1-1 惨殺 のち 質問
テレビモニターいっぱいに、骸骨頭の武者が、槍を持った騎士が双方の武器を振るう姿が映し出されている。
その2名の後ろに映るのは、夜間の飲み屋街と思しきネオン輝く道路。
両名を遠巻きに見つめる通行人の姿も目に入る。
各々が振るう武器が疾る度、双方ともに命のバーががりがりと削られていった。
『温いわっ!』
武者が叫ぶと同時に太刀が振りぬかれ、ぱあんと音が響き渡る。
不用意に突きだされた、騎士の携えた槍が大きく跳ね飛ばされ、空を舞う。
クルクルと飛んで行った槍は、地面へと突き刺さり、騎士に残されたのは粗末な木製の盾だけである。
後方へと飛び跳ねて逃げようとする騎士を逃すまいと、武者の追撃と更なる猛攻。
盾で防ぎ、弾き、飛び退いたその場所で、しのぎ切れず大きく後方へと吹き飛ばされた騎士が「カラオケスナック渚」の看板に激突。
その看板を粉々に砕いて、騎士が崩れ落ちる。
あまりのダメージに起き上がった騎士が頭を振った。
その隙を逃すまいと武者が一気にダッシュで接近。
強烈な頭部へのハイキックが、兜に守られた頭部を襲う。
『ぐわっ!』
声を上げて体勢を崩した騎士へと、武者の太刀を持たない左手が拳打を放つ。
同じフォームで3度顔面を殴りつけられ、自然と武者と騎士の間に隙間が生まれる。
ぎらり、と黒い眼窩の奥に鬼火が青白く光る
必殺の横胴が、骸骨武者にそれに気付いたばかりの騎士を襲う。
『絶技、死克焔!!』
『ぐわぁぁああああ!!!!』
紫紺の焔を刀身に纏わせた必殺の一撃で、最後に残った盾を砕かれ、全身を闇色の炎に燃やし尽くされた騎士があおむけになり、絶命。
『ク、クカカカカカッ!!!!この、雑魚めがっ!!!!』
騎士の命を奪い去った太刀を地面へと突き立て、武者が死者の尊厳を冒涜するようにその頭を金糸で彩られたブーツで踏みつける。
更には天を仰いで呵々大笑する骸骨武者。
その声はテレビの前に座るものに、轟きわたるのであった。
「うっわ、茂さん死んだー、惨殺、滅殺、焼殺。骸骨武者、超強いし!」
「そりゃそうだろ、茂さんは無料アップデートで追加されたネタキャラで、しかも攻略サイトだと一番ザコいって評判だぜ?んでもって骸骨武者はラスボスクリア後のシークレットの裏ボス。攻撃特化で防御はザルだけど、はまればどんな奴でも瞬殺だからな」
「そうだよねー。茂さん、ソッコーで惨殺されてるし」
「いや、縁起でもねえよ!!?」
けらけら笑いながらテレビモニターの前で談笑しながら座っている2人へ、借りたお手洗いから戻ってきた茂が怒りの抗議を行う。
「あ、茂さん。ウーロン茶でも飲みます?」
抗議を行う茂へと振り向いた男が、テーブルに置かれたペットボトルと、客用と思われるグラスを指さす。
少しばかり渋い顔になりながら、それを受けとり、コポコポと茶を注ぐ。
「……何してんの、お前ら?」
茂はずずっ、とウーロン茶を啜りながらテレビの前でコントローラーを握る二人、「魔王」柳博人と、「軍師」梶原由美に尋ねる。
「博人がこのゲームのキャラが、すっごい茂さんと「骸骨武者」に似てるって言うから、ちょっと隼翔が来るまで暇つぶしに」
「似てますよねぇ、2人とも」
けらけらと笑う2人が言った隼翔。
本名、但馬隼翔。
この2人、いや茂も含めて3名の関係者であることから予想は付くだろうが、「勇者」の称号を持つ少年である。
銀嶺学院高等部普通科3年、通称「おーじ」でもある。
「茂さん。さっき連絡来て、隼翔の奴、家抜け出すのにもう少しかかりそうって話です。まあ、家出少年扱いだからなアイツ」
「いやあ、いいよねぇ親の愛情があふれる家庭って。私のトコなんて、若いうちはそういう事もある、って放任主義だしー」
「お前は学校サボって俺んち泊まったりしてるからなぁ。2日間の間に行方不明って扱いにお前、ならなかったじゃんか」
「博人もだしー。私だけっていうのずるくない?」
がやがや2人して話し込んでいるが、一応学校には行けと言っておくべきだろうか。
そんなことを思いながら茂は目線を床へと向ける。
床に転がるパッケージからすると、プレイ中のソフトは「英雄の定め4+α」だ。
過去から現代へとタイムワープしてきた英雄が、同じく飛ばされた英雄と戦う、というどストレートなコンセプトの格闘ゲーム。
人気シリーズであり、新作が出るたび皆が熱中するという作品でもある。
茂も「2ダッシュ」、「3」、「3クロスエンド」と過去シリーズのソフトを購入した記憶がある。
確かに足蹴にされている騎士アーサー(兵卒バージョン)と、足蹴にしている第六天魔王ノブナガは「光速の騎士」と「骸骨武者」のイメージに似ていた。
「茂さん、超絶的に弱いですよ。めっちゃボコられたんですけど?」
「いや、そこに転がってんのを俺扱いするな。完璧、無関係。あと骸骨も“あの人”じゃないし」
スタートボタンを押さないのでいつまでたっても骸骨のキャラクターの哄笑が止まらない。
ちょっとばかり腹が立つ。
にまにまと笑う由美の頬をむに、と摘まむ。
「なんれふか!おふぉめの、やぅあふぁだぅお!!」(なんですか!乙女の、柔肌を!)
「そのわかってて人をからかう悪癖、直せと言ったはずだ。乙女と言い張るなら、もう少し乙女チックな要素を見せろ」
「うはは、言われてるな。由美、成長してねぇって言われてんぞお前!」
「うるひゃい!」(うるさい!)
ぺしと茂の手をはたき、自分の頬を撫でる由美。
小柄な体つきでは有るが、全体的に肉付はよく可愛らしいと言われる部類の女の子である。
ただし、肉付きが良いというのは要はぽっちゃりである。
おデブではないが、スマートなわけではなく、頬も触ろうと思えばこのように容易につまめる。
個人の好き嫌いはあるとは思うが、茂としては女の子女の子していると思うし、好ましい体型ではあると思う。
ただし、それが本人の想いと重なっているかと言えば、そうでもないのが世の中というもので。
「うう、3年でいい感じに育ったのにぃ……」
「体、高校生まで若返るとは思ってなかったもんな。ご愁傷様」
打ちひしがれる由美をぽんぽんと博人が慰める。
どうも“成長していない”、というのが地雷ワードだったようである。
茂の憶えている由美の最後の姿は、クールビューティーでナイスバディな美人さんであった。
確か身長も170近くは有って、すらりとしたスレンダーなグラビア体型におなり遊ばしていた筈なのだが。
「なんで、元に戻るかなぁ……」
まあ、3年という時間は高校生くらいの年代にとって、著しい肉体的羽化を遂げるには十分な時間であるということだ。
憮然とした表情でつぶやく、今は150センチくらいに縮んでしまった由美がこちらを見る。
「……でも、茂さんだって子供みたいに意気揚々と、ヒーローやってたじゃないですか。なんですか、あの恥ずかしい全国放送」
「ふごぉっ!」
ぐさりとピンポイントで的確なダメージを与えてくる。
流石は「軍師」。
「く、くそぅ……あ、あれは不可抗力というやつで!」
「ふふん!」
反り返って威張る由美。
だが、そこには彼女がたわわに誇っていた過去、いや未来の果実の面影はない。
「……ふっ」
「あ、なんです!?今のふっ、ってどういう意味!?」
そこに襲い掛かる追撃の一言。
「いえいえ、なんでもありませんよ?“元”ないす・ばでぃ?」
「うっっわ、うっっわ!茂さん、それは、それは言ってはならない台詞ですよ!」
カチンときた由美が床に置いたクッションを茂に投げつける。
ぽすんと音を立てて、胸でトラップしたそれを尻に敷き、茂は床へと座る。
ここは「魔王」柳博人の家、そして博人の自室である。
部屋一面に飾られたメタル系の音楽バンドのポスターに、壁際に置かれたベース。
本棚に置かれた音楽雑誌は、多種多様なものが置いてある。
茂は音楽方面には詳しくは無いのだが、かなりコアな種類の雑誌も中には混じっている。
「まあ、茂さんを呼んだの俺たちなんだ。由美よぉ、お願いする立場の人間がそういう感じじゃだめだと思うぞ、俺」
「そりゃそうかもしれないけどぉ……」
ぷぅ、と頬が膨らんでいた。
由美はコントローラーを掴み、自分の操作キャラクターを魔王ノブナガに、相手コンピューターを兵卒アーサーに設定すると、シングルマッチを始める。
意図としては、直接ではなく間接的に茂へと無言の遺憾の意を表するつもりなのだろう。
画面上の兵卒アーサーが、魔王ノブナガに怒涛のタコ殴りという暴挙に晒されている。
「何という大人気の無さ……」
彼らに聞こえない程の声で茂がつぶやく。
今は3年を若返り学生服に身を包んでいるが、彼らも実質年齢でいえば向こうの社会で生活した20歳前後の大人の入口に当たる者達なわけで。
(体に心が引っ張られるのかね?)
どうでもいいことを思い返しながら、茂は本題に入る。
「なあ、それよりもさ。結局、俺は何を、どう、どこで、助けりゃいいのよ?」
ぴんぽーん!
そこに玄関から来客を告げるチャイムが鳴り響く。
茂に尋ねられ、どう答えようかと悩んでいた博人はすっと立ちあがる。
「ああ、隼翔だと思います。月曜までは親父もお袋も仕事で留守なもんで。俺が話すより隼翔の奴に説明させた方が多分、茂さんも判り良いと思うんで」
「そうか?結構取り乱してたから、俺としては隼翔に説明されるのは怖いんだけど」
昼のあの森のカマドで巻き起こした隼翔のなかなかの醜態。
心がガタガタでないと、あそこまでの狼狽はなかなか見せないと思う。
結局、あの場で泣き崩れる隼翔の背をさすりながら、他の奴らに隼翔を引き渡した。
流石にバイトの真っ最中にあの騒がれ方をされてしまうと、仕事が滞ってしまう。
隼翔自体も過呼吸気味で、言っている内容も要領を得ず、バイト明けに落ち着いてからゆっくりと話そうということに落ち着いたわけだ。
伊藤には19時までのバイトを少しだけ早めに早退させてもらい、時間を別場所で潰していた2人に連れられてこの柳宅へとたどり着いた。
隼翔はもう一人の“お仲間”に連れられて一度帰宅させられている。
ちなみに、伊藤からは興味本位全開で質問攻めにあい、香山からも質問攻めにあった。
ただし、どうしてだろうか。
香山の瞳には“興味本位全開”と伊藤と同じ文字がくっきり書き込まれていたが、どこか湿った生臭い香りがした気がする。
どうしてだろうか、というところまでで茂は思考を止めた。
それはきっと正しい判断だったに違いない。
「大丈夫ですよ。人間って一度感情が爆発したら結構落ち着くもんですし。ただ、今きたメッセージだと、里奈は来れないみたいです。あいつの家もまともなお家ですしね」
「里奈ちゃんいないってなると、私が隼翔くんのフォローかー……。うわ、責任重大!」
スマホに表示された「聖騎士」堀田里奈のメッセージを読みながら博人が退出する。
トトトンと階段を駆け下りていく音が聞こえる。
茂はその音を聞きながら、先程尻に敷いたクッションをそっと膝の上に移動させた。
「どうしたんです?茂さん」
由美が訊ねてくるのを、まあまあと手だけで落ち着かせる。
頭に“?”を浮かべながら座り直し、ゲームを終了させた。
ぷち、とリモコンを使いテレビ画面をバラエティのチャンネルに合わせる。
流石に丸一日「騎士」「武者」だけを流すわけにもいかない。
当然スポンサーが金を出して作った通常放送の番組も流していかねばならないのだ。
画面上のバラエティの出演者は以前に収録されたもので、茂にとってはここ数日気の休まらなかった放送以外の楽しい楽しい放送である。
ただ、このバラエティの先週の視聴率は3.2%。
20時30分のこの時間帯に放送するには少しばかり、視聴者数が寂しいと言わざるを得ない。
「ああ、落ち着くぅ……」
「うわぁ、剣君。超カッコいいぃ……」
何の気なしに出た言葉に2人が顔を見合わせる。
「由美、葉山剣好きなんだ?」
「な、なんですか!私も好きだなって思う俳優くらいいますし!」
少しだけ頬を赤くした由美。
憤慨した風ではあるが、目線はテレビ内のバラエティに番宣に出た俳優の葉山剣を追っている。
「いや、だってさ?」
「だって?」
「葉山剣って、博人のヤツとタイプ真逆だし。葉山は大別したら爽やかイケメン。だけど、博人はワイルドな男臭いイケメンだろ?結構ストライクゾーン広いんだな、って」
「それは、そうですけど……」
もじもじとし始める由美を見て、はぁとため息を吐く。
「まだ付き合ってないのかよ、お前ら?」
「いやぁ、そのですねぇ。あはははは!」
ごまかそうというのだろう。
視線が泳いで、今まで手に取っていなかったウーロン茶のカップを取る。
微笑ましい、といえば微笑ましいが、この幼馴染のカップル未満の2人はいい加減どうにかなってほしいものである。
というか3年もの間、何をしていたのだろうかこいつらは。
「……まあ、俺の口出すことじゃないか」
「う、ご配慮アリガトウゴザイマス……」
トントンと階段を上がってくる音が聞こえてきた。
人数は2人。
「茂さん、隼翔来ましたよ」
「お邪魔します。茂さん仕事先ではホントすみませんでした……」
ぺこりと頭を下げて入室してきた「勇者」の目は幾分腫れぼったくなっていた。
「いいよ。店長も友達は大事にって言ってたし。まあ、座れ。……俺の家じゃないけどさ」
すると、隼翔の目がうるうるとし始める。
「じ、じげる、ざぁぁ……ふぼぉっ!?」
抱き着いてこようとした隼翔の顔面目掛け、クッションを間に挟み込む。
真正面から激突したそれに崩れ落ちる隼翔を見ながら、茂が博人に話しかける。
「な?やっぱ、お前が説明した方がよくないか?」
「……そうかもしんないです。マジですんません……」
すごく、プレッシャー。
みんなの反応があったので、取り敢えず触りだけ。




