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5-3 よる:よくたべよくあそびよくねむりたかったのに のち 焚上

 茂は高速道をひた走る黒塗りのスモーク仕様になったバンの座席で眠れない夜を過ごしていた。人目を避けて行動するには夜に紛れてがいいに決まっている。

 ということで夜になってから動き出したわけであるが。

 ちらと右を見ればすやすやと眠る可愛い女の子の寝顔。

 黙って見ているようで居心地が悪くなり左を見ても、すやすやと眠る違った可愛さの女の子の寝顔。


(うわぁ、両手に花じゃん。……ってなるかぁ!)


 両隣のおもむきの違う美姫に緊張しているのではない。まあ走り出した当初はそんなドキドキもほんの少しはあった。

 茂とて男の子。綺麗な女の子に挟まれたら心も浮つく。

 だが、走り始めて三十分もすれば両隣がすやすやと無防備に寝息を立て始めた。

 これはつまりそんな無防備な姿を晒しても大丈夫な茂への信頼感の表れと取るか、無味無臭人畜無害な、つまりは男として見られていないと自信を無くすかの絶妙なラインである。


(そりゃ当たり前だけど手ぇ出したりはしないよ? しないけどさぁ?)


 何というかこう……。男の子は複雑な生き物なのだ。そこのところはご理解いただきたい。


「……ん。ぅん……」


 走る中で揺れた車体の振動で小さく美緒が息を漏らす。

 聞き様によっては色っぽいと言えるかもしれない。

 両の腕で持ち込んだ大入りポテチの袋をしっかりと抱きしめて幸せそうに寝息を発てている。


「ん、ぁん……」


 がさり、と少し身じろぎして体を動かすユイ。

 その時に漏れる声も、これもある種色っぽいと言えるだろうか。

 良い夢でも見ているのか口元に笑みが浮かんでいるように見えた。


(寝れるかっつーの……。はぁ……)


 両隣で時折動く二人の音を聞きながらそう思う。

 シートベルトはしているが寝て体が崩れた姿勢で、どちらからに触れたりでもしてみろ。そりゃあ二人のどっちかか双方からからかわれることは必至。

 あちらから悪気はないコミュニケーションではあるかもしれないが、割り切るには二人の立ち位置と自分の分際を正しく理解しているつもりだ。

 引退状態とはいえ稼ぎはそりゃあとんでもないはずの、キラキラした上位クラス日本人と、親を心配させている定職のないアルバイトという中間チョイ下クラスの日本人。

 要するに茂は尻込みしているのだ。

 というよりもそういう格の違う人間への苦手意識と言ってもいい。

 平然としてる風でも気を張っているのである。


「ふぅ……」


 座席のドリンクホルダーから温くなったミネラルウォーターを引き抜き、残り少なかったそれを飲み干す。

 常温で体には優しいのかもしれないが、眠気を覚ますにはもう少しの冷たさが欲しい。

 適当にキャップを閉めて音を発てないように静かにホルダーに戻す。

 手持無沙汰になり、ケータイをいじり始めるが特に面白いことも無い。この時間に入ってくるようなニュースといえば海外の事件事故にラジオ・深夜バラエティの書き起こし記事程度。

 明日の朝にまとめて知ればいいようなものだ。

 再生回数を稼げない時間に投稿する意味はないためこの時間に新しい動画がアップロードされることもそんなに無い。

 大体、今のトップテンには「光速の騎士」関連の動画が少なくても3本ランクインしていた。昼に知った非公式なのに公式っぽいタイトル名「光の兆し」に、それを見ながら飯を食いつつの検証をしている日本トップクラスの配信者の感想動画、更にはそれを丸パk……いや同コンセプトの動画が有名無名関係なく雨後の筍の如く氾濫していた。賛同批判、協調さらには炎上覚悟の再生数稼ぎの極端な逆張りと節操がない。

 内容はともかく“「光速の騎士」に関しての一家言”を動画にすれば、ある程度の再生数が計算できるとして全員が横一列で遅れてなるものかと一気に投稿している感すらあるようだ。前述のトップクラス配信者が昨日の夜にアップした物が、かなりバズったのが引き金となったようだ。


(見る気も失せるな……。もちっと面白いのないんかい)


 正直当事者としては自分の知らない奴が自分のことを好き勝手に、あーだこーだ騒がれてもウザいだけである。

 しかも若干の精神的疲労を覚えている現在では。

(目ぼしい物もないなぁ……。あんまり知らない人ばっかりだしなぁ)


 特に興味を引きそうなものもない。

 仕方なく、イヤホンを耳に突っ込み音楽系アプリを起動。その中から事前にダウンロードしておいた一曲を選択して流し始める。

 目を閉じ腕組みをして、その音を聞く。

 流れ始めたのはアコースティックギターの音。そしてそれに合わせるように女性ボーカルによるバラード。

 あまり音楽には詳しくない茂にもわかるくらいには雑音の少ない透き通った歌声。伸びやかなソプラノと、アコギ一本で奏でられるシンプルで力強い旋律。

 歌詞の内容は、若者が未来を嘆きながらも、幸せを望むというバラードではよくある内容。それでも時折何か惹かれるような強い思いを感じさせる言葉が響く。未来を嘆く悲しさと、それをどうにかぶち抜いていこうという自分の中に溢れる向こう見ずなエネルギーの発露。それを歌にのせて両立しながら表現できる若さと力強さを持った、声質、そして息遣い。

 批評家ではないし、どう言って良いかは知らないが、それを抜きにして楽しめるのが音楽というものだ。


「……悪くはないんだと思うけど。俺の感性じゃよくわからんし」


 正直、売れる売れないは判らないが茂はイイな、とは思った。

 手元の曲の再生画面を見ると、アコギをかき鳴らす女性の画が映っている。

 その女性、アイネ・ケロッグは小さな画面の中で自分の総てを吐きだそうとせんばかりに額に汗を浮かべながら歌っていた。その表情はとても楽しそうで、生き生きとしている。本当に歌うことが好きなのだろうと思わせるには十分だった。

 茂が知らないインディーズのレーベルから出ているアイネ・ケロッグの作詞作曲の新曲である。

 パピプの研修生から離れた後、アイドルではなくシンガーソングライターとして小さなレーベルから活動を始めたという。石島から見せられた美緒たちの見覚えのない、アイネの宣材写真はそこから拾ってきたものだった。

 昔取った杵柄でアイドル調の甘い物から、逆のロック系に、今のバラードと色々なジャンルに挑戦しつつ試行錯誤しているようではあるが、小さなハコから徐々に大きなハコに呼ばれたり呼ばれなかったりくらいにはなってきている。本人の努力が積み上げてきた失敗と成功の結果がそこにはある。


(……どう話すんだよ、あなたのおねーさん殺人犯かも、って?)


 今車を運転している加藤と助手席の石島がその辺りの聴取はするそうなので、美緒たちはその顔つなぎ。ホテルで別行動となった門倉は諸々の調整を行ってから現地で再度合流予定。

 そして茂の役割といえば。


(アイドル二人の護衛兼非常事態の際の戦力として、か。何かなー。もう何か危ない事起こるの前提で動いてるんだもんなー。怖いなー)


 目を閉じて眉に険しめの皺を深々と刻む。

 若いのに跡が残りそうなくらいのふかぁぁい皺だ。


(門倉・火嶋厳選の少なくてもあの模造異能者デミ・サイキッカーのテロリストと関係のない人材で、且つこっそりってなると俺たち位になるんだろうけど……)


 今一番秘密裏に動けて白石グループにも政府側にも瞬間的ではあるがフリーハンドになるのが自分たちだという自覚はある。

 そうすると出張るしかあるまい。


「東京、かぁ。ごみごみしてて苦手なんだよなぁ。あの人の量」


 知らず知らずそうつぶやいてしまう。

 美味しいモノ楽しいモノ綺麗なモノ。それがある。

 汚いモノ苦しいモノ反吐の出るようなモノ。それもある。

 その両方が混然一体となり漂う場所、東京。

 そこに向かう目的は一つ。

 アイネ・ケロッグは活動拠点をこの大都市東京にある小さな地下ライブハウスから始めた。一歩一歩積み上げるその第一歩として。


(ライブハウスかぁ……。ミオミオだー、ってバレたらどうすんだろ?)


 時の人となった彼女が東京で見かけられたら色々マズい気がするが、その辺りはどうにかするという話だ。

 丁度曲が終わり、音がフェードアウトしていく。

 イヤホンを外して、ポケットにでもしまおうかと耳から引っこ抜いたときだった。


 ぞわっ……!


 茂の背を悪寒が一気に走った。

 こういったものは早々感じることも少ないのだが。

 座席に沈めていた上半身が跳ねる。

 周囲をすばやく確認するが、車内ではない。

 すると外ということになるが、今は高速道を走行中。そんなおかしなものを感じたとしてもすぐに過ぎ去ることになる。だというのにその嫌な感覚が全く消えていない。


「なんだ?」


 目を見開き、周りを確認。目で見える範囲に特におかしなことは無い。

 隣の二人もすやすやと寝ているまま。

 だが、一向に消えない悪寒に茂は「気配察知:小」を発動。自分を中心として、何かおかしなことが本当にないのかを再度しっかりと検証する。

 すると、自身の後方、感知範囲のぎりぎりのあたりで何かざらりとした不思議な反応を察知した。


「んっ? これじゃ見えないか」


 シートベルトを外して、体ごと後方に向き直る。

 スモークの貼られた後部ガラスの向こうには真っ暗な闇夜が広がるだけ。

 走っている車のライトも深夜ということもあり、まったく見えなかった。時折反対車線から長距離輸送のトラックがぽつぽつと流れていくくらい。

 だが、先ほど反応したのはなんだったのか。

 茂はじっ、とスモーク越しに車両後方を見つめる。見つめる。見つめる。

 すると常人よりもはるかに高い視力で“それ”を捉える。


「おいっ! うそだろっ!?」


 気付いた茂が叫ぶ。


「ど、どうしたっ!」


 助手席から鋭く石島の声が響いた。

 茂の慌てた声に驚いているのか、声がひっくり返っている。

 だが、茂はそれどころではない。

 間違いないかどうかの確認をしなくてはいけないのだ。

 そのまま、美緒が寝ている側のドアに体を伸ばす。

 急いでいるので、美緒の様子など一切気にせずに。

 ぐい、と伸ばした体が自然と美緒の上に覆いかぶさるような形になった。

 当然、寝ていた美緒もその圧に目を覚ます。


「ちょ、えぇぇっ!? し、茂さんっ!? う、うわ、きゃぁぁぁっ!」

「ん? なに、美緒どした……ッてえええぇっ!? 茂さん、何してるんですかっ!」


 美緒に続いてユイも目を覚ます。

 ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた二人。

 寝ていたら隣の男が自分の上にのっかかってきていた。

 それは大声の一つも出すし、友人がそうなっていれば慌てるに決まっている。


「うるせぇッ!!! 邪魔すんな、黙ってろッ!!」


 緊急事態でそれどころではない茂は本気で一喝する。

 茂は普段はほわわん、とした抜けた雰囲気であるが、一度スイッチさえ入ればそこらのチンピラを気配だけで威圧できる人間だ。

 その余裕のない声に、体の下にいた美緒はビクンっと震えて声をひっこめ、茂の背中に手を伸ばしたユイの手は力なく座席に落ちた。

 二人の様子に一切気を止めず、美緒の横のパワーウインドのスイッチを押し込む。

 ぶいいいん、と窓が開いていき、風が車内に吹き込んできた。

 危険極まりないが、その窓から茂は顔を突き出す。

 そして自分の見たものが間違いないかを確認しようとする。


「あの! 何かあったなら、次のPA入りますよ!」


 風に負けないように運転席の加藤が大きな声を上げる。

 丁度残り五百メートルでトイレと自販機だけの無人PAがあると表示されている。

 そこへと入ろうと若干スピードを緩めようとしたところで、茂が席に戻ってきて叫ぶ。


「駄目だ! 追いつかれる! アクセル踏んでっ!」


 PAに入るのではなく、それを無視してさらにスピードアップしろと仮にも“警察官の”自分に言ってくる。

 それはいったいどういう了見かと聞き返そうかと加藤が言おうとしたところ、二つのことが同時に起こる。

 けたたましく自分と石島のケータイが緊急時の時だけ使われる設定になった着信音で鳴り響き、そして茂と同じく後ろから来るモノに気付いたユイが叫び声を上げたのだ。


「う、後ろっから! ライト消したトラックが追い上げてくるよ! 追い越し線の真ん中走ってくる!!?」

「な、なにぃ!?」


 素早くサイドミラーを確認すると、闇夜の中、確かに何か大きなものがこの車に接近してくるのがわかる。

 こんな高速道の中で、一切のライトもつけずに、まったく減速する気配すら見せず。一気に距離を詰めてくる。


「踏んで踏んで! スピード上げてっ!」


 ユイが叫ぶと同時に、加藤は本能的にガツンとアクセルペダルを踏み込んだ。

 急な制動に車内ががくんと揺れて少し蛇行してから一気にバンのスピードが上がる。

 だがエンジンメーターがぎゅんと振れて高速道の制限速度を優に超過するスピードを出したというのに、それでも後ろの車は徐々に距離を詰めている。

 時折照明のあるところで照らされる後続車は大型トラックに見える。

 あまり詳しくはないが、あれほどのスピードで後ろからカマを掘られれば間違いなく大惨事になるというのに、そんなことを一切気にする様子もなく徐々にスピードが上がっている。


「な、何考えてんだ、後ろのヤツ!? 死にてえのか、馬鹿野郎っ!」


 吐き捨てるように加藤が叫ぶ。

 一方石島は緊急連絡の警報が鳴った自分のケータイを見ている。

 片手でさくさくと操作していくと、メッセージが怒涛のように流れているのが見えた。

 しばらくその内容を見て、こちらも反吐を吐くように悪態をついた


「くそっ! やられたっ!」


 がっ、と自分の席のドアを拳で殴る。


「準備室の関係各所に関係者、あとは東邦文化大の研究施設に一斉にカチコミが来てる! 俺たちゃ、まとめて襲われてんぞ!?」

「じゃ、じゃああの後ろのトラックって!?」

「俺たち向けの鉄砲玉ってことだッ! アクセル踏み込めッ! 踏みつぶされっぞ!!」


 ごんっ、と再度の衝撃とともにバンがベタ踏みされて加速する。


「な、何でっ!?」


 疑問でいっぱいの美緒へ、石島がケータイをそのまま投げてよこす。

 揺れる車内でそれをキャッチ、そのまま表示されている内容を確認していく。

 幾つかの場所からの救援要請と現状が一斉にその緊急連絡網に溢れたのだろう。


「ほ、本部のある郊外のキャンパスもだ! タイミング見計らって一気に襲われてるってこと!?」

「え、師匠のいるところもっ!?」


 茂と入れ替わる形でシートベルトをはずし、美緒はユイの横へと移動する。


「こりゃ、やべえか」


 人間、慌てふためく他者を見ると、自分も慌てふためいていたのに唐突に醒めることがある。

 茂はふぅ、と息を吐き、湧き上がる冷や汗をぬぐう。

 冷静さを保ちつつ、とりあえず今どうすべきかを考えるべきだ、と思いつくに至った。

 まずは後ろから追い上げてくるあのトラック。

 これはまず間違いなくこの一斉襲撃の一部だろう。

 これをどうにか凌がねばならない。それ以外のことはそれが終わってからだ。

 そう考えたときに茂の座席に放り投げた自分のケータイが鳴る。

 嫌な予感がしたが拾い上げノータイムで通話を押す。


「もしもし!」

『杉山さん! そちらはご無事ですか!?』


 電話の向こうから非常に緊迫した様子のエレーナの声が車内へと響く。

 その様子から相当ろくでもないことが起きているのだと理解することは容易い。

 一本のマッチを投げ込んだ藁が燃え広がるように。そう、嫌な予感というのは腹立たしいことによく当たるのだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] やっと、物語が進み始めましたね! 今後の茂の活躍、期待してます!
[一言] 平穏とは決していえないが、まだ物騒な事にはなっていない日常の終わりですね。 続きが気になるところです。
[一言] 急展開! 次回更新を楽しみにしています
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