5-変 INSERT DEMON
閑話をいれてみます。
どさんっ!
「ふぅっ!」
革張りの大きなソファに身を沈め、短く息を吐く。
クジョー・T・シズマは目を閉じたまま、首を背もたれに預ける。
「その様子では状況はあまりいい結果にはならなかったようですね」
そんな彼に声を掛けたのはきっちりと一部の隙も無いスーツ姿の女性、スミレ・モトミヤ。
かつかつと大理石の床を鳴らしながら、クジョーの元へと未開封のミネラルウォーターとグラスを持ってくる。
「悪いな、ウェイトレスみたいなことをさせて」
「いえ、これも仕事ですから」
差し出されたもののうちミネラルウォータを掴んでぺきりと開封。そのままごっごっと喉を鳴らして半分ほどを一気に飲み干す。
スミレはクジョーが受け取らなかったグラスをテーブルに置き、彼の逆サイドに座る。
「……どうやら強硬策で行くってのはほぼほぼ確定だな。まあ、あそこまで段取りを進めているものを止める根性は乾物連中にはない。この間からの失点をどうにかしないといけないと思ったんだろ。ジジババどもが焦って始めた仕掛け。しかもそれを手前じゃなくて一番の重要部を人任せにするってのはな。ただ失敗の際には責任の所在を突き詰めてほしいもんだ。ま、どいつの首が飛ぶのか掛けてみるのも面白いかな?」
「ということは失敗する公算が高いと?」
スミレの問いにへらっ、と嫌な笑いを浮かべて蓋をしたペットボトルを手の中で転がして遊ぶ。
「さんざ貶してみたが、実はそういうわけでもない。計画の骨子を聞く限りにおいてだが、なかなか上手にできてはいるよ。絵に描いた餅で計画しても、ヘタレてそのままにしてたヤツがいくつかあったんだろうさ。それを突貫工事でつなぎ合わせてみたんだろ。その折々で検討してみた結果を基にしてるんだ。やってみれば何の問題もなく計画がすんなりと進むということも、可能性としてないわけじゃあないだろ」
みしみし、とペットボトルを軽く握り、音を鳴らす。
「だが、そういう長年温めておいたとっておきの“万全の準備を終えた計画”ってものがだ。古今東西頭からケツまで上手くいった試しは無し。……成功裏に終わったという結果で塗り固めてみたはいいが、その内実トラブルの雨霰で綱渡りを上手くしのぎ切っただけというのが現実さ」
「よく聞く話ですね。大成功の裏には運良く表ざたにならないが、土台から吹き飛ぶような深刻なミスがあったというのは」
「今回のコレがそれに該当しないってのも考えにくい」
ぐい、と残った水を飲み干し、空のペットボトルをぐしゃりと潰す。
ポケットからスマホを取り出して操作すると、表示された画面をスミレに見せる。
「一番の懸念がコイツだ。というか意図的にコイツのことをぼかして説明しやがったからな。あいつらカラカラに乾いて脳ミソに血が通ってないな」
「……『光速の騎士』ですか。首を突っ込んでくると?」
表示された画面は「光速の騎士」非公式ファンサイト「光速の従士隊」のトップページである。明らかに素人が作ったページではなく、それなりのお金を掛けた業者が介在したページに見える。
PC用だけでなく、スマホ版の運用も始まっており、その活動の原資は次々に発売されるグッズの売り上げであった。
「さて? どんなもんかな? 結構可能性は高いんじゃないかと思ってるよ、俺は」
「政府関係者に遠回しで圧力をかけて、そのサポートができないように動いていると聞いていますが」
「サポートが無いってのなら無いなりに動くのがあいつらだ。一番最初のホテルから船に学校の時までは完全に自警団で動いてただろ。元々政府側がすり寄ってきたんだから、利用価値が無くなりゃ双方とも簡単にバイバイってなもんさ。第一俺たちがちょっかいを掛けたせいで政府側でも早苗がやる気になってる。時期が悪いって俺が散々忠告したってのに、解散総選挙目前の混乱期で政府も動きにくくなるじゃろうて、うむうむその通りじゃ、むにゃむにゃ、って寝言ほざいてやがる」
顔を顰めて足を行儀悪くテーブルの上に乗っける。
ソファにケータイを放り投げるとそのまま寝転がる。
「あーあ。知らねぇ知らねぇ。どうなったって俺ぁ、知らねぇ」
目をつぶってふて寝でもするように腕を枕にして、着ていたジャケットを顔の上に被せた。
「そういうわけにもいかないのでは? 失敗すればかなりの損害は覚悟しなくては」
「ジジイ共のケツを追っかけて、粗相した後始末を? 嫌だねそんなベンジョ掃除。楽しくも何ともない」
「ご執心の『騎士』が出張るということも」
そう言われてちらとジャケットを持ち上げ、片目だけでスミレを見る。
「そう言やぁ俺が興味を持つと?」
「少なくても全く退屈するだけではないでしょう。それにもしこちらが失敗したとしても向こう側の戦力は多少なりとも確実に痛みます。このあたりでリスクを減らした形で少し削っておくのも長期的な戦略としては有用です。少し掣肘しておくべきかと」
「ちまちまと削るだけ?」
からかうような口調でスミレにクジョーが尋ねる。
目だけでクジョーを見下ろしながらスミレが言う。
「お好きでしょう? 一気に跡形もなく殺すより、ほどほどの傷を残す。……夜中にうるさく飛び回る羽虫の前に、燃え滾る松明を差し出すようなことが」
「く、くくく………ッ! ハハハハハッ!! そうだなぁッ!! 虫はやっぱり叩くよりも潰すよりも、生きながら燃えて墜ちていく様が最高だ!」
がばっ、と起き上がると先ほどまでのつまらなそうな疲れた表情はどこにもない。
おもちゃを買い与えられた子供のような無邪気な笑顔で、楽しそうに言う。
ジャケットを肩にかけて立ち上がる。
「お前の誘いに乗ってやるよ。ジジイ共の計画の後詰めという形で準備をすすめろ。もしできそうなら美味そうなところだけ、こっちがかっさらう」
「……了解です。ハナにもそのように?」
カツカツと外へと歩いていくクジョーの背にそう尋ねる。
「いや?」
首だけを半分傾げてスミレを見る。
「ハナに奴らの準備を早めるように伝えておいてくれ。そろそろ“モノ”にはなってきたはずだろう? 今回はハナじゃなくて奴らを使う。仕上げが終わったらハナは一回休みにしよう」
「……まだ彼らの出番には早いのでは?」
「ふふふ……。お前も言っただろう?」
そういうとクジョーは体ごと振り返り、両手を大きく広げて言った。
「燃える羽虫ってのは最後にあがく様がイッチバンの見どころだ。ならその時には喉が裂ける位の音量で叫んでもらわないとさ! イイ声で啼いてくれよ、ハハハハハッ!!」




