3-了 隠蔽 のち 既知
ばたん、と降車した助手席のドアを閉めると茂は胸元から度の入っていない眼鏡をかける。
「……変装ですか?」
「門倉さんからもらいました。無いよりゃマシでしょうし。ただ、似合いはしないんですけどね」
とはいえ目立つマリンブルーの太いフレームの眼鏡。
特に特徴の薄い茂がかけていると、意識がそちらの方に持っていかれる分、効果が高そうだ。
これが彼らの後ろにいる神木美緒、藤堂ユイだと勝手が違ってくるわけで。
「うわぁ、すごい立派な家……。これをポンと渡せるってお金持ちの子供ってずるいわぁ」
「……不公平っ」
ユイと美緒が感想を述べた住宅街の真ん中にある一戸建て。
ぐるりと周りを壁が囲んでいて中は見えないが、その大きさは周辺の家と比べても大きく見える。
ユイは動きやすそうなタイト目のデニムに茶系の厚めのシャツを羽織り、足元はラメ入りのスポーツタイプのシューズ、頭にはキャップを被っている。すらりとしたフォルムが強調されて、ストリート系モデルのグラビア撮影でも始まるのかと思うほどである。
もう一人の美緒はガウチョパンツにゆったりとした淡い色合いのブラウス、足元は普通のスニーカー、大きめのニット帽で髪をまとめて入れ込んでいる。目元は茂と同じようにフレームの太いお洒落眼鏡で隠している。
とはいえこちらもタウン誌のグラビア撮影のようにも見える。
最後に早苗はいつものデニムにシャツ、そして革のジャケットという格好であるが、これも多少見慣れた茂からしてもインパクトは強い。長身でこういった格好いい系の服装が似合うのは基となる素材の良し悪しが大きく左右するのだ。
さて、ここまで長々と書いたが何が言いたいのかというと、そんな煌びやかな集団の中にポツンと一人小脇にファイルを抱えたぱっとしない男性がいると、傍からはどう見えるかということである。
(マネジャーさんっぽく見えてるんだろうなー。カモフラージュとしては最高なんだけどさ)
これは都市部に住んでいる人間には決してわからないことであるが、正直上記の三人のような人間がいた場合、田舎ではかなり浮く。
これは服が個人に似合っているいないの問題ではなく、ただの現象である。
都市部でそういう雑誌の中の恰好をしていても然程影響はない、というか周囲に埋没していく。都市部というのは、周りがそういう空気を孕んでいるからだ。
だが、いまこの田舎の地方都市でこういうビジュアルの人間が揃うと、それを許容できる周辺の空気が無い。コーヒーの中にミルクをぶち込んだような違和感。
地方のターミナル駅に通う方はご理解いただけるだろうが、そういう格好の人がやたらと目につく気がしないだろうか。そして都市部へ行った時にはそんなに気にならないということも。
要は場の雰囲気に合わないのだ。こういう彩度のお高い格好をして、それが似合う人々と田舎の空気というものが、徹底的かつ破滅的に。
「……早めに入りましょうよ。あんまり目立つのも良くないでしょうし」
一歩先んじてその立派な家の門に近づく。表札は「長船」となっている。
人気がないのもあって騒ぎにはなっていないが、少し先には中学校などもある。万が一にも気づかれたら、というか一人だけならまだしも三人纏まるとフツーに身バレしそうだ。
第一ここは最近とみに報道されている猟奇殺人の犯行現場である。怖いもの見たさの野次馬がネットで検索して訪れないとも限らない。
人目にはなるべくつかないようにしたいのは、茂にしても美緒たちにしても同じだろう。
「そうですね。さっさと終わらせてしまいましょう」
そんな茂の焦りも受けて早苗がまず門の前に張られた立ち入り禁止のテープをくぐる。
その先にいるスーツ姿の男性二人と、制服警官に会釈して軽く微笑む。
早苗に続いてユイと美緒が“お邪魔しまーす”と言いながらそのテープをくぐる。
そうなると茂も覚悟を決めなくてはならないが、このテープが一種境目にも感じられるのだ。
要はこの先にほいほい進むと、否応なしにかかわることになるが、踵を返して逃げ出せばこれに関しては無関係でいられるのではないか、と。
(まあ、その選択肢はないんだけどな)
はぁ、と疲れたため息とともにどっこいしょと重たい体を動かしてテープをくぐる。
面倒だが、仕方あるまい。
もしかすれば何も知らずに巻き込まれる可能性がある。それと比べれば、精神衛生上の負荷を加味した上での情報収集は有用であるはず。
印字されたペーパー資料よりも、やはり実地で受ける印象の方がより多角的な情報が入手できる。
「さて、やりますか」
ぱん、と手に持ったファイルで軽く胸元を叩いて茂は入り口に向かうのだった。
「……臭ぇ」
人の家に来て、開口一番何を言うのかと思われるかもしれないが、茂の第一声はそれだ。
「まあ、仕方ないところもあるでしょうね。慣れるまではキツイ人も多いですから」
すんすんと鼻を鳴らしながら先導する男、加藤が言う。
入り口前のスーツの男のうち比較的若い方の男だ。
もう一人の老境の男性、石島は最後尾の早苗と何か話している。
「これって血の匂いですか? 確かに長く居ると気持ち悪くなるかも」
美緒が眉間にしわを寄せていた。
うっすらと家の中に残る、生臭い血の匂い。
証拠となる物はすでに運び出された後だが、それ以外は残されたままである。
(……いや、それもあるけど。生活臭の方が酷いんだが)
一人暮らしの男特有のすえた匂いとでもいおうか。
独特なそれと、先に述べた血の匂いがミックスされている。
通路を埋める通販の空段ボールがごちゃごちゃに置かれて、それが崩れないように空のペットボトルが詰まった袋が支えになっている。
中身のペットボトルは洗っていないのだろう。キャップをしたそれが、本来は無色透明なはずなのに中でまだらな模様を作り出している物が数点見受けられる。
この様子では炊事洗濯掃除の三要素は完全に放棄していると思われた。
「……金があってもこれじゃあ、な。人を招き入れるような状況でもない。友達にしても家族にしても、誰も来たくはないんじゃないか?」
玄関前で靴用のカバーを貰えたのは不幸中の幸いだ。この家の通路を靴下で歩けと言われればテンションはがた落ちになるだろうから。
「派遣の家政婦さんを雇う、とか。そういうサービスは利用してないんでしょうねぇ。ケチだったってことでしょうか」
「その時点では、資金面での問題がないという前提条件をクリアしているのに、こうなっているタイプの人物だと、概ね人間関係のコミュニケーションにトラブルを抱えているケースが多い。自分のテリトリーである、この場合は住居内だがそこに誰かが入ってくることに耐えられない、若しくは干渉されるのではないかという攻撃的な側面を持った感情を有している。その両方ともに共通するのは“自己防衛”だ。門倉さんから得た情報から、他者への優越感を満たすために惜しげもなく金銭を使っていたし、件の美女を見せつけていたということからも、他者から自分への評価を常に気にしているようだ。それも自らの弱さ、問題点を見せたくないという虚栄心、虚飾で自己防衛に通ずる。自己評価が低いというコンプレックスを、別の側面から補おうとしていたのだろうな。どこにでもあるような普通の幸せを求めるのでは満たされない。だが、それを補いうる才覚が自分にはない。ならば、手っ取り早く且つ取り繕うには、財力を。……財布がどこまで持つかのチキンレースだが、あまり成功した例は少ないはずだ。本人が気づいていても止められない。どこかで立ち止まれば、“そこそこ”までは挽回できるのだが……。それを落ちぶれた、と感じてしまい絶望する。そこで逆転を目指して犯罪に手を出して、とな。まあ、そういう人間の計画は杜撰で、自分以外に迷惑を掛けるのに躊躇がない。結果として大事になる割に、その後の行動が幼稚でな」
早苗が故長船氏の分析をしてみせる。
ほぉぉ、と美緒とユイ、そして茂がなるほど、と声を挙げる
「ほとんどが自分は“デキる”という自己防衛の塊だからこそ、物事は自分の思うがままにならねばならないという信念をお持ちだ。だから、さらに他者との距離は空いていき、どんどん孤独になる。恐らく、あのホワイトドールが付け込んできたのはそこだろうな」
「煽てられて調子に乗った、と?」
茂がうわぁ、という顔で早苗に尋ねる。
それはお気に入りの飲み屋の女性に金を突っ込む、報われない中年男の性を見るようで。
「あくまで推測でしかないですが。ですが今のところ、本当に見事なくらいに交友関係どころか、家族との関係もないそうですね?」
「親父さん、おふくろさん揃って直に顔を見たのは一年以上前だって話だ。会話したのも不動産の契約関係で電話越しに一言二言だそうだしな。それは、家族の会話って感じでもないだろ」
石島が手帳をぺらぺらとめくって答える。
「引きこもり、っすか」
「自分の興味のある古物品の会場には足しげく。それ以外はコンビニ・スーパーってとこだ。家にずっと、というわけではないけどな。引きこもりの定義次第ってとこか」
端的に石島が答える。
「……羨ましい。何もしなくてもお金が入ってくるのに、なんで何もしないわけ?」
ぽつりと美緒がつぶやく。
居なくなった父親の借金が元で、望まぬアイドル生活をしていた美緒からすればなんと贅沢な、そして無駄なことをしているのかと思う。
それぞれの事情があるのは大前提だが、もし自分がその立場ならどうだっただろうか。
高校、そして大学と進学し同世代の友人たちと交流している自分の画が脳裏によぎる。
若しくは就職して、その職場の皆と何かに必死に取り組んでいるのかもしれなかった。
ただ、現実は幸か不幸かアイドル業という本人の望んでいない才が、ありえないほどの大きさで開花し、そして全国に知られたのである。
恐らく、今後ふとしたタイミングで誰とも知れない人間に、“あれ、あの人……”と言われることになる。
どんな生活を送るにしても、それが無くなることはないだろう。
未来への扉は開いている。
だが、それは美緒にとって自由な空ではなくなっているのだ。
「まあ、自分が恵まれてるってのに気付かない人も多いのよ。人生そんなもんでしょ」
ユイにぽんと肩を叩かれて、美緒が肩を落とす。
金に困ったことがない人間には金に困る人間のことが。そして芸能の才に恵まれた人間には恵まれていない人間のことがわからない。
金のために始めた順風満帆な芸能生活を、目的の金額に達したところですぱっと切り捨てるその意識は、求めている者には理解しがたいはずで。
借金の返済というモチベーションを無くした自分が、パピプグループという巨大なアイドル集団のトップにとどまる事を不誠実と思わないのであればこんなことにはなっていないだろう。
金か地位かの違いでどちらにしても、当事者以外が見ればそれは勿体なく見えるわけで。
自分の言葉が自分に返ってくるということに気付き、眉間のしわが深くなる美緒のそのしわを、軽く笑ってユイが指でぐいぐいと揉んできた。
「むぅぅ……」
「ま、私は今のこの感じも好きではあるんだけどね」
じゃれ合う二人に、石島がコホンと咳払い。
「ここで一人、人が死んでるんだぞ。二人とも少し不謹慎かな」
「あ、はい」
窘められてしゅんとする二人。
話がひとしきり終わったこともあり、目的の部屋の前にいる加藤がドアを開ける。
かちゃんとドアを開き、中を皆が覗き込むと、そこからすこし先ほどまでの匂いが強くなる。
つまり、生臭い血の匂いだ。
「ふーん。こうなってるのか」
覗き込んだ二人の女性陣はきょろきょろと周りを見渡すが、ショッキングな光景はその場にはもうない。
事件から日数もたってあらかたの調査も終わっている。調べることは調べつくした。
だというのにこの場に来たのはなぜか。
(ま、ちょっと見てみますか)
すぅ、と目をつむり集中。
「……ハイ・センス」
誰にも聞こえないような小声で、スキルを発動。
見開いた目には、スローモーションになった皆の姿が見える。
感覚が研ぎ澄まされた茂の目と耳と、そして皮膚感覚。嗅覚などがほんの刹那の瞬間だけ鋭敏化されて、情報として一気に飛び込んでくる。
とはいえ、物的証拠のようなものは現代科学を駆使した最新鋭の鑑識技術で洗い出されている。ということは、茂が捉えるべきなのはそれ以外の“何か”。
(……匂い、キッつぅ……。ああ、目ぇ染みるかもぉぉ……)
入ってきたときから感じる、生理的な嫌悪感が襲ってくる。酸っぱいようなゴミであふれる一人暮らしの男の家の空気にうっすらとした血生臭さが混じる。
例えるならゲロをまき散らした酔っぱらいの横で深呼吸しているのを想像してくれるといいかもしれない。
それを感覚を鋭敏化するスキル「ハイ・センス」で感じるわけだ。
もう気分は最低である。
半泣きに近いメンタルダメージを受けつつも、一つのとっかかりをそこから感じ取る。
「ふぅ……」
鋭敏かつ高速化された感覚が元の状態に戻り、一つ深呼吸。
知らず知らずのうちに手を胸元に当ててゆっくりと撫ぜまわす。
やっぱり気持ち悪い。もしここが人の家でないなら、洗面台でざぶざぶと鼻から喉から丸洗いしたいくらいのテンションなのだ。
「どうです?」
それを見た早苗が茂の顔を覗き込んでくる。
「……あー。多分、家の中にはないっぽいかな。この感じだと庭のあたりじゃないか思うんですけど」
「外、ですか?」
入ってきた玄関以外の勝手口のようなものが近くにあった。
そこへととことこと歩を進める。
「ですね。とりあえず出ましょう」
外に出て、差し込む日の光を浴びると、肺腑の奥からひとかけらも残さないくらいの勢いで息を吐きだし、そして爽やかで新鮮な外気を思うがままに吸い込む。
「ふぅぅぅ。こぉぉぉぉっ……!」
一見すると空手などの息吹にも見えなくはないが、ただの深呼吸だったりする。
それを数回くりかえし、ようやく人心地がついた。
やはり人間、空気の入れ替えをして外の空気を吸わねばならんものだ、と心から思う茂であった。
「あの、それで? 杉山さんとおっしゃられたが、何か気づかれたと言われたみたいですが? 何か外にある、と?」
凄惨な事件現場で具合が悪くなる、という人間を見てきたもので茂たちが盛大に戻すのではないか、と念のためのエチケット袋として小さいごみ袋を準備してきていた加藤。
茂が落ち着いたのを見計らい話しかける。
茂は差し出された袋を受け取り、苦笑いを浮かべる。
「ええと。多分ですけど。……あっちの方って行っても大丈夫ですか?」
手にしたごみ袋をそのまま握り、元々は菜園であっただろう草がぼうぼうに生えそろう所を指さす。
「大丈夫です。調べられる限りは調べています」
「じゃあ、あんまり周り触らないようにして行きましょうか」
そう言って茂は出来るだけ地面に足跡を残さないように敷かれた石の上を選んで進んでいく。後の皆もそれに倣う。
ゆっくりと草をかき分けながら、時折茂はすんすんと鼻を鳴らして何かを嗅ぎ取るようなそぶりをみせる。
何度かそれをやり、最終的に立ち止まったのはただの雑草の生えた菜園の跡。
「ここっぽいっすね」
「……何かあるようには見えんが」
石島がそう言うのも仕方ないだろう。
恐らくかなりの期間誰も足を踏み入れていないような場所だ。耕すことすらしないので菜園はすでに荒れ地と変わらない。ただうっすらとした畝の跡が残るのでそう見えるだけ。
しゃがみこんだ茂が、周りの草に埋もれた地面から、薄汚れた陶器の鉢と朽ちかけた木の棒を拾い上げる。
先ほどもらったゴミ袋を鉢に被せ、木の棒でもくもくと地面を掘り始める。
ざくざくと少し掘り進めると、かつん、と何か硬い物に触れる感触があった。
「ビンゴ」
「マジか……。どこをどうすりゃこんなとこに在るってわかるんだよ」
茂は石島のつぶやきを背に受けながら掘った穴の周りから土を掻きだしていく。
「……うっわ、コレか。教授、どう見ます、コレ?」
穴の中で転がったままの掘り出したそれは、大きさとしては缶ビールと同じくらい。
見た目はただの真っ黒な石のように見える。
だが、それに杉山茂。そして火嶋早苗の二人は既視感を禁じ得ない。
それは“大きさが違いはしても”色味と、そして茂の鼻に感じられるある匂いが非常にある物に似ていた。
「どこかで見かけたような気がしますね。多分、ハジメマシテのあの時ですかね」
「あー。やっぱそう見ます? 似てるんですよね、コレ」
木の棒で直に触らないようにゴミ袋をかぶせた鉢へとその黒いモノを追い込んで中に入れる。
そしてソレが入った鉢を地面の上に置いた。
「加藤、鑑識に連絡を。その黒い石、証拠品として分析してもらえ」
「わかりました」
石島に言われ、加藤がスマホを取り出したところに声が掛かる。
「あー。やめといた方が良いっすよ」
「うん?」
後は通話の赤丸に指を乗せるだけ、という所の加藤に声を掛けたのはしゃがんだまま鉢の中を覗き込む茂。
「どういうことだ?」
石島が茂に尋ねる。
そうすると茂は困ったように笑い、仕方ねぇか、とつぶやくとその黒い石を鉢の中から右の親指と人差し指で摘まみ上げる。
すると、鉢から持ち上げた茂の指からしゅわしゅわと煙が上がる。
「お、おいっ!?」
「やっぱこの大きさになりゃ、生身だったらこれくらいの影響は出るんだなぁ。……多分ですけど普通の人がコレ触ろうとしたら指の皮が融けるくらいじゃ済みませんよ。手袋越しとかでもね? こういう“系”には多分、警察の人とかは詳しくないんじゃないかなぁ、と。だから、詳しいところに任せた方が良いと思いますよ」
そう言ってまた黒い石を鉢に戻し、煙の出た指をこすり合わせる茂。おお痛ぇ、と言いながら鉢を持ち上げていつの間にか近くに来ていた早苗にそれを差し出す。
「教授のところでどうにかしていただく、ってことでいいですか?」
「そうですね、その方が良いでしょう」
革のジャケットから同じ素材の革手袋を出して手にはめてからその鉢を受け取る。
その二人の“わかっている”様子に苦々しい顔の石島が尋ねた。
「なあ、そりゃあ一体何なんだ? なにか重要な証拠で、トンデモナイ危険物だってのだけはわかるがよ?」
腕組みする石島に早苗が返す。
「最近急に広まりだしてるオカルトの類ですよ。そこらで転がってるなんちゃってのパチモノじゃなく、本物ですけどね。ですが以前にもこれと同じものを見たことがありますから」
「ほぅ。後学のために聞きたいが、いったいそんなレアなものをどこで見たんですかな」
にっこりと笑い早苗がしゃがんだ茂に視線をやる。
疲れた顔ではぁ、とため息を吐く彼を見て早苗が答えた。
「先日のホテルスカイスクレイパーの一件で。大きさは違いますが、おそらく同質のモノでしょうね。いわゆる、“呪物”という類のものですよ」
「言うに事欠いて“呪物”ときたか。一気に胡散臭くなったが……。見りゃわかるもんなのかね、そいつは」
石島は早苗ではなく、あえてしゃがみこんだ茂に尋ねる。
「俺がわかるのは何となく比較して見りゃ似てるか似てないか、ってくらいですけど。というか、こんなもの作る奴がほいほいいてもらっちゃ困りますよ。フツーにただただ迷惑なだけでしょう。だから、今まであんまり表にも出てきてない」
早苗が持った鉢に指を伸ばしてこん、と底を弾く。
早苗はゴミ袋を掴んで口を縛るとそれを引き抜いて一言。
「と、いうわけで“コレ”があれば、今回の事件については我々が口出しをできるようになりました。これで『トゥルー・ブルー』だけでなく『女禍黄土』の関与の可能性も含めて動けます。なにせ相手はレッドノーティス、情報をかき集めるにはもってこいのお題目ですから。そこら辺うまく使っていきましょうよ?」
にこり、と笑う早苗の顔を下から見上げ、茂は「きっと俺も何かしらやらにゃならんだろうなぁ」と、早苗越しの晴れた空を眺めるのだった。




