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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
5章

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5-了 足枷 のち 静寂

とりあえずここまで。

 足が死んでいるのならば、それに対応した戦い方をすればいい。

 それだけのことだ。

 出来ないことを選択肢に入れていても何の意味もない。


「よいせっ!」


 右足を勢いよくコンテナの天井にたたきつける。


 ごんっ!


 激突音の後でめりっ、と足のスパイクが突き刺さる。

 これを軸にして戦いを進める。先ほどまでのふらふらとしたバランスが幾分マシになった。

 ほとんど左右同時に迫った来るように見えるヒトガタ達だが、若干「騎士」の立ち位置から見て右側が早い。

 その奥からもう一体のヒトガタがゆっくりと近づいてきている。


「そらっ!」


 まずは迫ってくるヒトガタめがけてフック気味に拳を走らせる。


 ごっ……!


 鈍い音とともにほんの少し早く迫ってきた右側のヒトガタの頭部に、コンテナの側面に突き立つような爪がめり込む。

 ガードよりも「騎士」の排除に意識が行っていた。間に合わなかった腕が中途半端に上がり、そしてだらんと下がる。

 そのままの勢いで左側から襲い掛かる二体目、これを仮にヒトガタBとしよう。Bへと一体目の、こちらも仮称ヒトガタAをぶつける。

 ほんのわずかな位置取りの差のせいで、「騎士」とBとの間に空いたわずかな空間に、邪魔なAを放り込ませる。


「ぉぉぉ……!」


 とはいえ、突進してきているBは止まらない。

 自分の左腕はAに覆いかぶされてしまったが、まだ右腕は残っていた。

 それを振りかぶり、目の前の「騎士」へ叩き付けようと大きく上半身を浮かせる。


「ほいやっ!」 


 ぎゅんと唸る「騎士」の“左脚”。

 ハイキックがBの右腕を巻き込んでこれもまたBの頭部に迫る。


 ズパァァンッ!


 水面を強く叩いたような音。

 そして、Bの腕と顔面に鋭い爪痕が残される。

 スパイク付のブーツによって切り裂かれると同時に強い衝撃を受けて、Bが目に見えて崩れていく。


(これで、二体ッ!)


 先制に成功した獲物二体の壁の向こう、そこに最後尾のヒトガタCが迫ってきている。

 合さるように一撃ずつ受けた二体は、動きを止めた。

 恐らく、ヒトガタは本能的に、足技は無いと判断していたのだと思われる。

 だから二体がほぼ同時に襲い掛かったのだ。

 腕は二本、右と左で一本ずつ抑えることができれば、最後の三体目でとどめ、と行ける。

 流れとしてはそう考えていたはずだ。

 実際に一体目のAはその思惑通り右手をその体で受け止めた。

 そして二体目Bが左手を、というタイミング。

 そこでまさかの左ハイキック。ずっぱり切れるスパイク付で。

 風の強いこの状況下でそんな自殺行為をするのは考えにくい。だが、今回は事前の準備がその選択肢を増やす結果となった。

 コンテナ天井にめり込んだ右足、そのスパイク。

 さらに、Aの頭にめり込ませたピッケル代わりという名目の趣味的な爪。

 この二つをしっかりと体を保持する土台とすることで、Bを強襲した頭部へのハイキックとつながった。


(マジで今回に関してはデザイン以外はほぼ満足! いつもこういう意味のあるモノを造ってくれよ!)


 いつもはなんというかもっと実用性より趣味的なモノを掴まされる。この間はキラキラなマントを出された。いや、それに耐瘴気用の実用性があるとしても一面に広がる刺繍は不要なはず。特に魔法的要素が無いのだから普通の色味のものを作ってほしい。どうしても初回はテント地とか帆布とかに近い目立たない色合い、見た目で作らずに派手派手しい作りに仕上げてくる。

 こちらからこういうものが欲しい、といったことはなく、向こうのアイデアを形にしていただいている、つまりご厚意でもらっているサンプル品なわけで。

 それでもリテイクが来るのが分かっているならそれをしないように、というのが普通のユーザー・メーカーの関係性であるはずだが、マユミがそのボツバージョンを時折ガメるルートが出来て以降、結構なぁなぁになってきている。

 まずは趣味的なプロトタイプ、次にデザインを特に調整した物が仕上がるわけだ。

 とはいえ、マユミも角突きバイクは“全っ然意味が分かんない”と却下してはいたが。


(でも、ちょい殺傷能力高すぎ……。危ねぇよ、これ)


 ざっくりと爪痕が残るBを見て、あまり多用するものではないと思い直す。

 これがヒトガタだからよかった(よいのか?)ものの、普通の人間であれば顔面を押さえて泣き叫ぶような傷痕であろう。

 その状況を見て、三体目のCが突っ込んでくるのを止めた。警戒を強めるのは当然と言える。が、しかし。


(そりゃ、駄目だ!)


 足が突き刺さったまま、崩れていくB。そこでその左足に力を込めて右足を引き抜く。


 べごんっ!


 コンテナが変な音をさせて跳ね返ってくる感触をバネに、Bを土台としてさらに高く跳ねる。

 躊躇して立ち止まるような形になったCへと高く跳んだ「騎士」が、そのまま突っ込んでくる。

 自身の脚力だけでなく、背中を押す風も利用しての高速での突撃。

 もしそのまま接近していれば、距離が無い分こういった跳躍からの突撃は受けなかっただろう。


「そら、よッ!」


 気合と共に使い古した槍を一本アイテムボックスから取り出す。

 長さも重さもそのバランスも熟知した兵士の槍。

 ぐるん、と逆手に持ってそのままCの胸へと叩き込む


 どぐ、……ぅんっ!


 Cの胸を貫く湿った音の後に、そのままコンテナの金属を貫いた音が衝撃と共に響く。


「わたたっ!?」


 思ったとおりに槍を突き刺して杭代わりにしてしがみつく。

 そして予想通りに飛ばされそうな体を支えることに成功した。

 そこまでは、良かった。


 どぅんッ!


「へぶぅぉっ!?」


 そう、慣性の法則というものがある。

 しっかりと握った槍を支点に体が振られる。そして振られたところは、コンテナの後方、ぎりぎりの位置。そして先ほどヒトガタたちがコンテナから出てくる際に扉が吹き飛んでいる。

 結果として、コンテナの縁で急停止した「光速の騎士」は、慣性の法則に従い大きく体を振られ、コンテナの大きく開いた扉に勢いよく“く“の字に折り曲げた腹をしこたまめり込ませた。

 この戦闘で一撃ももらうことのなかった「騎士」が、最後の最後に自爆に近い形でダメージを受けた。


「ご、ごぉぉぉ……!?」


 衝撃で槍を取り落とし、ずるずるとコンテナから滑り落ちそうになった体を必死にコンテナの上へと這いずるようにカバーしていく。


「……げ、ゲロ吐きそうぅぅ」


 おええ、とえづくようにして槍の柄を抱きかかえるようにして腹を押さえる。

 鎧越しであっても衝撃を殺しきれなかった残りは酷いモノでちょっとすぐには立ち上がれそうにない。

 風に流されて崩れていくヒトガタたちの最後を見ながら、「騎士」はしばらくその場に佇む、いやうずくまっていた。


「はぁ、カッコ悪ぅ」


 疲れたように吐いたため息で、更に胃の内容物をリバースしそうになってまた「騎士」はうずくまったのである。







「さて、行くかぃ」


 気のせいか酸っぱい感じのする口をもごもごさせて、しくしく痛むお腹を擦りながら「騎士」はコンテナを四つん這いでゆっくりと進む。両手両足には正しく本来の目的で爪とスパイクが生えている。

 よじよじと蜘蛛のように前進していく。コンテナのヒトガタを排除したことで役目を終えたのか速度は出てはいても蛇行運転もしなくなり、這いずりやすくなっていた。


「何考えてやがる? 誘ってるのか?」


 程なくコンテナと車両部の境目まで移動。

 現在位置と運転席、助手席の位置を確認してから、この後の流れをシミュレーション。


(……よし、行こう! このままガソリン切れるまでここにいるって訳にもいかないし)


 覚悟を決める。

 スパイクの生えたブーツに力を入れて一気にコンテナからトラックの上に飛び乗る。

 そしてそのまま流れるようにして助手席側のドアに両手で掴まる。

 あとは体を一瞬宙に投げ出して、体操選手のように助手席の窓目掛け、ドロップキック。


 がしゃんっ!


 粉々に砕けたガラスが運転席に散らばると同時に、「騎士」の体もその中へと投げ入れられるようにして転がり込む。

 どさり、と助手席に着地した「騎士」は、運転席を見る。

 そのタイミングで丁度トンネルを抜けた。

 おかげでまた真っ暗になってしまう。

 だが、近くまで来たことでこの大型トラックを運転しているヒトガタが良く観察できた。


(……なんだよ、おい。第一このトラック、フツーにマニュアルだぞ? マジかよ)


 キャップに上着姿でおざなりなカモフラージュをしたヒトガタは、それでも先ほど相手にした三体よりも洗練されている。

 上着を羽織れるくらいにはスマートで、人間の造形に近しい。第一運転ができるということは道の流れに従ってハンドルを握り、アクセルを踏み、そして時には速度調整もする必要があるわけで。

 それをこなしているのだ。


「あー。車を止めろって、言ってわかるもんか、お前?」


 かち、とボイスチェンジャーを起動しダメ元で一応そう話しかけてみる。


「…………」


 一切の返答がないのは予想通り。だが、こちらへと襲い掛かってくる素振りもなく、淡々と運転に集中している。

 しかし、先ほどまでは「騎士」を振り落とそうと蛇行運転もしていたはず。となれば、何かそう動くような指示があったのではないか、と「騎士」が思ったところだ。


『はは、こんなところにいたのか』


 がさぁっ!


 構えをとって突然の音声に警戒心をマックスに。


「……へぇ?」


 車内に声が響く。

 きょろきょろと声のした辺りを見ると、小さなカメラとスピーカー。家電量販店にもあるような普通のメーカー品だ。

 そして響いた声に「騎士」は聞き覚えがある。


『もしかすればお前とは今回関わらずに済むかと期待していたんだが……』

「ならさっさと警察にでも行けよ。俺もアンタと関わらない方が嬉しい」

『はは、それはお互いさまというわけか、『光速の騎士』』

「アキトシ・サーフィス・ガルシア……。いったい何がしたい」

『覚えていてくれたか、光栄だね』


 互いに相手の名前を告げる。


「クスリに銃器に、トドメで今回、連続猟奇殺人も追加ってか? 終わってんぞ、テロリストの親玉」

『君は相も変わらず人助けに夢中のようだな。そんなに皆にイイ子イイ子と言われたいか、お節介焼きの偽善者?』


 当然まともな会話があるとは思えない。

 だが、会話の端々から何かしらの情報を得ることは可能か、とボイスレコーダーも起動。

 会話を続ける。


「カメラの向こうでふんぞり返って悪さしてるよりゃ、汗かいて誰かの役に立ってる分まだマシさ。アンタのやってる内容、まるでオレオレ詐欺の元締めみたいだぞ。外国人で知らねえなら教えてやるけど、二〇〇〇年に入ってからの犯罪の中でぶっちぎりで、みみっちくて、うす汚ねぇ、プライドのない、便所に吐き捨てたタンカスにも劣る、下水道の汚物と同じクソのことだ」


 軽く煽ってみる。

 どんなものか。


『ふふふ、まあそうだな。私がそのタンカスと同じレベルのゴミだということは認めよう。だが、そこまで普通の人間が我々と違うとは思わん』


 そんな返答も予想通りなのか、声色に変化はない。


「普通の人間は一度やらかしたら、ごめんなさいと謝るんだよ。お前も詐欺のゴミも何度も“繰り返そうと”してるだろうが」


(これでどうだ? なにか、これに反応するか?)


 少し相手の反応を待つ。


『……何か私が言うかもしれない、と思っているんだろう? そうそうヒントを与えるとは思わないことだ、特に一度煮え湯を飲まされている相手にはね?』


 ちっ、と内心で舌打ち。


『さて、あまり話し込んでいるとうっかり何かを口走るかもしれない。そろそろ、終わりにしようか』

「ああん?」


 急に話を切り上げたアキトシ。


『悪いが、嫌がらせをさせてもらう。これでもう会うことが無いということを願うよ』

「何をしよう、……って!」


 ヒトガタが大きくハンドルを切る。そしてアクセルをさらに踏み込んだ。

 その先は高速道のガードレール。そしてさらにその先には。


『その道で一、二を争う高い道だ。もし君が切り抜けられたなら、また会おう』

「くそっ!」


 長話が過ぎた、と後悔しても遅かった。

 欲をかいて話を伸ばした「騎士」と同じように、アキトシもこの場所にたどり着くまで「騎士」を留めておきたかったのだ。

 ブレーキを踏んでも間に合わない。窓から飛び出して、この場から逃げなければ。

 意識を外に向けた瞬間。


 どろりっ……。


「て、お前っ!?」


 すでに方向は決めて、スピードも出ている。

 ならばハンドルを握る手も、アクセルを踏む足もいらない。

 ヒトガタが逃げ出そうとする「騎士」に抱き着いてきた。


(こういうことかよ!)


 どがんっ!


「くっ!」


 衝撃。

 そして、何にも遮られることない空へと大型トラックが飛んでいく。

 大きく空を飛んだトラックが、重力に捕らわれる。

 当然、落下。

 頭から落ちていく先、流れの強い川が流れていた。トンネルを抜けた先、谷になった底を流れる川までは目算で約六十メートル。


「はな、せっ!」


 躊躇なく、格納していた爪を出して目の前のヒトガタに突き刺す。

 ごっ、と顔面にめり込ませ空間をつくると、そこにこちらもスパイクを生やしたブーツで行儀の悪い足を叩き込んだ。

 どん、とそれでヒトガタが運転席側のドアにぶつかり、窓にヒビが入る。


(逃げるぞ!)


 もうこの車に用は無い。

 来たときと同じく助手席の窓から飛び出す。

 川まではあと十メートルを切っていた。

 真っ暗な明かりすらない、夜の川へと身を投げ出す。


 ドバァンッ!


 トラックより先に「騎士」が着水。水しぶきを上げる。

 そしてそのまま沈んでいく。


(くそ、これ重いんだよ!)


 川の中で流されながら、「騎士」はアイテムボックスに鎧一式を放り込む。

 そのままでは沈んでしまう。


(距離を、とら……!?)


 ばしゃぁぁぁんっ!!


 水しぶき。

 トラックが着水。

 そして。


 どぉぉぉぉんっ!!


(ぐがっ!?)


 爆発、衝撃。

 明らかに普通ではない大きさの爆発。

 通常のトラックの事故でもこの大きさは無い。

 つまり、これは。


(仕込んでやがったな!? 爆発が強くなるようにっ!)


 加藤たちの車にぶつかったなら大きく吹き飛ぶように、間違いなく仕留めるために何か可燃性のものを仕込んでいたのだ。

 思至れば良かった。

 なぜ、「騎士」がトラックの上に居たときにトンネルの壁面へとハンドルを切らなかったのか。

 加藤たちのバンを逃したなら、トラックの上にいる「騎士」を仕留めればよかったのに。

 これが理由だ。

 より高速道のトンネル内で吹き飛ばすよりも、運転席に誘い込み、高所から突き落とし、更に爆発に巻き込む。

 その方が仕留めれる可能性は高まる。

 これは茂の想像不足、それに尽きる。

 水の中でかき回される。上下が一瞬わからなくなる。


(く、空気をっ!)


 今の衝撃で、肺の空気を吐き出してしまった。

 息を吸わねばならない。

 そんな焦りが失敗を生む。


 どんっ!

 ご、ばっ!!


 背を強かに川の中の岩にぶつける音、そしてそれでさらに空気を吐き出した音がする。


(や、ヤバイッ!)


 更に焦る茂。

 浮き上がろうとした頭は、酸素を失い冷静さを欠く。


 ざばっ!!


 タイミングが悪かったとしか言えない。

 勢いよく水面へと浮かび上がった茂の目の前に、流されてきたトラックの荷台がちょうど突っ込んでくるところだった。


 ごんっ!!


 鈍い音がして何かがぶつかった音が真っ暗な川で響いた。

 それを最後に、その場ではパチパチと燃え上がるトラックと、ざあざあと勢いよく流れていく川の音だけがあたりを包むのであった。

ちょっと変わったものを一本この後に。

何とか早めに書けたらいいな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 視聴者をワクワクさせる締め方…素晴らしい (主人公は「死ぬかと思った…」って言いながら川から出てきそう)
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