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一般人遠方より帰る。また働かねば!  作者: 勇寛
5章

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238/365

4-6 招集 のち 牽制

---都内某所 会議室内---


「……以上がアキトシ・サーフィス・ガルシア、そしてケンショウ・ガルシアに関しての追加情報だ。とはいえ銀嶺学院の立てこもり事件からこっち、まったくと言っていいほどに目ぼしい情報はないと同じだ。わずかばかりの情報からヤサはあらかた確認してみたが今のところ足取りすらつかめない」


 部屋に備え付けのプロジェクターからスクリーンに照射される光でうっすらと周りがわかるが、基本的には上映中の映画館の中のような状況だ。

 説明に立っているのはがっしりした大柄の体格の男性で、逆光で顔は見えない。ただ、今その男が来ている仕立ての良いスーツを押し上げるように浮き上がっている筋肉がホワイトカラーではないだろうことを如実に証明している。


「そういうわけで彼ら、並びにその所属するグループ『トゥルー・ブルー』についての情報収集を再度改めてお願いしたい。国外へと脱出しているにしても潜伏しているにしても協力者の存在は確実だろう。その点も併せての依頼となる」


 その言葉に、部屋の中が一瞬ざわつく。

 座っている人間もその服装は様々だ。スーツ姿の者にしてもサラリーマン風から着崩したような洒脱な風情の者。私服の若い男女に、ご隠居というような年齢の老人。いかにも剣呑な雰囲気のトライバルが顔面を覆いつくすような者もいる。

 中にはペストマスクで年齢も性別も、ともすればこの場に呼ばれたその人物であるのかすらわからない者すらいるのだ。

 だが部屋の中にいる人間の殆どが、どこかしらかの中小の昔から地方にある企業の勤め人の肩書を持ち、同時に表立っては顔を出せないような業務に従事する人間である矛盾をはらんでいた。

 運転免許証にパスポート、スマホの契約に預金口座の開設なども偽造するより正規のルートで。間違いなくその方が“お仕事”と関係ない無意味なリスクは少なくて済む。

 ただ、完全にアングラに沈むのではなく、その立ち位置にいるにはそれなりの信頼を必要ともするのだが。そういうことをするには、ある程度の社会的保証は不可欠である。

 つまり、彼らはグレーではあるが白寄りの位置取りの者たちという信頼を勝ちとった実績があるということだ。


「そうは言われても? こっちもそいつらだけに構ってるわけにはいかないってのは解るでしょうよ。あの『ブリキ頭』、あいつが現れてから今まで。ずっとどこもかしこもそわそわしてて気が休まる暇がない。コーラを振るだけ振っていつその蓋が吹っ飛ぶか、皆がそんな気持ちなんですがねぇ」


 最前列に座る腕まくりした作業着姿の男は、壇上で説明していた男にそう愚痴る。

 鍛えられた腕にはいくつか傷跡と思われるような筋が走る。腕まくりした肩口が少し覗くが、そこからデザイン性重視のタトゥーではなく、和物の入れ墨がすこし見切れていた。


「その懸念は確かに。口だけの小競り合いで済めば御の字。最近は皆が神経質になっているってのにそこかしこで、もぞもぞ動くようなヤツも出始めた。イイトコ取りの蝙蝠共がキィキィうるさいのは気に障る」


 作業着姿の男の台詞を継いだのは別の席に座る女。

 目の下にまでかかるような前髪とそこから覗く丸眼鏡、更には口元を覆うようにマスク。腰まで伸びた長い髪に服装は無地の白ブラウスに黒のプリーツスカート。

 机の上で組まれた両手は痩せて血管が浮き上がり、そして病的な白さがある。


「こっちとしても、そちらから放られる情報ネタだけではどうにもならないよ。違う方面からの情報ネタは無いの?」


 小さく、そうだ、そうだ、と周囲とそう声を掛け合う音が部屋に響く。

 先陣を切ったのは先ほどの入れ墨の作業員だ。


「そこのトリガラ女が言ったとおりだ、青柳の旦那ぁ。流石にこっち側の自助努力で集められるモンはほとんど出尽くした。目ざといフリーの情報屋の中には面倒ごとはゴメンって行方をくらませたやつもいる。その中には踏み込みすぎて消された痕跡のあるのもな? この一先ずの停滞期。高値で吹っ掛けるガセネタも増えてくる頃だろ?」

「肉壁の言うとおりね、まず第一に青柳。あなたが説明に来るのは当然だけど、早苗はどうしたの? 彼女がここにいないってのは不義理が過ぎるんじゃない? 協力者なんて言い方じゃなくてコレ、クジョーも絡んでるってのはここにいるみぃんな知ってるのよ?」


 後を継いだトリガラ扱いされた女が肘をついて覆い隠された前髪の奥からぎろり、と鋭い視線を青柳に突き刺す。

 そこだけがギラギラとしていて不安感がいや増す。


「現在、彼女は別件での出張中だ。それについては詳細を述べることはできない」

「……ひょっとすると『ブリキ頭』の野郎のリクルート、ってことかい? そこの兄さん方みたいによ? 白石なんて大企業さんが首を突っ込んでくるなんて、この業界もメジャーになったもんだ」


 肉壁呼ばわりの作業着の男が、後ろを振り返りもせずに部屋の入口付近の最後尾を親指でくい、と指す。

 あまり目立たないように座っていた人物たちが暗がりで動く様子を見せる。

 そこから声がかかる。


「新参なもんでね。皆さんにご紹介ありがとうと?」

「はは、そうだな。もしお宅がいいってんならタバコで。やっすいのでいいからワンカートン頼まぁ?」

「俺の吸ってるコイツでいいんなら。家にも在庫があるんでね」


 先輩への付け届けを要求された新参は、胸ポケットからクシャっとつぶれたタバコの箱をひょいと投げる。

 放物線を描いたそれは作業着の男の手にちょうど届く。

 箱から一本抜き取り鼻のあたりに近づけ、火をつけずにその外周をすぅっ、と嗅ぐ。


「へぇ……。イイ趣味だ。洋モクだと高いだろうに。ケツモチがでかいと羨ましいもんだ」


 そのまま箱に戻し、作業着の男はズボンのポケットに乱雑にそれを突っ込む。

 その様子を周りの皆も興味深そうに眺めている。

 新参、とはいうものの相手は白石総合物産のセキュリティ部門。

 その“裏”側の人間だ。

 あまり喧嘩をして楽しい結果になるとも思えない。

 とはいえよくある“おはなし”の、よくある新人イビリをするような、よくあるイキった馬鹿はこの場に一人としていない。

 そういう者はここに来るまでの一番最初の関門でキレイサッパリ消し飛んでいる。クビを切られた、You‘re fired、という意味でもあり、文字のとおり物理的に首が切られた者も、燃料として煌々と燃え盛った者もいる。

 というか現実的に考えて、そのような無用なリスクをしょい込むような、初歩的な危機管理もできないようなふるまいをする者が、新人イビリができるまで長生きできるような仕事ではない。

 よくある“おはなし”の、典型的テンプレートの嫌味なキャラクターなどはどう考えても空想の中にしか存在しないはずだ。

 作業着姿の男のふるまいはただの場のにぎやかしでしかない。

 それに対応した白石総合物産のセキュリティ部門からの出席者。くたびれたスーツ姿でだらしない格好男。そしてもう一人は、こちらはきっちりとスーツを着こなし、この暗い室内でミラー加工されたサングラスをかけた男が一人。


「和モクじゃあこういうフレーバーはあんまりないんでね。お近づきにプレゼントってことで進呈しますよ」


 一方のせびられた側も大人の対応に終始する。

 くたびれた格好の男、四ツ田がそう言った。

 こちらもそうだが、よくある“おはなし”の、よくある新人イビリに真正面から喧嘩を売る、よくある盛大に勘違いした主人公など、現実世界にいるはずもない。

 そんな頭のネジが吹っ飛んだ中二病に罹患した者が長生きできるほど現実は甘くないのだ。

 理不尽なパワハラモドキ程度を仕掛けられて、それを軽く受け流すような初歩の初歩のコミュニケーション、スルースキルすら持ち合わせない人物にどうして薄幸のヒロインは自分の未来の旦那様候補の座を、美人ギルド職員は特S級の討伐イベントを、果ては王侯貴族は世界の命運を任せてしまうのか。

 現実的に考えてそのようなアホがいるわけがない。

 突出した個人ほど逆に周囲の状況を最大限に生かすため、細かな気配りができるし、空気を読んで行動する。それが本当に才のある人間だ。もしそうでないというならそれは単純に“運がいい”だけの狂人である。

 舐められたらおしまいだ、とは暴力的性向を持つ反社会的勢力の方々が使っていた言葉だが、いまではそういった者たちの方が小さな事柄にも気を配り、社会に対してすきを見せないように活動しているわけで。

 となると、調子に乗ったテンプレ主人公という生き物は、時には社会の底辺とも揶揄されたりもするそれらの方々以下の、頭の悪い行いをしでかしているということになる。


「ま、ヨロシク。おたく、テレビで何度も見たぜ、四ツ田だったか。フリーじゃねえんだな」

「格好つけた飢えた一匹狼より従順な飼い犬の方が、脂たっぷりのステーキ肉が食える。そんなもんでね、人生ってもんは。それにウチの飼い主はたんまり金を持ってて、しかも俺を雇うようなイイ趣味もしてる。小銭稼ぎにマスコミにネタを売ったお駄賃も中抜きなしでくれるのもポイントだ」

「……軽口を」


 四ツ田の横でふう、とため息を吐くサングラスの男、マサキ・ガルシア。

 銀嶺学院の一件から比べ、幾分頬がこけた印象を見せている。

 スーツ姿が様になっていて、隣の自堕落な印象の四ツ田と比べ、こちらの方が仕事は出来そうだ。


「……羨ましいかぎりだ。俺もそういう飼い主が欲しいぜ」

「そういう所は毛並みのいい“狗”しか飼わない。お前みたいな肉壁程度の雑種“犬”を飼うなど、ドブに金を捨てるようなものだ」


 あきれたような冷たいトーンで病的な印象の女が作業着の男に吐き捨てる。


「ははははっ! 言うねぇ。間違いはないけどよ!」


 可笑しそうに笑い、自分の座席のテーブルに置かれた資料を掴んで作業着の男が立ち上がる。

 近くにいた同じような服装の者と連れ立って。


「ま、新しい内容もなさそうだ。とりあえず何か掴めば連絡する。今回の場はそれでいいんじゃねえか?」

「そうだな」


 そういうと青柳は部屋の中の照明を点ける。

 すると、部屋の中にいたはずの者たちは幾分少なくなっている。

 音もなく、幾つかのグループは資料と共に消えていた。


「……打ち合わせの後に皆で飲み、ってぇのができないのが、一番駄目なとこだよな、ここは。飲みニケーションって知らんのかねぇ」


 ぼやいた作業着の男が手に持ったファイルを横の者に手渡すと、部屋に残っていた者たちも用は済んだとばかりに部屋を出ていく。


「それなら俺たちが、って言いたいとこですがこの後に仕事もあるんで。悪いがお暇させてもらいますよ、先輩方」


 ぺたんぺたんと気だるげに靴をならし、作業着の男の傍に四ツ田が挨拶に来る。


「ふふ、俺たちのションベン酒は上等なお宅らには合わんさ。ああ、タバコの件だが……」

「送ります」

「……へぇ?」

「きちんと包装してご自宅までお届けしますよ」


 皆まで言わせず、四ツ田が即答する。

 住所も電話番号も、名前すら知らないはずの初対面の自分に、即座に洋モクをワンカートン送っておきますよ、というのだ。


「それじゃ、楽しみに待ってるぜ?」

「ええ、三日ほど待っててくださいよ」


 にたり、と笑い合う二人をよそに、マサキと作業着の連れは同じような顔をしていた。

 それはああ、またやってらぁ、と言わんばかりの呆れた表情だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >舐められたらおしまいだ(中略)社会に対してすきを見せないように活動しているわけで。  結局はこの一文で済む話では。  なお設定によっては、ある程度実力と信頼を持った先輩による通過儀…
[気になる点] 自論語り長スギィ! [一言] >こちらもそうだが、よくある“おはなし”の、よくある新人イビリに真正面から喧嘩を売る、よくある盛大に勘違いした主人公など、現実世界にいるはずもない。 >そ…
[気になる点] 主人公自論語りがちょっと長かったかな… [一言] まあでも主人公って割とそれに該当してるからそういうネタなのかもしれないけど…
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