しますかね)
茂はそうして会計を済ませ、さらに軽くなった自分の財布をポケットに突っ込むと、駅に向かって歩を進めるのだった。




