4-了 遅起 のち 懇願
じりりりりりり!!
「んが、ぬぬぬぅ……」
いつも必ずその場所に置いてあるのに、一発で目覚ましに伸ばした手が触れることがないというのは何故か、という人類共通の疑問を投げかけながら、茂がようやくけたたましい騒音の発信源を捕まえた。
かち、とアラームを切るとそれはただただ時間を刻むオブジェと化す。
かちかちかちかち……
茂はなんとなくぼーっと文字盤を眺めて、その秒針がぐるりと1周時を刻むのをただただ眺める置物と化していた。
「……くぁぁ」
大きく欠伸をして置物状態を解除された茂は、寝癖でぶっ飛んだ髪形をぐしぐしと掻き上げる。
なにか夢の中ですごく怒られた気がする。
なんだったかはよくわからない。
まあ、所詮夢は夢なので、気にする必要は無いわけだが。
視線をふと横の客用布団で寝ている猛に向けると、目覚ましの騒音にも負けずすやすやとまだ寝こけていた。
茂はベッドから起きて、冷蔵庫に冷やした麦茶を取りに向かう。
もちろん当然その進路上で寝ている猛の腹付近に軽く足を出しながらである。
「ふごぉっ!」
唐突な攻撃に、がばっと飛び起きた猛を無視して、冷蔵庫まで移動。
冷蔵庫を開ける。
買出ししてきた食材が少なくなっており、帰りにスーパーに寄ろうと決心した。
「……あれ、もう昼?」
先程の茂と同じく、ふぁぁと欠伸をしている猛に、麦茶入りのカップを手渡す。
ぐびぐびと一気に飲み干してシンクに自分のカップを放り込む。
「もう1時だ。起きろ、カーテン開けるぞ」
「わかったー」
猛はカップに口を付けてこちらも一気に麦茶を啜ると、テーブルにカップを置き、大きく伸びをする。
茂の耳にもこきこきという骨の鳴る音がする。
「なんか、面白いのやってないのかなぁ」
布団を端に片付けながら、テレビのリモコンを手に取り、電源をオン。
ぱっと映ったのは、件のちょっとばかり壊れた駅前の光景。
だが、猛はすぐにチャンネルを変える。
「……同じ内容を全部の局がやったら、見る番組無いだろうに」
つぶやいた猛に拍手を送りたくなる茂。
まさにその通り、よく言った弟よ、と誇らしくなる。
「どっかの局、超金かけて「騎士」とか「武者」発見者に100万とか200万の賞金かけてくんねーかな。もう今すぐにでも探しに行くのに」
「……」
返してほしい。
さっきの誇らしい気持ちを返してほしい。
弟のまさかの拝金主義に茂はげんなりした。
「……あ、でもネット局はなんか出してるんだ」
「は?」
スマホを手にした猛の手元を覗く。
「ほら、パピプ特捜班ってこないだ始まったネット番組。有力な目撃情報には粗品進呈って。さすがに現ナマはダメだったみたいだけど。うわ、粗品の中にパピプの限定クリアファイルがある!ちょっと欲しいかも!」
「……何考えてんだ、大人たちは」
頭を抱える。
茂は寝て起きて疲れが取れたはずなのに、どっと疲れが襲ってきたような気がした。
「いらっしゃいませ、人数はお二人ですか?……では席にご案内します。テーブル4番さんでーす!」
店舗のホールから声が響く。
その声を受けて昨日から入ったバイトの女子高?生がトレイに水とおしぼり、PDAを持って4番のテーブルへと向かう。
ショートカットで小柄な彼女が、森のカマドの制服を着ていると小動物的な感覚を覚える。
彼女のネームプレートには真新しい初心者マークが輝いていた。
まだバイトを始めて2日目の業務のペーペーさんだ。
昨日の茂のバイト上がりの夕方から入ったらしく、今日のこの時間帯が初対面となった。
「騎士」のプチバブルでちょっとマンパワー不足を感じていたこともあり、早急な人的補充は急務であるが、そこは新人さん。
心配は尽きないのだった。
茂はスタッフスペースから首だけをだし、彼女の応対をこっそりと確認する。
(ああ、なんか初々しいなぁ……うん、特に問題ないかな?)
注文を取って、こちらへと戻ってくる。
じっと注文を受けた後、エプロンのポケットから取り出した自前のメモ帳を読んでいる。
恐らくは仕事上のメモ書きでもあるのだろう。
問題もなく戻ってくる彼女を見て、茂はキッチンの手伝いに戻ることにする。
「ふふふ、杉山君。結構そういうところ過保護だよねぇ」
「なんすか、店長。そういう風に人の事覗くのってせくはらですよ。せくはら」
伊藤がちょっと締まらない頬をさらに締まらなくさせて茂に話しかける。
どうやら見られていたようでちょっと恥ずかしい。
であるならこちらも茶化していいはずだ。
がちゃがちゃと洗い物がおわった皿をトレーに乗せていく。
「僕のこれは、店長として当然行うべき、仕事の流れを確認する業務行為です。せくはらにはあたりません!」
「せくはらって、いやらしい眼で見られたっ、って本人が思えばせくはらって聞きましたけどー」
「そうすると杉山君のさっきの視線のほうがせくはらだよねー。ねぇ、香山さん」
戻ってきた女子高生バイトの香山にそう話を持っていくぽっちゃり伊藤。
「いや、両方ともせくはらってことで、訴えたら私、両方からお金もらえますか?」
「おいおい、えげつないな」
3人がふはははと笑う。
当然気持ち悪い陰湿なセクハラが行われているという認識は彼らにはない。
ただのじゃれ合いである。
「んで、2日目だけど慣れてきた?っていってもまだ2日目だけどさ」
「んー。思った以上に大変ですよね。結構お客さん来るみたいだし」
トレイをぱたぱたと団扇の様にして自らを仰ぐ香山。
それを見て茂が話しかける。
「いや、いつもはここまでじゃないんだけどね。急にさ、例の「光速の騎士」が出たせいでさぁ……」
「あ、杉山さん!もしかして「騎士」見たりしてるんですかっ!?」
ぐいっと迫る香山。
勢いに押されて、後ろのキッチンのシンクに腰をぶつけた。
それでもらんらんと目を輝かせ、茂に迫る。
「ど、どうしたの?香山さん?」
「ああ、彼女。「騎士」の追っかけだからねぇ」
「おっか、はぁ!?追っかけ!?「光速の騎士」の!?」
「はいっ!!」
ぎゅっと小さな拳を握りしめ、香山が語りだす。
なぜか先程までよりエネルギッシュになった気がする。
当社比15%増しくらいだが。
「木曜日に、ネットで映像を見てから、びびっときたんですよ。もうぞっこんですから、私!」
「ぞ、ぞっこん、ですか……」
ちょっと引いた茂に伊藤が追加情報をもたらす。
「2週前に急用でやめた主婦の人がいただろう?だからバイトの追加募集は掛けててさ。連絡もなくって求人は出したまんまだったんだけど。木曜の夜にメールで香山さんから、連絡があってね。金曜の学校終わりから来たいって話で。面接とお試しのバイト初日が昨日」
「何ですか、その超ハイペースな採用方法」
「いやあ、銀嶺学院の生徒さんだし。間違いないかな、と」
銀嶺学院。
この地方でトップクラスに頭の良い、所謂エリート校だ。
日本の偏差値のお高い学校へと入学する学生も多く、卒業生には政治家・企業経営者などのハイエンドクラスの方々がいらっしゃる。
要するに県内の保護者が子供に行ってほしいブランドナンバーワンをぶっちぎっている高校だ。
「香山さん、銀嶺なの?そしたらバイトって駄目なんじゃ?」
「あ、銀嶺でバイトダメなのって、本当に賢い特進クラスくらいだと思います。私、普通クラスなのでそこはオッケーなんです」
「へぇ、そうなんだ」
とはいえ普通クラスでも頭の良い高校である。
一般人の脳ミソしかない茂にとっては彼女は雲上人の卵に等しい。
「そんでですね。ここ、最初に「騎士」が動画撮影された場所に近いじゃないですか。しかも記者の人も来てるみたいだから色々調べられるかなって!」
「香山さん、念押ししておくけど、バイトが疎かになるならすぐにやめてもらう、そういう約束で雇ったんだからね?」
「大丈夫です!そこはきっちりやるって決めてるんで!」
どんと胸を叩く香山。
レディには失礼かもしれないが、その波紋が全く感じられない制服。
その胸のボリュームは推して知るべしであった。
「スタジオぐーてんもーげんが出したイラストが本っ当に良くって!ああいうのが描きたいんですよ、私!」
「ぐーて?ぐーてんもーげん?何、ドイツの挨拶?」
「最近の有名アニメ会社ですよ?去年TVアニメが流行して、今年映画化予定の「ハイブリッドラバーズ」とか知らないですか?」
「……ああ、そういえば」
思い出した。
新進気鋭の監督のTVアニメがメガヒットしたと、ニュースで去年の今頃騒いでいたのを思い出す。
ちょうど就職活動中で見てはいなかったが、毎週欠かさず見ていた友人は良かったとさかんに褒めていた筈だ。
「そこのスタジオが昨日から「光速の騎士」のイラストとか設定画の公開を始めたんです!全部で50点以上のカットがあって……。映画でも作るんじゃないかって話題なんですよ!」
「……アホか、アニメ業界」
ぼそっと誰にも聞こえないつぶやきを吐き捨てる茂。
「あの闇落ちっぽい雰囲気が、やっぱ、ぐーてんもーげんスタイルだなって。アルティメットは青年騎士と老境の騎士を出してきたんですけど……。昨日の夜のあの「武者」との映像見ると、私は闇落ちを推したいんですよね」
「ちょっと、待って?いま違う会社の名前が出た気がする。アルティメット?」
「今最高に勢いのあるアニメーション制作ですよ。ネット配信のアニメ映画を6億で請け負ったって話ですし」
「ほ、ほお」
きらきらとした目でうっとりと語り続ける香山。
「私、将来はそういう業界に入りたいなぁと夢見てるんです。今高校2年ですけど、東邦文化技術大学の映像学部が第一志望で。私美術部に入ってるんですが、PC使ったデジタル系の作品作ってるんですよ」
「で、ですか」
「……この熱意に負けてねぇ。いや、人手が足らないのも確かだし。即決さ」
するなよ、ぽっちゃり伊藤。
きりきりとちょっとだけおなかが痛くなってきた気がする。
すりすりと腹をさすると、痛みが若干収まっていく。
「私も徹夜で「騎士」と「武者」のファンアート描いてたんですけど。同じこと考えた人がもうネットに一気にアップし始めてて。でもその人たちと比べてもやっぱりプロは違うなぁって思うんです!昼過ぎにはアルティメットが「武者」の設定画をいくつか挙げてたんですよ。そっちはダーク系統で作ってたので、今後の更新も期待してるんですけど」
「……」
言葉が出ない。
と、いうか定良までがこの訳の分からないお祭りに担ぎだされている。
(す、すまん。定良さん。もしかしたら、そのまま死んでた方が良かったかもしれん……)
少し不謹慎な謝罪をする茂。
そこに声がかかる。
「新規お客様、来店でーす!」
「ほら、香山さん。仕事仕事!」
「あ、行ってきます!」
びしっと敬礼してから駆け出していく香山。
元気があるということは良いことである。
彼女を見送り、茂は皿洗いに戻る。
「……何だかなぁ。みんな「騎士」に夢見すぎてると思うんですよね。もっと、こう、「騎士」も普通の人っていうか」
「杉山君、僕が思うに普通の人は、車より速く走れないし、トラックに撥ねられたら死ぬし、人一人をビルの4階までホームランは出来ないし、日本刀で斬られたら死ぬし、警察に囲まれたら捕まると思うよ」
「……完璧に論破しましたね、店長」
ふんぞり返ってふふんと威張る伊藤が憎たらしい。
その出っ張った腹を摘まんでやろうか、と真剣に悩み始めた頃であった。
「杉山さん、杉山さん!!」
どたどたと香山が戻ってきた。
その慌て様に店長と共に何があったのかと焦る。
「ど、どうした!?」
「おーじ、おーじが来てます!それで、杉山茂さんを呼んでって!!」
ぜはぜはと肩で息をしている香山を落ち着かせる。
「おーじ、……もしかして王様の子供と書いて王子か?」
「あ!すみません、杉山さんにおーじって言ってもわかんないですよね!うちの学校の"王子様"っぽい人で、一個上の先輩なんですけど!」
ずきり、と頭が痛む。
あいつらは腹の次に頭を攻めてくるのか。
「いや、なんとなくわかった。わかった、うん」
「え!知り合いなんですか!杉山さん!」
「まあ、そういう雰囲気の顔なじみがいるにはいるんだ。店に来てるの?」
驚いた顔で茂を見る香山が大きく頷く。
顔を上げた茂は幾分老けて見える。
「どこ、そいつら?」
「奥の5番テーブル、4名様です!」
「4名?5名じゃなくて?」
「?はい、4名様ですよ?」
首を傾げて香山が抱えたトレイを奪い取り、PDAを引っ掴むとスタッフブースを出る。
後ろから香山とぽっちゃり伊藤の熱い視線をガンガンに感じる。
(仕事しろ、店長、香山さん!!)
てくてくと歩き、テーブルが見える位置まで来ると、確かに"4人"だった。
"5人"ではない。
提供されたお冷をぐびぐび飲んでいるヤツ、スポーツ紙をまじまじと読んでいるヤツ、後ろ向きで座っていて何をしているのかわからないヤツ、そしてこちらに気付いたヤツ。
全員が学生服の彼らのうち欠けているヤツを脳内で思い出す。
その間に、こちらに気付いたヤツの顔がぱぁっとほころんでいく。
相手は同性だというのにその笑顔は破壊的に心をきゅんとさせる。
ただ、その表情がだんだんと曇っていく。
「よ、よう。久しぶ……」
「じ、じげるざぁぁぁん!!」
逃げる暇もなく、そいつが抱きついてきた。
「な、何だっ!?」
ぼろぼろに泣き崩れた顔で彼は茂にこう言ったのだ。
「だすけで、ぐださいっ!!!!」
天を仰ぐ。
神様、仏様。
俺はなんぞ罰当たりなことでもしたのでしょうか、と。
初期目標、約10万字、7月までに一区切り。
目標は達成したので、一応いろいろと残しながらの4-了ということで。
気分が乗ったらまたお会いできるかも?
という感じですね。




