4-2 熟睡 のち 報い
本日2本目です。
一応ご注意を。
茂は寝てしまうことにした。
昨日の出来事だけを列挙すれば、ボルダリングで汗を流し、組手をやって汗を流し、決死の長距離走で汗を流し、終了後には骸骨と飲み会を終えて、実質徹夜状態なのである。
はっきりと今、眠たくて仕方ない状態です、と体が悲鳴を上げている。
しかもテレビはずっと「騎士」か「武者」を流しっぱなしだ。
昨日の大イベント、パピプのプリンセス・オブ・プリンセスのトップ5の発表が後日に繰り越されたことなど、ほんの10秒ほどナレーションベースで流されるだけだ。
その後、テンションの高いコメンテーターが騒ぎまくるのは「騎士」「武者」。
何というかもう疲れ切ってしまった。
一度寝てこのぐったり感をリフレッシュしなくては駄目だと思う。
「では、俺は寝る」
「うん、俺も寝るから」
うむ、と杉山兄弟が頷き合い、お互い床に就く。
猛もパピプイベントから完徹であり、正直眠くて仕方ないとのこと。
朝の8時半。
普通の人が起き出す時間に、昼夜逆転の生活を兄弟そろってしようとしていた。
ちきちきと目覚まし時計を13時にセットし、もぞもぞと毛布に潜り込む。
牛丼特盛と味噌汁を食い、シャワーを浴びて歯を磨き、トイレに行って、寝やすい格好に着替えた。
実家には、"兄弟二人無事"とメールもしたので連絡が来る予定はないはず。
もう所謂完全に準備は整った。
今日のバイトは15時スタート。
十分その13時まで寝ていても間に合う計算だ。
猛は明日の日曜にタケや友人たちと都内へと帰るとのこと。
今日のテレビの生中継で駅前の様子が映し出され、あまりの人だかりに嫌気がさしたらしい。
チケットもネットですでに取ったらしいので、格別急ぐ用件は無いそうだ。
ちなみに起きたら3人でカラオケに向かうそうである。
つまり、今彼ら杉山兄弟は全力で寝入ることが出来るわけである。
「おやすみなさい」
「おやすみ……」
若干カーテン越しの朝日が眩しいがそんなこと、彼らには関係ない。
ほんの数分の後、彼らは夢の世界に旅立って行った。
「直接「騎士」、「武者」と対応した警察官2名による会見の予定はありますか!?」
「被害区域の警戒解除は何時頃を予定していますか!?」
「市内中心部、ターミナル駅周辺で起きた今回の事件の責任は、どこにあるとお考えでしょう!?」
「現在も「騎士」「武者」共に発見に至らない現状をどうお考えですか?」
朝も早くから警察署前にはマスメディアが大挙して押し寄せている。
なんとしてでも一言コメントを貰い、その情報を全国の視聴者へと届けるべく彼らは全力を挙げていた。
出勤してくる署員や、警邏へと向かう警察車両、更には全く今回の件と関係ない警察署周辺を歩いている一般市民への怒涛のインタビュー。
今は消防との連携ならびに、市役所への状況報告を行いに外に出ていた警察署長が、戻ってきた瞬間にマスコミに食らいつかれて、もみくちゃになっている。
「……よくやるな、彼らは」
無精髭の生えた顎をじゃりじゃりとしながら男性の刑事がつぶやく。
2階の窓から下のマスコミ連中が溜まっている場所を覗きこんだ。
ああやって到着した者が陣取った場所を中心にどんどんと増殖していくのを、日付が変わるくらいからずっと見ていたのだ。
まだ午前中のこの時間だというのに、まだ増殖していく気配が収まりそうもない。
「緊急出動の時に邪魔にだけならなきゃいいんけどねぇ。まあ、確実に邪魔にはなりますけど」
部屋にいる中年の女性が、ことんとスチールのテーブルの上に湯気の立つコーヒーを置く。
身に着けた制服が彼女が女性警察官だということを証明していた。
男性刑事がテーブルへと戻り、席に着く。
警察関係者以外に座っているのは火嶋早苗だった。
「火嶋教授、どうします?事件の参考人として来ていただいて、そのままお話を聞かせていただいた、ということもありますし。あなたはむしろあの骸骨野郎に襲われた被害者です。どこかご希望の場所があれば、目立たない車両でお送りすることも出来ますよ?」
くたびれたジャケットを羽織る刑事の前には、ダメージジーンズと白のシャツを着こんだ早苗が座る。
ソーサーの上に載せられたミルクをぱきりと割り、真っ黒なコーヒーに斑の線を描いていく。
「なるほど、ではお願いします。少し疲れていますので、この時間からでも泊まれるビジネスホテルがあるとありがたいのですが。あとは近くにコンビニでもあればありがたいと。なにせ荷物は今ぐちゃぐちゃですので。」
「今は朝ですからね……。ホテルはこちらで調べましょう。あとPCや大学の資料関連は一時預かりましたが、お帰りの際に返却しますので。お時間取らせてしまいまして、申し訳ありません」
こわもての刑事が早苗の希望を聞くと、頭を下げ部屋を出ていく。
ここは普通の応接室なのだが、どうも警察に話を聞かれるというだけでなにか詰問されている感が否めないのは仕方ないことだろう。
出されたコーヒーを啜る。
眠気が残る脳ミソに染みこむような強いコーヒーの香りを吸い込み、舌に残る苦みとミルクの独特なまろやかな舌触りを堪能する。
「インスタントくらいしかないんですよ。教授職の人の口に合えばいいんですけど」
「いえ、フィールドワークが多いもので、むしろインスタントが多いかもしれません。酷い時には3日間カップ麺だけみたいな生活もしますしね」
早苗は世辞をいって薄く笑う。
当然、インスタントでない上品な"珈琲"も世の中に有ることは十二分に知っているが、こういった疲れた頭に効くのはどちらでも同じだ。
話が途切れ、場を持たせようと警察官が話しかけた。
「御専門は犯罪心理学、ですか」
「ええ、ちょっとしたことから導かれる犯罪者の行動予測や、連続性・常習性の有無。あとは年齢や性別、学歴なども推察できる可能性があります。私の専門に近いのは所謂プロファイリング、と言えば警察の方々にも馴染みがあるかもしれません。こちらの県警とはまだありませんが、都内の幾つかの事件では大学の学部主体で、警察の皆さんにアドバイスをさせて頂いた事もあります。まああまり大きな事件ではありませんが」
「なるほど」
その言葉に女性警察官が頷く。
であればこの目の前の教授と名乗った人物の落ち着き様も納得がいく。
異常者・変質者などを見て研究し、実際に会話したりもするという。
この「騎士」関連に巻き込まれたのも、自分の研究の一環とのこと。
あえて危険に飛び込むスタンスの研究者というのは一定数はいるのものだ。
「これは、事件の聴取とは別の私個人の興味で聞いてみたいのですが」
「どうぞ」
飲み終わったカップをテーブルに載せる。
「今回の「騎士」「武者」どちらでもいいのですけど、どんな人物像が浮かびますか?」
「そうですねぇ……」
早苗のシルバーフレームのメガネが日の光に反射して、きらりと光った。
「なぜ、出ない!?」
机と椅子、そして素組のパイプベッドと日に焼けた固定電話、つけっぱなしのブラウン管テレビはニュースを流している。
それ以外には何もない部屋で、男は固定電話の受話器を握りしめていた。
「く、くそっ!どうしてこんなことに!」
どん、と壁を叩く。
コンクリートの打ちっぱなしの壁はざらざらとして、全くと言っていいほど温かみは無い。
苛立たしげにコール音だけが流れる受話器を耳から外し、固定電話のフックを押し込む。
呼び出し音が消えた受話器を握りしめ、空で覚えているナンバーを押し込む。
再度のコール音が鳴り始める。
どん、と再び壁を叩く音がした。
握りしめた拳はあまりに力を込められて白く変色し始めている。
「出ろ、出ろ!どうしたんだ!」
息苦しくなりネクタイをぐいと外すと地面へと叩きつける。
汗まみれの顔を袖でぬぐった顔は焦燥に駆られていた。
彼自体に不手際があった訳ではない。
ただ、あまりにも予想の埒外の出来事が起きてしまっただけの事。
これに関して彼が失策の責任を問われることは無いはずだった。
「なんだというのだ!あの、「光速の騎士」というのは!!」
一向に出る気配のない電話のコール音に、怒鳴る様にして愚痴をぶちまける。
彼はあのホテル・スカイスクレイパーのセミスイートに押し入ったサラリーマン風の男。
平凡な容姿と、どこにでも埋もれてしまうような影の薄さを併せ持つ。
茂曰く、ストーカー野郎である。
ただ、激情により真っ赤になった顔と、掻き毟った頭髪が乱れに乱れ、一種異様な雰囲気を周囲に放っている。
「失敗どころの騒ぎではないぞ!足を、援護を、指示を寄越せ!!」
つながらない電話に幾度目かもわからない文句を叫ぶ。
どん、と三度目の壁へのアタックは薄く手の皮をこすって、血がにじんでいる。
火嶋早苗に向け、黒木兼繁という特級の呪霊をけしかける。
早苗の殺害というトロフィーは、彼と彼を使う一派の発言力を確固たるものとするはずであった。
当然、いままでの「女禍黄土」の活動方針からは大きく外れることにはなるが、火嶋早苗の首と天秤に掛ければ間違いなく、自分の行動に傾く。
それなのに、である。
全く予想もしていない所からの横槍が入ったわけだ。
早苗の部屋に呪霊を仕掛け、以前に裏工作で仕込んだ早苗へのマークを発動させて撤収するだけの失敗する余地のない仕事である。
それが想定される中での最悪の更に上を行く失敗となった。
ギリッ……
男の噛みしめた奥歯に、硬い物が当たる。
地面へと吐きだしたつばの中に、白い小さな欠片が見える。
あまりに強く噛みしめて、どうも歯が少し欠けたようだった。
「……何故だ、何故、出ない。私を切り捨てる気か?」
ゆっくりと受話器を本体に戻し、殺風景なこのセーフハウスにある数少ない調度品、パイプ椅子に座る。
ゆっくりと腰かけ、両手で油っぽい顔を覆う。
(なにが、どうして、こんなことに……)
眼を閉じると、映像の中の「光速の騎士」がまざまざと浮かび上がる。
想定できる最悪の結末は、呪霊が早苗を仕留めきれず、彼らの組織の増援が間に合い、そこで大立ち回りを演じることだ。
この場合でも、運命の天秤は男に傾いている。
結果としては早苗には深手を負わせ、増援にも少なからず被害を与えることが出来る。
特級呪霊の喪失は確かに惜しいが、収支でいえばプラスとなるだろうとの上の判断だったのである。
それが、「光速の騎士」というジョーカーが場に放り込まれて大きく狂った、いや土台から吹き飛ばしたのだ。
テレビから流れている映像は、昨日の広場での一件を編集して見やすくしたもの。
「騎士」と呪霊が真正面から切り合いを演じているところだ。
そう、結果から言おう。
当初目標の火嶋早苗の殺害に失敗。特級呪霊黒木兼繁を喪失、さらには「騎士」によりその遺骸が奪取された可能性がある。現地インフラへの損害多数、人的損害は軽微。地元警察の警戒態勢はマックスへと跳ね上がり、男の当初の「女禍黄土」帰還ルートを変更すら余儀なくされる事態が発生するという結果。
この寂しい「女禍黄土」セーフハウスの使用は想定外のはずであった。
火嶋早苗の殺害に失敗することで、男への追跡が厳重になり、身動きが取れなくなりつつある。
一刻も早く、この地より離れなくてはならないのだ。
るるるる!るるるる!
卓上の固定電話がなる。
椅子から転げ落ちた男が縋る様にして電話の受話器を取ると叫ぶ。
「ここはセーフハウス11-1!次のルートの指示を求む!急いでくれ!!」
必死の形相で叫ぶ男の耳に聞こえたのはくすくすという抑えた笑い声だった。
『く、ぅぅぅ……。面白いことをいうなぁ、君は。いやぁ、日本に帰ってから一番笑ったかもしれないよ』
年若い男の声。
からかうようにして紡がれる言葉が、非常に軽々しく、真剣味をまるで感じさせない。
「な、おま、……あ、あなたはクジョーさん!ど、どうしてこの電話を!?」
『ぶ、ぶはははははっ!!え、マジ、マジで!?うわ、その感じだとマジで言ってる!?わは、わはははははははっ!!!』
慌てふためく男を想像したのだろう。
今度は抑えることなく、大きな声で電話先の男、クジョーが笑う。
遠慮もなくただただ笑い続けることが響き、流石に男の我慢が限界を迎えた。
「笑うな!な、何なんだ、あんたは!この番号は本部の特務に割り振られたものだ!第5席だとはいえ、あなたが自由に使える物ではないはず!担当者に代わっていただきたい!!」
『え、ああ。担当者、担当者ね。良いよ、代わる代わる』
電話の向こうからくすくすと複数の声が聞こえる。
クジョーの他に誰かいるのだろうか。
『お電話変わりました。"担当"のオペレーター、山本です』
つややかな女性の声。
いつも担当しているはずのオペレーターは壮年の男性で、男にとっては顔なじみである。
間違ってもこのような、透き通るような女声ではないはずだ。
「……どういう事だ、これはふざけているのか?」
『いやぁ、面白い。面白いよアンタ。ふざけてんのは、そっちじゃねぇの?俺にケンカ売ったの、そっちじゃね?』
『そうですねぇ、皆クジョーに恥をかかせようと一生懸命働かれたみたいだしー。ただ昨日からの激務、お疲れで皆さんぐっすり、"お休み"しちゃったのよねー』
山本、と名乗ったのとは違う女の声。
こちらは精々高校生、いやもっと年若い少女の声。
『ははははっ!昨日からって、皆さんマジですげぇ。働きすぎだよ、ホント。俺ってば窓際でさ。みーんなして俺に仕事くれないから、昨日はパピプのイベント、ポテチ片手にガン見してたんだけどさ』
向こうがスピーカーモードでやいのやいの話している。
男の顔から知らず知らず汗が噴き出す。
『その生のいっちばん良いトコで、急に中継に変わりやがんの。したらさ、何が映ったと思う?』
「……」
『私も知りたいですね。ちょうどその時間は仕事の前準備でしたので』
『あたしもー。その時間はバスタイムだったのー』
「……」
『答えてくんない?お宅がその中継の原因じゃん?』
「……お伝えできることは、有りません。私は指示に従って動くだけです。これは退避ルートの指示をお願いするため割り振られた電話です。お願いします、特務のルート伝達の担当に変わってください」
背筋を伸ばし淡々と事務的に答える。
ここが正念場と男は思った。
『……なあ、アンタ。良いこと教えてやろうか?』
「……電話を代わってください」
『アンタがすこーしだけ齧った死霊術っていうのはさ。呪術なんだよね、本質は。んで、その呪術ってのは突き詰めれば、契約なんだな。相手と自分がいて、その間にこうしましょう、ああしましょうってギッチリ書きこんだ"契約書"にお互いが納得した、オッケーってハンコ押して出来上がるヤツ。まあ、うちは結構ブラックだから、相手には涙のんでもらう契約書になってることが多い。んで、それに従って皆働かせてるんだよね』
「……それが?」
知っている、知っているがそれがどうした。
『……テメエがアホどもにそそのかされて持ち出した特級呪霊、クロキカネシゲ。こいつの契約、完璧破棄されてんぞ。しかも粉みじんに。こいつの魂魄の従属契約に使う水晶、粉々に砕け散って今、ほかの契約呪霊に影響が出てないか本部は大わらわだ』
「な、なんだと!」
『分かり易く、言ってやるよ。ターゲットの排除に失敗して、それで使役してた呪霊を奪われた挙句、本部にまで損害与えて、タスケテクダサイ、って無理じゃねってコト?しかもテメエのちゃちな呪術を砕かれたせいで、結果的に呪詛返しされてる形になるんだよ』
「そ、そんなことが出来るわけが!」
声が震える。
ガタガタと震えるのは寒いからではない。
汗が滂沱の様に流れる。
『これ以降、「女禍黄土」はあなたとの連絡を絶つと決定しました。私、山本はその通知の為の"担当"です。あなたへの全てのサポートはこの電話以降打ち切りとなります。よって、あなたとの関係の清算を行い、一切「女禍黄土」はあなたと無関係となります。長らくの勤務、ご苦労様でした』
「そ、そんなふざけたことがまかり通ると!?」
『いや、もう決まった話だよ。つーか、お前さ。こうやって話してるんじゃなくて、さっさと逃げたらどうよ?クロキだったっけ。今話題の「骸骨武者」。呪術の術者をしてたお前と繋がってるんだぜ。呪詛返しって"人を呪わば穴二つ"って事だからな?アイツにはお前の場所が分かるんだよ。……まあ、最後に楽しいデートでもするといいさ』
3者の笑い声と共にぷつ、と無情にも電話が切れた。
男が慌てて、電話を再度ダイヤルすると、今度はすぐにつながる。
『お客様のお掛けになった電話番号は現在使われ……』
受話器が手から滑り落ちて地面に落ちてカンと音を立てる。
男は確信する。
自分はトカゲのしっぽ切りにあったのだと。
ドン!
呆然とする男の耳に大音が聞こえた。
音のした方を見ると頑丈な鋼鉄製の扉がへしゃげていた。
一気に強い力がかかったのだろう。
ダンッ!
そのへしゃげた扉からこちらへ、"どこかで見た"刃物が半ばから貫通しているのが目に留まる。
「ク、クソ!クジョーめ!!!「光速の騎士」めぇぇ!!!」
叫び声が届くのは扉の向こうまで。
扉の灯り取りから、男を真っ黒な眼窩が覗きこんでいた。




